楽園

吉田修一の小説を瀬々監督が充実のキャストで映画化
地方都市の集落で、ある事件に至る経緯とその後を映す
時には脆く時には逞しい心情を描く重厚な人間ドラマ

  • 2019/10/24
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楽園©2019「楽園」製作委員会

『悪人』『怒り』などの小説家・吉田修一の短編集『犯罪小説集』をもとに、『64 -ロクヨン-』の瀬々敬久監督が映画化。出演は、『怒り』『64 -ロクヨン-』の綾野剛、『湯を沸かすほどの熱い愛』の杉咲花、2020年3月に公開予定の映画『Fukushima50』の佐藤浩市、『ある船頭の話』の柄本明と村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、根岸季衣、石橋静河ほか若手からベテランまで充実の俳優陣が集結。ある地方都市で少女失踪事件が発生。未解決のまま12年が過ぎ、やるせない思いが残るなか家族や周囲の思いが交錯し……。なぜこうした事件が起きてしまうのか、明確な答えがあるわけではない問いを含み、暗い濁流へと呑み込まれてゆく人々の心情と、それでも生きてゆく姿を描き出す、重厚な人間ドラマである。

綾野剛,ほか

ある地方都市のY字路で少女の失踪事件が発生。少女は見つからず事件は未解決のまま12年が過ぎ、直前まで一緒にいた少女の親友・紡は罪悪感を抱えたまま成長していた。ふとしたきっかけで紡は孤独な青年・豪士と知り合い、互いの不遇に共感し気持ちを通わせる。そんな折、同じY字路で再び少女の失踪事件が起きたことから、思いがけない事態となる。
 一方、Y字路にほど近い集落で暮らす善次郎は、亡くした妻の忘れ形見である愛犬レオと穏やかな日々を過ごしていた。しかし周辺住民にも良かれと思ってしたことが裏目に出て、人々から拒絶され村八分となる。善次郎は孤立し続けるうちに正気を失い、ある事件が起きてしまう。

実際に日本で起きた事件を参考に執筆された、フィクションの小説を映画化した本作。物語では限界集落に近い地域を舞台にしているものの、“生きづらさ”が蔓延するなか、いつどこでこうした出来事が起きてもおかしくない、という生々しい怖さとともに重い気分がズシリと残る感覚だ。原作者の吉田氏は映画化への思いを語る。「今回の『楽園』は、瀬々敬久監督より、『犯罪小説集』から『青田Y字路』と『万屋善次郎』を組み合わせて、原作には無い、紡という少女の時間の経過を描きたいと提案をいただきました。これほどのアレンジは『7月24日通り』を映画化した『7月24日通りのクリスマス』(2006年)以来で、どう完成するのか期待の方が遥かに大きかったです」
 瀬々監督は原作の魅力と、映画化で創作した結末についてこのように語った。「切れ味の良い終わり方が印象的な作品で、最終的には犯罪事件に遭遇した人物たちのその後が吉田修一『犯罪小説集』の魅力。どうなったのかわからない、ある種、読者に想像を委ねる余白が豊かな終わり方であるがゆえ、映画の結末をどう収束していくかが難しい。別々の事件を紡の目線で語ることで、物語に一本の筋を通したのと同時に、紡がどの様にしていくのか、そこを考えてラストを構築していったんです」

杉咲花

子どもの頃に海外から母親とともに日本に移住し、今もなじめずにいる孤独な青年・中村豪士役は、綾野剛が気弱で不安げな様子を表現。吉田修一原作の映画化作品は、『横道世之介』の雄介役、『怒り』の直人役に続いて3度目の出演となり、吉田氏とも撮影前にいろいろな話をしたとのこと。本作への思いをこのように語っている。「僕がこの映画で豪士を生きて、出来上がった作品を見て感じたのは、豪士はあるコミュニティで生じる疎外の象徴や代弁者ということではなく、彼や善次郎の姿を見て、世の中には抱きしめてあげないといけない人が沢山いるということでした。だから、登場人物全員が愛おしいし、そのことを伝えていきたいですね」
 映画オリジナルのキャラクターで、失踪した少女の親友・湯川紡役は、杉咲花が後悔や苦悩を抱えながらも、どう生きていくかを体現する存在として。集落で村八分となる田中善次郎役は佐藤浩市が、不器用な善人だからこそ一層追い詰められてゆくもの悲しさを凄味とともに。失踪した少女の祖父・藤木五郎役は柄本明が、五郎の妻で少女の祖母・藤木朝子役は根岸季衣が、紡に想いを寄せる幼馴染・野上広呂役は村上虹郎が、善次郎を案じる集落住民の娘・黒塚久子役は片岡礼子が、豪士の母・中村洋子役は黒沢あすかが、病で他界した善次郎の妻・田中紀子役は石橋静河が、それぞれに演じている。

中学、高校と映画にハマッていたという吉田修一氏は、瀬々監督作品への信頼とテーマ性について語る。「僕はこれまでの瀬々監督の作品を拝見していますが、今回の『楽園』だけじゃなく、“何が起こっても人は生きていかなくてはいけない”ということが表現されていると感じるんです。良いことも悪いことも受け止めて、先の人生があるんだと。小説や映画ではある種の答えが描かれるけど、でも、その先もあるんだぞという。一歩前に踏み出す力みたいなものを表現したかったんじゃないかと感じた時、『楽園』というタイトルが腑に落ちました」
 そして瀬々監督は、『楽園』というタイトルの理由、映画独自のキャラクターである紡に込めた思いについて語る。「犯罪とは感情のボタンの掛け違いというか、魔が差す瞬間に起こるんだと思う。だからこそ、どうしてこんな犯罪が起きたのか、どうしてこんな悲惨なことがと、謎が残る。ただ、その事件に関わった人たちは、もっと良き人生を送れるはずだ、もっと良い生活を送りたいと、皆それぞれの楽園を求めていたのではないか。そしてある日、自分がどうやってもその楽園に行けない、今いる場所は間違っていると気づいた瞬間にこういう出来事が起きてしまうのではないか。変化していく日本の土壌から生まれてきたどこかの人々が、楽園を求めるがゆえに起こるのではないか。だとすると、目指す楽園が違う方向へと向かっていくと、違う社会が形成されていくのではないか。そういうことを紡に託したんです」

佐藤浩市

2019年に行われた第76回ヴェネチア国際映画祭、第24回釜山国際映画祭に正式出品された本作。海外でも評価を得ていることについて、2019年9月5日に東京で行われた完成披露イベントにて、瀬々監督はこのように語った。「今、外国との関係も難しい世の中になっていて、この映画では限界集落の差別、外国人への差別などが背景となっています。でも隣の人と手を結んでいくような世界が『楽園』に通づるといいなと思って作った映画なので思いが伝わるといいなと思います」
 吉田氏は映画を観た感想として、「一言で言うと圧倒されました。本当に作品を作ってくれた監督やキャスト、スタッフに感謝しています」とコメント。そして前述の綾野剛のコメントで得た気づきと、俳優が演じることで観客により伝わるだろうメッセージについて、感謝とともにこのように語っている。「僕は『犯罪小説集』を書いているときはわからなかったんです。犯罪を犯す人間と、犯さない人間の間には境界線があるはず、それがどこにあるのかを探そうと思って書いていた。でもそうじゃなく、犯罪に至る過程の中で、誰かがその人を抱きしめるということを、それは物理的なことじゃなくても、そういうことをする人がいれば、綺麗ごとではなく、この犯罪は起きなかったんじゃないか、そう思えるようになったからです。自分が周囲の人に対して抱きしめられることも、抱きしめることもありえるように、そんな余裕を見つけていけたらと思います」

作品データ

公開 2019年10月18日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2019年 日本
上映時間 2:09
配給 KADOKAWA
監督・脚本 瀬々敬久
原作 吉田修一
出演 綾野剛
杉咲花
村上虹郎
片岡礼子
黒沢あすか
石橋静河
根岸季衣
柄本明
佐藤浩市
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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