シェイクスピアの庭

52歳で他界したシェイクスピアの最期の3年とは?
妻との確執、娘たちの醜聞、死んだ息子への思い
史実をもとに創作し、家族の再生を描く人間ドラマ

  • 2020/02/20
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イギリスを代表する劇作家ウィリアム・シェイクスピアの最期の3年間を描く物語。監督・製作・脚本・主演は、映画や舞台で数々のシェイクスピア劇を演じてきたケネス・ブラナー、共演は、『ヴィクトリア女王 最期の秘密』のジュディ・デンチ、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのイアン・マッケラン、『オリエント急行殺人事件』のキャスリン・ワイルダー、『スター・トレック BEYOND』のリディア・ウィルソンほか舞台でも活躍するイギリスの実力派が顔をそろえる。1613年、『ヘンリー八世』の上演中に大火災が発生してグローブ座が焼失。気落ちしたシェイクスピアは断筆して作家を引退、ロンドンから帰郷する。そして20余年ほとんど会うことのなかった妻子たちと暮らし始めるが……。妻との確執、娘2人の醜聞、11歳で死んだ息子への思い、教養や家柄についてのコンプレックス、そして家族の再生。シェイクスピアを心から敬愛するスタッフたちが、天才的な文豪の晩年を公式記録に推察を加えて人間ドラマとして描く作品である。

ケネス・ブラナー,ほか

1613年6月29日、『ヘンリー八世』上演中のグローブ座で舞台セットの大砲が原因で火事となり、1時間も経たないうちに劇場全体が焼失。気落ちしたシェイクスピアは断筆し、ロンドンから故郷ストラットフォード・アポン・エイヴォンで暮らす家族のもとへ帰郷する。20余年ほとんど顔を合わせることのなかった彼が突然帰宅し、ここで暮らすと言ったことに、8歳年上の妻アンも、町医者ジョン・ホールに嫁いだ長女スザンナも、母と暮らす28歳の未婚の次女ジュディスも困惑する。そんななか、シェイクスピアは17年前に11歳で他界した長男、ジュディスの双子の弟であるハムネットに思いをはせ、愛息を悼む庭を造り始める。家長でありながらまったくのよそ者状態から、ぎこちないながらも家族で暮らし始めたなか、スザンナの不貞が訴えられ、裁判沙汰になる。

49歳で作家活動を引退し、52歳で他界したウィリアム・シェイクスピアが、故郷で妻子と暮らした最期の3年間を描く物語。監督・製作・脚本・主演を務めたブラナーは、自身と同様にシェイクスピア・マニアで旧知の友人である、脚本家でコメディアンのベン・エルトンに声をかけ、数十年前から2人でシェイクスピアの人生を描く企画について話し合っていたとのこと。それぞれに活躍していくなか、シェイクスピア没後400年を記念して2016年に製作・放映されたBBC2の「アップスタート・クロウ」でエルトンが脚本を担当し、シェイクスピアの家族の物語をコメディとして描いて話題に。ブラナーもこの番組にゲスト出演し、ブラナーとエルトンの共同企画であるこの映画の話が具体的に進み始めたそうだ。シェイクスピアが49歳で引退したことについて「なぜ、こんなに才能にあふれた男が早くに引退したのだろう?」というブラナーの疑問から始まり、ブラナーとエルトンは改めて当時のシェイクスピアにまつわる史実を調べ、彼が作品に自身を投影したと思われる内容から彼の心情を推察。創作活動では全能のごとく、悲劇も喜劇も、シリアスな史実ベースも陽気なファンタジーもコミカルなラブロマンスも、しみじみとした人間ドラマも軽快な冒険譚も遊び心が満載のコメディも、どんなものでも自在に生み出し、実力により一代で財を築き名声を得た成功者で。しかし実生活ではすべてが思うようにはいかない、トラブルだらけだったことを本作で描いたことについて、ブラナーは語る。「シェイクスピアは世間とかけ離れた天才で、永遠に聡明で常に人間を観察し続けた雲の上の人間というイメージです。でも、私たちが想像するように彼が生きたという事実はどこにも残されていません。だから逆に私は、彼が今の私たちと同じように人生を生きていたのではないかと思ったんです。友人がいて、人並みに欲望もあり、夢や希望もある。大切な人を失ったことで彼はとても苦しみました。そういうシェイクスピアを皆さんに紹介したいと思ったんです」

ジュディ・デンチ,ケネス・ブラナー,ほか

作家ウィリアム・シェイクスピア役は、ブラナーが見た目を一番有名な、ロンドンのナショナル・ポートレイト・ギャラリーにあるチャンドス肖像画に似せて表現。肖像画では目元に好奇心と優しさを含み、どこかユーモラスな雰囲気があるのと比べると、整った面立ちのブラナーだとイケメンよりになるのは仕方ないとして、高い白襟、広く丸い額、切りそろえた口髭、細長い鼻と、ものすごく見覚えのあるビジュアルであるのが面白い。
 文豪の妻でありながら文盲である8歳年上の妻アン役は、ジュディ・デンチが味わい深く。授かり婚で18歳のウィリアムと結婚し、長女スザンナ、2年後に双子の長男ハムネットと次女ジュディスを産むも、夫は妻子を故郷に残したまま、ロンドンで作家として活動を開始。戯曲家として大成功して故郷の妻子を養っていたことから、経済的には裕福であったものの家庭を長い間顧みることのなかった夫への愛憎や皮肉めいた態度が堂に入っている。シェイクスピアの詩集『The Sonnets(邦題:ソネット集)』の“美青年”のモデルと言われるサウサンプトン伯爵役は、イアン・マッケランが劇作家シェイクスピアを強く支持しサポートする存在として。シェイクスピア夫妻の長女スザンナ役はリディア・ウィルソンが、次女ジュディス役はキャスリン・ワイルダーが、医者でプロテスタント宗派の清教徒(ピューリタン)であるスザンナの夫ジョン・ホール役はハドリー・フレイザーが、複数の女たちと関係しているトム・クワイニー役はジャック・コルグレイブ・ハーストが、スザンナの知人である小間物屋レイフ・スミス役はジョン・ダグリーシュが、それぞれに演じている。

11歳で他界した息子ハムネットの名前を1文字変えると、かの有名な4大悲劇のひとつ『ハムレット』になる。父親の亡霊が息子の前に現れる『ハムレット』の物語に、この映画の設定が影響を受けているとも。またこの映画の原題『All is True』は、シェイクスピアが執筆した最後の戯曲『ヘンリー八世』の発表当時のタイトルとのこと。シェイクスピアお得意の手法へのオマージュもあり、わざとトリッキーにこの映画の物語がすべて真実であるかのようにタイトルが映されるが、この内容がドキュメンタリー並にすべて本物のエピソードというわけではない。ブラナーは『All is True』というタイトルに込めた思いを語る。「この物語が描くもうひとつのメッセージ、それは、一人一人全員にそれぞれの真実があるということです。真実とは、特に家族の生活においては、矛盾を含むものかもしれません。どんなことにも人それぞれに自分の思う真実があり、それらすべてが真実なのだと」

ケネス・ブラナー,ジュディ・デンチ

撮影の多くは、ウィンザー城の近くにあり、さまざまな映画やドラマのロケ地としても知られるドーニー・コートの屋内とその周辺にて。ここは16世紀から同じ家族が所有し、白い漆喰壁と黒い木材による15世紀のチューダー様式が特徴。その外観は、1597年にシェイクスピアが妻子のために購入したストラットフォードで2番目に大きな邸宅ニュー・プレイスに似ているという。ドーニー・コートの敷地内にある湖と15世紀の礼拝堂も劇中で印象的に映している。またシェイクスピアの故郷であるイングランド中部、オックスフォードの北西にある小さな町ストラットフォード・アポン・エイヴォンでは、エイヴォン川やホーリー・トリニティー教会にて撮影も。
 また劇中では、息子の死から17年後、自身が引退してから息子の死を悼む庭をシェイクスピアが造り始める姿を描いている。17年後というのが一般的にはズレてはいても、熱中し忙殺されていた仕事を引退してようやく、ということに理解はできる。ガーデニングが癒しになるのは現代では知られていることだが、シェイクスピアは体感として知っていたのだろう。またシェイクスピアの戯曲には自然の美しい描写がたびたびあり、トータルで約170種もの植物が登場しているとのこと。例えばこの匂やかなフレーズも、この映画のセリフとして一部が織り交ぜられている。「向こうの堤には野生の麝香草がおい繁り、桜草や頭を垂れた三色スミレが咲き、甘い香りのスイカズラや麝香バラや野バラがその上を天蓋のように覆っている」(『夏の夜の夢』より引用、訳:松岡和子)

かのシェイクスピアの知られざる顔、“もしかしたらそうだったかもしれない”という一面を描く本作。もともとシェイクスピアが好きだった筆者にとって興味深く、個人的にますます好きになった。当然ながら家庭人としては問題ありすぎなので、夫や父親というひとりの男性としてではなく、稀代の創作者として。革手袋職人の息子で裕福だったが家が没落したために14歳くらいで学校を中退してから就学はしていないようであること、彼が30代前半の頃にシェイクスピア家は紋章院へ嘆願して“紳士”(ジェントル)の身分を20ポンドで手に入れたこと(試算によると現在の日本円で約105〜130万円くらい)。自身の生い立ちや教養にコンプレックスがあり、身分を取得した後の作品に社会的地位や名誉を取り戻すというエピソードをよく描いていること。カトリック宗派のキリスト教の信者には拷問が課せられた時代に、慎重にありながらもプロテスタント宗派の圧力に内心では屈することがなかったこと。シェイクスピアの作品の多くに、老いも若きも貴族も平民も人間も妖精も、といったどこか平等でボーダレスでフラットな感覚があり、もしくはそうしたラインを超えたり突破したりするような思いがけない展開があって。それは表立って言うことのできない思いのたけを作品として繰り返し昇華して、希望をこめて“超越”を描き続けていたのかもしれないなと。
 強く深い愛着とともにシェイクスピアをひとりの私人として描く本作を製作したブラナーは、作家シェイクスピアとその作品への思いをこのように語っている。「シェイクスピアは、偉大なる知恵と共感と、なにより鋭い洞察で人間の性(さが)を観察し続けた同情心あふれる知的な作家です。彼は物語を紡ぐ確かな指使いを持ち、亡霊譚や、喜劇、人物造形の原点を知っている。彼が描くのは、誰にでも心当たりのある人間の姿であり、その考察は時に非常に厳しく、親しみやすく、素晴らしく刺激的なものです。人類が幸せになる方法を見つけようともがく限り、そして彼の言葉が我々を楽しませる限り、彼の作品は生き続けるのです」

作品データ

公開 2020年3月6日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2018年 イギリス
上映時間 1:41
配給 ハーク
原題 ALL IS TRUE
監督・脚本・製作 ケネス・ブラナー
脚本 ベン・エルトン
出演 ケネス・ブラナー
ジュディ・デンチ
イアン・マッケラン
キャスリン・ワイルダー
リディア・ウィルソン
ハドリー・フレイザー
ジャック・コルグレイブ・ハースト
ジョン・ダグリーシュ
ショーン・フォーリー
ジェラード・ホラン
ジミー・ユール
アレックス・マックイーン
エレノア・ド・ローハン
サム・エリス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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