ペイン・アンド・グローリー

ペドロ・アルモドバルによる自伝的なストーリー
最愛の母との微妙な関係、少年時代の思い出、
青年期の恋愛、今とこれからを描く人間ドラマ

  • 2020/04/28
  • イベント
  • シネマ
ペイン・アンド・グローリー©El Deseo.

2019年の第72 回カンヌ国際映画祭にて主演男優賞を受賞した、スペインを代表する映画作家ペドロ・アルモドバル監督・脚本による最新作。出演はアルモドバル作品の常連でスペインのトップ俳優のひとりである、『レジェンド・オブ・ゾロ』のアントニオ・バンデラス、『オリエント急行殺人事件』のペネロペ・クルスほか。体の不調から鬱状態になり、引退同然の生活を送っている映画監督サルバドールのもとに、32年前に撮影した映画の再上映の連絡が入る。その際にゲストとして主演俳優と共に登壇を、という依頼が入り俳優と再会するが……。以前に決裂した仕事仲間との再会、子どもの頃に暮らした村での思い出、強く愛した恋人との別れ、これからのこと。1960年代、’80年代、そして現代と、主人公の思い出や現在の出来事が交錯し、今からこの先へとつながってゆく。アルモドバルらしい鮮やかな色彩と郷愁に満ちた風景、主人公が体感した欲望や衝動をさまざまな情感とともに描く。ほろ苦さと共にほんのりと”希望”が香る人間ドラマである。

アントニオ・バンデラス

映画監督サルバドールは、4年前に最愛の母が他界したこと、脊椎の痛みやのどのつまり、頭痛や耳鳴りといった体調不良から気分が落ち込みがちになり、引退同然の生活をしている。そんな折、32年前に撮った作品『風味』の再上映と、その時にゲストとして主演俳優とともに登壇を、という依頼が入り、当時にその映画が原因で決裂した主演俳優アルベルトと再会する。サルバドールは時間を経て映画と和解したとアルベルトに伝え、体調不良を紛らわすためにアルベルトが吸うヘロインを試す。体の痛みが遠のくなか、サルバトールは子どもの頃に移住しバレンシアの村で過ごした母との幸せなひとときが蘇る。その後、サルバトールは『風味』の上映時にまたもやアルベルトと言い合いになるも、後になって仲直りしようと思い立ち、彼が欲しがっていた書き下ろしのオリジナル作品『中毒』を舞台で演じる権利を彼に与える。サルバトールはヘロインに依存するようになり、少年時代から晩年までの母とのさまざまな思い出に浸るなか、思いがけずかつて愛した恋人と再会し……。

70歳となったアルモドバルによる初の自伝的な作品。恋愛や衝動、作品や表現へのこだわり、最愛の母親との微妙な関係性、歳を重ねてきた今について、さまざまなことをストーリーとして描いている。
 アルモドバルが自身を投影した映画監督サルバドール役はアントニオ・バンデラスが、喪失感や哀愁をたたえながらも正直さや率直さと気まぐれが表裏一体で、いかにも作家という主張の強い人物として表現。1982年のアルモドバル作品『セクシリア』でデビューした彼は数々の作品でタッグを組み、本作で第72 回カンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞。本作の彼の演技についてアルモドバルは、「今回ほど一体感を覚えたことはない」とコメントしている。
 若いころの母ハシンタ役はペネロペ・クルスが保守的で信心深い女性として、サルバドールの旧作『風味』の主演俳優アルベルト役はアシエル・エチェアンディアが、サルバドールの昔の恋人フェデリコ役はレオナルド・スバラーリャが、サルバドールの旧知の友人で女優のメルセデス役はノラ・ナバスが、年老いた母ハシンタ役はフリエタ・セラーノが、それぞれに演じている。また本作で映画デビューを果たした、9歳のサルバドール役のアシエル・フローレス、当時にサルバドールが文字を教えてあげた青年エデュアルド役のセザール・ヴィンセンテもみずみずしい印象を放っている。

ペネロペ・クルス,ほか

劇中で、サルバドールが年老いた母親と話すいくつかのシーンからは、相容れない価値観による微妙な関係性が伝わってくる。確かに、堅実な職に就き敬虔で親孝行な女性と20代で結婚、息子夫婦と同居して孫に囲まれて、といった昔ながらの幸せこそ最上とする母からすれば、映画監督として世界的に認められた息子であっても意に添わなかった不肖の息子でしかないのだろう。理解し合うことのできない親子関係は珍しいことではないし物語の普遍的なテーマのひとつながら、サルバドールが母から、裕福とはいえない昔の暮らしを映画として描くことが不快と言われるくだりなどは切ない。アルモドバルがこれまでの作品で母への深い愛と敬意を込めていたのは、おそらく観ている人間すべてにわかることながら、“善良なラ・マンチャ出身の女性(アルモドバル)”である母本人にはあまり理解されず受け入れがたかったのだ。劇中で晩年のハシンタがサルバドールに自身の葬式について詳しく指示するシーンは、アルモドバルの母の実話に基づいているそうで、この場面の脚本を執筆していた時は「書き直すたびに泣き崩れた」と語っている。
 「どうして俺はこうなった? やめては戻る。奴隷と同じだ」
 劇中でヘロインを常用するアルベルトの言葉だ。薬物についてはただ溺れてどうこうということではなく、簡単に依存するようになってしまう怖さと、そこから立ち直ろうとするきっかけについて描いている。

色鮮やかな衣装やインテリア、郷愁を誘う風景、こだわりの音楽など、アルモドバル作品の魅力はしっかりと。「ポストモダンのマドリードで形成された」センスと趣味による美しい家とインテリアについて、アルモドバルは「彼を囲む対象物は色に満ちあふれています。彼は美と芸術に囲まれている」と解説。サルバドールの暗い精神状態に対して、明暗のコントラストとなっている。また冒頭で、母ハシンタが幼いサルバドールを背負って川で洗濯しながらバラード「A tu vera」をみんなで歌うシーンや、後半で9歳のサルバドールが椅子に座って本を読み、エデュアルドがその姿を水彩画で描くシーンにあふれる幸福感はまぶしいばかり。素朴な日常のささやかな幸せをくっきりととらえている。アルモドバルは絵を描くシーンの音楽について、このようにコメントしている。「ミーナの『Como sinfonia』は、水彩座のスケッチのシーン全体に流れます。それは1960年代の上品さ、何もすることのない楽しい夏の感覚を表現しています」

アントニオ・バンデラス,フリエタ・セラーノ

忘れられない痛みを自らほどき、困難な状態を脱してこれからに向き合っていくまで。本作を「3部作の第3章」というアルモドバルは、映画と人生についてこのように語っている。「まったく意図したことではありませんが、『ペイン・アンド・グローリー』は、自然に出来上がった3部作の第3章にあたります。この3部作は、完成するまでに32年を要しました。最初の2章は、『欲望の法則』(1987年)と『バッド・エデュケーション』(2004年)です。この3つの映画では、主人公は男性で、映画監督です。3本とも欲望と映画を題材としたフィクションが物語の柱となっていて、そのフィクションには、それぞれの映画によって異なる現実が垣間見えてきます。フィクションと人生は表裏一体。人生には常に痛みと欲望が伴うのです」

作品データ

公開 2020年6月19日よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2019年 スペイン
上映時間 1:53
配給 キノフィルムズ/木下グループ
映倫区分 R15+
原題 Dolor y Gloria
英題 Pain and Glory
脚本・監督 ペドロ・アルモドバル
出演 アントニオ・バンデラス
アシエル・エチェアンディア
レオナルド・スバラーニャ
ノラ・ナバス
フリエタ・セラーノ
セザール・ヴィンセンテ
アシエル・フローレス
ペネロペ・クルス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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