eHills Club 試写会日記

毎週、映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ! 傑作でもB級でも映画ってやっぱり素敵!!

ノマドランド

F・マクドーマンド主演、数々の映画賞を受賞している話題作
“現代のノマド”の暮らしを力強い自然の風景と共に映す
中国出身の女性監督が見つめる現代アメリカの物語

ノマドランド© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

2021年3月15日に発表された第93回アカデミー賞のノミネーションにて、作品賞・監督賞・主演女優賞ほか主要6部門に選出されたほか、数々の映画賞を受賞している話題作。出演は、『ファーゴ』と『スリー・ビルボード』でオスカーを2度受賞し、本作ではプロデューサーとしても参加しているフランシス・マクドーマンド、『グッドナイト&グッドラック』のデヴィッド・ストラザーンほか。監督・製作・脚色・編集は、フランシスが指名した『ザ・ライダー』のクロエ・ジャオが手がける。リーマンショック後のアメリカで、企業の破綻によりひとつの町が閉鎖に。夫をすでに亡くし、仕事も住居も失くした60代のファーンは、すべての思い出を詰め込んでキャンピングカーで旅に出る。原作は、数百人の“現代のノマド(遊牧民)”(=家を持たずに季節労働をしながら移動し、車上生活をする人)を、ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーが取材して書き上げたノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち(原題:Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century)』。居場所を失くしたことをきっかけに主人公がノマドとして暮らし、出会う人々や大自然のなかで生きていくことを見出す姿を描く。雄大な風景のなか、主人公が実際にノマドとして生活している人たちと共に働き交流していく、ドキュメンタリーのような風合いのロードムービーである。

リーマンショック後のアメリカ、ネバダ州。かつては大手会社の石膏採掘とその加工工場で栄えていたが、不況のあおりで町そのものが閉鎖され、全住民が立ち退くことになった土地。夫をすでに亡くし、仕事も住居も失くしたもと代用教員のファーンは、すべての思い出を詰め込んでキャンピングカーで旅に出る。大自然を走り抜け、デザート・ローズへやって来たファーンは、生活費を稼ぐためにAmazon配送センターで短期の仕事に就く。だんだんと車上生活に慣れてきた頃、友人になったリンダ・メイから現代のノマドの先人であるボブ・ウェルズを知り、ボブがアリゾナ州のクォーツサイト砂漠のはずれで開く集会〈RTR(Rubber Tramp Rendezvous)〉にファーンも参加。大勢の人々と交流し、ものや情報などをシェアし、ノマドとして暮らす術や知恵を身につけてゆく。

フランシス・マクドーマンド

フランシスがジェシカ・ブルーダーの『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』に強く惹かれ、共同製作者のピーター・スピアーズと共に映画化権を2017年に獲得して企画がスタートした本作。そしてトロント国際映画祭でクロエ・ジャオ監督の『ザ・ライダー』を観たフランシスはジャオ監督に惚れ込んで本作に抜擢。フランシスとジャオ監督は共に内容を練り上げていった。この映画では、出演者で俳優はフランシスとデヴィッドのみで、あとは実際にノマドとして暮らしている人たちが登場している。原作は調査に基づくジャーナリズム作品であり、前半ではノマドの暮らしぶりを伝え、後半は覆面調査によるレポートという内容が、ストーリー性のある映画として完成したことについて、著者のブルーダーはこのようにコメントしている。「監督は俳優ではない一般人を起用したの。実在のノマドたちを物語の一部にすることでまったく新しいストーリーを仕上げたわ」
 ジャオ監督は本作のテーマの魅力について力強く語る。「自分の知らない世界を見たい。ニューヨークやロサンゼルスで生きてきて、関われなかった人たちのことを知りたいの。放浪する人たちの物語を語るために必要なのは、人々が放浪に魅了される理由を理解すること。観客に新たな視点をもたらす作品になったと思うわ」

住んでいた町が閉鎖されノマドとして旅立つ60代のファーン役は、フランシスが等身大のアメリカ人女性として。正直で柔軟で情に深く愛嬌があり、流されない芯をもっている、人間的な魅力のあるファーンは、フランシス本人のイメージととても重なるところがある。人物造形を監督と何度も話し合い、フランシス自身の実生活での趣味や経歴を入れ込んでいったことからリアルな存在感のある人物となったのだろう。また彼女はファーンとして、Amazon配送センター、赤カブの収穫工場、観光客向けのカフェ、国立公園のキャンプで、実際に仕事をしている人たちと一緒に働いたとも。フランシスは語る。「ほとんどの場合、一介の従業員としか思われていませんでした。高齢者が働くことの肉体的な限界と苦痛と同時に、働くこと、自然のなかで暮らすこと、生きる目的を持つこと、そしてこうした仕事から収入を得られることの喜びを、実感しながら演じようとしました」
 映画のオリジナルキャラクターであり、ファーンがノマドの集会〈RTR〉で知り合った70代のデイブ役は、デヴィッド・ストラザーンが穏やかに。ファーンとデイブの関係性は、監督がオフタイムのフランシスとデヴィッドの友人関係をもとにしたそうだ。そして原作に出てくるスワンキーとリンダ・メイをはじめ、実在のノマドたちが多数登場。スワンキーとリンダの協力で候補者のリストを作り、監督がそのなかからキャスティングし、また個別のシーンのために〈RTR〉に駐車してあるたくさんのキャンピングカーを見に赴いて直接会って決めていったとも。スワンキーはノマドとして暮らし続けることについて、このようにコメントしている。「ノマドの暮らしを旅行と呼ぶ人もいれば、冒険と呼ぶ人もいます。私は精一杯頑張って、人生を最大限まで楽しんでいるだけです。ノマドは、冒険をして、観光して、散歩をして、じゃあ、うちに帰りましょうというものではありません。帰る故郷はないのです。ノマドになって、もう10年以上になりますが、ちっとも飽きることはありません。家財道具一式がそろっています。何かを取りにどこかへ戻る必要もありません。ノマドでいることは自らの選択なのです」
 前作『ザ・ライダー』で何人もの実在のカウボーイが出演していたことと同様に、本作でも俳優ではない一般人を多数起用。そして撮影中は脚本を書き直したり場面の調整をしたりを連日くり返すという手法をとったことについて、ジャオ監督はこのように語っている。「リアルな作品にするために必要なのは、登場人物を軸に、配役やロケ地を決めること。彼らの経験と彼ら個人に光を当てること。ありのままの世界が映画を特別にするの」

フランシス・マクドーマンド,デヴィッド・ストラザーン

この映画が長編映画の3作目となるクロエ・ジャオ監督は、1982年、中華人民共和国の北京生まれ。北京と、その後イギリスのブライトンで育つ。そしてアメリカに移住し、マウント・ホールヨーク・カレッジで政治学を、ニューヨーク大学で映画制作を学ぶ。脚本、監督、プロデューサーを務めた最初の長編映画『Songs My Brothers Taught Me』は、2015年のサンダンス映画祭でプレミア上映、長編2 作目の『ザ・ライダー』は2017 年のカンヌ国際映画祭監督週間でアート・シネマ賞を受賞したほか24の映画賞を受賞。次回作はマーベル・スタジオの『エターナルズ』(2021年公開予定)となっている。ジャオ監督の撮影は巨匠テレンス・マリックの手法に近いとも言われている。個人的には、是枝裕和監督、河P直美監督といった日本人監督の作品も思い出した。ジャオ監督は『ノマドランド』の撮影中に心がけたことについて語る。「ファーンの存在をノマドたちに溶け込ませ、私たちがハリウッド大作のクルーのように見えないよう配慮しました。また、ノマドたちのスケジュールに合わせる必要がありましたね。それは通常の映画を作る過程とは大きく異なります」
 フランシスはジャオ監督の撮影と、自身がそこで学んだことについて語る。「クロエの手法は、今まで私が経験したどの撮影とも違う方法でしたが、難しくはありませんでした。なぜなら映画を作るプロセスではなく、人々の人生のプロセスを尊重していたからです。私たちは他の人々の生活のなかにただ存在していただけで、彼らの人生を混乱させようとはしていません。彼らの真の生活に入り込もうと努力しました。クロエから学んだ最も大切なことは、ただ座って口を閉じたままにして聞くということでした。この映画では、彼らの話を聞くことが重要で、私の話をする場ではなかったからです。聞くという行為は、実はすべてのプロの俳優の人生の一部だと気づきました」

原作者のジェシカ・ブルーダーは、社会問題やサブカルチャーを中心に取り上げるジャーナリスト。AP通信やロイター、ハーパース・マガジンやワイヤードなどで執筆し、コロンビア・ジャーナリズム・スクールで教鞭をとっている人物だ。この本は、著者自身もキャンパー・ヴァンで生活をしながら数百人のノマドを取材して執筆。移動は西海岸から東海岸、メキシコからカナダ国境まで15,000マイル以上、約3年にわたるプロジェクトだった。『ノマド 漂流する高齢労働者たち(原題:Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century)』は本国アメリカをはじめ世界各国で翻訳されている。ブルーダーは当時のこと、ノマドの暮らしや人々からの影響についてこのように語っている。「執筆のための取材をするにあたり、描く人物と同じ生活のなかにどっぷりとひたってみました。何週間もテントで暮らし、その後の数か月をキャンピングカーで過ごしました。経験はいろいろなことを教えてくれます。ノマドのことはほとんど何も知らない状態から始めたのに、大変な苦労に直面しながら生きているノマドの創造力、柔軟性、寛大さに驚くようになっていきました」

デヴィッド・ストラザーン,ほか

少人数での撮影について、フランシスは語る。「私たちのチームは、たった25人だけでした。私は61歳で最年長で、最年少はおそらく24歳だったと思います。私たちは7つの州を5か月かけて、一緒に旅をしました。それは本当にタイトな仕事でしたね。必要な時にはいつも、全員が各部門の境界線を越えて作業を完了させました。非常に迅速かつ即興的に移動し、ノマドのコミュニティと同じように暮らしました」
 ファーンの登場シーンは、実際に企業の経営破綻により町が消失、「住民は退去させられ郵便番号さえも廃止になった(ブルーダー)」というブラックロック砂漠近くのネバダ州エンパイアで撮影。またサウスダコタのバッドランド国立公園やネブラスカ西部、カリフォルニア州北部沿岸にあるメンドチノ郡ポイントアリーナ、アリゾナ州ユマ、カリフォルニア州サン・バーナディノ郡などで撮影。撮影監督のジョシュア・ジェームズ・リチャーズが、深く静かに染み入るような景色をとても自然にとらえている。ジャオ監督の全作でコンビを組んでいるリチャーズは語る。「ジャオは、はっきりした狙いをつけるのではなく、なりゆきで発見するアイデアにとても柔軟です。ジャオが何を求めているかは正確にはわかりませんが、それがかえって、撮影に冒険する勇気を与えてくれます」
 ジャオ監督はノマドたちと過ごし、自然について感じたことについて語る。「ノマドと共に時間を過ごすと、誰かが岩について話します。太陽が昇る場所はどこか、ソーラーパネルをどのように立てるか、また山についてなど、私たちが都市のコンクリートジャングルに住んでいることで失ってしまった色々なことについて語ります。そして今だからこそ、自然が癒す力を人としてこれまで以上に理解できます。私たちにとって非常に重要なメッセージです」
 劇中の音楽は、『最強のふたり』や『三度目の殺人』の音楽を担当したイタリアの作曲家ルドヴィコ・エイナウディが2019年に発表したアルバム「Seven Days Walking」をメインに。エイナウディがイタリアのアルプスを何度も歩き、移り変わる天気や季節、動植物の様子といった体感を音楽に投影した楽曲だ。またサウンドトラックには、アイスランドの作曲家オーラヴル・アルナルズの未発表曲も収録。そしてサウンドデザインには、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥら著名な監督作品を手がけてきたメキシコ生まれのセルヒオ・ディアスを起用。ファーンが旅路で出会う風景に合わせてひとつずつ作っていったという。本作ではトゥーマッチな音楽やサウンドで観る側の感情を決めつけて限定するような、観ていてくたびれる演出がない。音楽やサウンドについて、ジャオ監督は語る。「ファーンが本当の自分に出会う場所に鳴っている音に、忠実に劇伴をミックスしてほしかった。作・編曲に対してもそうですが、音の響きに観客の感受性を制限するような『過剰な演出』を入れないことをお願いしました。創造的かつ実験的に音を鳴らしたいのですが、同時に嘘のない正直な音でもありたかった」

2021年2月28日(現地時間)に発表された第78回ゴールデン・グローブ賞では、本作がドラマ部門の作品賞、映画部門の監督賞を受賞。クロエ・ジャオはアジア人女性初の監督賞ノミネートにして初受賞となったことが話題に。また2020年9月に第77回ベネチア国際映画祭にて金獅子賞(最高賞)を受賞した時の記者会見にて、ノマドが大きなコミュニティを形成していることと現在の社会状況や政治的な背景との関係について、フランシスはこのように語った。「(社会や政治の)影響はとても大きいと思います。所有する者としない者の格差は、世界中で起こっています。どのように、世の中を公平にしていけるのか。ノマドの選択は、私たちの国の経済格差と深く関係しています。しかし重要なことは、クロエは政治的な声明を出そうとしているのではないということです。私たちは案内人という立場です。自分たちのために非常に難しい決断を下したコミュニティにあなたを導き、クロエが彼らのストーリーを伝えているのです」
 またジャオ監督は本作に込めた思いについてこのように語っている。「アメリカの資本主義はひどいと世に問うために、放浪するノマドを題材にしたわけではありません。私の目的は、このノマドの世界に身を投じて、ユニークな移動をし続ける国家というアメリカの姿をつぶさに追うことでした。その趣旨を理解していただいた上で映画を観てもらい、できることなら1度の上映に1人ずつでもいいので、共感の輪が広がることを願っています」
 さらに、トロント国際映画祭の観客賞、ボストン批評家協会賞の作品賞、監督賞、撮影賞、ゴッサム賞の作品賞、観客賞、全米映画批評家協会賞の作品賞、監督賞、主演女優賞、撮影賞、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の撮影功労賞、第25回サテライト賞にて映画部門の作品賞<ドラマ>、主演女優賞、監督賞の主要3部門を受賞、と数々の映画賞を受賞。そして今年は授賞式が2021年4月25日(現地時間)に延期となった、第93回アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞ほか主要6部門にノミネートされている本作。作品の魅力や価値はもちろん、多様性やジェンダーパリティという目線でも注目したい。フランシス・マクドーマンドの主演・プロデュース、アジア出身の女性監督が見つめる現代アメリカ、社会的な視点と詩的で力強い自然の風景で真摯に伝える物語が、いま世界を惹きつけている。

2021年3月22日更新

作品データ

公開 2021年3月26日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開
制作年/制作国 2020年 アメリカ
上映時間 1:48
配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題 NOMADLAND
監督・製作・脚色・編集 クロエ・ジャオ
原作 ジェシカ・ブルーダー
出演・製作 フランシス・マクドーマンド
出演 デヴィッド・ストラザーン
リンダ・メイ
スワンキー
ボブ・ウェルズ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。