eHills Club 試写会日記

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ファーザー

第93回アカデミー賞にて主演男優賞と脚色賞を受賞
アンソニー・ホプキンス×オリヴィア・コールマン共演
記憶が薄れゆく父の視点から、家族の喪失や結びつきを描く

ファーザー©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-© ORANGE STUDIO 2020

世界30カ国以上で上演されたフランスの戯曲をアンソニー・ホプキンス主演で映画化。共演は、『女王陛下のお気に入り』のオスカー俳優オリヴィア・コールマン、TVシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」のマーク・ゲイティス、『ジュディ 虹の彼方に』のルーファス・シーウェルほかイギリスの実力派が顔をそろえる。監督・脚本・原作は、長編映画は初であり、オリジナルの戯曲の原作者フロリアン・ゼレール、共同脚本は『つぐない』のクリストファー・ハンプトンが手がける。ロンドンでひとり暮らしをしている81歳のアンソニーは記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配する介護人を拒否し続けている。そんななか、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられ……。父親本人の視点で描き、認知症による記憶と時間の混乱、不安定な心理を映してゆく。“本人の体感”を映像で伝える新しい切り口のスリラーであり、年を重ねることですべての人が経験する家族の変わりゆく関係、いざこざや喪失、結びつきを描く人間ドラマである。

アンソニー・ホプキンス

ロンドンでひとり暮らしをしている81歳のアンソニーは認知症になり始めていたが、娘のアンが手配する介護人を拒否し続けている。「誰の助けも必要ない」と頑なに介護人を嫌がるのだ。そんななか、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられ、アンソニーはショックを受ける。またある日、自宅のキッチンでアンソニーが紅茶を淹れている間に知らない男がリビングに現れ、アンと結婚して10年以上になると話す。この見知らぬ男は誰なのか。自分を家から追い出し、娘と結託して財産を奪う気か。そしてもうひとりの最愛の娘ルーシーはどこに消えたのか。現実と幻想の境界がどんどん曖昧になり、アンソニーは途方に暮れる。一方でアンは、猜疑心や不安からの父の暴言に深く傷つきながらも、状態がいい時には感謝の気持ちを伝える父に、複雑な思いを抱きつつ大切に思う。このまま父の世話を続けるか、自分の人生を新たに歩むか、アンは思い悩み……。

高齢の親の介護と認知症への対応で日々起きるさまざまなことを描きながらも、家族のつながりやあたたかみ、老いてゆくなかにある混乱や焦燥を静かに見つめる映像が胸を打つ物語。原作の舞台は2012年のパリの初演以来、ロンドンのウエストエンドやニューヨークのブロードウェイ、日本(邦題「Le Père 父」、橋爪功主演)など世界30か国以上で上演し、ローレンス・オリヴィエ賞やトニー賞などを受賞。この戯曲を手がけ、本作が初の長編映画でありながら監督・脚本を担ったフロリアン・ゼレールは、このストーリーへの思いを語る。「本作は認知症についてのストーリーですが、観客には自分事として見てほしいんです。認知症の症状の一部を自分で経験しているような立場でね。ストーリーは迷路のようなもので、観客はそのなかにいて出口を探さなければなりません」
 共同脚本を手がけたクリストファー・ハンプトンは、本作のテーマの描き方について語る。「本作で認知症をどのように描こうとしたかというと……気取った言い方に聞こえるかもしれませんが、本作は認知症を芸術的に描こうとした作品なんです。認知症の症状だけでなくそれが周りの人々に与える影響をね。フロリアンにはユーモアのセンスがあるので、本作にも驚くほどたくさんの笑いが含まれています。舞台の観客にも言われました。『もっと重苦しい作品だと思っていた』と。それは本作がある種の真実を描いているからでしょう。そういう作品のほうが見ていて気分がいいのだと思います」

イモージェン・プーツ,アンソニー・ホプキンス,オリヴィア・コールマン

アンソニー役はアンソニー・ホプキンスが、認知症による混乱に苛まれる苦しみや悲しみを自然な表現で。自分にまったく問題がないと陽気にふるまったかと思えば、馬鹿にするなと脅してくる、その落差の危うさ、どちらも本当の姿であるという感覚がとてもよく伝わってくる。ホプキンスは今回の出演で得た気づきについて語る。「この役を通して多くの学びと気づきを得ました。自分自身の人生の終わりを意識するようになり、命が美しいものに思えてきました。家具に当たる日の光のようにね。なぜ人は生きているのだろうか。自分の“葉”を1枚ずつ失うのはどんな気分だろうかと考えました。人生の勉強になりましたよ」
 脚本家のクリストファー・ハンプトンは、ホプキンスが出演を快諾したことについて喜びと共に語る。「彼は会って5分で“出演する”と言ってくれました。とてつもなく興奮しました。それからは彼のスケジュールが空くのを我慢強く待ちました」
 映画化に向けて、フロリアン・ゼレールはアンソニー・ホプキンスのために脚本をあて書きして、主人公の名前と年齢、誕生日などをホプキンスと同じ設定に変更。ホプキンスの起用についてゼレールは語る。「彼には深い認識があると思ったからです。老いと死に対する認識がね。老いを表現するのは勇気のいることです。アンソニー・ホプキンスのような活力にあふれた俳優が悲痛なプロセスを演じることに魅力を感じました。観客もそう感じるといいです」
 アンソニーの娘アン役はオリヴィア・コールマンが、どんどん不安定になってゆく父の様子に胸を痛めながらもサポートし、これからについて思い悩む姿を丁寧に。彼女は本作のストーリーへの思い入れをこのように語っている。「私はこの物語が本当に大好き。構成は複雑だけど、ストーリーの核はとてもシンプルだと感じた。喪失と愛に関するストーリーで、愛する人が自分を認識できなくなった時に感じる苦悩でもある。認知症というテーマに関して、最も美しく書かれた脚本のひとつだと思う」
 アンソニーがある日、リビングで出会う“見知らぬ男”役はマーク・ゲイティスが、朗らかな介護人のローラ役はイモージェン・プーツが、キッチンに現れた新たな“見知らぬ男”ポール役はルーファス・シーウェルが、アンソニーに娘のアンだと名乗る見覚えのない女性役はオリヴィア・ウィリアムズが、それぞれに演じている。
 キャストが6人のみであることについて、ゼレールは語る。「映画にしては珍しくキャストは6人だけでした。そのうちの何人かは複数の役を演じます。彼らを繰り返し違う役で登場させるのは、 戸惑いの感覚を表現するためです。また、そうすることで観客を戸 惑わせることもできます」

本作が長編映画初監督であるフロリアン・ゼレールは、フランスのパリ出身で1979年6月28日生まれ。フランスで小説家や劇作家として活躍し、これまでに小説5作と戯曲「The Father(英題)」、「The Mother(英題)」、「The Truth(英題)」、「The Lie(英題)」、「The Height of the Storm(英題)」などを手がけている。なかでも本作の原作である戯曲「Le Père(原題)」はフランス演劇界の最高賞と言われるモリエール賞にて作品、男優、女優賞を受賞し、国内外で高い評価を得た。ホプキンスは本作で初めて一緒に仕事をしたゼレールを称え、自身の演じた役があて書きだったことについてもこのようにコメントしている。「フロリアンは実に才能のある脚本家です。天才的なところがあります。映画の監督は初めてなのにすばらしい仕事ぶりでした。アンソニー役が自分のために書かれたことについて2年前に彼と初めて会った時、私のために書いたと言われました。ウソだろうと思いましたが本当でした。プロデューサーからもそのとおりだと聞き、すごく光栄に思いました」
 また共同脚本を手がけたハンプトンは、「原作の戯曲に完全に打ちのめ」され、「私に翻訳させてほしい」とゼレールに伝えたとのこと。そしてゼレールは、「脚本がフランス語だった時から、なぜか私には英国のストーリーに思えました」と語り、英語への翻訳はまったく問題なかったという。ハンプトンはゼレールとの信頼関係と、今回の共同脚本が完成するまでのユニークな経緯について語る。「彼はいつでも私の翻訳を歓迎してくれます。もちろん作品についての議論はいつも白熱しますよ。でも彼はいつも、私を信用して作品を任せてくれるんです。映画の脚本は面白い方法で書きました。彼が初稿をフランス語で書いて私に送り私が2稿を英語で書いて返しました。3稿は彼がフランス語で4稿は私が英語で、その後パリで2〜3日会い、2人の意見をまとめて5稿を書きました」
 ゼレールは本作のテーマのひとつである認知症について率直に語る。「認知症は現代において最も悲しい問題です。それに誰もが共感できる問題でもあります。誰だって怖いでしょう、自分自身を失ってしまうのは」
 そしてゼレールとハンプトンは、本作の描き方について、このように語っている。
 ハンプトン「この作品を必要以上に複雑にしたくなかった。テーマがテーマだけにね。私たちはある種の感覚を再現しようとしました。舞台の観客に呼び起こしたような……崩壊と戸惑いの感覚です」
 ゼレール「ある意味、この作品はスリラーです。舞台でやった時と同じように、観客がストーリーの一部になるように誘う。また、迷路のような入り組んだ性質にもかかわらず、喜びという明確な感覚もあり、僕はそれを維持したいと思いました」

オリヴィア・コールマン

虚しい、苦しい、悲しい、嬉しいと、日々くるくると入れ替わる複雑な感情が、登場人物たちの対話でとても自然に表現されているところが、大きな魅力である本作。高齢の親をサポートするアンの複雑な感情に、観ていて筆者は個人的にとても共感し、「みんなそうなんだ」と不思議と癒される感覚もあった。そして本作は、2021年4月25日(現地時間)にアメリカで行われた第93回アカデミー賞授賞式にて、主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)と脚色賞(クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール)を受賞。感謝と喜びにあふれるゼレールの受賞コメントをご紹介する。「本当に嬉しく思っています。大変な名誉です。この喜びをクリストファー・ハンプトンと共有します。長年一緒にやってきました。この脚本を書いてくれた素晴らしい友人です。この作品に参加してくれた全員に感謝したいと思います。<中略。大勢の関係者の名前をあげて感謝を述べる>『ファーザー』のスタッフ、キャスト、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツ、そしてもちろんアンソニー・ホプキンス。この脚本は彼のために書きました。今生きる最高の俳優です。彼と一緒に仕事ができるなんて夢のようでした。簡単に実現できる夢ではないと分かっていました。私はフランス人ですし、初の長編映画でした。そして相手はアンソニー・ホプキンスです。でも誰かが来て絶対にできないと証明するまでは、可能性があると信じていました。そして出来ないと自分で決めつけてはいけないと思いました。『ファーザー』への扉を閉めたくなかった。私のインスピレーション、私の夢を追求しようと思ったんです。アンソニー、YESと 言ってくれてありがとうございました。そしてこの作品に全てを捧げてくださってありがとうございました。エネルギー、品性、才能、全てを捧げてくださってありがとうございました。本当に人生最高の体験でした。妻に感謝します。マリーヌ、いつも支えてくれてありがとう。愛と忍耐でサポートしてくれました。そして、アカデミーの皆さん、ありがとうございました」
 本年度のアカデミー賞主演男優賞は、2020年8月に43歳で急逝したチャドウィック・ボーズマン(『マ・レイニーのブラックボトム』)という予想があったなかでのホプキンスの意外な受賞だった。そして『羊たちの沈黙』のレクター博士から約30年ぶりの2度目の受賞にして、現在83歳のホプキンスは史上最高齢にてアカデミー賞主演男優賞を受賞。授賞式当日に欠席していたアンソニーは、その時間はイギリスで就寝中だったそうで、インスタグラムでこのようにコメントを伝えた。「おはようございます。生まれ故郷のウェールズに来ています。83歳という年齢になってこのような賞を受賞するとは全く思ってもみませんでした。アカデミーに感謝を申し上げます。そして、あまりにも早くこの世を去ってしまったチャドウィック・ボーズマンにこの賞を捧げます。ありがとうございます。本当に予想外でした。とても光栄で名誉なことと思います」

老いや認知症、家族との関係、“避けようのない人生のプロセス(ゼレール)”について、独特の視点とぬくもりと共に描く本作。こうした物語の主演を務めるホプキンスが、一流の俳優として活動し続けているのはとても頼もしく、素晴らしいことだ。第一線で自分らしく活動してゆくことについて、ホプキンスは本作の公式資料のインタビューにて、このように語っている。「私はまだ引退する気はありません。私は老戦士ですからね。強くて生きる力がある。それに私はあれこれ考えたり分析したりせずただセリフを覚えて演じます。それが脳の活性化につながります。私は暗記マニアなんです。何度も何度も読んで覚えるので強迫性障害(OCD)のようですよ。でも、おかげで脳が衰えません。エリオットなどの詩も大量に暗記しています。言葉にとても力があるからです。シェイクスピアやエリオット、イェイツなどの詩をね」

2021年4月30日更新

作品データ

公開 2021年5月14日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2020年 イギリス・フランス
上映時間 1:37
配給 ショウゲート
原題 THE FATHER
監督・脚本・原作 フロリアン・ゼレール
脚本 クリストファー・ハンプトン
出演 アンソニー・ホプキンス
オリヴィア・コールマン
マーク・ゲイティス
イモージェン・プーツ
ルーファス・シーウェル
オリヴィア・ウィリアムズ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。