分からなくてOK! 作家の意図を読み取り、何かを感じる入口に森美術館

森美術館画像提供:森美術館

2003年、六本木ヒルズの象徴として海抜250mの森タワー53Fに開館した現代アートの美術館。年2〜3回開催される企画展に加え、所蔵コレクションを公開する「MAMコレクション」、映像作品を紹介する「MAMスクリーン」、資料展示を中心とした「MAMリサーチ」、アーティストと実験的なプロジェクトを行う「MAMプロジェクト」など、小プログラムを交えて展開。“現代性”と“国際性”を理念に世界の先鋭的な美術を独自の視点で取り上げ、展示作品の撮影を可能にするなど業界に先駆けた取り組みも多い。52Fには展望台と森アーツセンターギャラリーがあり、チケットは展望台とのセット券のため、20〜30代を中心に国内外からさまざまな人が訪れる。

副館長兼チーフ・キュレーターの片岡真実氏。より質の高い美術館を目指し、場所と時間を軸に未来と過去をチェック、先を読みつつ前進する方策を考えるのが楽しいと話す

2005年から収集を始めた同館のコレクションは、現在400点以上。2015年のリニューアルを機に、「MAMコレクション」として、専用の展示室でテーマに沿って紹介するプログラムがスタート。企画展がコアなアートファンから一般まで幅広い層に向けて打ち出すのに対して、MAMコレクションなどの小プログラムはターゲットを絞り、他の展示で見えてこない現代アートの歴史や動向の一部にフォーカスする。
作品の中には、時代性や社会性が盛り込まれたものもあり、楽しい作品ばかりとは限らない。一般には荷が重いと感じることも。
「現代アートには、多様な分野と接続しながら、人間の存在や生と死、時間と空間など哲学的な概念を掘り下げる性質があり、これをきちんと鑑賞者に伝えること、学びの機会を作ることも美術館に課せられた役割の一つです。単純に来館者数を増やすために、インスタ映えといった見せ方の工夫だけに特化してしまうと、現代美術館としての機能が失われかねません」と、副館長兼チーフ・キュレーターの片岡真実氏。鑑賞者が作品の意味を読み取ろうとすることや、作品から感じた新たな視点など、何かをつかみ取ることが大切だと話す。観光客を含めた幅広い来館者層に対応しながらも、現代アートとして伝えるべきポイントは押さえる。硬軟のバランスを考えた展覧会やラーニングプログラムの企画を常に念頭に置いているという。

400点以上あるコレクションをテーマの下に展観する小企画「MAMコレクション」展示風景:「MAMコレクション001:ふたつのアジア地図―小沢剛+下道基行」森美術館(東京)2015年
撮影:古川裕也/画像提供:森美術館

企画展は、テーマ展、地域展、中堅作家の回顧展、六本木クロッシング、建築展などを主軸に展開。2018〜2019年は、東京オリンピックを控えて日本に注目が集まる時期のため、「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」、「六本木クロッシング2019展:つないでみる」、「塩田千春展:魂がふるえる」など日本の建築と現代アートを見せることを意識した。

会場入口で来館者を圧倒した、日本伝統の木組み。構造を支えるための金物は一切使用していない展示風景:「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」森美術館(東京)2018年
撮影:来田 猛/画像提供:森美術館

2017年には、ASEAN(東南アジア諸国連合)の設立50周年を記念して、「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」を実施。同展は国立新美術館と同時開催され、ASEAN10カ国86組の作家が集った。「アジア・太平洋地域の現代アートの中核的な役割を果たすことを目指す美術館として、東南アジアを徹底リサーチし展覧会にまとめました。同地域の現代美術を包括的に見せる展覧会として前例がない規模でしたね。このような他機関とのパートナーシップは、今後も重要になってくると感じています」。

センターアトリウムに登場した、宙に浮く巨大なゾウが印象深いアピチャッポン・ウィーラセタクン+チャイ・シリ 《サンシャワー》 2017年
展示風景:「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」森美術館(東京)2017年
撮影:木奥恵三/画像提供:森美術館

東南アジアの近現代史を見ると政治的に日本よりも紆余曲折を経ており、そうした歴史は自ずと作品に反映される。メッセージ性や批評性が前面に出た作品もあったが、インスタ映え、参加型といった親しみやすい作品を交えて展示したことで、入場者数は予想を上回る結果となった。特に、フィリピンのフェリックス・バコロール《荒れそうな空模様》(2009/2017)は、1200個のプラスチック製の風鈴が風に揺れて音を奏でているインスタレーション作品で、色の鮮やかさと華やかさが人気だったという。

色鮮やかな世界はまさにインスタ映えフェリックス・バコロール《荒れそうな空模様》2009/2017年
展示風景:「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」森美術館(東京)2017年
撮影:木奥恵三/画像提供:森美術館

中堅作家の回顧展(ミッドキャリア・レトロスペクティブ)も同館ならではの取り組み。若手やベテランではなく、あえて中堅に焦点を当てる。国際的に活躍しているのに包括的に見られていない日本人やアジア人作家の認知を高め、サポートする側面もある。「デビューから20〜30年が経ち、世界で活躍している作家を見ると、それぞれの戦略があり、成長があり、時代を反映した方向性があります。一度まとめて振り返ることは、作家の本質を知る大切な機会になりますし、作家にとっても次へと飛躍する糸口になると思っています」。片岡氏は、俯瞰してみることで、鑑賞者も作家自身も新たな気付きがあるのだと話す。世の中に見えている活動や代表作だけがその作家のすべてではない。大きな仕事も小さな仕事も、一つの展覧会の盤上に載せると作家の狙いや正体が見えてくる。
 片岡氏がキュレーションを行った「会田誠展:天才でごめんなさい」(2012)も、会田誠の本質を見せるために全体像を見せることを意識したそうだ。「性的もしくは政治的に極端な表現の作品が注目されやすく、一般に知られていますが、実は違うタイプの作品をいくつも作っており、私自身はすごくバランスの取れた作家だと感じています。世界を俯瞰していろいろな状況を作品の中に反映しているため、全体像を見せようと企画・構成しました。美術業界の専門家でも知らない作品があったとコメントをもらうなど、好評でしたね」。
 多様化する現代と同じように、今を作品に込める作家の活動も多方面に広がっている。既に一定の評価を得ていたとしても、俯瞰することで一皮むけることもあるのだとか。

台湾出身のリー・ミンウェイなど、同館での個展を経て人気が世界的に高まった中堅作家もリー・ミンウェイ《プロジェクト・繕(つくろ)う》2009/2014年
展示風景:「リー・ミンウェイとその関係展:参加するアート―見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる」
森美術館(東京)2014-2015年
撮影:吉次史成/画像提供:森美術館

同じテーマや作家の企画展でも、キュレーターが変われば、内容は当然変わる。片岡氏の場合は、個々の作家を見る際に作家がその生き様をどのように作品に反映し、作家自身のことだけでなく、世界的な動向や歴史を包括的に見て咀嚼し、学び取っているかがポイント。主観的な要素もあるが、常に質の高い作品・作家を探しているという。
 その姿勢は展覧会の企画でも同じだ。単にテーマに基づいて作品を集めた企画ではなく、最高品質を自らに課す。「品質は数値で測れるものではないため、自分の中でどういう風にテーマやコンセプトを決め、鑑賞者に伝えていくかが難しいところです。作家の選定でも、今日では紹介を通じて作品画像だけで決断することも可能ですが、私は直接本人と会って決めることを重視しています」。個展では、その作家が思っていることにプラスして、本人が気付いていない部分をどのようにキュレーションするかに注力しているとか。

世界でも過去最大規模となったレアンドロ・エルリッヒの個展は、森美術館歴代2位の入館者数を記録したレアンドロ・エルリッヒ《建物》2004/2017年
展示風景:「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」森美術館(東京)2017-2018年
撮影:長谷川健太/写真提供:森美術館
アジアの中堅アーティストとして2017年にフォーカスした、インド出身のN・S・ハルシャの展示は、彼の独自の立ち位置を分かりやすく可視化したN・S・ハルシャ《ここに演説をしに来て》2008年
展示風景:「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」森美術館(東京)2017年
撮影:椎木静寧/写真提供:森美術館

本人が気付いていない魅力をどのようにして見つけるのだろうか。「従来の個展は、活動歴に合わせて時系列で作品を紹介するのが一般的でした。私は、活動歴を何らかのまとまりで章立てして見せることが多いです。作家によっては、同時並行的に異なるシリーズを手掛けることもありますが、それらも枝分かれさせて再編集していきます」。
 作家のことを仲介して代弁するのがキュレーターの役割だからこそ、作家の真の姿を歪めずに伝えたい――何度も話し合いを重ねるが、一人の人間の約30年の生き様をまとめるのは、難しさが伴う。メールや電話はもちろん、海外の作家の場合は現地を訪問して2〜3日共に過ごすことも。密なコミュニケーションの中で、展覧会の展示プランを検討したり、作品について意見交換したり、見せ方について協議を重ねていく。「その作家の本質に到達しないと生き様をまとめることはできません。しかし、展覧会では本質を示しながらも、鑑賞者が楽しむ余地も必要です」。具体的な展示方法を図面に落としながら、物理的に収まるか検討、輸送費や会場設営費などのコストを考える。一つひとつ手順を追っていくと、実現できる範囲で作家の表現や生き方を最大限に演出することの複雑さ、難しさがじわじわと見えてくる。一定の期間を過ぎれば、次へと変わっていく企画展の枠内で、一つの展覧会に込められた作家の思い、キュレーターの狙いへと思いを馳せ、その努力を感じることで、展示が一層奥深く感じられそうだ。

2004年から3年に一度、現代アートの最新動向を探る「六本木クロッシング」を開催。2019年で6回目だが、まだ2回登場した作家がいないほど、取り上げる表現や作家は幅広い展示風景:「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館(東京)2016年
撮影:永禮 賢/写真提供:森美術館

以前よりもすそ野が広がり、一般にも認知されるようになってきたとはいえ、まだまだ分からないと躊躇する人も多い現代アートの鑑賞。「現代アートを最初から分かっている人は誰もいません。私も毎回、何なのだろう、これは?と思い、勉強して得た知識を代弁しています。それほど、作品がどこで、どんな背景で、どうやって作られたかによって、意味が違ってくるのです」。片岡氏は、現代アートは作品から意味を読み取るゲームなのだと話す。堂々と分からないまま見て、本能が赴くままに感じたらいいのだ。もう少し掘り下げて知りたいなと思ったら、ギャラリーツアーがおすすめ。解説によって、作品への愛着や親近感も湧いてくる。ギャラリーツアーが平日の夕方から夜にかけて設定されることが多い点も、オフィスワーカーには好都合だ。一般的な美術館よりも遅く、火曜を除き22時まで開館しているので、仕事帰りにゆっくり現代アートとの対話を楽しみ、意外な発見や刺激を受けてみたい。

森美術館(六本木)
外観画像提供:森美術館
港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F
03-5777-8600(ハローダイヤル)
料金:展覧会により異なる
月・水〜日曜日 10:00〜22:00
火曜日 10:00〜17:00
(いずれも最終入館は閉館30分前まで)
休館:会期中は無休
東京メトロ日比谷線「六本木駅」1C出口徒歩0分(コンコースにて直結)
都営地下鉄大江戸線「六本木駅」3出口徒歩4分
webサイト
2018年11月取材/2018年12月更新