こだわりのアール・デコ建築が光る旧皇族の邸宅東京都庭園美術館

東京都庭園美術館広報担当の学芸員、板谷敏弘氏。プライベート感たっぷりの個人の邸宅が庭園も含めて、基本的に85年前の姿をとどめている点が同館の最大の魅力と話す

1933(昭和8)年に竣工した旧朝香宮邸の公開・活用を目的に、1983(昭和58)年に開館した美術館。旧宮邸は、20世紀初頭にフランスで流行していたアール・デコ様式で、壁飾りや照明器具などの内装デザインが統一されている。建物の保存を行うと同時に、旧朝香宮邸やアール・デコ様式に関わる美術品や資料の収集も行っており、所蔵数は約260点に上る。2014(平成26)年にリニューアルした新館にはホワイトキューブのギャラリーを新設し、旧邸宅の建築や様式とアートを結びつける試みを、企画展で展開。モダンで優美な雰囲気は、女性や建築ファンを中心に多くの人をひきつけているほか、広大な庭園も、都心では希少な憩いスポットとして人気が高い。四季折々で老若男女が訪れる。

竣工当時の宮邸。正面玄関のモザイク床は5〜6種類の天然石を1枚ずつ図面に合わせてカットして貼り付けたもの。タイルよりも丈夫で破損が少ない
朝香宮鳩彦王(あさかのみや やすひこおう)と允子(のぶこ)妃。明治天皇の第8皇女だった允子妃は持参金が多く、宮家を経済面で支えていたという

久邇宮朝彦親王(くにのみや あさひこしんのう)の第8王子鳩彦王が1906(明治39)年に創設した朝香宮家。鳩彦王は1922(大正11)年に軍事研究のためフランスに留学したが現地で交通事故に遭い、看病のために渡欧した允子妃と共に1925(大正14)年まで滞在した。当時、現地では装飾美術アール・デコが流行。朝香宮夫妻は感銘を受け、自邸をこの様式で建てることにしたという。
 主要な部屋の内装設計と次室の白磁のモニュメント“香水塔”はアンリ・ラパン、正面玄関のガラス・レリーフ「有翼の女性像」と、大客室のシャンデリアはルネ・ラリック、大広間の大理石レリーフ《戯れる子供たち》はイヴァン=レオン=アレクサンドル・ブランショと、アール・デコの著名な芸術家たちに依頼。ラパンは来日せず、送られてきた設計図を基に実際の建築は宮内省内匠寮が担った。内匠寮は、宮内省所管の建築、庭園、土木などを司り、赤坂離宮(1908年)、竹田宮邸(1911年 現高輪プリンスホテル)、東京国立博物館(1937年)などを手掛けたエリート集団だったとか。西洋の最新様式の内装を取り入れる傍ら、大食堂などアーチ窓に合わせて設計された金枠、寄木細工の床など、日本古来の職人技も随所に駆使されている。
 「戦後、皇籍離脱した11宮家に朝香宮家も含まれ、宮邸は外務大臣公邸や迎賓館として約30年を過ごし、その後、西武鉄道がプリンスホテルとして運用していました。1981(昭和56)年に再開発の話が出たとき、近隣住民による庭園保存運動が起き、東京都が購入したのですが、重要視されたのは土地だけ。1980年代には、アール・デコは忘れ去られていたのです。しかし、丸ごとアール・デコ様式の建築が残った建物はフランスでも少なく、美術館として保存していくことになりました。それから35年、アール・デコが見直されて建物の価値が認められ、2015(平成27)年には重要文化財に指定されました」と、広報担当の板谷敏弘氏。

特注で制作されたルネ・ラリックのガラス・レリーフ。浮き出た部分が空洞ではないために重さのバランスが悪く、経年劣化で亀裂が入りやすい

美術館となった現在も入口は当時の玄関から。正面には、ルネ・ラリックのガラス・レリーフが並んでお出迎え。縦長のレリーフが続くデザインと、外観で縦長の窓が続くデザインがリンクしていて面白い。「曲線が多く職人技で仕上げたアール・ヌーボー様式と異なり、アール・デコ様式は基本的に大量生産がベースで、直線で幾何学的、同じパターンが繰り返されたデザインが多いですね」。板谷氏が、同時代に流行した2つの装飾様式の違いを簡単に説明してくれる。当時は工業が盛んになり始めた頃で、幾何学模様が機械とつながるところがあった。アール・デコ様式は、1910年代半ば〜1930年代までと流行した期間が短いのも特徴だ。
 「ラリックの最初のデザイン案ではレリーフの女性は裸婦でしたが、宮家が反対して服を着た女性になったようです。船で実物が届きましたが設計時のサイズよりも小さく、内匠寮が枠を作り直したといいます。允子妃はラパンやラリックとフランス語の手紙を介して直接やり取りしました」。エピソードを聞くと、朝香宮夫妻のアール・デコへの力の入れ具合が分かり、グッと親近感が増す。次男がドアを勢いよく閉めたらレリーフに亀裂が入って朝香宮が怒り、以来、家族は横の外套室から出入りして、ガラス・レリーフのドアはお客様専用になったという逸話も残っている。

アンリ・ラパンがデザインし、国立セーブル製陶所で制作された香水塔。宮邸時代に渦巻き状の照明部分に香水を施し、照明の熱で香りを漂わせた由来からその名が付いた
大食堂の照明は、ルネ・ラリックの製品の一つ、《パイナップルとザクロ》。モニュメントのように象られた2つの果物の造形が面白い

大広間は、奥の鏡とマントルピースを中心にしたシンメトリーな空間。木目調の重々しい雰囲気が、格子の中に40個の照明が配置された天井と併せて見ると、スタイリッシュに感じられ、ここでダンスパーティも行ったというのも納得。「2Fへ上がる第一階段は、竣工当時の写真がモノクロのために絨毯の色が分からず、東京都が購入した時に敷かれていた赤のままでしたが、2014(平成26)年のリニューアルの際に、小豆色の絨毯と記載された三越からの受領証が発見されて変更しました。敷いてみると、赤よりもずっと雰囲気に合う気がします」と、板谷氏は笑う。壁紙やカーテンの色なども、モノクロ写真からは読み取れないため、調査に苦労するのだとか。
 大広間と大客室をつなぐ次室には、同館のシンボルとも言える香水塔が立つ。当時は、上部から水が流れ、陶器の肌を伝って、下の黒大理石の水受けにたまる噴水器だった。邸宅内に噴水器を設置するのも、アール・デコの時代にヨーロッパで流行したもの。
 「ライトが透けるように渦巻き状の部分は当時の最新技術で作られた硬質磁器、胴の部分は透けない軟質磁器を使って作られています。20年前に樹脂で補強したのですが、リニューアルの時に樹脂を取り除いた所、それまでの地震や経年劣化の影響で54の破片になってしまい、修復に時間がかかりました」。その過程は、まさにパズルのような感覚だったとか。
 この部屋のもう一つの見どころは壁。なんと、コンクリートに漆を塗っているのだ。アルカリ性を帯びるコンクリートには、本来漆は定着しないが、昭和初期に金沢の職人が開発に成功。その特許技術を用い、さらにプラチナを箔押しした豪華仕様になっている。フランスの最新流行と国内の最新技術が結集した豪邸ぶりにため息が出る。
 大客室と大食堂は一番アール・デコの装飾が強く現れている部屋。大客室に入ると、当時のソファーやテーブルが展示され、柱の頭飾りには古代ギリシャ風のデザインが見られるなど、往時の優雅な雰囲気が伝わってくる。マックス・アングランのエッチングガラスを嵌め込んだ扉と、内匠寮が制作したレジスターカバー、壁の上にあるアンリ・ラパンの壁画など、どれも花がモチーフとなっているのが印象的。「ルネ・ラリックが市販していた《ブカレスト》という照明をラパンが採用したのですが、ギザギザやジグザグというのもアール・デコに多いデザインです。葉でもあり、近代化を象徴する歯車も意識したと言われています」。
 ゲストとの会食に使われた大食堂では、扉やラパンの絵に果物が、レジスターカバーに魚と貝があしらわれ、食べ物のモチーフが随所に。壁面は当初、レオン・ブランショが制作したコンクリート製のレリーフが入る予定だったが、フランスから船便で運んだ際にヒビが入ってしまい、日本で型取りして石膏で作り直し、銀を塗装しているという。天井は漆喰。アーチが何層にもわたっているのが、部屋の円型と合わさってドレスのよう。このアーチを造りながら、筋をつけていく左官技術は非常に難しく、今ではできる人がほぼいないのだそうだ。

普段は和風の小食堂を使用。3食のうち1食は和食だった。フレンチの時は、一家も給仕も全員フランス語で話し、殿下が娘にいきなりフランス語の格変化のテストをすることもあったとか
正面玄関の上にある書斎。四角い部屋の四隅に棚を置き、床のデザインを円形にすることで、丸い部屋のような造りになっている

第一階段から2Fへ。二階広間はピアノや蓄音機が置かれ、リビングのように使われていた場所。ここのポイントは壁。今ではもう手に入らないアメリカ製のラフコートという色付けできる左官の材料を使って作られている。3人の棟梁が手分けして作業したため、波模様や渦巻き模様など違う模様が入り混じっていて面白い。「この広間は憩いのスペースでしたが、宮家の人々は唯一の畳部屋だった侍女の控室(非公開)に集まることが多かったようです。夕食後に侍女たちが休んでいると、庶民の暮らしを聞きに次女が部屋を訪れ、次女を追って朝香宮が訪れ…と、自然と集まったみたいですね」。板谷氏が意外なエピソードを教えてくれた。
 2Fの見所は、もちろんラパンが内装を担当した朝香宮の居間や書斎。書斎のデスクやイス、電話台、カーペットなどもラパンがデザインし、よく見るとサインもチラリ。外務大臣公邸時代に使用した吉田茂も気に入っていたという。居間は、2014年に壁紙とカーテンを復原。流水形やドーム型のデザインは、アール・デコではよく使われたモチーフなのだとか。「当時の写真や壁紙も保存されていましたが、写真はモノクロ、壁紙は日焼けしており、正確な色が分からず復原作業は難航しました。それを打開したのは、書斎の机。天板とガラス板の間に挟み込まれていた布が同じ模様で、分厚いガラス板の下にあったためにあまり日焼けしなかったと考えられて、現在の色が採用されたのです」。できるだけ在りし日の優雅な邸宅を見たいと思うのが来館者の常だが、80年以上前の姿に戻す活動はなかなか大変な道のりのようだ。
 若宮の寝室にも隠れた見所が。円形に張り出した窓に竣工当時のサッシが残っている。「窓のガラスは旭硝子を使っているのですが、国産板ガラスを製造できるようになった当初のもので、独特な歪みが特徴です。技術が発達した現代では歪みのあるガラスはもう製造できません。サッシは現場で型を取って製造したそうで、隙間なく、ピッタリと建物のアーチに合わせて金属を曲げていく技術も当時の職人技の粋ですね」と、板谷氏。窓からは、正面玄関の木々がゆらいで見えてレトロ感が味わい深い。左官の塗りの鮮やかさや、金工の加工の絶妙さなどは、現代の同種の職人が見るとその技術の高さに唸ってしまうほど、高レベルなのだとか。当時のガラス窓は殿下の書斎など、いくつかの部屋に残されているので、ほかも探してみたい。
 允子妃の居間は、ゴルフボールがくっついたような照明がインパクト大。宮廷では部屋に収納場所を造らない原則がある中、本人の希望で収納がたくさん設けられていて、実用的な部屋になっている。当時の写真には、人形などがたくさん並べられてあり、可愛らしいものが好きだったようだ。窓から覗くと、バルコニーは鮮やかな色合いの泰山タイルを組み合わせて仕上げてあり、スモーキーな色合いにビビットな青がアクセントになっていて目を引く。

若宮の寝室の窓。張り出た建物に合わせて製造した窓枠は、同じものが一つとないオリジナル品。徐々にカーブしていく様は、現代の金工職人が感嘆するほどの高度な技なのだとか
夏に涼をとった北の間の泰山タイル。昭和初期に流行したもので、艶消しした表面に布目のような模様を付け、釉薬をかけて光らせる。1枚ずつ微妙に色合いが異なり美しい

同館では、年4回企画展を行っているが、建物をテーマとした企画展は年に1回のみ。建物をテーマにした企画展の開催期間中だけ入れる特別な部屋が、3Fのウインターガーデンだ。姫宮の居間の奥にある第二階段から行くことができるが、1度に10人までの定員制で、混雑時は10分以内と制限時間もある。白と黒の石を市松模様に並べたこの部屋は温室として使われていた。「壁と床は同じ市松模様になっていますが、実は材質が違って、壁は大理石、床は左官で似せて造った人造大理石です。植物への水やりなどで床が濡れるため、耐久性の良い床にしたと考えられています」。一見では全く気付かないほど、そっくりで驚き。2Fの殿下と妃殿下の居室前にあるベランダも同じ市松模様のデザイン。アール・デコよりもシャープでモダンな感じがしていたら、次に流行したモダニズムに近いという。

温室だったウインターガーデン。新しいもの好きな朝香宮は、1932(昭和7)年に開催された「新興独逸建築工芸展」でマルセル・ブロイヤーのイスを自ら購入し、この部屋に置いたという
新館は、打って変わって現代的な建物。ホワイトキューブは本館のアール・デコの余韻に浸りながら、アートを鑑賞するのに適度な広さ。ガラス張りのカフェからは庭園の緑が見えて心地良い空間となっている

新館は、企画展で使用されるホワイトキューブのギャラリー1と、講演や関連映像を放映するギャラリー2、カフェ「TEIEN」とミュージアムショップ「NOIR」が展開。本館の建物だけでも見所満載なのに、企画展を実施する理由について、板谷さんは次のように語った。「美術館としてオープンした1983(昭和58)年は、東京都の美術館も2つしかなく、往時の姿を残して見せるだけでも良かったかもしれません。しかし、今は、現代美術館、写真美術館等、たくさんの都の文化施設があり、特徴を出していかなければなりません。価値ある建物を次代へと受け継がせていくため、この空間をどう生かして活用するかを考え、展覧会という方向性が見出だされたのです」。常に新しい情報を発信して、毎回違う来館者に発見を促す。その決意は館内にも表れている。允子妃の寝室など、壁紙をあえて復原せず、シンプルな色にして企画展の展示品が引き立つように工夫。「建物にインパクトがあるので他の美術品を展示する時のバランスを考えて調整していますね。今まで一番入場者数が多かったのは2001年に開催されたカラバッジョ展ですが、2008年の舟越桂展も違和感を通り越したインパクトがあり、人気を博しました。エミール・ガレやルネ・ラリックなど同じ時代の人物を取り上げた企画展も行いますが、ミスマッチから生まれる独特な空間を目指すときもあります」。6月から始まる企画展では、ブラジル先住民の椅子がテーマ。座るためだけではなく、意味のある造形をしている点が、装飾をテーマにする同館の趣旨と合う。アール・デコの雅な空間に、ザ・民藝といった先住民の椅子が並ぶと、どんな空間になるのか。2015年に「マスク展」を実施した同館なだけに、ユニークな展示が展開されるに違いなく、好奇心がむくむくと頭をもたげる。
 「建物のキャパシティ的に1日2000人が限界で、それ以上は建物にカバンなどが当たるといった弊害が出てくるので、上野の美術館のような大量動員は考えていません。見た人が何かを感じ取れる、そんな企画展を考えています。キーワードはアール・デコとつながる“装飾”。装飾とは何かに視点を置きつつ、ジュエリー、工芸、現代アートなどジャンルを問わずにこの建物にアートを合わせていきたいです」。

図録、グッズ、芸術関連の書籍、隣のカフェで使っているテーブルウェアやギフト用のスイーツなどが並ぶ、ミュージアムショップ「NOIR」。アール・デコの意匠を上手く取り入れた文具類はどれもオシャレ

カフェでは、牛タンシチューが好評なほか、スイーツも8種類のケーキが毎日用意される。どれも人気があり、夕方には品切れになるものも多い。取材日は、ガトーショコラ、フレジエ、エクレールなどが並んでいた。
 ミュージアムショップでは、同館が編集した『アール・デコ建築意匠−朝香宮邸の美と技法』や『朝香宮邸物語−東京都庭園美術館はどこから来たのか』といった関連の書籍に加え、定番のポストカード、マスキングテープ、一筆箋などのグッズが並ぶ。ブックマーカーは年配層に、クリアファイルは若年層に人気だ。
 正門横には、レストラン「Du Parc」、ミュージアムショップ「BLANC」も併設。西洋庭園に面したレストランは、ランチ、ディナーとも2種類のコース料理で展開し、カフェタイムにはカレーやサンドイッチといった軽食も提供。チケットがなくても利用できるため、鑑賞後のひと休みだけでなく、純粋に庭園を見ながら料理を楽しむのもオススメだ。

新館にあるカフェ「TEIEN」のスイーツはパティシエが手掛ける自信作。企画展に因んだものもあり、取材時は「フランス絵本の世界展」で本型のケーキがラインナップ
52席あるレストラン「Du Parc」は明るく開放的な雰囲気。庭園に面した側はサッシュレスになっており、緑がグッと近く感じられる

明治維新以降、急速に進んだ近代化。フランスで最先端の流行に触れ、アール・デコの館を造り上げた朝香宮夫妻の思い入れの強さには、欧米への憧憬もあったのかもしれない。
 1933年の竣工時、長女はすでに嫁ぎ、長男は陸軍に入隊、さらに住み始めて数カ月で允子妃が急逝。1941(昭和16)年には次女も嫁ぎ、1944(昭和19)年次男が戦死、1941年から皇籍離脱する1947(昭和22)年まで朝香宮が一人で住んだという歴史も、数奇な運命で建物に一層の興味を持たせてくれる。建物丸ごと一つのアートであり、一つの家族の物語でもある館で、不変の魅力を持つアートとの不思議な邂逅をぜひ体験してみたい。

東京都庭園美術館(白金台)
外観
港区白金台5-21-9 [MAP]
03-5777-8600(ハローダイヤル)
入館料
展覧会により異なる
※同チケットで庭園にも入場可
10:00〜18:00(最終入館は閉館30分前まで)
休館日
毎月第2・第4水曜日(休日の場合、翌平日)、年末年始
JR「目黒駅」徒歩7分
三田線・南北線「白金台駅」徒歩6分
webサイト
2018年4月取材/2018年5月更新