思いがけない美をつかむ!近現代工芸に特化して魅力を拡散

菊池寛実記念 智美術館(虎ノ門)

  • 2018/06/26
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菊池寛実記念 智美術館

1950年代から現代陶芸を蒐集してきた菊池智(きくち とも)が、近現代工芸の認知拡大のために、2003(平成15年)年に開いた美術館。戦後から現在活躍中の作家までの作品を通して現代陶芸の魅力を積極的に発信している。コレクションは、富本憲吉(1886〜1963)、八木一夫(1918〜1979)、加守田章二(1933〜1983)、藤本能道(1919〜1992)、鈴木藏(1934〜)、栗木達介(1943〜2013)など、現代陶芸を語るには欠かせない作家たちの作品で構成され、個展とコレクション展を中心に、年3〜4回の企画展を実施。中でも藤本能道のコレクションは世界屈指のレベルとして知られ、年代を問わず焼き物好きが多く訪れる。

富本憲吉「白磁八角共蓋飾壷」1932年 高さ21.5p 径24.5p

茨城県で炭鉱事業に従事し、千葉県に本社を置く京葉ガス株式会社を経営した菊池寛実(きくち かんじつ)の娘である菊池智は、第二次世界大戦中の1940年、寛実が瀬戸の陶工のために作った登窯で初めてやきものと出会う。土が炎に包まれて新たな姿へと生まれ変わる様は、自身の死生観にも関わる強烈な体験だったとか。1950年代後半、本格的に学び始めた茶道を契機にやきものの蒐集を開始。当初は古美術や古陶磁だったが、次第に現代の作品へと移行していく。「いつ、どんな美が私の前に示されるか分からないという未知の感動を追いかける楽しみが私を惹きつけた」と、生前に智は、現代陶芸の魅力を語っている。
 1983年には、スミソニアン国立自然史博物館で「Japanese Ceramics Today(現代日本陶芸)」展を開催。約300点のコレクションを展示し、半数以上を30〜40代の若手作家が占める斬新な構成で、イギリスにも巡回するほどの好評を博す。日米間に貿易摩擦が起こる社会情勢のなか、文化交流によって相互理解が深まる体験は、智に文化事業の重要性を意識させた。同時に、スミソニアン国立自然史博物館の展示デザイナーであった、リチャード・モリナロリとの出会いによって、展示デザインが作品鑑賞に与える影響に着眼。現在の美術館の前身である菊池ゲストハウスで、1985年、1990年、1992年に開催された展覧会でもモリナロリに展示デザインを依頼した。

菊池ゲストハウスで開催した藤本能道の個展「陶火窯焔」。応接ホールを改装した展示室は、展示デザイナーのリチャード・モリナロリによって幻想的な世界に仕上げられた

外壁で囲まれた敷地内には、美術館のあるビルのほかに、大正時代に建てられた洋館と蔵が日本庭園を囲むように建つ。ビルの入口から美術館の受付へ向かうと、エントランスで、書家・篠田桃紅作「ある女主人の肖像」と対面。墨の線でスッと描かれたそれは、菊池智を象徴的に表しているという。
 展示室は地下。地下へと降りる螺旋階段から、幻想的な雰囲気が広がる。銀の和紙で覆われた壁面は、「いろは歌切れ 真・行・草」という篠田桃紅のコラージュ作品。もともと智の手元にあった篠田桃紅作のいろは歌の料紙を用いて、作家本人が真・行・草のデザインとその配置を直接指示して制作したのだとか。煌めくガラスの手すりは、ガラス作家の横山尚人の手による。「菊池智は、スミソニアン国立自然史博物館での展覧会の経験などを通して、作品鑑賞における展示空間の重要性を認識しており、展示室は、作品とじっくり対面できて落ち着きのある、非日常的な空間に仕上がっています」と、学芸員の島崎慶子氏。

銀の和紙の壁に短冊のように散る篠田桃紅のコラージュ作品は凛とした空気感が漂う。反射で光るガラスの手すりの階段は横山尚人が制作

展示室は、赤味がかった茶色、紫、深緑と色が多用され、スポットライトのように作品に照明が当たる独特な空間。近年の主流となっているホワイトキューブの展示室とは一線を画す個性的な趣だ。青緑色の壁面に金色のS字の展示台が置かれた部屋、赤味がかった茶色の壁に濃茶の台形の展示台が並ぶ部屋、木目のキューブ型の部屋がある。「開館以来、展示室は1回リニューアルをしていますが、開館時もリニューアル時も、リチャード・モリナロリ氏にデザインを依頼しています。一緒に作家のもとを訪れるなど、共に時間を過ごし、智は自身の美意識の在り方をモリナロリ氏と共有、深い信頼関係を築きました。螺旋階段のガラスの手すりのように、壁面や調度の制作なども諸作家に依頼していますが、それらは智が築いてきた人間関係があって実現したものです。その意味では、当館の空間全体が智の美意識の集大成とも言えます」と、他館と異なる独創的な内装について島崎氏は語る。
 展示品のほとんどがケースに入っていない点も特徴的だ。事前に賛同を得て、展示しているという。土の質感や釉薬の艶などがリアルに伝わってきてインパクトのある鑑賞が楽しめる。上から覗けるのも、いつもと異なる見方で面白い。

2016年に開催された秋山陽の展覧会「アルケーの海へ」の展示室。土の質感が遮るものがなく迫り、造形のインパクトがダイレクトに感じられる

「当館の個性はこの展示空間だと言えます。現代陶芸という美術全体から見ればニッチな分野を紹介し、商業施設が近くになく、当館のためにこの場所にいらっしゃるという立地を考えますと、小規模ながらも存在感ある活動が重要です。そのため、企画展ごとの空間の作り方が大切になってきます」。島崎氏は空間づくりの重要性に言及。和紙が貼られた長い展示台や、天井からかかるシルクの布などは固定されており、企画展ごとに動かせない。学芸員は、作品やテーマに合わせて展示室を作るのではなく、展示室のデザインを生かして作品を配置し、鑑賞者を惹きつける空間を生み出さなければならないのだ。
 「固定された長い展示台に、何点、どのような作品を並べるかによって、空間全体の景色も変わっていきます。階段状のため、高い段に背の高い作品を展示すると、それだけが突出し景観を損ねてしまうこともあるため、並べた時の全体のバランスが大切ですね」と、島崎氏。順番や高さ以外にも、作品の形状でも雰囲気は大きく変化するという。企画展全体の流れを把握しながら、どのように作品を配置していくか、いくつも試してベストポジションを組み立てるそれは、展示空間というインスタレーション作品を作っているようなイメージだ。

学芸員の島崎慶子氏。一般には馴染みの薄い現代陶芸に親しみを持ってもらえる印象的な空間づくりに注力

展示空間の演出には照明も欠かせない。天井の照明は、照度や向きを細かく設定でき、複数の光で作品を浮かび上がらせている。「多方向から照らす場合は、どこか一方が長くならないなど、影全体のバランスも調整します。また、当館の展示台は陶芸作品を置くことをベースにした低いものなので、鑑賞者が上から覗き込んだ時にその影で作品が暗くならないようにも調整しますね」。例えば、竹など、編み込んだ作品は編目の影が美しく出るように、陶芸の場合は造形、土、釉薬の質感を考慮するなど、各作品の魅力を引き出す照明を心掛けている。
 「全作品それぞれのベストポジションを探して空間を構成することが、鑑賞者と作品の感動的な出会いにつながると思っています」と島崎氏は言う。同館の学芸員は島崎氏を入れて3人。それぞれが企画展を担っており、交渉、借用、作品管理、展示演出と業務は多岐にわたる。展示点数は約50〜60点であるため、作品選定は企画内容と空間づくりの双方を考慮し、絞り込んでいくという。

「線の造形、線の空間」展では、四代田辺竹雲斎が螺旋階段に竹のインスタレーションを制作。注目を集め、若い世代の来館に繋がっている

2018年開催の「線の造形、線の空間」展は、同館にとってチャレンジの企画展。芸術的鑑賞物としてよりも日用道具として認識されがちな竹工芸をテーマに設定。総数120点で約半数ずつ全点を入れ替える、同館としては初の試みで、竹工芸展としても東京の美術館では33年ぶりの開催となっている。当初の予想を超えて多くの人が来館しているとか。4歳から小学6年生までの子どもと保護者を対象にした観賞会も実施。「伝統を受け継ぎながら、現代にどう展開していくか、2つの家系を取り上げることで比較しながらご覧いただけますし、竹の作品を「線」で作る立体造形という分かりやすい切り口で、竹工芸の見方を伝えられた点が多くの人に受け入れられた要因だと思います」と、島崎氏は分析する。
 器など道具としての意識が強い工芸を、使うものという固定観念から解放して、鑑賞してみると、使った時の感触とは異なる新しい世界が見えてくる。スポットライトで浮かび上がる劇場のような展示室で作品との対話をじっくり楽しむ。そんなひとときは、忙しい日常からの気分転換にも良さそうだ。

大正時代に建てられた西洋館は、国の登録有形文化財に指定されている。当時から今までゲストハウスとして使われており、内部には当時の工芸の粋を尽くしたステンドグラスや室内装飾が残る。内部は通常非公開

基本情報

外観
名称 菊池寛実記念 智美術館
所在地 港区虎ノ門4-1-35 西久保ビル
電話番号 03-5733-5131(代表)
料金 展覧会により異なる
営業時間 11:00〜18:00(最終入館は閉館30分前まで)
休館日 月曜日(休日の場合、翌平日)、展示替期間、年末年始
アクセス 日比谷線「神谷町駅」徒歩6分
南北線「六本木一丁目駅」徒歩8分
公式サイト http://www.musee-tomo.or.jp/

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