流行発信地「原宿」で江戸時代の最先端「浮世絵」を紐解く

太田記念美術館(神宮前)

  • 2018/10/16
  • カルチャー
  • アート
太田記念美術館

東邦生命相互保険会社の社長を務めた実業家、太田清藏(5代目、1893〜1977)が美術的価値を見出し、後世に残すべく蒐集した浮世絵。1980年、その遺志を受けた遺族たちが原宿に浮世絵専門美術館を開館。昭和初期から約半世紀をかけて集めた約1万2,000点のコレクションは、現在約1万4,000点まで増え、浮世絵の始まりから終わりまでを網羅できる世界的にも有数のコレクションとなっている。常設展はなく、月ごとに展覧会を開催。巨匠から無名の絵師、ユニークな切り口までテーマが多彩で、浮世絵や日本美術のファンだけでなく、学生から外国人まで幅広い層が訪れる。

展示室は1〜2F。特別展はスライドトークを行う地下の視聴覚室も展示室に変貌する。掛軸のコーナーは畳敷きで靴を脱いで鑑賞。浮世絵の作り方を再現したパネルも掲示

コレクションは、摺りものである版画が1万1,000点、絵師が直接描いた掛け軸などの肉筆画が1,000点、江戸時代の和本が300点、下絵や関連資料が600点強とその多くを版画が占める。1680年頃の浮世絵創成期の希少な作品から、隆盛を誇った18〜19世紀の喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳などの人気絵師まで幅広く網羅。中でも歌川広重は一番の所蔵数を持つ。「広重と言うと風景画が有名ですが、太田清藏は好みのジャンルを追求するより、美人画や花鳥画も含めた画業全体をカバーする集め方をしています」。主席学芸員の日野原健司氏は、一人の絵師でも歴史が辿れる形を意識した点を指摘。生きている間はコレクションを広く公開することはなく、家族もその全貌や変遷は分からないという太田清藏の蒐集。江戸時代末期から明治時代にかけて欧米に浮世絵が大量に流出した事実も幅広く集めるやり方に影響を与えているかもしれない。

歌川広重「雪中芦に鴨」風景画だけでなく花鳥画のジャンルでも活躍していた広重。「雪中芦に鴨」は雪が降る川辺に浮かぶ一匹の鴨を描いたもの。愛らしい表情や色とりどりの羽根を的確に捉えている

今も蒐集活動は継続。コレクションを時系列に整理し、足りない部分を重点的に年間で平均50点ほどの作品が新たに追加されている。特に、太田清藏が集めた当時は、美術的な評価が低く、子供向けとされていた妖怪や笑いを誘うユーモラスな絵が人気なため、歌川国芳などの作品を意識して集めるようにしているという。
 面白いのは同館では学芸員が保存、研究、展示、教育普及だけでなく、蒐集も担うこと。値段の上がりやすいオークションはあまり利用せず、定期的に浮世絵商へ顔を出し、現状の流行や流通の傾向といった情報を集めていく。自ら目利きをして掘り出し物を見つけたら、その場で価格交渉を行い購入することもあるとか。「浮世絵は、一回目に摺られた“初摺”など状態の良いものをどれだけ適正な価格で早く入手できるかがポイント。真贋、浮世絵としての価値、歴史的価値、値段の適正さを判断した上で、展覧会で出せる作品かどうか、コレクションのバランスを考えてあった方が良いかなど活用できるかどうかを判断して作品を集めています」。浮世絵で重要視される初摺は、最初に世に出すため、手が込んでいるものが多い。空も複数の色を使って表現している時もある。しかし、人気が出た後の追加生産“後摺”では、早さが優先され、使う色を減らすなど、工程を省くようになってしまうのだ。また、高いものが必ずしも良い作品とも限らない。著名ではなくても歴史上重要な役割を果たした浮世絵師もおり、そういった作品を網羅していくために、日頃から情報収集は欠かせないと話す。

歌川広重「名所江戸百景 亀戸天神境内」歌川広重「名所江戸百景 亀戸天神境内」の左が初摺、右が後摺の作品。初摺は誤って橋の下の空を水色にしている。後摺では修正されたものの、池のぼかしが省略されて単調になってしまった

作品は虫害や光による退色を防ぐため、年間で展示できるのは1カ月と決められており、状態によっては2〜3年に1カ月の作品もある。最近の展覧会で反響があったのは、歌川広景(うたがわひろかげ)。浮世絵の研究者でも知る人は少ない無名の絵師だが、犬に足を噛まれた蕎麦屋の出前の蕎麦を頭からかぶってしまった侍といった、町の人々のふざけた様子を描いたユニークな作品が面白いと注目が集まった。「この企画展は私が担当したのですが、近年は“お笑い”や“ウィットに富んだユニークなもの”が人気なため、江戸時代には子ども向けのふざけた絵とされてきた歌川広景の作品も受け入れられるのではないかと思い、取り上げました。お正月後から1月末までの短い会期で3,000人ほど来場すれば良い方かと思っていたら、5,000〜6,000人が来館する好評ぶりとなり驚きましたね。終了後に『ヘンな浮世絵: 歌川広景のお笑い江戸名所(平凡社)』と書籍化もしました」。Twitterで紹介したら反響が凄く、本物を見てみたいと来館に繋がったのだという。

歌川広景「江戸名所道化尽 九 湯島天神の台」(部分)歌川広景「江戸名所道化尽 九 湯島天神の台」(部分)。蕎麦を頭から被ってしまったお侍の表情が笑いを誘う

同館のTwitterはフォロワー数が11万人を超える美術館の中でも有数のアカウント。企画展で展示している作品の一部をアップして見所を紹介したり、作品の楽しみ方を案内したり、小ネタを披露したりと、読み物としても楽しめる内容が魅力だ。歌川広景のようなユニークな作品や希少な作品を紹介すると、実物を見てみたいと来館者が増えるという。日野原氏は、その時々の風潮を意識しながら展覧会を考え、作品を選ぶ。“美人画は女性”など、浮世絵の常識となっている過去が本当に正しいのか、疑って取り組んでみる姿勢がユニークな切り口を見つけ出す原点になっているとか。2013年には“『江戸の美男子 −若衆・二枚目・伊達男』 春信・歌麿・北斎・国芳が描く男性たち”という美男子をテーマにした企画展も開催された。

美術館のアカウントの中ではTOP10に入る人気を誇る同館のTwitter。作品の細部まで拡大した見所の紹介や、クイズ風にアレンジされた解説など、実物を見てみたくなる内容

「一般の方が美術展に行くときの動機は、知っている絵の実物を見たいというものがほとんど。当館でも、北斎、広重などの有名作品の展示要望は多くあります。運営のためには集客も大事ですから、そういった巨匠を取り上げた展覧会を行いますが、その中であまり知られてない作品や面白い視点の作品を取り入れていくと、想定外の面白さにつながって反響が大きくなりますね」。多くの浮世絵を後世に残すためには、浮世絵の価値を多くの人が認識しなければならない。無名の作品をいかに有名にしていくか、どういう切り口で紹介するかを常に考え、日常の中で、浮世絵を見ようという気持ちにさせる活動が学芸員に求められている。
 浮世絵のリクエストで一番多いのは、葛飾応為「吉原格子先之図」。肉筆画のため、ここでしか見られない希少価値と、北斎の娘であること、近年、映画やドラマにもなり話題の人物であることが影響しているとか。外国人ではメディアに登場することも多い葛飾北斎「神奈川沖浪裏」が一番人気だ。

葛飾応為「吉原格子先之図」日本人来館者の一番人気の作品、葛飾応為「吉原格子先之図」
葛飾北斎「神奈川沖浪裏」外国人来館者が見たい!とリクエストする作品、葛飾北斎「神奈川沖浪裏」

2020年で40周年となる同館では、美術業界を広く盛り上げていくために、積極的に異業種や他館との連携を進めている。2018年6月に実施された「江戸の悪 PARTⅡ」では、國學院大學博物館、ヴァニラ画廊、東洋文庫ミュージアムなど美術館以外の施設と連携して“悪”をテーマに開催した。「コレクションをベースにした紹介だけに留まっていると見せ方も固定化し、業界全体が閉塞してしまいます。博物館や画廊、図書館など、多彩な専門施設が結びつくことで、新しい見せ方や厚みのある情報を来館者に届けたいですね」。日野原氏は、専門性を維持しながらも、新しい試みの必要性を強く感じているという。

主席学芸員の日野原健司氏。世の中にあまり知られていない浮世絵師を現代の切り口で紹介していきたいと話す

江戸時代、浮世絵は流行を描いた最先端のメディアであり、気軽な庶民のアートでもあった。その斬新さは海を越えて、ジャポニスムにも繋がっていく。現代の流行発信地である原宿で、当時の最先端を表現していた浮世絵に触れるひとときは、歴史に触れるという側面だけでなく、新しいインスピレーションや視点が生まれるきっかけとなるかもしれない。

ショップはなく、受付で絵葉書や書籍、関連グッズなどを販売。展覧会出品作品の中からどれを絵葉書にするかは、事務員が来館者の感覚で選んでいるという

基本情報

外観
名称 太田記念美術館
所在地 渋谷区神宮前1-10-10
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
料金(税込)
企画展
一般700円、高大生500円
特別展
一般1,000円、高大生700円
営業時間 10:30〜17:30(最終入館は閉館30分前まで)
休館日 月曜日(休日の場合、翌平日)、展示替期間、年末年始
アクセス JR「原宿駅」徒歩5分
千代田線・副都心線「明治神宮前駅」徒歩3分
公式サイト http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

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