港区 ぶらり 緑の散策路「乃木公園・乃木神社」

見学ルートから窓越しに、大応接室や殉死した居室を見ることができる。大将夫妻の命日(9/12、13)に限っては邸宅内部に入れる
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邸宅見学ルート 厩 元乃木家菜園 乃木大将と辻占売少年の像 乃木神社
拝殿前 瓢箪のお守り 境内 宝物殿 桜の大木

公園の歴史

江戸時代初期
青山常陸介忠成が家康から屋敷領として賜る

江戸時代後期
現在の南・北青山、赤坂7・8丁目までを美濃郡上(ぐじょう)藩青山家が所有

明治時代初期
名士の邸宅が並び、新坂町と呼ばれるようになる

1879(明治12)年
日清・日露戦争を戦った陸軍大将 乃木希典(のぎ・まれすけ、1849〜1912年)が土地を購入

1902(明治35)年 乃木邸が完成し、居住する

1912(大正元)年
明治天皇崩御の後を追い、夫人とともに自害。遺言により邸宅が東京市に寄付される

1913(大正2)年
乃木邸が公園として開園。東京市長の阪谷芳郎男爵を中心とする有志の会「中央乃木会」が乃木夫妻を英霊とする乃木神社を隣接の地に創立。陸軍大将や学習院院長だったため、文武両道の神様とされた

邸宅は、将軍がドイツ留学中に見たフランス軍の建物を基に建てたというもので、軍人の家らしく、飾り気のない簡素な建物。普段は、邸宅内部に入る事はできないが、遺品が展示された大応接室や将軍が殉死した居室を見学ルートから見られる。乃木将軍夫妻の命日にあたる9月12日・13日には邸宅内部が一般公開される。また、敷地内にはレンガ造りの厩があり、自宅の質素さに比べその立派さが目を引き、馬をこよなく愛したという将軍の人柄が浮かぶ。

庭には「最後の武士」と言われた乃木将軍らしく、桜が植えられ、近隣の花見の名所にもなっている。また、夫妻が自分たちの食事をまかなったという家庭菜園があり、質素だった暮らしぶりをしのばせる。外部の喧騒が嘘のように、公園内部は静寂に包まれ、落ち着ける空間。

乃木公園に隣接する乃木神社は、乃木大将と妻静子夫妻を神としてまつる神社だ。大鳥居をくぐると、境内は凛とした清浄な空気が流れる印象。乃木大将は文武両道の神として祀られ、第二次大戦前は軍神として多くの軍人が「武運長久」を祈願しに訪れた。現在は、地元企業の関係者や、将軍が学習院の院長だったこともあり、“学問の神”として受験合格を祈る受験生などが参拝することが多い。また、神社の宝物殿には殉死に使われた刀や勲章、遺言状などが展示されているので必見。

乃木公園(乃木坂)
【有形文化財】

  • 港区赤坂8-11-32 [MAP]
  • 03-5413-7015
    (赤坂地区総合支所 協働推進課土木係)
  • 開園時間 9:00〜16:00
  • 休園日 年末年始
  • 千代田線「乃木坂駅」徒歩1分
    日比谷線「六本木駅」徒歩8分
    大江戸線「六本木」駅徒歩6分
  • webサイト
 

乃木神社(乃木坂)

  • 港区赤坂8-11-27 [MAP]
  • 03-3478-3001
  • 千代田線「乃木坂駅」徒歩1分
    日比谷線「六本木駅」徒歩8分
    大江戸線「六本木駅」徒歩6分
  • webサイト


2007年8月取材