ノーカントリー

ピューリッツァー賞作家マッカーシーの世界を
コーエン兄弟がハードボイルドに映像化
冷酷で残忍な追尾劇の顛末に見る現代の深い闇

  • 2008/03/14
  • イベント
  • シネマ
ノーカントリー

’08年の第80回アカデミー賞にて作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞の主要な4部門を受賞したコーエン兄弟の最新作。出演は品格と威厳のあるトミー・リー・ジョーンズ、本作でアカデミー賞助演男優賞を獲得したハビエル・バルデム、個性派のジョシュ・ブローリン。原作はピューリッツァー賞受賞作家コーマック・マッカーシーが’05年に発表した『血と暴力の国(原題:No Country for old men)』。麻薬がらみの大金をめぐり、着服した男、殺し屋、保安官の男3人が繰り広げる殺伐とした追尾劇である。

アメリカ西部、テキサス。狩りをしていたベトナム帰還兵のモスは、死体の山と大量のヘロイン、そして200万ドルの現金が放置された事件現場に遭遇する。危険な金だと理解しつつも金を持ち去ったルウェインは、組織から命を狙われることに。そして冷酷かつ執拗な殺し屋シガーは、酸素ボンベのようでいて強力な殺傷力のある独自の武器を携えて、モスとの距離を確実に縮めていた。モスの危険を察知した保安官のベルは、モスの身柄を保護すべく、その足跡を追い始める。

トミー・リー・ジョーンズ

説明もなく、台詞も少なく、景色と目線と状況で語られていく文学的な仕上がり。これまでほぼ完全にオリジナルの作品を発表し続けてきたコーエン兄弟にとって、初めて公式に原作を基にした作品とのこと。きっかけは製作サイドからのオファーだったそうだが、「小説の独特のユーモアと、暗さ、に惹きつけられた。映画は小説をかなり正確に反映したものになっていると思う」と語っている。

逃げる男・モス役を演じたブローリンは、雑草のようなしぶとさをもつ西部の男を、追う男・ベル保安官を演じたジョーンズは、正義と良心を信じる古風な男をそれぞれ自然に表現。そして自分のルールに厳格に、時には大した理由もなく気分で人を殺すシガーのインパクトは相当なもの。その恐怖のおかっぱ頭を演じたバルデムは、アカデミー賞受賞後、「史上最悪の髪型をぼくの頭にのせてくれて、コーエン兄弟ありがとう」とユーモアたっぷりにコメントしている。

ジョシュ・ブローリン

原作者のマッカーシーは純然たる暴力を描くカルト作家として始まり、同名で映画化もされた’92年の『すべての美しい馬』、そして『越境』『平原の町』の国境三部作で叙情的な世界を描き、ベストセラー作家に。’09年には、近未来を舞台に荒廃した世界を旅する父子を描く最新作『The Road』、アメリカ先住民を虐殺する集団を題材に’85年に発表した『Blood Meridian』の2作品が映画化予定とのこと。最近はノーベル文学賞候補ともいわれ、現代アメリカ文学界を代表する重要な作家の一人、と認められているそうだ。

どこまでもハードボイルドで残虐。荒涼たる景色と非情な行為が続き、救いはない。これもまた嘘偽りのない現実の一面なのか。まともに捉えてしまうと、相当重い。ジョエル・コーエンは語る。「空気銃を片手に歩き回っているシガーは、どこかコミカルであると同時に恐ろしい。マッカーシーはとてもダークな小説家だと見なされているけれど、確実にユーモアのセンスがあるし、僕らはその部分に強く反応したんだ。ものすごく恐ろしいことのなかに、面白いことが潜んでいるものなんだ」。暴力描写が苦手な筆者はその独特の境地までは体感できなかったが、おそらくコーエン兄弟はその空気感をとても精緻に映像化しているに違いない。純文学から抽出された“暴力や恐怖と表裏一体のユーモア”をまざまざと味わってみては。

作品データ

ノーカントリー
公開 2008年3月15日公開
日比谷シャンテ シネほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2007年 アメリカ
上映時間 2:02
配給 パラマウント/ショウゲート
監督・脚本 ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
原作 コーマック・マッカーシー
出演 トミー・リー・ジョーンズ
ハビエル・バルデム
ジョシュ・ブローリン
ウッディ・ハレルソン
ケリー・マクドナルド
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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