路上のソリスト

ホームレスの音楽家と人気コラムニスト
2人の出会いと交流を描く温かな人間ドラマ。
チェロの音色やL.A.フィルの演奏も表情豊かに

  • 2009/05/29
  • イベント
  • シネマ
路上のソリスト©2008 DREAMWORKS LLC and UNIVERSAL STUDIOS

ホームレスの音楽家と大手地方紙の人気コラムニスト。まったくかけ離れた存在である2人の出会いと交流を、事実を基に描く。出演はオスカー俳優のジェイミー・フォックス、『アイアンマン』のロバート・ダウニーJr.、監督はハリウッドでの製作は今回が初となる『プライドと偏見』のイギリスの俊英ジョー・ライト。原作は、実際にロサンゼルス・タイムズで’05年から始まった連載が熱い支持を受け、’08年に記事をまとめた本が話題となったスティーヴ・ロペスの著作『The Soloist : A Lost Dream, an Unlikely Friendship, and the Redemptive Power of Music』。人と人との結びつきや音楽のもたらすエネルギーが繊細に描写され、感動がじわっと広がるヒューマンドラマである。

ロサンゼルス・タイムズの記者スティーヴ・ロペスが公園を歩いていると、ふと美しい音色に気づく。そこでは、ホームレスの男が2弦しかないヴァイオリンでメロディを奏でていた。男はナサニエル・エアーズと名乗り、ジュリアード音楽院にいたという。彼の話し方は要領を得ないものの、コラムのテーマとしてイケると閃いたロペスは取材を開始。ナサニエルの姉、彼の元音楽教師から事情を聞いたロペスは、彼が天性の資質に恵まれたチェリストでありながら、統合失調症によってジュリアードを退学したことを知る。

ロバート・ダウニーJr.、ジェイミー・フォックス

ロペスとナサニエルの関係を軸に、精神障害の患者との向き合い方、ホームレスには精神障害をもつ人間も多いということなど、現代社会の問題にも触れていく作品。ライト監督は撮影前に、大勢のホームレスが生活するスキッド・ロウ地区とランプ・コミュニティ(ホームレスに200室近くのアパートを提供している支援団体。現在ナサニエルが住んでいるアパートもそのひとつ)を訪問。映画にはエキストラとして、その地区のホームレスと支援団体の人々が参加しているとのこと。監督は語る。「僕はいつも、あまりに深刻ぶった映画というのは苦手なんだ。僕が彼らを通して表現したかったのは、たくさんの希望と光、そして美しさだ」。個人的にこの映画で一番魅力を感じたシーンは、音楽がナサニエルの心を大きく動かす瞬間の数々。ロペスから渡されたチェロを大切に大切に弾くシーンでは空高く心が解放され、ロサンゼルス交響楽団の演奏でベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」(L.A.フィルが本当に演奏している!)を聴いた時にはイマジネーションが躍動的に色彩豊かに広がってゆく。一種のヒーリングビデオやトランス映像のように、音楽のリズムや抑揚にシンクロして高揚していく感覚をヴィジュアルで描写。それが淡々とした物語の良いアクセントになっている。

ロバート・ダウニーJr.

情緒不安定な言動をしながらも、音楽に対するゆるぎない愛情をもつナサニエル役はフォックスが好演。学生時代にジュリアード音楽院でピアノを学び、’04年の『Ray/レイ』でレイ・チャールズを演じて第77回アカデミー賞主演男優賞を受賞したフォックスは、今回も演奏者としての才能を発揮。チェロの演奏は未経験ながら、ナサニエル本人の友人であるロサンゼルス交響楽団のチェリスト、ベン・ホンから指導を受けて撮影に臨んだそう。またロペスを演じたダウニーJr.は、ナサニエルの純粋な生き方に触れて自身を見つめなおす内面の変化をさりげなく表現している。

脚本家のサラ・グラントは映画化にあたり、現実では幸せな結婚生活を送っているロペスをバツ1にしたり、ナサニエルの2人の姉を1人にしたりするなど原作から多少の調整をかけて脚本を執筆。グラントはロペスとナサニエルの関係性を肌で知るため、2人とともにディズニー・ホールを訪れたり楽譜を購入しに行ったり、彼らと何日か一緒に過ごしたとのこと。劇中でも2人の微妙な距離感が丁寧に描かれている。

ロバート・ダウニーJr.、ジェイミー・フォックス

今日もロサンゼルスのどこかで、敬愛するベートーヴェンを自由に奏でているナサニエル。その音色はゆっくりと青空高く舞い上がり鳥と戯れ、人々の心にやさしさを届ける。派手な盛り上がりはなくとも温かく、滋味ある佳作である。

作品データ

路上のソリスト
公開 2009年5月30日公開
TOHOシネマズ シャンテシネほか全国順次ロードショー
制作年/制作国 2009年 アメリカ
上映時間 1:57
配給 東宝東和
監督 ジョー・ライト
脚本 スザンナ・グラント
原作 スティーヴ・ロペス
出演 ジェイミー・フォックス
ロバート・ダウニーJr.
キャサリン・キーナー
トム・ホランダー
リサ・ゲイ・ハミルトン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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