クレイジー・ハート 試写会日記 毎週、熱田美希から映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ!傑作でも愚作でも、映画ってやっぱり素敵!!
クレイジー・ハート

© 2009 TWENTIETH CENTURY FOX
第82回アカデミー賞にて2部門を受賞
アメリカの原風景にカントリー・ミュージックが
しみじみと響く、ビターなヒューマンドラマ



 2010年の第82回アカデミー賞にて、最優秀主演男優賞と最優秀主題歌賞の2部門を受賞した話題作。出演は5度目のアカデミー賞ノミネートで初受賞を果たしたジェフ・ブリッジス、今回初めてアカデミー賞助演女優賞候補となったマギー・ギレンホール、本作の製作も手がけるベテラン俳優のロバート・デュヴァル、濃いめのセクシー俳優コリン・ファレルほか。監督・脚本・製作は、俳優であり、本作が初監督作品であるスコット・クーパー。落ちぶれた伝説のシンガーソングライターが、人との関わりによって再生してゆく姿を描く。大人のためのビターなヒューマンドラマである。


 一世を風靡したカントリー・ミュージシャンのバッド・ブレイクは現在57歳。酒びたりで新曲も作れず、昔のヒット曲を演奏しながら、ドサ回りでなんとか食いつないでいる。バッドがコロラドを経てサンタフェのバーで演奏する日、地元紙の女性記者ジーンの取材を受けることに。親子ほど年の離れたバッドとジーンは不思議と気が合い、成り行きでベッドを共にする。
ジェフ・ブリッジス
 アメリカの原風景である荒涼とした広い大地と高く広がる青い空に、アコースティックなカントリー・ミュージックが響く。酸いも甘いも噛み分けた大人の心に沁みる人間ドラマである。アメリカ南部の景色や雰囲気、カントリー・ミュージックが好きな人におすすめの作品とも。落ちぶれた中年男の再生が、できすぎでも演出過多でもなく、淡々と正直に描かれている。


 音楽の才能がありながらもそれを見失い、自堕落な生活を続けてきたバッド役はブリッジスが味わい深い演技で表現。もともと「才能あるミュージシャンでもある」とクーパー監督に言わしめたブリッジスは、本作で実際にギターを演奏して歌っている。また劇中、「こんな部屋ですまないと思ってる。俺がこんな男でしかないことも」とジーンにささやく台詞には、ダメ男が母性に訴えかける悲哀や甘えがリアルに含まれ、「こういう男を女性がほっとけないのはちょっとわかるな」としみじみさせられた。ギレンホールは4歳の息子と暮らすシングルマザーとして躊躇しながらも、だらしないミュージシャンであるバッドに惹かれてしまうジーン役を情感豊かに好演。地元ヒューストンのバーのマスターでバッドの長年の友人であるウェイン役をデュヴァルがほのぼのと演じ、バッドを恩師と仰くスターシンガーのトミー役をファレルが抑えたトーンで演じつつ、歌とギターを格好よく披露している。  
マギー・ギレンホール、ジェフ・ブリッジス
 この映画の第2の主役は音楽。音楽プロデューサーのT・ボーン・バーネットは本作で製作としても名を連ねている。バーネットは’00年のコーエン兄弟の映画『オー・ブラザー!』で音楽を手がけ、そのサウンドトラックが900万枚超の売上を記録し、’02年度のグラミー賞最優秀アルバム賞に選出された、という逸話が有名。そして'03年の『コールド マウンテン』で音楽製作総指揮、'05年にヴィム・ヴェンダース監督の『アメリカ、家族のいる風景』や『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』の音楽を担当するなど、さまざまな映画音楽を手がけていることで知られている。アカデミー賞で最優秀主題歌賞を受賞した「The Weary Kind」は、物語の後半でバッドが作る、という設定の曲。この曲はバーネットがカントリー界の人気シンガーソングライター、ライアン・ビンガムと共作。つまびくギターに語りかけるかのような歌声が重なり、穏やかに郷愁を誘う。ちなみにビンガムはコロラドのボーリング場のシーンで、バックバンドの青年トニー役で特別出演している。また今回はバーネットの少年時代からの朋友であり、数々の映画音楽を制作してきたスティーヴン・ブルトンも参加。バーネットとブルトンはほとんどの曲を共作し、撮影に立ち会って演技指導もしたとのこと。ブリッジスは彼らと一緒に日夜演奏したり歌ったりしたことが、演技にとても役立った、と語っている。ブルトンは’09年5月に喉頭ガンにより映画の完成前に他界。本作は彼に捧げられている。


 アメリカ南部に生まれて育ち、“カントリー・ロックにどっぷりつかって生きてきた”というクーパー監督。そもそも映画化のきっかけは、本作の原作であるアメリカの作家トーマス・コップが’87年に発表した小説『Crazy Heart』を読んだクーパーが、この物語を基にカントリー・ミュージックをテーマにしたリアルな映画を作ろうと決意して脚本を執筆。以前に共演した南部出身のデュヴァルに脚本を送ったところそれが認められ、今回監督デビューを果たした。クーパーは語る。「僕がこの作品で一番伝えたかったのは、バッドの人生の中に混在するユーモアとペーソスを、重くなることなく伝えることだった。バッドは昔気質の男で、人生の浮き沈みを繰り返している。にもかかわらず、彼の人生は許しへと向かっていくんだ」。


 何かと世知辛く、負け組の再生の物語も少なくない昨今。この映画は世情に合わせて製作されたというより、スタッフたちの情熱によって完成した、ということがよく伝わってくる。昔ながらの男の生き様を打ち出しながら、現代女性の愛と選択もさらりと描かれているため、女性にも比較的観やすいだろう。時を経て、熟成されたウィスキーのように深く芳醇な香りがゆっくりと広がる。「そんな人生も悪くはないさ」と思わせてくれる、普遍的な人間ドラマである。
『クレイジー・ハート』 2009年 アメリカ映画
データ
2010年6月更新
オフィシャルサイト
『クレイジー・ハート』

2010年6月12日公開
TOHOシネマズ シャンテほか
全国ロードショー

■2009年 アメリカ映画
■上映時間1:51
■20世紀FOX映画配給
■監督・脚本・製作/スコット・クーパー
■音楽/T・ボーン・バーネット
スティーヴン・ブルトン
■製作/ロバート・デュヴァル
T・ボーン・バーネットほか
■出演/ジェフ・ブリッジス
マギー・ギレンホール
ロバート・デュヴァル
コリン・ファレル



プロフィール
 
あつた美希 あつた美希
CSホロス株式会社代表取締役。フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。これまでに取材した人数は600人以上、2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』でコラム“シネマ・アロマ”を担当。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
あつた美希