奇跡

是枝裕和が監督・脚本・編集を手がける最新作
仲の良い兄弟が“家族の同居”というささやかな夢を願う
子どもたちの存在に生命力や希望を感じる快いドラマ

  • 2011/06/03
  • イベント
  • シネマ
奇跡© 2011「奇跡」製作委員会

’04年の映画『誰も知らない』、’08年の『歩いても 歩いても』の是枝裕和監督が手がける家族のドラマ。出演は兄弟漫才コンビ“まえだまえだ”の前田航基と前田旺志郎、そして大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄、樹木希林、橋爪功ほか。両親が離婚して別々に暮らす兄と弟が“もう一度家族4人で暮らす”という夢を叶えようと、あることを計画する。それなりにたくましく生きていく子どもたちと、子どもを見守りながら自身の道を模索する大人たち、ぬくもりのあるドラマである。

小学6年生の兄・航一は鹿児島にある母の実家で母と祖父母とともに、小学4年生の弟・龍之介は福岡で父親と一緒に暮らしている。両親が離婚したからだ。兄は以前のように4人家族で暮らしたいと考え、弟は兄に同調しつつも新しい生活に慣れはじめていた。周囲で九州新幹線全線開通の話題が盛り上がる中、航一はある噂を聞きとめる。九州新幹線の開業式の日、博多から南下する“つばめ”と鹿児島から北上する“さくら”、二つの新幹線の一番列車が行き交う瞬間に願いが叶う、というのだ。そこで航一は龍之介と友だちを誘い、あることを計画する。

大塚寧々、オダギリジョー、前田航基、前田旺志郎

子どもたちの生き生きとした表情をとらえ、地に足のついた明日を感じさせる作品。今どきは子どもたちにもサラリーマンのような気苦労やつきあいがあり、多分にませているかと思えば、無邪気に走り回ったりささいなことで笑い転げていつまでも大騒ぎしたりして。狙いすぎずに子どもたちの日常をとらえているので、映画を観る大人にとっても「自分たちもこうだったな」という郷愁がにじんでくる。撮影では子どもたちに脚本を一切渡さず、監督が当日にシーンの説明とセリフを口頭で伝えるという『誰も知らない』と同じ方法で行われたとのこと。子どもたちの素の反応や言葉が引き出され、時にはドキュメンタリーのような要素もありつつ、自然な空気感で物語としてまとめられている。

仲良しの兄弟、航一役と龍之介役は、兄弟そろっての映画出演は初となる“まえだまえだ”の前田航基と前田旺志郎が好演。生来のキャラクターを生かして、まじめで責任感のあるちょっと繊細な兄と、あっけらかんと明るくタフな弟を演じている。監督はオーディションに現れた“まえだまえだ”が兄弟漫才師であることも知らなかったものの、彼らが「物怖じせずに即興演技を楽しむ様子が衝撃的だった」とのこと。2人に惚れこんだ監督は、もとは男の子と女の子が出会うストーリーだった脚本をすべて書き換え、兄弟の物語にしたのだそう。また子どもたち2人と一緒に暮らしたいと願う母親役を大塚寧々、鹿児島で暮らす祖母役を樹木希林、祖父役を橋爪功が演じ、三世代の家族を構成。桜島を一望する、航一が通う学校の先生役を阿部寛と長澤まさみが、同級生の友だち福元役を是枝作品『歩いても歩いても』の林凌駕、祖父の友人の山本役を原田芳雄が演じている。一方、福岡でバイトをしながら趣味のバンド活動を続ける兄弟の父親役をオダギリジョー、龍之介の学校の友だち有吉恵美役を今回が演技初挑戦となる内田伽羅が、恵美の母親でバーを経営する恭子役を夏川結衣が演じ、母親の実家での三世代同居や単親家庭、さまざまな家族のあり方に触れている。本作では樹木希林と内田伽羅、祖母と孫の初共演も話題に。両親の本木雅弘と内田也哉子は渋っていたものの、祖母(樹木希林)から薦められてオーディションを受けたそうだ。彼女がこれから女優として本気で活動していくかどうかは不明だが、すでに出演依頼が多く寄せられているだろうことは間違いない。

前田旺志郎、オダギリジョー

そもそも九州新幹線をテーマにした映画というオファーが是枝監督にあり、監督が鉄道ファンで曾祖父が鹿児島出身だったこと、自身も父親となり“『誰も知らない』とは違うかたちで子供を描く映画を作りたい”という思いもあって始まったという本作。九州新幹線の開通は2011年3月12日と東日本大震災の翌日であり、その後も被災地や福島第一原子力発電所の厳しい状況が続く中で自粛ムードが続き、全国的にはあまり話題にならないまま今に至っているものの。本作が6月4日に九州先行公開、6月11日に全国公開となることをきっかけに改めて九州新幹線の全線開通を祝い、全国に広めることとなりそうだ。

橋爪功、前田航基

「僕の映画は暗いほうが多いけど今回は前向きな話になったと思う」と是枝監督が語る本作。個性の際立つ前田兄弟をはじめ、子どもたちの姿がのびのびととらえられているところがこの作品の大きな魅力のひとつだ。監督は語る。「子どもの整っていない感じ、アンバランスな存在感が好きなんです。子どもを撮ることによっていろいろなことを考えます。子どもの目を通して、子どもの存在を通して社会のことを考えてしまう。僕が子どもをもったことが大きく影響しているのかもしれませんが、『奇跡』にでてくる大人たちにはみんな、“こういう大人でありたい”、“こういう目配せができる大人でありたい”という希望が入っています。冒険から帰ってくる子どもを玄関先でさりげなく待っている大人でありたいと思うんです」。劇的な大事件が起きるわけでも衝撃のドラマがあるわけでもなく、ハッピーなばかりではない現代の家族を映しつつ、それでも子どもたちの周りにはいつの時代も小さな奇跡が輝く。そんな希望にも似た感触が心地よく伝わってくる、現実的な生命力を感じさせる作品である。

作品データ

奇跡
公開 2011年6月4日 九州先行公開
2011年6月11日より新宿バルト9ほかにて全国公開
制作年/制作国 2011年 日本
上映時間 2:08
配給 ギャガ
監督・脚本・編集 是枝裕和
撮影監督 山崎裕
出演 前田航基
前田旺志郎
大塚寧々
オダギリジョー
夏川結衣
阿部寛
長澤まさみ
原田芳雄
樹木希林
橋爪功
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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