天地明察

本屋大賞を受賞した時代小説を滝田監督が映画化
江戸時代、暦を改革した天文暦学者の逸話をもとに
人々の信頼や絆、情熱や底力についてあたたかく描く

  • 2012/06/29
  • イベント
  • シネマ
天地明察©2012「天地明察」製作委員会

第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞した、冲方 丁(うぶかた・とう)氏による同名の時代小説を映画化。出演はV6の活動に加えてドラマや映画で俳優として活躍する岡田准一、コメディからシリアス、NHK大河ドラマなど幅広い役柄で魅せる若手の演技派・宮アあおい、そして佐藤隆太、市川猿之助、笹野高史、岸部一徳、渡辺大、白井晃、市川染五郎、横山裕、中井貴一、松本幸四郎と若手からベテランまで充実の顔合わせで。監督は、2009年の第81回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品『おくりびと』を手がけた滝田洋二郎。音楽はスタジオジブリの作品で知られ、『おくりびと』も手がけた久石 譲。江戸時代前期に実在した天文暦学者の安井算哲(のちに改名して渋川春海)が、「改暦」に挑むさまを描く。挫折に挫折を重ね、それでもあきらめずに周囲と力をあわせて大きな目標を成し遂げる。人々の信頼や絆、情熱や底力についてあたたかく描く人間ドラマである。

将軍に囲碁を教える江戸幕府碁方の家に生まれ、学問への造詣も深い安井算哲。出世や富には興味がなく、算術や星の観測を熱心に愛好して日々を過ごしている。ある日、将軍・徳川家綱の前で過去の囲碁の対局を披露するべく江戸城に参じるも、囲碁の腕を互いに認め合う僧侶の本因坊道策から真剣勝負をもちかけられ、算哲は悩んだ末に打って出る。そうして御前で法度をおかすも、若い将軍本人からはお咎めなし。後日、算哲を見守ってきた会津藩主の保科正之は、今回のことを問いただした後、北極出地(日本全国に赴き北極星の位置を観測する)を算哲に命じる。

グレゴリオ暦1684年、貞享元年10月29日に採用された日本独自の暦、大和暦こと貞享暦(じょうきょうれき)。中国の暦をもとにした宣明暦(せんみょうれき)から800年以上ぶりの改暦、という大きな変革を成し遂げた天文暦学者、安井算哲の逸話をもとに創作された物語。身分の高い映えぬきの貴族や武士ではなく、学者肌で人のいい青年が、度重なる失敗を乗り越えて歴史的な改革を成し遂げる、という実直なエピソードが共感をよぶ作品だ。算哲と惹かれ合う女性、えんとのほのぼのとした恋から、ゆるぎない絆を築いてゆく経緯もいい。

松本幸四郎

算哲を演じた岡田は、趣味人のおぼっちゃんが紆余曲折を経て1人の男として成長してゆくさまを表現。どこか自身の性質とも似た算哲の人間味を自然体で演じている。算哲と心を通わせるえん役の宮アは、しっかり者で心やさしい女性を好演。時にはやさしく時には叱咤激励して算哲を支える姿がほほえましい。えんの兄で和算家である村瀬義益役に佐藤、算哲が尊敬する天才和算家の関孝和役に市川猿之助、一緒に北極星観測の旅をするする建部昌明役に笹野、同じく伊藤重孝役に岸部、会津藩の武士・安藤有益役に渡辺、幼いころの算哲の恩師・山崎闇斎役に白井、算哲の改暦事業を阻む公家の陰陽博士・宮栖川友麿役に市川染五郎、算哲のライバルであり親友、強い囲碁棋士である本因坊道策役に横山、副将軍の水戸光圀役に中井、そして算哲に改暦事業を命じる保科正之役は松本が演じ、どの人物も役者たちそれぞれの持ち味でくっきりと表現されている。またナレーションは真田広之が担当し、物語の流れがわかりやすくまとめられている。

劇中では、当時に広く親しまれていたという算術について、いろいろなエピソードが描かれている。なかでも興味深いのは、算額絵馬(さんがくえま)のくだり。算術の問題を絵馬に書いて神社に奉納しておくと、回答を得た者がその絵馬に答えを書き込み、出題者と回答者がやりとりできる、というユニークな仕組み。現代のウェブサイト上の掲示板やSNSでの交流に似たことが、当時の神社で行われていたそうだ。算額絵馬に算哲が思わず没頭するシーンは、えんと算哲との出会いのシーンとして描かれている。

原作者の冲方氏は、大学在学中の1996年に『黒い季節』で第1回スニーカー大賞(金賞)を受賞して作家デビュー。小説をはじめ、ゲームやコミックの原作、アニメ制作など、複数のメディアを横断するクリエイターとして独自の地位を確立。’03年に『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞を受賞し、’10年に発表した初の時代小説『天地明察』で吉川英治文学新人賞をはじめ5つの賞を受賞している。冲方氏は『天地明察』について、主人公の安井算哲こと渋川晴海について語る。「人間はこれほど挫折をしても、夢を追い続けることができる、ということです。すべてを失い真っ白になってもなお、再起し続けることができる。それは単純に人間の中にある人(他者)に対する良心、自分自身に対する良心が、そうさせているんだと思います。この小説は渋川春海さんに支えられて書いた、という思いがありますね」。原作の小説を読み、すぐに映画化を熱望したという滝田監督は、「冲方さんのスケールと“息吹”という言葉に惹かれました。戦も真剣勝負もない“天下泰平”とはある意味、闘う気概を忘れさせ、ぬくぬくとした暮らしに埋もれ、大胆な変化を拒み、個人や時代の新たな息吹をも消しさるものだ。今の時代も同じようなものではないのか。夢を追い続け、自分を貫き通し、未知なる天を相手に真剣勝負を挑んだ男の生き方を画(え)にしてみたいと思った」とコメントしている。

中井貴一

映画ではほとんど現存していない当時の天文観測器具を資料にもとづいて復元したり、時代考証にあわせて新たに制作したり、江戸時代の天文観測の様子が丁寧に描かれているところは、筆者のようなSFファンならずとも楽しめるはず。さらにシーン毎にその年代に合った星空が正確に再現されているそうで、江戸の人々が見上げた夜空を眺めることができる、という点もすばらしい。

佐藤隆太

2012年は、天体にさまざまな現象が起こる、天体の“当たり年”。5月21日には太陽が月の後ろに隠れ、光のリングがあらわれる“金環日食”、6月6日には金星が太陽の前を通過する“金星の日面通過”を、たくさんの人たちが観測したことは記憶に新しい。そして8月14日には金星が月に隠される“金星食”の現象も。こうした現象を1年のうちに観測しやすい条件で続けて観ることができるのは、珍しいこと。個人的には金環日食の後、6月4日の月蝕が雲に覆われて見えずにがっかりしていたら、翌日にあった本作のマスコミ完成披露試写で、月蝕と日蝕の美しい映像を何度もスクリーンで眺めることができたことがとてもうれしくて。天体の神秘は、大人も童心にかえることができるもの。星々への愛や算術への探求が極まり、生涯をかけてひとつの改革を成し得た男と、彼を支えた人々の物語。子どもから大人まで大勢が楽しめる、良質な作品である。

作品データ

天地明察
公開 2012年9月15日公開
角川シネマ新宿ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2012年 日本
上映時間 2:21
配給 角川映画/松竹 共同
監督 滝田洋二郎
原作 冲方 丁
脚本 冲方 加藤正人
滝田洋二郎
音楽 久石 譲
出演 岡田准一
宮アあおい
佐藤隆太
市川猿之助
笹野高史
岸部一徳
渡辺 大
白井 晃
横山 裕
市川染五郎
笠原秀幸
染谷将太
きたろう
尾藤イサオ
徳井 優
武藤敬司
真田広之(声の出演)
中井貴一
松本幸四郎
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。