映画と恋とウディ・アレン 試写会日記 毎週、熱田美希から映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ!傑作でも愚作でも、映画ってやっぱり素敵!!
映画と恋とウディ・アレン

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「こんなにも運がよかったのに、人生の落後者の気分なのはなぜだろう」
人生そのものが映画のようであり、映画に人生そのものを投影する
アレンのユーモアと憂鬱、寂寥と愛をとく、良質なドキュメンタリー

 「忍耐強さという視点で評価するなら、業界にいた年数と作品の数は一定の基準になる。だが僕の目標はいい映画を撮ることだ。この数十年達成できていないけどね」。自身で監督・脚本を手がけた2011年の映画『ミッドナイト・イン・パリ』が各国でヒットを記録し、’12年の第84回アカデミー賞脚本賞を受賞したウディ・アレンのドキュメンタリー。10代のころからギャグ・ライターとして注目され、コメディアン、俳優、そして脚本家、監督、短編作家、ミュージシャンとして、76歳の今も一線で活躍し続ける彼の、愛と人生と作品をトータルに映し出す。人生そのものが映画のようであり、映画に自身の人生そのものを投影する“アレン流”をひもとく、良質なドキュメンタリーである。

 「世紀の名作を撮るつもりで撮影に入ったのに、そんな野望は消える。『この惨状を切り抜けるためなら、身売りでもする』とまで思う」。憂いをふくみながらもかろやかなジャズにのせて、アレンが話す。自室のベッドでアイデアをメモしながら、移動する車の座席でゆられながら。マーティン・スコセッシら著名人たちが彼についてコメントし、アレン作品のシーン映像や当時のメイキング映像が入る。アレンが自身の生家を案内し、子ども時代〜思春期の思い出を語り、ショービジネスの世界へと話が進む。

ウディ・アレン、ナオミ・ワッツ

 ニューヨークのブロンクスでユダヤ系の家庭に育った生い立ちから、ライターとして仕事をはじめ、ショービズ界で独自のスタンスを確立するまで。アレンが16歳のころ、1950年代初期にはジョークを書くプロのライターとして活動をはじめ、’60年代初期にスタンダップ・コメディアンとして舞台を回り、’65年に最初の映画脚本『何かいいことないか子猫チャン』を書き、’69年の監督作品『泥棒野郎』を発表して以来、ほぼ毎年1本のペースで映画を監督。その人生と表現の軌跡を追う。

 いつもどこか皮肉なアレンも、幼児のころはよく笑うかわいい子だったとか。5歳のころに気難しい子どもになったことについて、アレンは言う。「“自分はいつか死ぬ”と知ったときのことを覚えている。幻滅したよ。『この暮らしが終わるの? ずっとは続かないの?』そう。いつか人生は終わり、自分は永遠に消える。そう知ったときに思ったんだ。“このゲームを抜けたい”とね。それ以降、僕は変わった」。そしてライターをはじめた10代のときに、新聞に掲載された彼の“ジョーク”がこちら。【偽善者は無神論者の本を書き、売れることを神に祈る】。軽快ながらもピリッと刺すような辛辣さ。一瞬うけとめてから、ふっと笑いがもれるようなブラック・ユーモア。本作で紹介される当時の風刺はこの一文のみであるものの、「ほかにどんなものがあるのだろう」と知りたくなる。アレンが17歳のころには両親以上に稼ぎ、それ以来仕事に困ることは一度もなかった……ということも頷ける。

 そして女優たちと結婚、離婚、同居などを繰り返した女性遍歴、62歳で自身の養子だった27歳の韓国系アメリカ人女性スン・イーと3度目の結婚。自身が愛した女性たちについてアレンが語る。そして彼に惚れ込み、ヒューマンドラマとしての深みもあわせもつラブ・ストーリー『アニー・ホール』の世界を引き出した女優ダイアン・キートン、2人目の妻で『泥棒野郎』などに出演しているルイーズ・ラサー、彼女たちがアレンとのエピソードを楽しそうに語るところが好い。ミア・ファローの取材シーンはないものの(スン・イーの養母。アレンとファローの養女がアレンと付き合っていたことを知り、パートナー関係を解消しスキャンダルに。親権を争い裁判となった)、『夫たち、妻たち』撮影中に事実が発覚して共演中の2人が決裂した背景が差し込まれ、「もうやり直せない」と話すファローとアレンの1シーンに重みが増す。

ウディ・アレン

 『アニー・ホール』は’77年の第50回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞を受賞し、アレンの映画作家としての実力を証明。アレンは語る。「『アニー・ホール』以前は、人を笑わせたいとだけ思っていた。でも僕は思ったんだ。“笑い”は削ってもいいと。人間の物語を撮るためならね。以前の作品にはなかった形で、人間を描きたかったんだ。そのほうが豊かな映画になるし、僕も楽しい。失敗して笑われてもいい」。そして映画『アニー・ホール』のシーン、アレンがキートンと話すシーンにつながる。「言っとくけど、僕は悲観的な人間だ。人生は“悲惨”か“みじめ”のどちらかだ。“悲惨”というのはどうにもならない苦労を背負っている人々のこと。それ以外が“みじめ”。だからみじめなのは幸運だ。感謝すべきだよ」。

 PBS制作のアメリカで権威あるドキュメンタリー番組『アメリカン・マスター』による3.5時間のテレビ番組を、映画として再編集したという本作。このドキュメンタリーの監督・脚本・共同編集・プロデューサーをつとめ、3度のエミー賞受賞経験のあるロバート・B・ウィードは語る。「ほかの多くの映画作家たちと同じく、ウディ・アレンの創作過程について、わたしはずっと興味をもっていました。なぜならまったくもって謎に包まれたままだったからです。これまで決して撮影を許可しなかったアレンが本作の企画に賛同し、カメラの前で語ってくれたことは、このうえない喜びです」。

 「なぜ人は存在し、苦しみながら生きるのか。人間は自分の存在や孤独とどう向き合っていくのか。答えのでない問題をいつも考えている。だから僕の映画にはそのテーマが忍び込む」。彼の作品すべてに共感するかどうかというよりも、いまこのときの主張や、普遍的なテーマや思想を台詞やストーリーに含ませる不動のスタイルが小気味いい。笑いながらアレンは言う。「夢見たことで実現しなかったことは何もない。こんなにも運がよかったのに、人生の落後者の気分なのはなぜだろう」。近年は自身の生まれ育った場所であり映画の舞台として長年愛したニューヨークを離れ、ヨーロッパに拠点を移し、『マッチ・ポイント』『ミッド・ナイト〜』などの新境地で再び勢いを取り戻したアレン。ローマを舞台にロマンスを軽妙に描く最新作『To Rome with Love』は、日本では’13年に公開されるそう。個人的にはその前に、まずはアニーとハンナを観たくなった。そして近々に、今年12月1日に日本公開のアレン作品『恋のロンドン狂騒曲』をご紹介しよう。

『映画と恋とウディ・アレン』
2012年 アメリカ映画
データ
2012年10月19日更新
ウディ・アレン
オフィシャルサイト
『映画と恋とウディ・アレン』

2012年11月10日公開
TOHOシネマズ シャンテほかにて
全国ロードショー

■2012年 アメリカ映画
■上映時間1:53
■ロングライド配給
■原題/『Woody Allen : A Documentary』
■監督・脚本・共同編集・制作/ロバート・B・ウィード
■共同編集/カロリーナ・トゥオヴィネン
■出演/ウディ・アレン
ペネロペ・クルス
スカーレット・ヨハンソン
ダイアン・キートン
ショーン・ペン
クリス・ロック
ミラ・ソルヴィーノ
ナオミ・ワッツ
ダイアン・ウィースト
オーウェン・ウィルソン
マーティン・スコセッシ




プロフィール
 
あつた美希 あつた美希
あつた美希
フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。