ベニシアさんの四季の庭 試写会日記 毎週、熱田美希から映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ!傑作でも愚作でも、映画ってやっぱり素敵!!
ベニシアさんの四季の庭

© ベニシア四季の庭製作委員会2013
英国貴族として生まれ、日本に定住して約40年
京都大原で家族を愛しハーブを育てるガーデナー
ベニシアさんの精神を伝える良質なドキュメンタリー

「ガーデニングは変わりゆく絵を描いているようなもの」。英国貴族の家系に生まれ、現在は京都大原の古民家に暮らすイギリス人女性ベニシア・スタンリー・スミスさんの波乱の半生と、現在のあたたかな暮らしを紹介するドキュメンタリー。本作にはベニシアさん、夫の山岳写真家・梶山 正さん、夫妻の息子・梶山悠仁さん、ベニシアさんの娘・蜂巣ジュリーさん、彼女の息子でベニシアさんの孫である蜂巣 浄くん、家族をはじめ、ベニシアさんとつながりのある人たちが登場する。制作はNHKの番組『猫のしっぽ カエルの手 京都大原ベニシアの手づくり暮らし』のスタッフが手がけ、監督は菅原和彦、プロデューサーは鈴木ゆかり、撮影は野稔弘、音楽は川上ミネ。旅を経て日本に定住し、結婚し離婚し、3人の子どもをシングルマザーとして育て、再婚し再び出産、次女が出産を経て統合失調症となり……たのしいこと、うつくしいこと、困難を受け入れていくということ。人と自然と支え合って調和し、おだやかな暮らしをつむぐ、ベニシアさんの精神を伝える良質なドキュメンタリーである。

京都の大原。ベニシアさんは今日も庭で約100種類のハーブの世話をして過ごしている。築100年以上の古民家の室内をほうきで掃除し、ラベンダーと蜜蝋で家具用ワックスをつくって古い木製の箪笥を磨く。家族と一緒に手を加えた内装のなかでもお気に入りの、いろいろな国のタイルをはめ込んだキッチンで料理を作る。庭とハーブのこと、ハーブを生かした料理や掃除や美容のこと、いまの暮らしへの感謝について。日々の生活で感じたことを英語と日本語をまじえて、ときには詩のようにときには気さくな会話のように語ってゆく。

「人生では様々な問題が起きます。たとえ嵐の中でも動き、踊ることが人生なのです」。『猫のしっぽ カエルの手』でおなじみのライフスタイルから、これまであまり語られることのなかった私的なエピソードまで、ベニシアさんがゆったりとした優しい声でいつものように話す。レシピはハーブを漬け込んだ梅酒やローズマリー酒、ジャスミンとラベンダーの保湿クリーム、ローズマリーの食器用せっけん水などを紹介。庭のハーブや大原の四季は生き生きとめぐり、ピアノのやさしいメロディにのせて、どんなことも受け入れてゆるしていく彼女の生き方がゆっくりと沁みてくる。

ベニシア・スタンリー・スミス

現在、アットホームな英会話教室を続けながら、ハーブ研究家として講演やエッセイの執筆をしているベニシアさん。これまでにどのような経緯があったのか、略歴とともにご紹介する。1950年にイギリスにて、スカースデイル伯爵2世の三女である母ジュリアナ・カーゾンと、新進のシェークスピア劇俳優の父デレク・スタンリー・スミスの間に生まれる。曾祖父の兄はインド総督、オックスフォード大学名誉総裁、外務大臣を務めたカーゾン卿。母が結婚・離婚・再婚をして弟や妹が生まれていくなか、当時の貴族の慣習のとおりに兄弟姉妹とともに乳母に育てられる。18歳で社交界デビューをするも貴族社会に疑問をもち、19歳で友人たちとともにインドへ。陸路を2ヶ月かけてベルギーからトルコを経てインドに入り、ヒンドゥー教の聖地ハリドワールのアシュラム(修業道場)で 8ヶ月すごし、インドの暮らしや瞑想を学ぶ。1971年にインドから香港を経て船で日本へ向かい、鹿児島へ。それから東京や京都で生活し、1973年にアイルランドで暮らす母を訪ね、日本への定住を伝えて勘当される。1974年に再び日本に渡り、日本人男性と結婚。岡山で暮らし、長女サチア、次女ジュリー、長男の主慈(シュージ)を出産。京都長岡で英会話学校をはじめ、離婚をしてシングルマザーとして3人の子どもを育てる。1992年に山岳写真家の梶山 正と再婚し、息子の悠仁(ゆうじん)を出産。1996年に京都大原へ引っ越し、1999年に次女ジュリーが息子の浄(ジョー)を出産。ジュリーが産後の抑うつから統合失調症を発症。2002年にNHK「私のアイデアガーデニングコンテスト2002」にてガーデン部門賞を受賞。2009年〜2012年にNHK BS hiで『猫のしっぽ カエルの手』を放送。この番組は現在Eテレでアンコール放送されている。

たとえば自己啓発本などによく、「事実は事実としてあり、それ自体がいいわけでもわるいわけでもなく、どう受けとめるか」ということが書いてある。こうした内容はどこか、よそから借りてきた言葉の羅列にしか聞こえなくとも、ベニシアさんが実際の経験から体得した考え方とメッセージ、さまざまな出来事への誠実な対応と行動は胸に響くものがある。夫の梶山さんがほかの女性とともにフランスで暮らすと家をでて、山の事故で瀕死の大怪我を負ったときの思い、統合失調症であるジュリーさんへの理解について。ベニシア氏の公式HPに掲載されているエッセイ「統合失調症と生きる」より、彼女のメッセージを引用する(http://www.venetia-international.com/m52_essay.php?p=11111)。「この病気を理解できたなら、神秘的な暗い世界の得体の知れないこの病を、理性の明かりに照らすことができるでしょう。人生の旅路は、絶え間ない変化の連続です。私は忍耐力と理解力を学びました。この病気を受け入れることも学びました。お陰で、これまで感じていた心の痛みから解放されました。ユーモアを忘れず、この不条理をありがたく思えるよう努めています。家族のバランスをとることにも努めています。優しく、愛情のこもった世話を必要とする家族に、私は囲まれているのです。かつてインドで、年若き師から『期待しなければ、失望することはない』と言われました。まさにその通りではありませんか」。

ベニシア・スタンリー・スミス

撮影は一家が暮らす京都大原の築100年以上の古民家を中心に、京都の出町柳でベニシアさんが続けている英会話教室などで行われ、古い日本家屋を大切に手入れして過ごしやすくしている暮らしを紹介。また彼女が幼いころに育った場所のひとつ、イギリスのタービーシャー州にあるケドルストン・ホールを訪れたときの映像も。ケドルストン・ホールは貴族の邸宅を数多く手がけた18世紀のイギリスの建築家ロバート・アダムによる設計で、現在はナショナルトラストによって管理・公開されているそうだ。

この作品の公開日は台風18号が日本を直撃した連休の初日でありながら、上映館であるシネスイッチ銀座の初日動員数は2013年度の劇場記録を塗り替え、連休中は満席や立ち見が続いたとのこと。ミニシアターとはいえ、ドキュメンタリー作品でこれほどの人気を集めることはそうあることではない。ベニシアさんも今の境地に簡単にたどりついたわけではなく、悩み苦しみ、試行錯誤して失敗や間違いを経て、今も日々いろいろなことを乗り越え続けているのだろうということ。だからこそ彼女の言葉はたくさんの共感をよぶ。19歳のときに、「なぜ生きているのか、私はその理由を知りたいと思いました」というベニシアさん。「この映画を見て、皆さんが笑顔になってくだされば幸いです」とメッセージを添えている。最後に、ガーデニングに生き方を映す彼女のエッセイをご紹介する。

ガーデニングは変わりゆく絵を描いているようなもの。
季節は流れ、木々は大きくなり、突風で種が飛ばされることも。
歴史の中で、庭は完璧な場所として発展してきました。
それは心と体を生き返らせる楽園のような場所なのです。
庭造りを愛する心は、洋の東西を問わず、今も深く根づいています。
でもある朝起きると、台風で庭が壊されているかも知れません。
それも自然の一部なのです。
だから、気を落とさないで。
庭と自分の人生を、より美しく建て直す機会にすればいいのです。
植物の世話を通して、自然について多くを学べます。
庭は、神様に一番近い場所なのです。
※通常は敬称略であるものの、この作品はドキュメンタリーであり一般のひとたちも多く出演しているため、今回は登場人物の紹介に「さん」を使用しています。
『ベニシアさんの四季の庭』
2013年 日本映画
データ
2013年9月20日更新
ベニシア・スタンリー・スミス
オフィシャルサイト
『ベニシアさんの四季の庭』

2013年9月14日公開

シネスイッチ銀座ほかにて
全国順次ロードショー


■2013年 日本映画
■上映時間1:38
■テレコムスタッフ/NHKエンタープライズ配給
■監督/菅原和彦
■プロデューサー/神部恭久
高尾順子
■制作プロデューサー/鈴木ゆかり
■撮影監督/野稔弘
■音楽/川上ミネ
■出演/ベニシア・スタンリー・スミス
梶山 正




プロフィール
 
あつた美希 あつた美希
CSホロス株式会社代表取締役。フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを担当。2015年よりフレグランスジャーナル社『アロマトピア』でコラム“シネマ・アロマ”を、2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。インタビュー記事の執筆も。
あつた美希