かぐや姫の物語

地球で暮らし月に帰るまで、姫は何を思い生きたのか
水彩画の風合いを感じさせる作画、美しい背景と音楽
高畑 勲監督が古典文学の世界を描く入魂の長編作品

  • 2013/11/15
  • イベント
  • シネマ
かぐや姫の物語© 2013 畑事務所・GNDHDDTK

企画から完成まで8年。1988年の映画『火垂るの墓』で知られる高畑 勲監督が、「今日のひとつの到達点」と語るスタジオジブリ最新作。平安時代より伝わる、日本最古の物語とも言われる『竹取物語』を原作に、かぐや姫の心情を掘り下げた物語を紡ぐ。声の出演はオーディションで選出された若手女優の朝倉あき、2012年6月に他界した俳優の地井武男、そして高良健吾、宮本信子、高畑淳子、田畑智子、立川志の輔、上川隆也、伊集院光、宇崎竜童、中村七之助、橋爪 功、朝丘雪路、仲代達矢ら豪華な顔合わせにて。かぐや姫が地球で暮らし月に帰るまで、何を思い生きていたのか。前作の映画『ホーホケキョとなりの山田くん』から14年、高畑監督が放つ入魂の作品である。

ある日のこと。竹取の翁が山で光る竹を見つける。不思議に思って近寄ってみると、竹の中にとても愛らしい三寸ほどの姫がいた。翁はとてもかわいらしい姫を神様からの授かりものとして、大切に家に連れ帰り、媼とともに自分の子として育てることにする。姫は赤子となり、タケノコのようにぐんぐん成長するので、周囲の子どもたちから「竹の子」と呼ばれるように。それから竹の子はぐんぐん育ち、捨丸兄ちゃん率いる子どもたちとともに野山でのびのびと暮らすうちに少女となっていた。翁は娘を幸せにしたいという思いから、都に屋敷をたてて移住。高貴な姫としての作法や習い事を学び、美しく成長した娘は「なよ竹のかぐや姫」と名付けられ、都中から婚姻の申し込みが殺到する。

木炭や鉛筆のデッサンのように“かすれ”が味となっているライン、水彩画のようにやわらかな風合い、昔ながらの絵本を思わせるどこか懐かしい感覚が印象深い本作。こうした風情はアニメーションで実現するにはとても難易度が高いとのこと。そのため技術的に新しい仕組みが必要となり、本作の脚本ができたとき、スタジオジブリのある小金井駅をはさんで向かい側にある倉庫を改造して、もうひとつのスタジオジブリとして「第7スタジオ」を新設したそうだ。

かぐや姫の物語

そもそも日本テレビ前会長の故・氏家齊一郎氏による、「俺は高畑さんの作品が好きだ。特に『となりの山田くん』が大好きだ。高畑さんの新作を見たい。大きな赤字を生んでも構わない。金はすべて俺が出す。俺の死に土産だ」という一言から始まったという本作。“経済合理性を考えるなら暴挙ともいえる試み”と冷静な視点で語るスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーをはじめ、当初から関係者はこの企画に心配を寄せる声が圧倒的だったとのこと。製作ペースは月に2分間、絵コンテが30分できるころには2005年の企画開始から5年がすぎ、’11年に氏家氏が死去。この企画はどうなるのだろう……と関係者に不安がよぎるなか、日本テレビの現会長である大久保好男氏が氏家氏の遺志を継ぐ。本作の公開が夏から秋に延びたときも、実写の大作1本分にあたるほどの追加予算を大久保氏が出資したそうだ。鈴木氏いわく「内心を慮るなら、僕らには分からないご苦労があったんだと容易に想像できる。大久保さんは、微塵もそれを見せなかった」とのこと。クリエイティブに予算の話などいやらしい、と思う向きもあるかもしれないが、予算がなくては何もたちゆかないし、何より関わる人間の心がすさんでゆく。こうした存在、信じて認め、ゆだねて出資してくれる人があってこそ、これだけの大きな取り組みが実現したという前例、この事実は、貴重なエピソードのひとつと言えるだろう。

錚々たる顔ぶれである声の出演のなか、かぐや姫の声を担当したのは現在22歳の女優・朝倉あき。かぐや姫にふさわしい“受け身ではない意志のある声”としてオーディションで抜擢されたそうだ。姫を育てる媼の声はNHK連続テレビ小説『あまちゃん』の夏ばっぱ役でますます知名度を高めた宮本信子が懐深く、姫の幼馴染の青年・捨丸役は高良健吾がさわやかに、姫を教育する相模役は高畑淳子がユーモアをそっと込めつつハキハキと、姫のお付きのまるっこい女童役は田畑智子がかわいらしく、姫に名づけをする斎部秋田役は立川志の輔がのんびりとした調子で。そして姫に求婚し難題を受ける5人の公達、石作皇子役を上川隆也がスマートに、阿部右大臣役を伊集院光がお金持ちふうに、大伴大納言役を宇崎竜童が猛々しく、車持皇子役を橋爪 功が知恵者らしく、石上中納言役を古城 環が気弱な様子で、そして御門役を中村七之助が悪気なく高慢に。さらに北の方役として朝丘雪路、炭焼きの老人役として仲代達矢がほんの1シーンながら声の出演を果たしている。また本作には、故・地井武男の親しみのある声が、姫を見つけて育てる翁役として愛情深く、生き生きと遺されている。日本のアニメーションの多くは先にアニメーションを制作し、動きにあわせて声をあてるアフレコ(アフター・レコーディング)という方式であるものの、より実感を求める高畑監督は世界の主流であるプレスコ(プレスコアリング)の手法をとることから、声の収録は2011年の夏にほぼ終えていたとのこと。本作は声の出演ながら、俳優・地井武男として最後の遺作映画となったそうだ。

彼らがいなくてはこの映画は完成しない、と高畑監督が語るスタッフの尽力はどれほどのものだったことだろうか。高畑監督が絶大な信頼を寄せる2人のクリエイター、アニメーターの田辺 修が作画、“ジブリの絵職人”こと男鹿和夫が『もののけ姫』以来16年ぶりに美術監督を担当。音楽は久石 譲が手がけ、劇中歌の「わらべ唄」「天女の歌」は高畑監督と脚本家の坂口理子が作詞し、高畑監督が作曲。主題歌「いのちの記憶」は現役の僧侶であるアーティスト二階堂和美が、監督からの依頼を受けて、作詞・作曲・唄を担当している。ジブリの若手プロデューサー西村義明は監督の家と第7スタジオに通い詰め、鈴木プロデューサーとともに「あらゆる手を尽くした」と語っている。

かぐや姫の物語

また本作には、1974年にテレビ放送された『アルプスの少女ハイジ』のアプローチが生かされているとも。野山でのびのびと育った少女が、大人の意思により都会で暮らし、山での友や生活、自然に思いをはせる。そして原作の筋を生かしながら、少女の心情を描くこと。本作でかぐや姫が走りながら十二単を1枚1枚脱いでいくシーン(個人的に姫の顔つきと動きから白土三平のコミック『カムイ伝』を思い出した)に対して、アニメ『ハイジ』には、アルムの山に服をたくさん着こんで行ったハイジが、服を1枚1枚脱いでいくシーンがあり、両方のシーンを「見比べると面白い」と鈴木プロデューサーは語る。アニメ『ハイジ』は当時、ともにズイヨー映像に在籍していた高畑氏が演出、宮崎駿氏が場面設定と画面構成を担当したことでよく知られている。

ところで、高畑監督と宮崎駿氏の付き合いは50年にわたるとのこと。1959年に高畑監督が東映動画(現・東映アニメーション)に入社し、1963年に宮崎監督が入社。高畑氏の初の劇場用長編『太陽の王子 ホルスの大冒険』では宮崎氏が場面設計・美術設計を担当したことから始まり、’71年にAプロダクション(現・シンエイ動画)に宮崎氏とともに移籍し、テレビシリーズ『ルパン三世(第1シリーズ)』、劇場用中編アニメ『パンダコパンダ』などをともに手がけ、1973年にふたたび宮崎とともにズイヨー映像(のちに日本アニメーションに改組)へ移籍。テレビシリーズ『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』をともに手がけ、1985年にスタジオジブリの設立にともに参加、宮崎駿の原作・監督・脚本による『風の谷のナウシカ』では高畑氏がプロデューサーを手がけ……という長い背景がある。先輩後輩の関係から同志かつライバルとなり、高畑監督は宮崎氏にとって昔も今も一目置く存在であるそうだ。

かぐや姫の物語

「現状、作っているスタッフのすべてが確信しているでしょう。この作品を10年後に振り返った時に、アニメーションのエポックと呼ばれるだろう、と。この『かぐや姫』の前と後では何かが変わる。そう思っています」と、2013年9月に行われた中間報告会見にて西村プロデューサーが語った本作。これまで時間、技術、資金の面から非現実的だと見送られてきただろうすべてのことを、ほぼ妥協なくやり遂げたこと。評価を興業収入という数字の回収だけで考えると難しいところかもしれないものの、作り手の夢を具現化したこと、今の技術の粋をのちに伝えること、その記録として大きな意味をもつ作品であることは間違いない。アマからプロまで万人に愛され興行収入も得られる作品も、少数ながら一部の人に熱狂的に支持される作品も、どちらも等しく重要かつ大切な存在で。どちらもあるからこそ、わたしたちは新しい作品に出会い続けることができるのだろう。結果がすべて、結果がついてこなければ意味がない、という考えと、作家の信念とスタッフの思い入れ、いかに精魂込めたか、そこに悔いがなければこれでいいのだ、という考え。まったくの対極。まったくの矛盾。まったく相反する思考ながら、どちらもそうあっていいのだし、その対立と折り合いがあるからこそ生まれるものがあると思う。スタジオジブリの次世代、アニメーション製作の次世代へ、偉大なる先輩方の精神と技術がこうした作品を通じて継がれていくことは確かだろう。

作品データ

かぐや姫の物語
公開 2013年11月23日公開
全国東宝系にてロードショー
制作年/制作国 2013年 日本
上映時間 2:17
配給 東宝
製作 氏家齊一郎
原作 竹取物語
原案・脚本・監督 高畑 勲
脚本 坂口理子
音楽 久石 譲
声の出演 朝倉あき
高良健吾
地井武男
宮本信子
高畑淳子
田畑智子
立川志の輔
上川隆也
伊集院光
宇崎竜童
中村七之助
橋爪 功
朝丘雪路(友情出演)
仲代達矢
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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