キャプテン・フィリップス

トム・ハンクス主演×ポール・グリーングラス監督
2009年に起きた海賊によるシージャック事件を映画化
船長の不屈の勇気、ソマリアの人々の現実を伝える

  • 2013/11/22
  • イベント
  • シネマ
キャプテン・フィリップス© 2013 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.

ソマリア海域で海賊に襲われアメリカ人の船長が人質となり、米海軍に救出されるまでの5日間、現場では一体何が起きていたのか。“ジェイソン・ボーン”シリーズ、『ユナイテッド93』のポール・グリ−ングラス監督が、船長の著作『A Captain’s Duty: Somali Pirates, Navy SEALs, and Dangerous Days at Sea』と、丁寧なリサーチをもとにドキュメンタリーさながらに映画化。出演はオスカー俳優のトム・ハンクス、2006年の映画『カポーティ』のキャサリン・キーナー、そしてバーカッド・アブディをはじめオーディションで選出されたアメリカに在住するソマリア系の新人俳優たちほか。製作総指揮は1999年の映画『アメリカン・ビューティ』のオスカー俳優ケヴィン・スペイシーが手がける。救出作戦を指示したオバマ大統領から「すべてのアメリカ人の鑑」と称えられたフィリップス船長、粗末な身なりで痩せこけたソマリアの4人の海賊、海軍特殊部隊NAVY SEALのみならず救出作戦に関わった人々、それぞれの姿と背景を客観的にとらえ、息が詰まるほどの臨場感をつきつける作品である。

2009年4月。リチャード・フィリップス船長を含む20人の乗組員は貨物船マースク・アラバマ号にて、援助物資5000トン以上の食糧を積み、インド洋をケニアに向かって航行中、ソマリア海域で海賊に襲われ、非武装のアラバマ号はたった4人の海賊に占拠されてしまう。そしてギリギリのせめぎ合いの末、乗組員たちの解放と交換に、フィリップス船長は海賊の乗った救命ボートに拘束されることに。身代金を要求する海賊との平和裏の交渉は難航し、海軍特殊部隊ネイビーシールズが出動。救出作戦が進むなか、船長と海賊4人は外海上の狭い密室でどんどん追い詰められてゆく。

世界中のニュースで報道された事件の実話をもとにした作品。英雄と悪役、被害者と犯人、という一方的な視点とは一線を画し、こうした現状となった背景をも伝えていることが評論家から高く評価されている。グリーングラス監督は、1987年に発行されたピーター・ライトとの共著『スパイ・キャッチャー』の執筆でも知られ、イギリスの民間放送局ITVでドキュメンタリーの監督を務めていた人物。2002年には北アイルランド紛争における“血の日曜日”事件を描いた映画『ブラディ・サンデー』ほかを製作し、初のハリウッド作品であり、大きな成功をおさめたボーンシリーズの2作目『ボーン・スプレマシー』、それに次ぐ3作目『ボーン・アルティメイタム』以外では、社会的な作品を製作し続けている。監督は本作に取り組むにあたり、人々がニュース番組でみた見事な人質救出劇と同じストーリーにはしない、と最初から決めていたそうだ。

トム・ハンクス

フィリップス船長役はハンクスが冷静かつ人間味をもって。なんとしても生き延びるという意思をもちながら、海賊に対してというより、痩せこけた4人の青年たちをなだめたり説得したりするさまを演じている。海賊役の4人、彼らのリーダーであるムセ役はバーカッド・アブディ、最年少のビラル役は17歳のバーカッド・アブディラマン(前述のアブディと名前がよく似ているが別人)、長身で好戦的なナジェ役はファイサル・アメッド、操縦士エルミ役はマハット・M・アリ、彼らは撮影前に海の男としての厳しい訓練を積んだそう。またムセ役のアブディについてハンクスが、新人の若手俳優でありながら複雑な内面を演じきった、と賞賛している。フィリップス船長の妻役はキーナーが自然体で、そして船長の右腕である一等航海士シェーン役はマイケル・チャーナスが、ベテラン船員のエンジニア、マイク役はデヴィッド・ウォーショフスキー、二等航海士ケン役はコリー・ジョンソン、救出部隊が到着するまで対応にあたった米駆逐艦べインブリッジのカステラーノ艦長役はユル・ヴァルケスほか、ベテランが脇を固めている。

「安心しろ、船長。これはビジネスだ。アルカイダじゃない。船を止めろ」。ソマリアは1969 年から続いた軍による独裁体制が’91 年に倒れたものの、氏族間の対立が深刻化。国際的な介入による内戦の収束を目指し、’92年に米軍を主力とする国連平和維持軍がソマリアに送られるが、反対派の激しい反撃にさらされ、’95年には国連平和維持軍が全面撤退(その一部はリドリー・スコット監督による2001年の映画『ブラックホーク・ダウン』に描かれている)。今は2012年に新大統領ハッサン・シェイク・モハムド氏が選出されて新内閣が発足し、2013年に4月にはIMF(国際通貨基金)から22年ぶりにソマリア連邦政府として承認され、問題は山積ながら政治の安定への一歩を踏み出したといわれている。しかしこの事件が起きた2009年のソマリアは、国際社会から見放された破たん国家と呼ばれ、内戦と無政府状態を経て、暫定政府の混迷や反対派のテロ行為など、混沌の最中にあった、という背景がある。

トム・ハンクス

ソマリアの海賊は当初、12 カイリ以内の豊かな漁場を荒らす外国の違法漁船をターゲットにしており、地元の漁師を守る存在だったという。そのうち外国漁船に対して罰金などショバ代を取り立てるようになり、2005年にはオイルタンカーや貨物船などの大きな商船にターゲットに海賊行為がエスカレート。ソマリアの部族軍の長たちが関わるようになり、海賊は国境を超えて国際的なシステムとして組織化。ソマリア沖の海賊は、アフリカだけでなくヨーロッパや北米からの資金に支えられ、出資した人間は海賊行為で得た額面の分け前を得る仕組みとなっており、グローバルな組織犯罪であるとも。実際に海賊として船を襲撃する男たちは末端であり、望んでそうしているわけではない、貧しい漁師であることも少なくないという。「2005 年以来、100 件近くのシージャックが成功し、10億ドルを超える身代金が支払われ、罪のない多くの船員たちが命を失っている」という現状。マースク・アラバマ号がシージャックされたときに武装していなかったように、当時は国際規制に基づいて武装している商業船はなかったとのこと。この事件を機に、マースクやその他の海運会社が危険性の高いルートでは武装した警備員(もと海軍特殊部隊ネイビーシールズ隊員が多い)を乗船させるようになったそうだ。

キャプテン・フィリップス

グリーングラス監督がこれまでのキャリアで、「最も複雑で難しいシークエンスだった」と語るクライマックスのシーン。夜間に小型空母1隻、複数の駆逐艦、ヘリコプター、救命ボートなどが関わる非常に困難な撮影でも、CG は一切使わなかったとのこと。海賊によるアラバマ号乗っ取りの場面も然り。作品の75%は60日間にわたって外海上で撮影され、アメリカ海軍と世界最大級の海運企業マースク社の協力により、本物の駆逐艦や大型貨物船で撮影。船の艦内もCIC(戦闘情報センター)もセットではなく本物であり、出演者の中には本物のもとSEAL隊員10人、CICのシーンでは撮影に使用された駆逐艦トラクスタンの現役の士官や兵士たちが登場。海軍や船のマニアではなくとも、本物かどうかは不思議と伝わってくるもので、映画の場合は精巧に作られたセットや美術であることが通常であるのに、本作ではほとんどが当たり前に本物、というドキュメンタリーに近い現実味の重量感がズシリとくる。そしてハンドヘルドカメラを使い、ショットごとではなくシーンごとに通しで撮影する。長年の付き合いでともにドキュメンタリー出身であるグリーングラス監督と撮影担当のバリー・アクロイドによる映像は何の加工もしていない2Dなのに、小手先の3Dよりもすごい勢いで迫りくるものがある。大型の貨物船から救命ボートとエリアがどんどん狭くなり、何が起きてもおかしくないほど張り詰めてゆく緊迫感と臨場感に、言葉は追いつかない。正直、観終わったらどっと疲れた、というほどだ。この作品には気力・体力があるときに挑むことをおすすめする。

作品データ

キャプテン・フィリップス
公開 2013年11月29日公開
新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2013年 アメリカ
上映時間 2:14
配給 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
原題 Captain Phillips
監督 ポール・グリーングラス
脚色 ビリー・レイ
原作 リチャード・フィリップス
出演 トム・ハンクス
キャサリン・キーナー
バーカッド・アブディ
バーカッド・アブディラマン
ファイサル・アメッド
マハット・M・アリ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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