NYの人気ファッション・ブログをドキュメンタリー映画に
生き生きと暮らす62歳〜95歳のニューヨーカー
7人のファッションや思想を日常の風景とともに映す
「若く見えるより魅力的に見えたいの。 納得できる人生を送るには、 自分らしく前進するしかないわ」(ジョイス・カルパティ 80歳)
ニューヨークを闊歩する魅力的なシニアを紹介するファッション・ブログ『Advanced Style』が人気を得て写真集となり、ついにドキュメンタリー映画に。プロデュースは『Advanced Style』発起人で現在33歳のアリ・セス・コーエン、監督・撮影はコーエンの友人で本作が長編監督デビューとなるリナ・プライオプライト。
62歳〜95歳の個性的なニューヨーカー7人のファッションや思想などのスタイルを、インタビュー映像や日常の風景とともに映してゆく。新鮮かつ誠実なアプローチでオーバー60の女性たちを撮り、歳を重ねることへのこれまでのイメージに新しい一面を与えた、自由と解放を感じさせるドキュメンタリー作品である。
ニューヨーク。青年コーエンがカメラを片手に、街を歩くシニア女性に「NYのおしゃれな女性を撮影しています」と声をかける。丁重な褒め言葉を受けとめ、女性たちは快くストリート・スナップの撮影に応じてゆく。コーエンが自身の思いとブログ『Advanced Style』の始まりについて、「祖母との絆を深める私的なブログであり、魅力的な女性たちを紹介したかっただけ」と語り、アメリカの高級百貨店「バーニーズ・ニューヨーク」のクリエイティブ・アンバサダー、サイモン・ドゥーナンが『Advanced Style』の推薦コメントを語る。そして『Advanced Style』との関わりによって人生がより豊かに変化した、7人の女性たちを紹介してゆく。
「昔から僕は年配の人たちに親近感があった。祖母たちと長い時間を過ごしたせいだろう。年配者はもっと注目されるべきだと思う」(アリ・セス・コーエン)
コーエンの素朴な思いのもと、ファッション業界の手法を用いて周囲を巻き込み打ち出された良質なドキュメンタリー。シニア女性たちを、時にはファッション雑誌のポートレートのように個性を際立たせて写し、時には街の背景に映えるオブジェや建築のようにモダンな感覚で撮影し、スタイリッシュに紹介してゆく。
ジャンルはまったく異なるものの、画期的かつ地域密着型の個性を生かすという意味で、ニール・ブロムカンプ監督の'09年の映画『第9地区』を個人的に思い出した。『第9地区』ではエイリアンの襲来と激闘というSFを現実のニュース報道やドキュメンタリー番組の撮影手法で生々しく映していて。本作ではシニアの実際の思いや暮らしぶり、病や死と向き合うという現実を、業界の著名人たちのインタビューを織り交ぜ、ストリートのファッションやアートを紹介する番組の手法を用いて映している。前者はフィクションをドキュメンタリーふうに、後者はドキュメンタリーをファッションふうに仕立て、ともに視聴者になじみのあるアプローチを上手く利用しているところが興味深い。また本作ではシニアの生の声を、若い世代にも身近な感覚で伝えているところが素敵だ。
そもそもファッション・ブログ『Advanced Style』は、当時26歳だったコーエンが私的なブログとして'08年にスタート。当時のことについてコーエンはこのように語っている。「2008年、祖母が他界した後、ニューヨークに移りました。街を歩いていた時に見かけた、信じられないほど着飾り、生命力に満ちあふれた活動的なシニアの人にすぐさま刺激を受けました。今まで写真を撮ったことはなかったのですが、ルームメイトのカメラを借りて、道端で彼女たちを撮影し、インタビューしました」
そして『Advanced Style』はオーバー60のシニアに限定し個性的なスタイルを紹介するブログとしてアクセス数を集め、ファッション業界でも話題となり、'12年にブログをまとめた写真集を出版し、'14年には映画に。日本では'13年に翻訳本『Advanced Style ニューヨークで見つけた上級者のおしゃれスナップ』が出版、映画の日本公開に先駆けて'15年2月に写真展が開催され注目を集めている。
出演はニューヨークで暮らす62歳〜95歳までの7人の女性たちを中心に。ビアンキの自転車でマンハッタンを駆けるジポラ・サラモン(62歳)。数々の雑誌で知られるハースト社のもと広告部勤務で、銀色の髪に映えるエレガントなスタイルを好むジョイス・カルパティ(80歳)。マンハッタンのアッパー・イースト・サイドで40年以上続くブティックのオーナーで、派手な服装と押し出しの強いトークが特徴のリン・デル(79歳)。カリフォルニア大学バークレー校でテキスタイルと服飾を学び、現在は帽子デザイナーやパフォーマーとして活動するデブラ・ラポポート(67歳)。オレンジに染めた自毛で自作したつけまつげとカラフルなファッションがはなやかなポーランド出身の画家イロナ・ロイス・スミスキン(93歳)。アポロシアターの初代ダンサーのひとりであり、『Advanced Style』をきっかけにランバンの2012年秋のキャンペーン・モデルに選ばれたジャッキー・タジャー・ムルドック(81歳)。アフリカから取り寄せた手織りの布を自らのデザインで仕立てたドレスと高い帽子をまとい、どこか浮世離れしているゼルダ・カプラン(95歳)。
彼女たちには女性として達観した感覚とともに、性別を超越した自由と開放感を持ち合わせているように個人的に感じられる。
「今のファッションは何でもアリ。 昔は固定概念があって、 何がエレガントで何が下品か明確だった。 でもこの歳になると本人がよければいいと思う。 オシャレは自分のためだもの」 (イロナ・ロイス・スミスキン 93歳)
登場する女性たちはキャラクターやスタイルがさまざまで、そのうちの誰かには共感するフックがあるのでは、という仕組み。個人的にはもと雑誌の広告部勤務のジョイスのエレガントさ、オレンジの自毛アイラッシュを楽しむイロナのチャーミングさと現役で画家を続ける創作活動の息の長さに惹かれて。製作陣の狙い通り、筆者も観ているうちにごく自然に、「こんなおばあちゃまになれるのなら年をとるのもいいかも」と思ったり。
生きることは誰にとっても死に向かっていくことで。シニアを映すことは当然ながら、死や病と向き合うこともそのまま含まれる。ただ焦点やテーマをそこに置くのではなく、今の今をどう生きるか、日々を笑って楽しみ、自由と解放を謳歌する姿としてとらえているところが本作の特長だ。
「ここは年配の上級者にふさわしい街。大通りをランウェイにして闊歩できる。年齢に愛着をもち、老いを恐れない女性たちは自信にあふれ、外出するときは最高の自分を演出する」(コーエン)
インパクトとともに魅力とニーズのあるテーマ性を打ち出し、若さ至上主義が不動の約束事となっていたファッション業界にも、ひとつの小さな風穴を開けた『Advanced Style』。日本をはじめアジアには特に女性の年齢に対して、「若くなければ意味がない。若ければ若いほどいい」という考えが根強くあって。既存の価値観すべてが今すぐに完全にひっくり返るわけではないけれど、変化の流れはもうすでに始まっているのだなと。
「あなた次第で人生はよくなるわ。年をとるのを恐れずにこの瞬間を楽しんで」(ジョイス・カルパティ 80歳)
公開 | 2015年5月29日公開 TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2014年 アメリカ |
上映時間 | 1:12 |
配給 | アルバトロス・フィルム |
原題 | Advanced Style |
監督・撮影 | リナ・プライオプライト |
プロデューサー | アリ・セス・コーエン |
出演 | ジョイス・カルパティ リン・デル イロナ・ロイス・スミスキン デブラ・ラポポート ジボラ・サラモン ジャッキー・タジャー・ムルドック ゼルダ・カプラン アリ・セス・コーエン |
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