お嬢さん

韓国の鬼才パク・チャヌクが英国のミステリーを映画化
誰が誰を騙し、憎み、裏切り、そして愛しているのか
耽美的な映像にユーモアを効かせたクライム・サスペンス

  • 2017/02/24
  • イベント
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『オールド・ボーイ』『渇き』『イノセント・ガーデン』のパク・チャヌク監督が、イギリスの作家サラ・ウォーターズの小説『Fingersmith(邦題:荊の城)』をもとに映画化。出演は韓国の人気俳優を中心に映画『泣く男』のキム・ミニ、オーディションで選出され今回が長編映画初出演の新人女優のキム・テリ、『チェイサー』『ベルリン・ファイル』のハ・ジョンウ、『暗殺』のチョ・ジヌン、『ソウォン/願い』のキム・ヘスク、『自由が丘で』のムン・ソリほか。華族の令嬢・秀子の莫大な資産を狙う詐欺師の男は、令嬢の館にメイドとして孤児の少女を送り込むが……。誰が誰を騙し、憎み、裏切り、そして愛しているのか。デカダンで耽美的な映像にシニカルなユーモアを効かせた、エロティックなクライム・サスペンスである。

1939年、日本統治下の朝鮮半島。盗賊団の一味に育てられた孤児の少女スッキは、藤原伯爵と名乗る詐欺師の仕事を引き受け珠子と名乗り、華族の令嬢・秀子の暮らす屋敷でメイドとなる。莫大な資産を相続する秀子と藤原伯爵を結婚させ、財産をすべて奪うという結婚詐欺を成功させるべく、秀子の信頼を得るためにスッキは献身的に世話をする。もともと面倒見のいいスッキは秀子と信頼関係を築いてゆき、秀子と藤原伯爵の間をとりもちながらも、自身も秀子に魅了され、のめりこんでゆく。

ハ・ジョンウ,キム・ミニ

突き抜けたキャラクターたちが繰り広げるめくるめくバイオレンスと官能、際どくて物騒なストーリーをユーモアとともに描く、これぞパク・チャヌク監督作品という本作。一般的ではないきっかけと関係でも(だからこそ?)底なしに求め合い与え合う、苛烈な愛を極彩色で描く在り様には、観ていて打たれるものがある。また第一幕はスッキの目線、第二幕は秀子の目線、第三幕は詐欺師の目線という三幕仕立てになっていて、じわじわと背景や舞台裏が明かされ二転三転してゆく展開もたまらない。また2016年のカンヌ国際映画祭にて美術担当のリュ・ソンヒ氏が韓国人初の芸術貢献賞を受賞したことも話題に。秀子があるシーンで纏う衣装やかつらは、日本風を極端にオリエンタル風にしたもので『スター・ウォーズ』のアミダラ女王やビョークのアルバム『ホモジェニック』のジャケットを彷彿とさせ、惹きつける。和洋折衷の趣を取り入れた上月の屋敷をはじめ、1930年代の貴族の暮らしを思わせる豪華で退廃的なインテリアや衣装が美しい。

日本人の華族の令嬢・秀子役はキム・ミニがコケティッシュに美しく、メイドの珠子ことスッキ役はキム・テリが直情型のほとばしる思いを熱く、藤原伯爵と名乗る詐欺師役はハ・ジョンウが軽妙に、メイドたちをまとめて屋敷を取り仕切る佐々木夫人役はキム・ヘスクが沈着に、秀子の叔母役はムン・ソリが、富豪で希少本コレクターである叔父の上月役はチョ・ジヌンが、それぞれに演じている。『オールド・ボーイ』でカン・へジョンを抜擢し成功を収めたように、今回は約1500人のオーディションでジャーナリズム専攻の大学院生である26歳のキム・テリを選出。彼女はインディペンデントの短編とボディーショップなどのブランドの広告に出ていたのみでほとんど演技経験はなかった。監督は本国である韓国で、熱意と幅のある俳優たちと気鋭の新人とともに、自由な感性で妥協なく、あと1ミリで最悪に転じるギリギリの最高ラインまで遊び心満載で練り上げることができたのだろう。また藤原伯爵や秀子は日本人であり、珠子ことスッキも日本人メイドになりすましている、という設定のため、台詞に日本語の部分が多いのもユニークだ。
 成人指定の作品ながら(日本でも区分は【R-18】)、全世界で400万人以上を動員し、世界で73ノミネート33の映画賞を受賞(2月9日時点)している本作。高い評価を得ていることについてチャヌク監督は、2017年 2月9日に行われたジャパン・プレミアイベントの2日目にこのようにコメントした。「多くの評価をいただけていることをとても嬉しく思っています。そして、何より素晴らしい演技を見せてくれた俳優たちに感謝したいと思います」

キム・テリ,キム・ミニ

原案はイギリスの作家サラ・ウォーターズによる2002年の小説『荊の城』。2002年度のエリス・ピーターズ・ヒストリカル・ダガー賞を受賞するなど、高い評価を得ている。映画では舞台を19世紀半ばのヴィクトリア朝のイングランドから、1930年代の日本統治下の韓国にしたことをはじめ、オリジナルの内容に大幅に変更している。映画化の際にストーリーを大幅にアレンジしたことと、自身の作品で繰り返し描く“男性に対する女性の復讐”について、チャヌク監督は語る。「原作に復讐の要素はありません。たぶん復讐というのは私の映画の永久的なテーマのひとつだと思います。サラ・ウォーターズの『Fingersmith(荊の城)』は非常に面白く夢中になれる内容で、まるでメロドラマをみているような印象でした。ドラマをみながらいろいろ妄想し、『もっと劇的なことが起こればいいな』と期待する視聴者の気持ちになったのです。そして本を読み終えた時、その結末は自分の望んでいた結末とは違っていた。ですから自分が映画化する時は、自分の望んでいた結末にしようと決心しました。いち読者としての願望を映画の中で叶えようと思ったのです」

キム・テリ,ほか

俳優たちがアジア系であるせいか、日本人から観てエロティックなシーンがかなり生々しく感じられる本作。そんなシーンでもシニカルなユーモアを含み、思わず笑ってしまうことが多々ある。監督は語る。「この映画では暴力ばかりでなくセックスもユーモラスに描いてみました。セックスに関しては、シリアスに詳しく描くのではなく、ちょっと距離をおいてユーモアを入れて描こうと思ったのです。ただユーモアは物語に織り込まれているので、前後関係がなければ可笑しさはわかりませんし、ただ可笑しいだけではなく、苦々しくもあります」
 あるシーンで詐欺師が「女は乱暴にされるのが一番イイんだろ?」と自信たっぷりに言うシーンの後にまったく別の場面で、「乱暴にされてイイわけがあるか!」という内容を女性が言うところとか、「重要なポイントを台詞に混ぜ込むなあ」としみじみ。誤解を恐れずに私見を言うと、パク・チャヌク監督作品は激しい表現のなかにあっても、女性をないがしろにしたり見下したり、軽視している感覚は不思議となく、遊び心と愛情がよく伝わってくるところが面白い。2017年 2月8日に行われたジャパン・プレミアイベントの1日目にチャヌク監督は本作に込めた思いについて、このように語った。「本作を観て、女性の観客の皆さんには『自分の快楽を心から楽しもう』と思ってもらいたいですし、男性の観客の皆さんには、女性に対して『もっと優しくしなきゃ。尽くさなきゃ』と思ってもらいたいです」
 また監督は前述のイベント1日目に、「韓国だけで映画を撮るつもりはないし、いつでもいいストーリーがあれば、日本で撮る事も考えています」とコメント。また日本人作家の故・伊藤計劃氏によるSF小説『虐殺器官』を、チャヌク監督がハリウッドで映画化することが決定したという情報も。ますます加速するパク・チャヌク監督の活躍を、世界中のファンとともにこれからも楽しみにしている。

作品データ

お嬢さん
公開 2017年3月3日よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2016年 韓国
上映時間 2:25
配給 ファントム・フィルム
映倫区分 R18+
原題 AGASSI
英題 THE HANDMADEN
監督・脚本・製作 パク・チャヌク
脚本 チョン・ソギョン
原作 サラ・ウォーターズ
出演 キム・テリ
キム・ミニ
ハ・ジョンウ
チョ・ジヌン
キム・ヘスク
ムン・ソリ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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