散歩する侵略者

劇団イキウメの人気戯曲を黒沢清監督が映画化
SFの王道・地球侵略を軸に、それぞれの思いの
行方を描く、人間ドラマにしてラブ・ストーリー

  • 2017/08/14
  • イベント
  • シネマ
散歩する侵略者© 2017『散歩する侵略者』製作委員会

希望も期待も何もない。滅びゆく世界でただひとつ価値のあるものとは……。劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの戯曲を、黒沢清監督が映画化。出演は長澤まさみ、松田龍平、長谷川博己、高杉真宙、恒松祐里ほか充実の顔合わせで。数日間の行方不明の後、不仲だった夫がまるで別人のように優しくなり戻ってくる。鳴海はどこか違和感を覚えながらも、いつも通りに淡々と暮らすなか、街で奇妙な事件が起き始める……。突然の危機に際し人はどう動くのか、夫婦の再生、ある意味で異人種との友情や恋愛などなど、SF、サスペンス、アクション、コメディ、ラブ・ストーリーとさまざまな要素を含むエンターテインメント作品である。

松田龍平,長澤まさみ

数日間の行方不明の後、不仲だった夫・加瀬真治がまるで別人のようになって帰ってきた。急に穏やかで優しくなった夫に鳴海は戸惑いながらも、いつも通り淡々と暮らしてゆく。そして真治は会社を辞め、毎日散歩に出かけるようになる。そのころ、街では一家惨殺事件が発生し、人々の間に奇妙な現象が頻発。ジャーナリストの桜井は取材中、謎の少年・天野に出会い、事件の鍵を握る女子高校生・立花あきらの行方を2人で探すことに。街に不穏な空気がたちこめていくなか、真治は鳴海に「地球を侵略しに来た」と告げる。

地球侵略というオーソドックスなSFを軸に、サスペンスやコメディの要素で惹きつけ、人間ドラマやラブ・ストーリーとして登場人物たちのあやふやな思いの行方をしっかりと描く、前川氏の原作と黒沢監督の演出に感動。主にロマンスのパートは加瀬夫婦が、人間ドラマのパートはジャーナリストの桜井と事件のカギとなる少年少女が担い、ラストには大きなひとつの流れへと向かってゆく。変わった夫を奇妙だと思いながらも愛着を覚える鳴海、侵略者と自覚しながら鳴海には探究心からか無意識なのか素直に従う真治、また桜井の気持ちが好奇心や打算に始まり、真実に焦り本気で考え、侵略される側とする側のはざまで揺れ動きひっ迫してゆく様が観客の意識を引き込んでゆく。“奪う”というと、人の考えではお金や資産、地位や名誉、貞操などが浮かぶが、劇中の侵略者たちは狙いをつけた特定の“概念”を、対面する人間から抜き取る。こうした文字の説明では残酷さが伝わりにくいだろうけれど、これはなかなかゾッとするものだ。全編を観終わると、ほの暗いなかにあたたかな希望が確かに残るような、キャラクターたちがそれぞれに能力を超えてやりきるのを目撃したような達成感もあり、不思議と満たされる感覚があるのも面白い。

長谷川博己,恒松祐里,高杉真宙

行方不明から侵略者として戻ってきた加瀬真治役は、黒沢監督と製作スタッフから「彼以外に考えられない」とオファーされた松田龍平が、常識が抜け落ちた天然ぶりをユーモラスに表現。一見のどかながら、実は“人から概念を奪う”という酷いことを悪気なくやり続けているという落差がじわじわくる。穏やかになり非常識になった真治に困惑しながらも、世話を焼くうちに失いかけていた情がわく妻・鳴海役は、長澤まさみが率直で飾らない女性として。侵略者に乗っ取られた真治、つまり夫の体に優位の意識は異人種である相手と惹かれ合うという特殊なシチュエーションで、知るかとばかりにとにかく目の前の相手と向き合う、というシンプルな情の感覚がよく伝わってくる。
 そうとは知らずに事件の核心に飛び込むジャーナリストの桜井役は、長谷川博己が刻々と変化してゆく状況と心理を丁寧に表現。経験を積んできたからこその大人の狡猾さや純粋さ、絶望や信念がせめぎ合うギリギリの心情と、あの瞬間の決断と躊躇が胸に響く。桜井に協力を求める少年・天野役は高杉真宙が合理的かつ冷静沈着に、女子高生・立花あきら役は恒松祐里が思い向くままの直情型として。組み合わせとしては、大人の桜井が未成熟な少年少女をかくまい導くようなイメージにも見えるものの、実情はまったく違うというのも面白い。また鳴海の妹・明日美役は前田敦子が、真治が出会う引きこもりの青年・丸尾役は満島真之介が、事件を捜査する刑事・車田役はお笑いコンビ、アンジャッシュの児嶋一哉が、イラストレーターの鳴海が仕事を請け負っているデザイン会社の社長・鈴木役は光石 研が、真治が問いかける牧師役は東出昌大が、役人を名乗り加瀬夫妻や桜井に接触してくる謎の男・品川役は笹野高史が、概念を抜き取られた人々をケアする医者役は小泉今日子が、それぞれに演じている。充実のキャストについて、黒沢監督は喜びとともにこのように語っている。「正直こんなに集まってくれると思わなかったので、感激しました。そのシーンそのシーンできっちり見せ場を作ってくれているので、彼らがどんな目に遭っていくのかを観るのもこの映画の楽しみのひとつです」

長谷川博己,高杉真宙

2017年8月8日に行われた完成披露上映会にて、原作者の前川知大氏はこのようにコメントした。「12年前に100人規模の小さな劇場から始まった作品が、ここまで大きな劇場で皆さんに観られるようになって嬉しく思います」
 この映画の原作は前川氏が戯曲として執筆し、前川氏の主宰する劇団イキウメが2005年に初演、’07年、’11年と再演を重ねる代表作。’07年に前川氏自身が小説化し、今年10〜12月には’17年版を東京・大阪・福岡にて上演も。今回の映画化について、前川氏は嬉しそうに語る。「そもそも自分は黒沢清監督の映画が大好きで、かなりの影響を受けています。その僕が演劇として生み出したこの物語を、映画にするのが黒沢監督というのは僕的に最高の巡り合わせでした。そこに集まった俳優陣も素晴らしく、もう期待しかありません。ある夫婦の話でありながら、世界に対する侵略者の話でもあります。映画ならではのスケール感で描かれることに興奮しています」

’17年5月21日(現地時間)にフランスにて、第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品されワールドプレミア上映で高い評価を得た本作。すでに北米をはじめフランス、オランダ、ベルギー、オーストラリア、ニュージーランド、中国、台湾、韓国など21ヶ国での世界公開が決定したというニュースも。侵略をされる側とする側、人としての概念、異人種間の情愛や友情、危機に直面した人間たちといったテーマで、性別や国籍を問わず幅広い層の人たちが入り込めるストーリーは、新しい純日本製エンターテインメントとして各国でどのように楽しんでもらえるか、そのあたりも注目したい。
 最後に、前述の完成披露上映会にて黒沢監督が話したメッセージをお伝えする。「7、8年前に原作に出会って衝撃を受けまして、なんとか映像化したいと試行錯誤していました。悩みながらも、このような素晴らしい俳優たちの協力のもと、最後には何も迷いのない作品に仕上がりました。最後に待っている革新が何か、確かめてください」

作品データ

散歩する侵略者
劇場公開 2017年9月9日より新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2017年 日本映画
上映時間 2:09
配給 松竹
日活
原作 前川知大
監督・脚本 黒沢 清
脚本 田中幸子
出演 長澤まさみ
松田龍平
高杉真宙
恒松祐里
前田敦子
満島真之介
児嶋一哉
光石 研
東出昌大
小泉今日子
笹野高史
長谷川博己
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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