羊の木

高い評価を得ているコミックを吉田大八監督が映画化
町で元殺人犯を受け入れた極秘プロジェクトの顛末を描く
不穏な緊張感とともに展開する、独特な味わいの人間ドラマ

  • 2018/01/30
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羊の木© 2018 『羊の木』製作委員会
© 山上たつひこ、いがらしみきお/講談社

かけ離れた他者を、人はどこまでどのように受け入れていくことができるのか。漫画家の山上たつひこ氏といがらしみきお氏がタッグを組み、2014年の文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞したコミックを、映画『紙の月』『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督が映画化。出演は、映画『抱きしめたい-真実の物語-』の錦戸亮、『追憶』の木村文乃、『8年越しの花嫁』の北村一輝、『オーバー・フェンス』の優香、『シン・ゴジラ』の市川実日子、『怒り』の水澤紳吾、『永遠の0』の田中泯、『探偵はBARにいる3』の松田龍平ら実力派が顔をそろえる。ある小さな港町にて、刑務所のコスト削減と地方の過疎対策を兼ねた国家プロジェクトを極秘に実施。それは住民たちに何も知らせず、6人の元殺人犯を住人として受け入れることだった。かけ離れた他者との共生、小さなコミュニティの人間関係、シニカルなユーモア、そしてあやうい友情を描く。不穏な雰囲気と緊張感とともに展開し、独特の余韻を残す、不思議な味わいの人間ドラマである。

松田龍平,木村文乃

さびれた港町、魚深市。市役所に勤める月末一(つきすえ・はじめ)は、上司から命じられ男女6人の新規転入者をひとりひとり迎え、住居に案内する。どうも様子がおかしいため、上司に確認すると、6人とも仮釈放された元受刑者で、自治体が10年の定住を条件に身元を引き受け、出所したばかりだと告げられる。これは刑務所のコスト削減と地方の過疎対策を兼ねた、極秘の国家プロジェクトであり、住民には知らせず、元受刑者同士を接触させてはならないとも。そして後日に6人全員がもと殺人犯と知った月末は、驚き恐れながらも彼らと普通に付き合っていこうとする。そんななか、港で身元不明の水死体が発見され……。

現代社会に通じることを、個性的な切り口で取り入れた人間ドラマ。人の本能的な感覚を時には恐ろしく、時には可笑しく、時にはもの悲しく描くところが見どころだ。平穏な地方コミュニティにおける“彼ら”の違和感、普通に接しようとしても無意識で恐れ身構えてしまう感覚、思うところはあってもいつの間にか知人や友人としてなじむ様子、恋愛や家族問題で混乱するなか、登場人物がどうしていくのかに引きつけられる。韓国・釜山で行われた第22回釜山国際映画祭にて「アジア映画の窓」部門に正式招待され、2017年10月15日にこの映画のワールドプレミアを実施した際、吉田監督は元受刑者たちの設定を原作から変えたことについて、このように語った。「この物語には原作があって、原作ではもっと新住民の数も多いし、殺人だけじゃなく窃盗や性犯罪、詐欺などもあります。今回、殺人だけに絞ったのは、2時間の映画のなかでひとつ自分がこだわって考えたのは、人を殺したことがある人と無い人の間の境目がどう見えてくるかに興味があって、それを念頭において話を作りました。人を殺すことについても、弾みで殺したのか、計画的に殺したのか、あるいは残酷な殺し方なのか、運悪く相手は死んでしまったのか……その経緯によって、目の前に人を殺したことがある人がいたとしても、相手にどういう感情をもてるのか、どう付き合っていけるのか、いけないのかを細かくやりたかったので、全員殺人犯としてひとりひとり変化をつけました。自分も撮影しながら、何が見えてくるか考えながら撮っていました」

北村一輝,田中泯

元受刑者の受け入れ担当者となる市役所職員、月末一役は錦戸亮が、気のいい青年として。月末の同級生で、都会から地元に戻ってきた石田文役は木村文乃がクールに、6人の元受刑者は、常に威圧的な釣り船屋の杉山勝志役は北村一輝が、色気と隙のある介護士の太田理江子役は優香が、几帳面で人見知りをする清掃員の栗本清美役は市川実日子が、酒を飲むと豹変する理髪師の福元宏喜役は水澤紳吾が、顔に傷のあるクリーニング屋の大野克美役は田中泯が、天真爛漫で好奇心の強い宅配業者の宮腰一郎役は松田龍平が、それぞれに演じている。さらに福元が働く理髪店の店主役は中村有志が、大野が働くクリーニング店の店主役は安藤玉恵が、月末の父・亮介役は北見敏之が、月末の同級生でドラマーの須藤役は松尾諭と、充実の配役となっている。
 元受刑者のひとりを演じた田中泯は、台本を読んだ時に、「あるいは俺も、こういう人間になってたかもしれない」と思ったという。「芝居とは本来、“ありえたかもしれない、もう一つの人生”を生きる行為なのかもしれませんが、今回は特にそれが強かった気がします。価値観の違いを、人はどこまで許し合えるか。人間が人間として許せる限界はどこにあるのか。ふだん曖昧になっているそんな問いを、観客に突きつける映画でもあると思います。とても怖くて、魅力的な作品ですね」

5巻分の原作を映画化するため、脚本の完成まで約2年かかかったという本作。原作者の山上たつひこ氏といがらしみきお氏から「好きに変えてもらってかまわない」と許可があり、吉田監督は大学時代からの友人で脚本家の香川まさひと氏とともに、激しい打ち合わせを重ねて物語の内容を練り上げていったそうだ。吉田監督は今回の脚本制作について語る。「実際の作業はものすごく大変でした。まず香川さんが脚本を書いてくる。それを何時間もかけて一緒に読みながら問題点を話し合い、書き直してもらう、延々その繰り返しで……。物語の落とし所を探りながら、トータル3年くらいキャッチボールしていたんじゃないかな。結局、基本的な世界観と設定を借りつつ、ストーリーもエンディングも完全に映画オリジナルのものになっています。僕らなりに原作のスピリットは生かせたと思っているのですが、これまで関わってきた脚本のなかでは、一番難産だったかもしれないですね(笑)」

市川実日子,ほか

劇中では理髪店でのごく一般的なお手入れの映像が、とても張り詰めた緊張感を帯びて、シニカルな笑いを誘うところが個人的にとても面白くて。悲喜こもごもがあるなか、常人ではどうにもできないことが、自然や人外のなにがしかにゆだねられる、というダークファンタジーふうの要素が微量にあるところも味わい深い。原作にはない、「部屋に遊びにきて寝入った宮腰を見て、いつの間にか月末も眠ってしまう場面」もまた、とても緊張感があり、月末が宮腰にいつのまにか心を許している感覚、それを宮腰が嬉しく思っただろう様子が、サッと伝わり染みるものがある。

本作は前述の第22回釜山国際映画祭にて、本年度から新設されたアジア映画を激励するためのキム・ジソク賞を受賞。吉田監督は本作について、これまでの作品との違いを語る。「ひとつはっきり言えるのは、翻弄される月末に寄り添いながら映画を撮っていくのが、僕にとってとても新鮮な体験だったということです。僕は今まで、内面に強烈な自我や狂気を抱えた人物を描くことが多かった。普通の主人公が、極端な状況に巻き込まれていくという物語は、今回の『羊の木』が監督7作目にして初めて。従来とは反対側から、人間という謎に迫る面白さがありました。いわば知らない乗り物を運転している感覚で、それがとにかく楽しかった(笑)。『羊の木』という物語が、僕の映画を新たな場所に連れて行ってくれた気がしています」
 またこの映画のラストに起きることについて、監督はこのようにコメントしている。「それは必ずしも人間への絶望は意味しない。その辺のグレイなニュアンスは、物語のラストで月末が見せる絶妙な表情から、観た方それぞれが感じとってくださると嬉しいですね」
 そして2017年12月13日に東京で行われた完成披露試写会にて観客に向けて、主人公の月末を演じた錦戸亮はこのように伝えた。「本編を数回は観たけれど、整理できない部分があって、なんとも言いようのない感情があった。皆さんにとっても、いろいろな後味があると思う。それは甘いかもしれないし、苦いかもしれない。その味を隣で観ている友だちと確かめ合ったら、きっといい友だちになれるはず。真っ白な気持ちで見てください。何色にも染まれると思います」

作品データ

羊の木
劇場公開 2018年2月3日よりTOHOシネマズ新宿ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2018年 日本映画
上映時間 2:06
配給 アスミック・エース
英題 The Scythian Lamb
監督 吉田大八
脚本 香川まさひと
原作 山上たつひこ
いがらしみきお
出演 錦戸亮
木村文乃
北村一輝
優香
市川実日子
水澤紳吾
田中泯
松田龍平
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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