皇帝ペンギン ただいま

世界的に愛されたドキュメンタリー映画の続編
最長老の父が育てたヒナが成長し自立してゆく姿を、
過酷で美しい南極の自然とともに最新技術で映す

  • 2018/08/29
  • イベント
  • シネマ
皇帝ペンギン ただいま© BONNE PIOCHE CINEMA - PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : © Daisy Gilardini

南極で生きるペンギンたちの姿を生き生きととらえ、2006年に第78回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞を受賞。世界で2500万人以上の動員し、高い支持を得たフランス映画の第2弾。監督は『皇帝ペンギン』をはじめ動物や自然、地球環境にまつわるドキュメンタリーの製作で知られるリュック・ジャケ。ナレーションは2003年の映画『マトリックス・リローデッド』の俳優で歌手のランベール・ウィルソンが担当、日本語吹き替え版では草刈正雄が担当する。本作では、皇帝ペンギンの集団のなかで最長老である43歳の父親に注目。また親たちが大切に育てたヒナたちが成長し、自立して旅立つまでを映してゆく。2005年製作の前作から12年、最新鋭のデジタル4Kカメラとドローンをはじめ進化した撮影機材やそれを使いこなす技術を駆使し、プロフェッショナルなスタッフたちとともに、南極のいまを鮮明に撮影。南極の自然とともに生きる皇帝ペンギンの姿を鮮やかに映す、詩的なドキュメンタリーである。

皇帝ペンギン ただいま

南極圏内だけで一生を過ごす、唯一の大型脊椎動物である皇帝ペンギン。彼らは豊富な餌場である海から約100qも内陸にある繁殖地“オアモック”で子育てをする。ここは大きな氷山などに囲まれて風を遮り、厚く水平で安定した定着氷であることから、この場所が皇帝ペンギンにとって古くから重要な繁殖地となっている。産卵を終えて疲労した母は大切な卵を父に渡し、餌を求めて海へ。父は母が戻るまで約120日間、卵が冷たい氷につかないように両足の上に卵をのせて立ったまま、絶食状態で卵を温め続け、孵化したヒナを守ってゆく。経験の浅い父は抱卵に失敗したり、ヒナが天敵に襲われたりすることもある。しかし集団のなかでも最長老である43歳の父ペンギンは子育ての大ベテランであり、無事にヒナを母に渡すことができた。両親は海とオアモックを往復して、食欲旺盛なヒナを育てていく。そして夏が近づく頃、両親はヒナと別れ、ヒナたちの行進が始まる。

前作とあわせて観ても、本作だけ観ても楽しめる、南極で生きる皇帝ペンギンたちのドキュメンタリー。前作では過酷な環境での子育てをする家族の姿を中心にとらえ、本作でも子育てなど重なる部分もあるものの、今回は長老ペンギンから次世代へと継がれてゆく様子、ヒナたちが自立してゆくまでを丁寧に映している。フランス語のナレーションでは彼らの生態や状態を真面目に伝えているものの、時にはウィットがありペンギンたちのかわいらしさやユーモラスな感覚が軽やかに伝わるのも楽しい。南極大陸の東部にあるフランスの基地、デュモン・デュルヴィルでは1956年から皇帝ペンギン1羽1羽に標識(フリッパーバンド)を装着し、生態調査を行っているとのこと。前作で科学顧問を担当した鳥類学者のクリストフ・バルブローから43歳の皇帝ペンギンについて聞いた時のことについて、ジャケ監督はこのように語っている。「この繁殖が最後となるだろう最年長のペンギンは、地球上でもっとも過酷な冬の4カ月を43回も経験し、何度死にそうになり、何度敵から逃れることに成功したのでしょう。それと比べると、人間は南極という自然の脅威の前にはあまりに脆い存在です。彼はブリザードのなかでも落ち着き、迷うことなくまっすぐ歩き、人間の私から見てもカリスマ性がありました。私は彼の“人生”を通じて、生きることの奇跡や粘り強さをテーマとしたドラマを作ろうと思いつきました。同時に、ヒナが巣立ちのために海に向かって行進してゆく神秘にも興味が湧きました」

皇帝ペンギン ただいま

撮影は南半球の春から夏にあたる2015年の11月から12月にかけての45日間、南極にて行われた。撮影スタッフは、海洋生物学者で水中写真家のローラン・バレスタ、野生動物写真家のヴァンサン・ムニエ、ダイバーのヤニック・ジャンティ、監督の学生時代からの友人で20年前にも南極で撮影した経験をもつ撮影監督のジェローム・ブヴィエら、ジャケ監督率いる11名。春から夏といっても南極の天候は変わりやすく、零度からマイナス20度まで急速に冷え込み、ブリザードが吹き荒れることもしばしばあるという。デュモン・デュルヴィル基地を拠点に、約7000羽の皇帝ペンギンがいるコロニー“オアモック”に通って撮影した時のことについて、ジャケ監督は語る。「GPSに無線機、カメラ、三脚、温かな食事など、全部で数10kgにもなる荷物を2つのソリに積み込み、基地から撮影場所まで1日に10km近く移動するのが日常でした」

前作を撮影した2003年当時、南極で使用できるカメラは16mmフィルム用しかなかったものの、今回は最新鋭のデジタル4Kカメラや全方位撮影可能なカメラ、ヒーター内蔵の水中撮影機材やドローンを導入して撮影。前作では南極海での水中撮影に耐えられる機材がなかったことから、皇帝ペンギンが素早く泳ぎ餌を追う、海中での撮影が限られていたことが監督にとっても心残りだったそうだが、本作では海中でのペンギンの姿もたっぷり撮影されている。海洋生物学者で水中写真家のバレスタは本作のために開発された最新機器を使い、水温マイナス1.8度の南極海で水深70mへ30回の連続潜水に挑戦し、この深度と長時間の水中撮影は南極海で史上初となる最長3時間30分の撮影に成功。本作でスクリーン初公開となる、知られざる南極の海中の世界も本作の見どころのひとつとなっている。バレスタは南極海の魅力について語る。「南極海にはコンブの森や4mの長さにもなるワカメが生えていたり、巨大なヒトデや何千ものホタテガイがひしめいていたりと、予想以上に生命がたくましく生きていました。甲殻類やソフトコーラル、海綿、小魚たち。私たちが撮影した映像は世界初の貴重なものです。きっと南極海には私たちがまだ見たことのない生き物がいるはずです。長時間の潜水に耐えられるよう機材を改良して、いつかまたあの海へ戻りたいと思います」

4Kカメラの映像により、子ペンギンのふわふわと風になびくグレーの羽毛1本1本も鮮明に見える本作。月、太陽、夕日、青空、赤と青が溶け合う広大な夕暮れ、氷山にクリアにうつる空の青、といった自然の美しさも格別だ。そうした自然のなか、ペンギンたちが隊列を組んで行列で歩いてゆく様子、哲学的にたたずむ姿には、どこか詩的な趣も。都市で生活していて見ることのできるものでは決してないので、たしかに現実でありながら、非日常であるという不思議な感覚だ。ペンギンたちにとっては生の営みであり日常であり、人が観て勝手に思うだけとわかってはいるけれど、南極という最果ての地で過酷な自然のなかで生きる彼らの暮らしには、何があろうとも無心にただ生きるのみ、という力強さがあり、どこか禅の境地のような、不思議と励まされるような気分にも。

皇帝ペンギン ただいま

本作には“過酷な子育て”といった前作と重なる内容の部分もあり、柳の下のどじょう、2番煎じ、といわれると否定しきれない面もあるけれど、個人的には、カメラの進化と撮影技術の向上によりさらに鮮明で画期的な撮影が可能になり、ペンギンはやっぱりかわいいから、それでいいじゃない、と。南極では、地球の温暖化により氷の状態は年々悪化し、表面は荒くなり薄い部分も増えて、ペンギンたちにとって危険が増していることもあるだろう。ただ本作ではそうした環境問題にはあまり触れていない。環境保全に打ち込む人々からすると、これほど南極の状態が悪化してきているのに、ただ美しい、かわいい、などとのんきな、という向きもあるかもしれない。けれども教育的でシリアスなドキュメンタリーだと興味をもてない観客にとっても、難解なものはまだわからない子どもたちにとっても、こうした間口の広いドキュメンタリー映画があるのはいいことだと個人的に思う。こうした映画をきっかけに、動物や人間の暮らす地球、その自然環境、というつながりですんなりと理解し、より興味をもつこともあるかもしれないから。またジャケ監督をはじめ、撮影クルーは自然や環境のドキュメンタリーに真面目に取り組むメンバーなので、応援したい気持ちもある。こうした特殊なエリアで映像を製作する場合、動物や自然への撮影時のマナー、環境に配慮しながら、スタッフの安全と機材の保護を確保しつつ、根気よく丁寧に進行できることはとても大切だ。
 ジャケ監督は前作『皇帝ペンギン』の成功を機に、非営利団体ワイルド・タッチを設立。このNGOは地球と生命の美しさを描き紹介することにより、彼らの生物多様性への取り組み「フロー・オブ・ライフ」が広く浸透し、様々な保全活動への理解と賛同の輪を広げていくことを目的としている。

皇帝ペンギンの生態や行動にはまだまだ多くの謎があり、現在も専門家たちがデュモン・デュルヴィル基地にて研究中とのこと。ジャケ監督の皇帝ペンギンシリーズは、これらの謎の究明とともに、今後も続いていくかもしれない。前述の鳥類学者バルブローは、皇帝ペンギンの研究とジャケ監督との対話、映画についてこのように語っている。「リュックのチームが撮影した映像のおかげで、研究者の調査では観察できなかった皇帝ペンギンの生態に近づくことができました。リュックとは撮影の合間によく皇帝ペンギンの本能について議論しました。若いヒナの巣立ちに強い関心があったようです。現在(デュモン・デュルヴィルでは)、流氷の上と海中で4年も過ごすヒナを長期間、追跡できる装置を開発中です。近いうちに彼らの行動範囲や生態がわかるようになると期待しています。本作は一般の人々が科学的研究をより身近に感じる助けになるでしょう。また、私たちも研究が生活や環境にどのように役立つかを観客に伝えられます。リュックと私たちの共同プロジェクトの狙いはここにあるのです」

作品データ

皇帝ペンギン ただいま
劇場公開 2018年8月25日よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シネマカリテほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2017年 フランス
上映時間 1:25
配給 ハピネット
原題 L'empereur
監督・撮影 リュック・ジャケ
撮影 ジェローム・ブヴィエ
ヤニック・ジャンティ
ローラン・シャレー
ジェローム・メゾン
ナレーション ランベール・ウィルソン
日本語ナレーション 草刈正雄
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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