世界が愛した料理人

スペイン、フランス、そして日本の三ツ星シェフが
料理人としての思想、未来に継ぐ食について語る
最新のガストロノミーを伝えるドキュメンタリー

  • 2018/09/20
  • イベント
  • シネマ
世界が愛した料理人© Copyright Festimania Pictures Nasa Producciones, All Rights Reserved.

食べたらおしまいというその場限りの贅沢な高級料理ということではなく、生み出した技術や手法やレシピが次世代へ継承され、文化の一端となっていくことは、作り手である料理人の思想があるからこそ。出演は2012年当時、史上最年少でミシュラン三ツ星を獲得してから6年連続で三ツ星を保持しているスペイン・バスク地方出身の料理人エネコ・アチャ・アスルメンディ、2018年8月に他界したフレンチの大御所ジョエル・ロブション、スペインのカタルーニャ地方サン・ポル・デ・マルのレストラン「サンパウ」のカルメ・ルスカイェーダ、日本の名店「すきやばし次郎」の小野二郎、小野禎一、知る人ぞ知る通の店「壬生」の石田廣義、石田登美子、日本人でありながらフランスの雑誌『LE CHEF』が選ぶ「世界のシェフ100人」で4年連続のトップ10入りの「龍吟」の山本征治といった三ツ星店や一流の料理人たちほか。シェフを中心に評論家や編集者、現代の食文化を牽引する人々のインタビューにより、最新のガストロノミーを伝えるドキュメンタリー作品である。

小野二郎,小野禎一

「料理の面白さは局地性。受けた訓練や住む場所が料理人ごとに違うので、ほかの土地や店では出会えない料理になる」。リラックスした様子で素朴に語るのは、スペインのバスク州、豊かな自然に恵まれたビルバオ郊外ララベツにあるレストラン「アスルメンディ」のオーナーシェフ、エネコ・アチャ・アスルメンディ。彼は地域の伝統や特性を活かし、環境に配慮しながら、独自性に富む良質な料理の提供を持続してゆくことを目指している。
 「料理は常に進化し続ける文化なのです」と語るのは、スペインのサン・ポル・デ・マルにある「サンパウ」のカルメ・ルスカイェーダ。好きが高じて独学で料理を学び、スペインで初めてミシュラン三ツ星を獲得した女性シェフとして知られる彼女は、食への情熱とともに持論を熱く展開する。
 そして彼ら有名シェフを含む、世界の著名人が称賛する銀座の寿司屋「すきやばし次郎」では、世界最年長の三ツ星シェフであり撮影当時89歳だった小野二郎が今日も店に立つ(2018年に93歳)。

製作国であるスペインが誇るバスク料理、本国の三ツ星レストランのシェフ、彼らが影響を受けた日本やフランスの先人たち、レストランを格付けする有名なガイド本「ミシュラン・ガイド」の総責任者マイケル・エリスなど、かなりのメンバーが顔をそろえる本作。気取ったりお高くとまったりすることなく、それぞれに信念をもち真摯に取り組む、料理人としての各人のスタンスが興味深い。また本作では画期的な取り組みをしていることで世界的に高く評価されているエネコのレストラン「アスルメンディ」をしっかりと紹介しているのも本作の特徴だ。

エネコ・アチャ

エネコの店「アスルメンディ」があるのは、スペインのバスク地方、ビルバオ郊外ララベツ。一般的な観光地ではなく郊外であり、実際にそのレストランを目指して行く機会がある人がそういるわけではないので、評判の店を映像で見ることができるのも楽しい。「アスルメンディ」は農園の奥にあるガラス張りのモダンな建物といった風情であり、ここでサステナブルな(環境を保全しつつ持続可能な)取り組みが行われている。“エネコシステム”と呼ばれる、環境に配慮した独自の循環型システムは、建物内の温度管理を地熱システムによる開閉式のよろい板を採用して自動調節、CO2排出量を削減するべくモノの配送は独自の物流センターからトラック1台で1日1回のみ、レストランの敷地内にある畑を生産者に提供し、研究フロアで得た農作物の情報については生産者にシェア、生ゴミは毎日リサイクルしてコンポスト化して肥料センターで活用、雨水は常にためてリサイクル……といった内容だ。誠実な取り組みで環境を保全する持続可能な手法を社会に開示しながら、この店では有名な、最初の “ピクニック・スタイル”の料理をはじめ、オリジナルのコンセプトや演出とともに良質な料理を提供していく、その特徴的なスタイルが魅力的だ。こうした取り組みについて、エネコは語る。「土地に感謝して地域に貢献することが大事。自然にリスペクトして次の世代に何かを残していきたい気持ちでいっぱいです」

スペイン料理というと筆者がすぐ浮かぶのは、ガスパチョ、パエリア、チョリソー、野菜の煮込みといったものだけれど、エネコの料理はそういった料理とはイメージとは異なり、もっと洗練されていてユニークだ。この映画ではあくまでも思想がメインで料理はそれほど紹介されていないものの、卵黄のなかにトリュフのエキスを注入する有名な「トリュフ卵」のように、モダンなビジュアルでいて風味や食感は伝統的な力強い料理にもとづいているといった感覚だ。美食を重視するバスク地方で生まれ育ったエネコは、祖母と母から食材選びの極意とバスク料理の伝統を教え込まれ、それを自身のルーツとしてとても大切にしているとのこと。“バスク料理”を生み出したこの地域については、映画の資料より専門家のコメントを引用してご紹介する。
 「バスク地方とは、スペイン領であるバスク州とナバラ州、フランス領のバスク地方を合わせた地域のこと。バスク地方がなぜ料理界で注目され、発展を続けているのか? それはこの地が様々な好条件が重なる奇跡の場所だからに他ならない。一帯はグリーンスペインと呼ばれ、年間を通してスペインの中でも降水量が多く、四季が移ろい、冷涼な風が吹き抜ける地域。海の幸、山の幸に恵まれたこの地は良質な食材に恵まれている。フランス国境にも近く、シェフ同士の交流が国境を超えて自然な形で芽生え、調理技術の発展もめざましく、多くの三ツ星レストランを有する世界屈指の美食の地として存在している」(料理研究家・植松良枝氏)

アスルメンディ

この映画では、料理人同士の意外な交流が紹介されているところも見どころのひとつ。2011年に閉店したスペインの伝説的なレストラン「エル・ブジ」のシェフ、フェラン・アドリアと、和食の名店「壬生」の石田廣義・登美子夫婦との交流についても、アニメーションを使ってわかりやすく解説。一方、世界文化遺産としても知られる和食に惹かれたエネコが日本に赴き、築地市場を巡り、「壬生」で瞑想から着想を得た独特のもてなしによる日本料理を食し、「すきやばし次郎」の小野二郎に会いに行く姿を追ってゆく(余談ながら、石田夫妻の名店「壬生」も10数年前にはすでに伝説的で、著名人のエッセイでも“某店”と店名をふせていることがしばしばで。今回のように映像で、しかもスペイン製作のドキュメンタリーでこれだけしっかりと紹介されていることに驚いた)。この映画に携わったことについて、エネコは感謝とともに語る。「本当に素晴らしい経験でした。普段はなかなか知ることができない、ほかのシェフたちの哲学や考え方を知れたことが良かったし、本当に面白かった。それらが自分の勉強にもつながっていきます」

縁あって、筆者は20〜30代の10数年間、カルチャーやエンタメの仕事とともにグルメの記事も担当していた時期があり、数々のレストランとシェフの取材をさせてもらった。一流と呼ばれる店は、オーナーやシェフのくっきりとした思想、明確なコンセプトにもとづくトータルの演出や繊細な表現が一皿一皿に込められていることをよく知っている。エネコの店はそうしたことに加え、社会に向けたアクションを自然体でしているのがとてもユニークだ。美食=飽食は無駄が多く健康に悪く贅沢で、粗食こそが至上、というだけではない、未来を見つめる食のあり方として、「こうした取り組みもある」と広く伝わるといいなと個人的に思う。
 また美食のドキュメンタリー作品で面白いのは、そこで知った世界観や料理を、実際に店を訪れて自分の五感で実際に味わえるところだ。味、香り、舌触り、盛り付けといった料理から、内観や外観、食器やカトラリー、インテリア、スタッフの対応など、丸ごと体感することで楽しみが広がる。劇中に登場するシェフの店というと、日本では東京・六本木に2017年にオープンした「エネコ東京」、コレド日本橋Annexで知られる「レストラン サンパウ」、そして銀座の「すきやばし次郎」など。いずれも一流店なので気軽にとはいかないが、もし映画を観て彼らの料理に興味をもったなら、記念日などに仲間や家族、大切な人と一緒に訪れるのも楽しいだろう。

作品データ

世界が愛した料理人
劇場公開 2018年9月22日よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2016年 スペイン
上映時間 1:15
配給 アンプラグド
原題 SOUL
監督 アンヘル・パラ
ホセ・アントニオ・ブランコ
出演 エネコ・アチャ
マルティン・ベラサテギ
カルメ・ルスカイェーダ
ジョエル・ロブション
石田廣義
石田登美子
山本征治
小野二郎
小野禎一
服部幸應
マッキー牧元
マイケル・エリス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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