Merry Christmas!〜ロンドンに奇跡を起こした男〜

名作『クリスマス・キャロル』の意外な誕生秘話を、
作家チャールズ・ディケンズの生い立ちを交えて描く
実話をもとに重いテーマを含みつつもハートフルな物語

  • 2018/11/15
  • イベント
  • シネマ
Merry Christmas!〜ロンドンに奇跡を起こした男〜© BAH HUMBUG FILMS INC & PARALLEL FILMS (TMWIC) LTD 2017

イギリスを代表する作家チャールズ・ディケンズの名作『クリスマス・キャロル』の誕生秘話を、作家の生い立ちを交えて生き生きと描く物語。出演は2017年の映画『美女と野獣』やドラマ「ダウントン・アビー」のダン・スティーヴンス、『人生はビギナーズ』のオスカー俳優クリストファー・プラマー、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジョナサン・プライスほか。アメリカ人作家レス・スタンディフォードの原作をもとに、脚本はカナダ製作のテレビ映画「赤毛のアン」のスーザン・コイン、監督は映画『ペティグルーさんの運命の1日』を手がけたインド系イギリス人のバハラット・ナルルーリが手がける。20代で『オリヴァー・ツイスト』などの成功により欧米で人気作家となったチャールズは、その後の『バーナビー・ラッジ』を含む3作品がふるわずにスランプに。クリスマスを題材にした小説を思いつくが……。自身が執筆する物語の登場人物と対話し、幻想と現実の境界があいまいになるなか、作家は自身が抱える本質的な問題と対峙してゆく。有名な作家の若い時代の実話をもとに描く、あたたかな後味の人間ドラマである。

ダン・スティーヴンス

1843年10月のロンドン。ここ数年の小説がふるわずにスランプである作家チャールズ・ディケンズは、妻が5人目の子どもを妊娠したというのに、家の改装費用も支払いができないでいる。そんななかアイルランド人の若いメイドや、ロンドンの街で見かけた人々の話から着想を得て、クリスマスを舞台にした物語を思いつき、執筆を始める。そしてエージェントで友人のフォースターとともに出版社へ向かい、新作の構想を語るが、「今どきクリスマスの本は売れない」と言われ、チャールズは自費出版を決意。クリスマスまでに本を出版するにはあと6週間とリミットが迫るなか、思うように筆が進まずに苦悩していると、確執のある両親が突然やってきて滞在することに。チャールズは物語の主人公である偏屈な老人スクルージをはじめ登場人物たちと対話し、幻想と現実を行き来しながら執筆していくうちに、自身の根底にある問題に突き当たる。

ディケンズが31歳のころ、『クリスマス・キャロル』を発表するまでの実話をもとに創作された物語。20代で『オリヴァー・ツイスト』、31歳で『クリスマス・キャロル』を執筆したという才気、父が金銭にルーズで12歳から働きに出てろくに学校へも通えず、自力で働き学んで立場を得たという実話に改めて驚かされる。製作総指揮のポーラ・メイザーは、主に労働者階級の視点で小説を執筆したディケンズについて、「1843年に31歳だったディケンズはまるで文学界のロックスターで、彼の物語は現代的に感じられたんです」とコメント。「父親はお金がなくなった時、まだ幼いディケンズを劣悪な靴磨き工場で働かせました。ディケンズ自身がオリヴァー・ツイストだったのです」

クリストファー・プラマー

スランプ中の作家チャールズ・ディケンズ役は、ダン・スティーヴンスが才能と野心が空回りしている様子と、葛藤しながらも創作に没頭し、問題に向き合ってゆく姿を丁寧に表現。ダンはさまざまなディケンズの文献を読んだこと、ロバート・ダグラス・フェアハーストの本『Becoming Dickens』や映画のシーンについてこのように語っている。「この本にはちょうど映画で描く時期の直前の頃が書かれていました。私たちの知っている立派なディケンズというより、軽妙で野心家であり、新進作家の頃のディケンズです。この映画にはディケンズの友人や家族からの手紙にあったことを取り入れている箇所もあります。例えば、(登場人物をイメージして)鏡の前に立って顔をしかめたり、変な声を出したりするシーンがそうです」
 チャールズの妻ケイト役はモーフィッド・クラークが、父ジョン・ディケンズ役はジョナサン・プライスが、チャールズの家で働く若いメイドのタラ役はアナ・マーフィーが、長く勤めるベテランのメイド、フィスク役はミリアム・マーゴリーズが、チャールズのエージェントで友人のジョン・フォースター役はジャスティン・エドワーズがそれぞれに演じている。またチャールズと対話する『クリスマス・キャロル』の登場人物で幻想のキャラクター、スクルージ役はクリストファー・プラマーがハマり役で、スクルージのもと仕事仲間で亡霊のマーレイ役はドナルド・サンプターが、そして第一の幽霊“過去”役はアナと、第二の幽霊“現在”役はジャスティンが1人2役で演じている。

ディケンズがロンドンにて自費出版で製作した『クリスマス・キャロル』は1843年12月19日に出版され、12月24日には初版6000部が完売。1844年1月に増刷され、1月24日にニューヨークの出版社ハーパー・アンド・ブラザーズが公式のアメリカ版を出版、同年の2月5日にはロンドンで公式の舞台作品が開幕。小説も舞台も非公式版がたくさん作られたとも。この小説は発売から時を経ても人気が高かったため、ディケンズも朗読会をたびたび行ったそうだ。
 この映画が伝えるチャールズ・ディケンズの厳しい生い立ちは事実で、彼は12歳からウォレン靴墨工場で働き始めた。原因は父親の借金だ。チャールズはイギリスのポーツマス郊外にある下級官吏の家に生まれ中産階級の家庭に育ったものの、金銭にルーズだった父ジョンは借金が返済できず、債務者監獄に投獄。両親と妹は監獄で一緒に暮らし、幼い頃は病弱だった12歳の長男チャールズを靴墨工場で働かせた。その後、作家になるまでのことは劇中にはないものの、学校教育を受ける機会もあまりなく独学で勉強を続けて22歳で新聞記者になり、24歳のときに刊行した短編集『ボズのスケッチ集』で本格的に作家として活動を開始したそうだ。自伝的作品のひとつと言われる『デイヴィッド・コパフィールド』(1849〜1850年)の登場人物ミコーバーは、父ジョンをモデルにしているとも。そして映画では、ディケンズが20代で作家として成功した時に両親に郊外の家を買い与え、金銭も渡したのに、30代になった息子の現状を知ろうともせず、のんきに著名人の息子のもとで楽をしようとする両親の姿が描かれている。この映画の結末は『クリスマス・キャロル』の物語の精神とリンクしているのはよくわかるし、そのエンディングを否定するつもりはまったくないし、そもそも映画は大団円やハッピーエンドで大賛成と個人的に思っていて。そして作家ディケンズの本心をはかることなど到底できないが、つらい出来事を経験した人にすべてを赦し受け入れよう、と説く必要はないかな、と個人的には思ってしまう。こういう経験をした場合、疑問や怒り、苦悩や葛藤が完全になくなることはおそらく一生ないだろう。けれど別の信頼や安心、喜びや感謝を知るうちに薄まり、過去の苦しみや悲しみをやりすごすことができるくらいに、自分を広げていくことはできるのかもしれない、と筆者は思う。

ダン・スティーヴンス,モーフィッド・クラーク,ほか

この映画の原作者レス・スタンディフォードは、『クリスマス・キャロル』をディケンズが自費出版したことを知り、その経緯について本を執筆したとのこと。本作の脚本を手がけたスーザン・コインは、映画には実際のエピソードをこのように取り入れたと語っている。「ディケンズはよく実生活で関わる人たちよりも、彼の芝居や本に登場するキャラクターたちの方がリアルだと言っていました。彼は実際にキャラクターたちと会話をしていたので、実話に基づいて心情を描きました」
 そしてナルルーリ監督はこの映画の脚本の魅力について、このように語っている。「素晴らしいキャラクターと視覚的に広がりのある、面白くて楽しい脚本です。私たちが生きている世界に対して少しだけ物申したいことが根底には描かれていて、ある意味ではディケンズに似ているんです。彼は愉快なキャラクターたちを実世界より大げさに作り上げ、キャラクターたちを通して社会に大きな衝撃を与える、読むのが楽しい物語を届けた作家ですから」

作家ディケンズの名作『クリスマス・キャロル』の誕生秘話であり、ベストセラーの後に不調の時期が続いた若手作家がスランプや家族の危機を越えて、自費出版の作品で大成功し作家としても復活するという痛快な物語である本作。実話をもとに重いテーマを含むストーリーでありつつも、全体としてはハートフルな作品だ。映像は19世紀前半のクラシックな建築や衣装に趣があり、家族団欒のシーンもシンプルにほのぼのとした雰囲気が伝わってくる。ファミリーでもデートでも、友だちや仲間と、または1人でサッと観るのも意外と楽しめる、冬休みシーズンの佳作のひとつである。

作品データ

Merry Christmas!〜ロンドンに奇跡を起こした男〜
劇場公開 2018年11月30日より新宿バルト9ほかにてロードショー
制作年/制作国 2017年 アメリカ
上映時間 1:44
配給 東北新社STAR CHANNEL MOVIES
原題 The Man Who Invented Christmas
監督 バハラット・ナルルーリ
脚本 スーザン・コイン
原作 レス・スタンディフォード
出演 ダン・スティーヴンス
クリストファー・プラマー
ジョナサン・プライス
ジャスティン・エドワーズ
モーフィッド・クラーク
ドナルド・サンプター
マイルス・ジャップ
サイモン・キャロウ
ミリアム・マーゴリーズ
イアン・マクニース
ビル・パターソン
アナ・マーフィー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。