アマンダと僕

青々とした緑が鮮やかな夏のパリ
大きな喪失を経た青年と少女は、支え合って歩みだす
ゆれる心情をとらえ、静かな感動が広がる人間ドラマ

  • 2019/05/31
  • イベント
  • シネマ
アマンダと僕© 2018 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA

夏のパリを舞台に、大きな喪失を経験し、支え合い、静かに歩みだす青年と少女の姿を描く人間ドラマ。監督は本作が初の日本劇場公開作となるミカエル・アース、出演は、フランスで主演作が続く人気の若手俳優ヴァンサン・ラコスト、演技未経験でアース監督に見出されたイゾール・ミュルトリエ、『グッバイ・ゴダール!』のステイシー・マーティン、『ザ・プレイヤー』のグレタ・スカッキほか。青年ダヴィッドは姉のサンドリーヌとその娘で姪のアマンダ、ガールフレンドのレナらと穏やかな日々を送っていたが……。2015年11月13日のパリ同時多発テロ事件の前から断続的にテロが発生し続けているパリを静かな視点で見つめ、再生へと向かっていく人々をあたたかな思いやりとともに映す物語である。

イゾール・ミュルトリエ,オフェリア・コルブ

パリで便利屋として働く青年ダヴィッドは、7歳の姪アマンダとシングルマザーの姉サンドリーヌとしばしば過ごし、パリにやってきた美しい女性レナと恋をして、幸せに暮らしていた。しかしある日、テロによって突然サンドリーヌが亡くなり、ダヴィッドは悲しみに打ちひしがれる。ほかに身寄りがなく、「ママとはもう会えない」と理解できずにいる姪アマンダの世話を、ダヴィッドは不慣れながらもしていく。しかし自由に暮らしてきた24歳には荷が重く不安になることもしばしばで、どうすればいいのか判断ができない。そんな折、アマンダの世話を交代でしている高齢の叔母モードに、ダヴィッドはずっと避けてきた、20数年前に別れたきりでロンドンで暮らす自身の生みの母親アリソンについて話を聞く。

第75回ヴェネチア国際映画祭のオリゾンティ部門にてマジックランタン賞を受賞、第31回東京国際映画祭にて東京グランプリと最優秀脚本賞を受賞した注目作。いくつものテロ事件が発生し、今も不安な情勢が続くパリに寄り添うかのような物語だ。ストーリーはフィクションでありながらも、登場人物たちの感情の流れを作り込みすぎないことで、素の感触をリアルに表現している。音楽やビジュアルで派手に盛り上げて号泣、といった感動作では決してないものの、人を支えようとしても自分すら支えきれない状態、混乱し定まらずにゆれる心情、多くの人とさまざまな形で関わり合い支え合っていることに次第に気づく、といった状態を丁寧に描いている。この物語について、アース監督はとヴァンサンはこのように語っている。
 アース監督「私はこの映画を作るにあたって、自分が住んでいる今のパリを描きたいと思いました。パリは、いまテロの経験を経た状況にあります。この映画は、テロの事件に社会的・政治的な意味を込めたわけではなく、あくまで一個人のレベルで、突然肉親を失った子の周辺で起こった背景として描いています。いつ何が起こるかわからない脆い状況、そういった今のパリを描きたかったのです」
 ヴァンサン「ミカエル(監督)は、愛する人を失う哀しみ、その人の思い出と共に生き続けることについてとても繊細にアプローチしています。彼はアマンダを小さな女の子として扱うのではなく、ひとりの人間として描いています。ダヴィッドは姉の死を哀しみながらも、到底自分の手には負えないと感じることをしなければならなくなってしまった。小さな女の子の世話をすることで、ほとんど父親になることに等しい。突然、今まで考えたこともないぐらい大きな責任を負うことになります。『アマンダと僕』は、僕たちが生きている世界の話でもあります。それは、道や公園で突如撃たれることがありえる僕たちの世界です」

ヴァンサン・ラコスト,ステイシー・マーティン

姉を失い姪の世話をするダヴィッド役は、ヴァンサンが混乱と不安を20代の青年らしく。ダヴィッドとアマンダの関係について、ヴァンサンはこのように語っている。「7歳のアマンダは明らかに脆くて、ダヴィッドは大人としてやらなくてはならないことを責任を持ってこなさなくてはなりません。しかし、年齢とは関係のない問題、愛する人を失ったときの哀しみや混乱といったものの前では彼らは同じです。あらゆるところで、アマンダの方がダヴィッドよりも強く感じられ、彼が彼女を、ではなく、彼女が彼を支えています。哀しみを超えて、苦難を共に乗り越えようと団結するふたりを見せることで、この映画は輝いて見えます」
 母を亡くしたアマンダ役は、イゾールが自然体で。イゾールはアース監督が体育教室から出てきた彼女に声をかけ、オーディションのチラシを渡したことをきっかけに本作に抜擢。母の死がよくわからずに戸惑いながらも次第に状況を受け入れてゆく様子を、気負いなく演じている。ダヴィッドと恋をするレナ役はステイシー・マーティンが、ダヴィッドの姉でアマンダの母親サンドリーヌ役はオフェリア・コルブが、ダヴィッドとサンドリーヌの叔母モード役はマリアンヌ・バスレーが、ダヴィッドの友人アクセル役はジョナタン・コーエンが、ダヴィッドとサンドリーヌの生みの母親アリソン役はグレタ・スカッキが、それぞれに演じている。
 アース監督はアマンダ役を決める際に、何人かの子役に会ったものの計算して演じているような感覚があまり好きになれず、前述の通りにイゾールを見出したとのこと。監督はその理由について語る。「彼女は子どもらしく幼い部分もありながら、円熟味のある部分も持ち合わせており、幼いところと大人びたところの両方が備わっていて魅力を感じました」
 そしてこれまでコミカルな役が多く人間ドラマの経験はあまりなかったヴァンサンの起用について、このように語っている。「彼の素晴らしいところは、複雑な気持ちを持ち合わせ、非常にドラマチックで深みのある演技をしつつ、軽やかさを失わない。顔は整っているんだけど、ものすごく美青年でもない。エレガントだけど不器用なところもある。両面性がありながら、誰でも親しみやすく、共感してもらえる部分が非常に良いと思いました。私は決して重苦しい映画ではなく明るい映画にしたかったので、彼が絶妙なキャスティングだと思い決めました」

本作の監督・脚本を手がけたミカエル・アースは、1975年パリ生まれ。経済学から転向して映画学校FEMIS に入学、友人と数本の短編映画を製作した後、監督として本格的に活動を開始。2006年の『Charell』がカンヌ映画祭批評家週間に選ばれ、長編デビュー作である2010年の『Memory Lane』がロカルノ国際映画祭でワールドプレミア上映。『アマンダと僕』が長編3作目となる。本作でアマンダ役のイゾールが演技未経験だったとは思えないあたりは、イゾール本人の資質に加え、アース監督の撮り方や引き出し方にあるのだろう。演技未経験の子役を起用する人間ドラマいうと、筆者はやはり是枝裕和監督作品を思い出す。この作品は映像や音楽やストーリーなど全体的に、是枝監督作品の風合いを彷彿とさせるものを個人的に感じた。アース監督の映画作家としての表現や求めるものに、是枝監督と通じるところがあるのかもしれない。アース監督は映画で表現したいこと、また本作のテーマについて、このように語っている。「私は、哀しみの殻に閉じ込められた人々ではなく、感情に動かされる人々を描きたいのです。喪失のなかにいる人はさまざまな感情を経験します。私はその複雑さ、内に秘めた大きな哀しみと小さな哀しみ、大きな幸せと小さな幸せの間の振り子を、しっかりと表現したいと思いました」

イゾール・ミュルトリエ,ヴァンサン・ラコスト

劇中にはキーワードとして、“Elvis has left the building(エルヴィスは建物を出た)”という言い回しが登場する。北米では有名なフレーズで、エルヴィス・プレスリーのコンサートが終わってもずっと帰ろうとしないファンに向けて、『エルヴィスは建物を出た』と会場側がアナウンスしたことからこの言葉が有名になり、今も“望みはない” “楽しいことは終わり”という意味で使うという。あるシーンでこの絶望的な表現が、軽やかに“希望”にスイッチする瞬間はとても清々しく、印象的だ。緑が青々と光る夏のパリを舞台に、本作に込めた思いについて、監督はこのように語っている。「夏は再生の季節でもあるので、再生を約束するような希望に満ちたものがある反面、その青空の青さには悲劇をより強く感じるような両面性を持ち合わせていると思います。この映画で起きたことは悲劇的なことです。人生のなかでこういった悲劇に遭うことは否定できないけれども、私はそのなかに希望をもたらしたかったのです」

作品データ

公開 2019年6月22日よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA ほかにて全国順次公開
制作年/制作国 2018年 フランス
上映時間 1:47
配給 ビターズ・エンド
原題 AMANDA
監督・脚本 ミカエル・アース
共同脚本 モード・アムリーヌ
出演 ヴァンサン・ラコスト
イゾール・ミュルトリエ
ステイシー・マーティン
オフェリア・コルブ
マリアンヌ・バスレー
ジョナタン・コーエン
グレタ・スカッキ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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