eHills Club 試写会日記

毎週、映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ! 傑作でもB級でも映画ってやっぱり素敵!!

あなたの名前を呼べたなら

インドでは現在も“絶対的なタブー”という
階級や状況を越えて惹かれ合う2人の恋を描く
ドラマを通して階級意識による差別を問う注目作

あなたの名前を呼べたなら© 2017 Inkpot Films Private Limited, India

2018年の第71回カンヌ国際映画祭にて批評家週間のコンペディション部門で、インド出身の女性監督ロヘナ・ゲラがGAN基金賞を受賞したメジャーデビュー作。出演は2001年の映画『モンスーン・ウェディング』でデビューしたティロタマ・ショーム、俳優としてアメリカやインドで活躍、アートハウス系の映画製作会社ズー・エンターテインメントの創設者であるインド系シンガポール人のヴィヴェーク・ゴーンバルほか。建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭で住み込みのメイドをする予定だったラトナは、里帰りしていた故郷の農村からムンバイに突然呼び戻され……。インドの厳しい階級社会、地域による慣習や環境の違いと意識の格差、“未亡人”が理不尽なほど制約過多の立場になるのが当たり前であること。活気ある大都市ムンバイやカラフルな伝統衣装などの映像とともに、雇い主の裕福な青年と農村出身の未亡人のメイドが惹かれ合うさまを描く恋愛ものであり、現代のインドを生きる女性たちの立場が物語を通して伝わってくる作品である。

ティロタマ・ショーム,ほか© Inkpot Films

雇い主である建設会社の御曹司アシュヴィンが海外で結婚式をあげる間、故郷の農村に里帰りをしていたラトナは、ムンバイに突然呼び戻される。結婚直前に婚約者の浮気によって破談となり、憔悴したアシュヴィンが帰宅したのだ。新婚家庭向きの広い高級マンションに1人で暮らすアシュヴィンのもと、姉や母が説得に訪れるなか、メイドのラトナと運転手のラジューが彼を気遣う。アシュヴィンはアメリカでライターとして働いていたが、兄の死によって父の建設会社の跡継ぎとなり、仕事も結婚も両親の望みを受け入れようとしていたのだ。落ち込み途方に暮れるアシュヴィンに、ラトナは自らの身の上を語る。彼女は19歳で結婚、夫の病死で結婚生活は4ヵ月で終わったのに、死ぬまで婚家に縛られる。しかし今は妹の学費を自分が稼げることが嬉しい、と。その話をした後から、ラトナとアシュヴィンの心の距離は少しずつ近づいていくが……。

「絶対に起こりえない物語」、と本作の製作スタッフやゲラ監督の家族でさえも言う、インドではタブーの恋愛ストーリーという本作。法律では1950年にカースト(ヒンドゥー教における社会的身分制度)による差別が禁止となったものの、インドでは現在も階級意識による差別は根強く残っていることがわかる。ゲラ監督は、子どもの頃に自分の世話係だった住み込みのメイドが、下層の人間として扱われていたことを理解できなかった、という記憶があり、この映画を製作したきっかけについてこのように語っている。「私は今までずっと、インドに存在する“階級”について考えてきました。渡米してスタンフォード大学でイデオロギーや哲学について学んだ後、インドへ帰国すると、状況は以前とまったく変わらないまま。インドと海外を行ったり来たりしながら、非常に複雑な気分でした。状況を変えたいと思っても、簡単にできることではありません。だからこそ『私に、一体なにができるだろうか』と自分に問い続けたのです」

ヴィヴェーク・ゴーンバル,ティロタマ・ショーム© Inkpot Films

メイドのラトナ役はティロタマ・ショームが、芯の強い優しい女性として好演。ラトナの雇い主である建設会社の御曹司アシュヴィン役は、ヴィヴェーク・ゴーンバルが使用人たちを守り穏やかに接する思いやりのある男性として表現。主演の2人にはアメリカで暮らした経験があり、監督と同じくインドに対してインサイダーとアウトサイダーという2つの視点をもっていることが、この作品のテーマ性やメッセージにより深みを与えているように思える。コルカタ生まれのティロタマは、『モンスーン・ウェディング』で映画デビュー後、INLAKS財団の奨学金を受けてニューヨーク大学の演劇教育の修士号を取得。卒業後は仕事をしながら貧困や暴力に苦しむ人々のために活動し、4年後に映画界に復帰して俳優活動を再開した人物だ。監督は企画の段階で、ティロタマに本作への出演についてダメ元で話してみると、彼女は監督に「この役は自分のものだから他の人に渡さないでほしい」と何度も言ったとのこと。そして今回の役作りのためにマラーティー語をゼロから勉強し、農村部出身の女性らしい動きを身につけて役作りをしたそうだ。またジャイプール生まれのインド系シンガポール人であるヴィヴェークは、ボストンのエマーソン大学で演劇を学び、アメリカの舞台で活躍。2004年にムンバイに移住後は、数々の舞台や映画やドラマに出演。アートハウス系の映画製作会社ズー・エンターテインメントを創設、ヴィヴェークも出演し彼自身が製作費80万ドル(約9000万円)を全額出資して同社が製作した2014年の映画『裁き』は、第88回アカデミー賞外国語映画部門インド代表に選出も。
 また別の家庭で働くラトナのメイド仲間ラクシュミ役はギータンジャリ・クルカルニーが陽気な世話好きの女性として、アシュヴィンの父親役はラーフル・ヴォーフラーが、アシュヴィンの母親役はディヴィヤー・セート・シャーが、アシュヴィンの姉ナンディタ役はディルナーズ・イーラーニーが、アシュヴィンの運転手ラジュー役はアーカーシュ・シンハーが、アシュヴィンの婚約者サビーナ役はラシ・マルが、それぞれに演じている。

ヒンドゥー教における社会的身分制度カーストによる差別は1950年に法的には禁止になったものの、階級意識や差別はインドでは当然のこととして、現在もあるという。異なる身分間の結婚はおろか、恋愛だけでも忌み嫌われ、上級階層の少女と低い階層の少年が話をしていたというだけで、少女の家族を含む上級階級の男たちが少年をリンチして殺害した、という事件も実際にあり、差別が原因の放火、殺人、売春の強要といった事件は断絶できていないそうだ。またヒンドゥー教徒の未亡人は、再婚どころか恋愛もできず、「亡き夫と婚家の名誉を汚すようなトラブルは許されない」とも。劇中でラトナが故郷の農村からムンバイに向かうバスのなかでブレスレットをするのは、故郷では未亡人はブレスレットをする=着飾ることが許されていないから。口減らしのために婚家からムンバイへ出稼ぎに送り出されたラトナは、月4000ルピーの仕送りを婚家にし、実の妹の学費を担っている。インドにおける未亡人という立場について監督は語る。「都会に住む進歩的な人たちでさえ、“未亡人になる=実質的に人生が終わった”と意味する場合があります。未亡人がどんな服を着るべきかに関するルールは都会ではまだ少ないものの、あらゆる縛りがあります。私が知っている未亡人で、のちにほかの人と結婚した人は1人もいません。子どもがいる人は、子どもに残りの人生を捧げなければならず、ほかの男性と一緒になりたい、一緒に人生を過ごす相手が欲しいという思いが彼女にあるかどうかは関係ないのです。そのような思いはインド社会では完全に否定され、未亡人となった女性のセクシュアリティーについて話題になることは滅多にありません」

ティロタマ・ショーム,ほか© Inkpot Films

ロヘナ・ゲラ 監督は1973年、インドの教育・研究の中心地である都市プネー生まれ。カリフォルニアのスタンフォード大学(学士号)とニューヨークのサラ・ローレンス大学(美術学修士号)で学び、1996年にパラマウント・ピクチャーズの文学部門でキャリアをスタート。助監督、脚本家、インディペンデント映画の製作・監督などを手がけ、ヒンディー系映画監督への脚本提供や、人気テレビシリーズでは40以上のエピソードの担当も。ブレイクスルー(ニューヨークに本部がある国際非営利団体)の広報責任者、国連財団からインドでの自然保護キャンペーンの顧問として招待されるといった活動も。インドで育ち、カリフォルニア、ニューヨーク、パリなどで生活をしてきた人物だ。メジャーの長編映画監督デビュー作となるこの映画を、恋愛ストーリーにしたことについては、「ずっと私の頭から離れなかったインドの階級問題を、恋愛物語を通して探求できないか」と考えたという。ゲラ監督は本作のテーマについて語る。「決して説教臭くはなりたくなかったし、自分には答えがあってどう考えるべきかと人に教えるような感じにもしたくなかった。それに、彼女を“被害者”として描くことも絶対にしたくありませんでした。恋愛物語にすることで、平等と抑制からくる力を通して、『階級間の隔たりを越えることができるのか?』というテーマを探ることができたのです」

ラトナはデザイナー志望であり、劇中で普段にさりげなくしているアシュヴィンのベッドメイキングや、自身が纏う民族衣装サリーの着こなしなども鮮やかな色彩でかわいらしい。水色の枕カバーに明るいマスタードの柄ものベッドカバー、ピンクの半袖インナーにロイヤルブルーのサリー、カナリヤイエローのインナーに朱赤ベースで大きなオレンジの水玉のサリーといったカラフルなコーディネートが見ていて楽しい。
 本作はいきなり全員で歌って踊りだす、いわゆるインド映画ではなく、ストーリー展開で見せていくドラマであるものの、音楽が効果的に使われている。なかでも劇中でラトナがメイド仲間のラクシュミと一緒にマンションの前でお祭りの音楽に合わせて楽しく踊るシーンは生き生きとして、また彼女たちがバイクで2人のりをしているときに流れる前向きな歌詞の明るいポップスはエンディングでも流れ、映画を観た後に明るい余韻を響かせる。

「誰でも夢を叶える権利がある」とは、アシュヴィンがラトナに言った言葉。ラトナの夢がお針子じゃなくデザイナーだと聞いたときに、アシュヴィンは彼女に丁寧に対等に接していたつもりでも、無意識のうちに差別の感覚が自身にあったことに気づいて驚き、恥じて詫びるシーンだ。このセリフは、階級制に苦しむ多くの人たち、状況を変えていくことができる次世代の心ある人たちに伝わるものがあると思う。ゲラ監督は本作に込めた思いについて語る。「インドの人たちにとって階級制は今でも根強く残っている。それはカースト制の影響だと思います。私はこの作品を階級格差などの問題を白黒はっきりさせるような形では、描きたくありませんでした。恋愛物語にすることで、より多くの人たちに観てもらうことが、皆で考えるきっかけになるのではと思ったのです」
 階級制や差別による偏見については、地方都市や農村はカーストや古いしきたりの考え方が色濃くあり、都市部でもデリーは保守的、しかしムンバイなどの都市はやや進歩的、若い世代の考え方はだんだん変わってきているとも。最後にこれから観る人たちへ、ゲラ監督からのメッセージをお伝えする。「この映画について、ある国のインド大使のように、『これは絶対に見せるべきだ!』と絶賛する人もいれば、『こんなことはあり得ない。絶対に見せない方がいい』という人もいて、賛否はあります。インドの人たちが観たら、居心地が悪くなるかもしれない。でも私は、まずは観て、考えてもらえたらと思っています」

2019年7月2日更新

作品データ

公開 2019年8月2日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2018年 インド・フランス合作
上映時間 1:39
配給 アルバトロス・フィルム
原題 SIR
監督・脚本 ロヘナ・ゲラ
出演 ティロタマ・ショーム
ヴィヴェーク・ゴーンバル
ギータンジャリ・クルカルニー
ラーフル・ヴォーフラー
ディヴィヤー・セート・シャー
チャンドラチュール・ラーイ
ディルナーズ・イーラーニー
バーギャシュリー・パンディト
アヌプリヤー・ゴーエンカー
アーカーシュ・シンハー
ラシ・マル
ライター:あつた美希 CSホロス株式会社代表取締役。フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを担当。2015年よりフレグランスジャーナル社『アロマトピア』でコラム“シネマ・アロマ”を、2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。インタビュー記事の執筆も。