風をつかまえた少年

14歳の少年が風力発電の装置を作り、自家発電に成功
飢饉のなか、知恵と行動力で道を切り拓いた実話を描く
初監督のキウェテル・イジョフォーによる注目作

  • 2019/07/30
  • イベント
  • シネマ
風をつかまえた少年© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC

当時は人口の2%しか電気を使用できず、現在も世界の最貧国のひとつと言われるアフリカのマラウイで、学費を払えずに中等学校を退学になった14歳の少年ウィリアムが、図書館の本と自身のアイデアと少ない材料のみで風力発電の装置を作り、自家発電に成功。その実話を伝えて世界的なベストセラーとなり、現在は世界23カ国で翻訳されている2009年のノンフィクション『The Boy Who Harnessed the Wind』を映画化。出演は、演技未経験ながらオーディションで選出された少年マックスウェル・シンバ、ミュージシャンで俳優としても活動しているリリー・バンダ、『メリー・ポピンズ リターンズ』のノーマ・ドゥメズウェニ、『目元が似てる君へ』のアイサ・マイガほか。脚本・監督は、第86回アカデミー賞にて作品賞を受賞した『それでも夜は明ける』の主演俳優で、本作が監督デビューとなるキウェテル・イジョフォーが手がける。アフリカのマラウイで大干ばつが起きた2001年。14歳のウィリアムは飢饉による貧困で学費を払えず、仕方なく通学を断念。しかし図書館の本から知識を得て、風力発電のできる風車を作り、乾いた畑に水を引くというアイデアを思いつくが……。飢饉による食糧不足で暴動や略奪が起きるなか、家族をはじめほとんどの人からアイデアを理解してもらえず、部品となる材料も手に入らないという難しい状況でもあきらめず、風力発電の装置を作り上げていくまでの背景と経緯を描く。苦境のなか突破口を開いて自らの人生をつかみ取り、現在では母国の人々の暮らしの改善につとめ、後進の子どもたちに手本として敬愛されている青年の実話を描く作品である。

キウェテル・イジョフォー,マックスウェル・シンバ

2001年、アフリカのマラウイ。手先が器用で賢い14歳のウィリアムは、家族や隣人から故障したラジオなど電化製品を預かり、今日も分解し修理をしている。そんななか、ウィリアムはカチョコロ中等学校にようやく入学するも、大干ばつで飢饉となり貧困で学費が支払えず、やむなく通学を断念。農業を営む父トライウェルを、母アグネスが末っ子の赤ん坊の世話をしながら明るく気丈に励まし、大学に進みたいと思っているウィリアムの姉アニーの進学も難しい状況にあった。そのころ、ウィリアムは図書館で『エネルギーの利用』という本を読み、独学で風車を作って風力発電を用いて乾いた畑に水を引くことを思いつく。しかし雨水に頼る天水農業が主流で、干ばつの対策=雨乞いという村で、周りの大人たちから理解を得ることがまったくできず……。

さまざまな苦労を経て、14歳の少年が画期的なアイデアを具現化した実話を描く本作。シンプルなサクセス・ストーリーというよりは、アフリカ最貧国のひとつであるマラウイの内情について、追体験を促すかのようにしっかりと描かれているのが特徴だ。この映画では、上映時間113分のうち95分間はずっと厳しい状況が描かれ、最後の18分で報われる。観ていてとてもつらい気持ちになる面もあるが、これがこの国の現実であり人々の暮らしであると知ることができる。本作で初めて長編映画の監督を務めたイジョフォーは、ナイジェリア出身の両親のもとイギリスで生まれ育ち、アフリカ在住経験はないとのこと。原作でアフリカの飢饉をアフリカ人の視点から描いていることについて、イジョフォーは語る。「それが原作を読んだ時の衝撃だった。あの状況を内部から感じること。テレビのニュースやドキュメンタリーを見て“こんなことが起こっています”と知るのとはまるで違う。実際にそれを体験するのはどんな気持ちか、体験者の目を通して深く考える機会はあまりないからね」

アイサ・マイガ,マックスウェル・シンバ,キウェテル・イジョフォー

14歳の少年ウィリアム役は、演技未経験だったマックスウェル・シンバが好演。イジョフォーは、ケニアとマラウイで実施したオーディションで13歳の時に選出したマックスウェルについて(撮影当時は15歳)、「マックスウェルの演技は自然で、説得力があった。子どもの俳優ではとても珍しい」と称賛している。マックスウェルは当時から、アメリカのハーバード大学やマサチューセッツ工科大学で電気工学を学ぶために奨学金を得たい、という目標をもち、ウィリアムと同様の資質をもっていたとも。現在、ケニアで最高ランクの国立アライアンス高校学校に通うマックスウェルは、映画出演と教育について語る。「映画出演は初めてで、何もわからなかったから想像以上の現場で最高だった。ウィリアムという少年は、どんな場面でも、自分がやりたいことを貫こうとするんだ。あとどんな手段でも試してみる柔軟さがある。そして、最終的には村のみんなを救うことになる。彼は勉強を続けるために授業に忍び込む。授業料が払えないから仕方なかったんだ。教育はとても大切。学ばなければ自分が無知かもわからない。何が可能で不可能か教えてくれるのが教育だと思う。そして、教育は読み書きだけじゃなく世界中の人と交流する方法も教えてくれるんだ」
 農業を営むウィリアムの父トライウェル役はイジョフォーが不器用でも実直な父親として、姉アニー役はリリー・バンダが率直な行動派として、母アグネス役はアイサ・マイガが心の強さと先を見通す賢さをもつ母親として、ウィリアムの学校の教諭カチグンダ先生役はレモハン・ツィパが、同学校の教諭で図書館の管理をしているスィケロ先生役はノーマ・ドゥメズウェニが、村の族長役はジョゼフ・マーセルが、それぞれに演じている。

ウィリアム・カムクワンバ本人は、現在31歳。2014年にアメリカのダートマス大学で環境学を修めて卒業、現在はアメリカ在住。マラウイに定期的に帰り、母国の生活や教育にまつわるさまざまなプロジェクトに携わっている。ウィリアムは1987年、マラウイのリロングウェ出身、7人姉弟のうち唯一の男児だった。2001年の大干ばつにより、14歳の時に学費を払えず中学校を退学。その後、NPOの寄贈図書室で物理や化学を独学で学び、廃品を利用して“風力発電のできる風車”を自宅の裏庭に製作。当時は人口2%しか電気を使うことができないマラウイで、家に明かりを灯すことに成功する。このことが国内外の記事で取り上げられ、2007年にタンザニアで開催された国際会議「TEDグローバル」へ招待され講演を行い、世界的に注目され、2008年に南アフリカ共和国のヨハネスブルグにあるアフリカリーダーシップアカデミーの奨学生に。2013年にタイム誌の“世界を変える30人”に選出も。映画の原作本『The Boy Who Harnessed the Wind』は2009年に出版。ベストセラーとなり現在は世界23カ国で翻訳されている。
 映画で描かれている14歳の頃について、ウィリアムは語る。「困難な時期だった。農業がいやというわけではないが、農民にはなりなくなかった。マラウイの農民の多くは自ら選択して農民になったのではなく、他に選択がなかったからだ。そういう人生を僕は送りたくなかった。だから学校に通えなかったのは辛かった。教育を受ければ、自分の夢がかなうと思っていたし、自分のやりたいことがやれる人生を送りたいと思っていたから」。そして「TEDグローバル」で講演を行ったことが、大きな転機になったという。「その時に、多くの人が協力を申し出てくれた。それで僕は風車の開発を続けると同時に、学業も続けることができたんだ」
 当時、ウィリアムが暮らす村の人々は誰も風車を見たことがなく、現地のチェワ語には“風車”という言葉自体が存在していなかったとも。「あいつは頭が変になったんじゃないか」などと言われながらも作った風車は、村の人々に電力をもたらし、「今は8基目まである」とウィリアムは語る。本作のプロモーションで来日し、2019年7月12日に千代田区立麹町中学校にて特別授業を実施したウィリアムは、生徒たちにこのように語った。「人生には、壁や、それに向けて挑戦しなければならない時があるけれど、自分の能力を信じ、挑戦が失敗しても、それは自分が成長する機会だと捉えてほしい。また、やりたいことをやり遂げることは可能だと、思ってほしい。世の中の成功者は、挑戦を、自分を拒む壁だとは思わずに乗り越えてきたと思う。やりたいという強い思いと、そこに向かって集中することができれば、何ごとも達成することは可能なんだ」

風をつかまえた少年

現在も農村部では電化率が4%、調理には薪を、夜の明かりには灯油ランプやろうそくを使用するのが一般的というマラウイ。ウィリアムは数々の国際NGOに所属した後に自身のNGOを立ち上げ、故郷の学校に太陽光を使用して夜も授業が行える装置を作り、生徒たちにラップトップを提供。また自身の事業として、マラウイで空調やWi-Fi完備の車両サービスを運営しているとのこと。そして現在、ウィリアムはマラウイにて、若い才能を支援するイノベーションセンターの立ち上げに取り組んでいるという。2019年7月11日に東京のユニセフハウスで行われたトークイベントで、ウィリアムは現在の活動について、「自分たちの夢やプロジェクトを形にしてもらえる場所を作りたいという思いがあります。アメリカに進学して、世界中の方々と触れ合えて得ることができた知識を、色々な課題の解決に生かしていきたい」とコメント。そして2019年7月13日に東京のあしなが育英会で行われたトークイベントにて、ウィリアムはこれからの目標として、このように語った。「マラウイにイノベーションセンターを設立したい。才能のある若者は世界中にたくさんいるけれど、目標を形にする場所が足りず、メンターシップも足りていない。自分が風車をつくろうと思った時も、つくる場所やマシン、相談できる人がいなかった。だから材料を提供し、メンターがいて、自分たちが抱えている問題を解決してゆくというプラットフォームをつくりたいんです」

本作の収益の一部(有料入場者1名につき50円)は、学ぶことが困難な日本の子どもたちのために、一般財団法人あしなが育英会の奨学金制度を通じて寄付される。2009年に出版された本を読み、映画化を決めてから10年後にようやく完成したことについて、監督したイジョフォーは、「10年もかかるとは予想していなかった」と話し、本作のメッセージについてこのように語っている。「アフリカの非常に貧しいコミュニティにも可能性があるという、明るい未来を示したポジティブな物語だ」
 そしてプロデューサーのアンドレア・カルダーウッドは、本作に込めた願いを語る。「もし、この映画を世界中で上映することによって、人々がもっと豊かに生活できることに貢献できたら、子どもたちが才能を発揮できるように、あらゆる教育を受けることを応援できたら、この上なく素晴らしいことだと思います」

作品データ

公開 2019年8月2日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
制作年/制作国 2018年 イギリス・マラウイ
上映時間 1:53
配給 ロングライド
原題 The Boy Who Harnessed the Wind
監督・脚本 キウェテル・イジョフォー
原作 ウィリアム・カムクワンバ
ブライアン・ミーラー
出演 キウェテル・イジョフォー
マックスウェル・シンバ
リリー・バンダ
ノーマ・ドゥメズウェニ
アイサ・マイガ
ジョゼフ・マーセル
レモハン・ツィパ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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