ガーンジー島の読書会の秘密

ナチス・ドイツ占領下、ガーンジー島で一体何が?
複雑な過去を察した作家は、迷いながらも動き出す
後年の友情やロマンスを含めて人間模様を描く群像劇

  • 2019/08/13
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ガーンジー島の読書会の秘密©2018 STUDIOCANAL SAS

イギリスとフランスの間に位置する、イギリス王室属領であるチャンネル諸島のひとつガーンジー島。約5年間(1940年7月〜1945年5月)のナチス・ドイツによる占領の後、1946年の島を舞台に描く物語。出演は、2019年10月に日本公開予定の映画『イエスタデイ』のリリー・ジェームズ、アメリカのTVシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」のオランダ人俳優ミキール・ハースマン、映画『トップガン』の続編で2020年に公開予定の『Top Gun:Maverick』のグレン・パウエル、『さざなみ』のトム・コートネイ、イギリスのTVシリーズ「ダウントン・アビー」のペネロープ・ウィルトン、ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ、マシュー・グードほか。監督は『フォー・ウェディング』『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』のマイク・ニューウェル、プロデューサー陣は『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』『スリー・ビルボード』のメンバーが手がける。ロンドンで暮らす作家のジュリエットは、ひょんなことから“ガーンジー島の読書会”のメンバーであるドーシーと手紙を交わすようになり……。島のコミュニティに秘められた複雑な事情、人々の根深い悲しみや苦しみを察した女性作家は、自分に何ができるのかを自問し、迷いながらも動き出す。占領下の島民に起きた出来事が少しずつ明かされてゆくミステリーであり、友情やロマンスを含めて人間模様を描く群像劇である。

キャサリン・パーキンソン,トム・コートネイ,ペネロープ・ウィルトン,ミキール・ハースマン,リリー・ジェームズ,ほか

1946年、第二次世界大戦終結後のロンドン。作家のジュリエット・アシュトンのもとに、1通のユニークな手紙が届く。それは、ジュリエットが以前に古書店に売ったチャールズ・ラムの本をたまたま購入した、ガーンジー島在住の男性ドーシーから、本にメモされていたジュリエットの古い住所あてに届いたものだった。「僕の所属する“読書とポテトピールパイの会”」は「ドイツ軍から豚肉を隠すために誕生しました」というくだりに興味をもったジュリエットは、ドーシーと手紙を交わすように。読書会の活動と発起人の女性エリザベスについて、彼らのエピソードをもっと知りたいと思うなか、担当編集者で長年の友人であるシドニーから、読書をテーマに「タイムズ」で原稿を書くように促される。そこでジュリエットはガーンジー島へ行き、この読書会について取材して記事を書こうと思い立つ。島に向かう日、港まで見送ってくれたアメリカ人の恋人マークからプロポーズを受けたジュリエットは、恋にも仕事にも充実した幸せな気分で島を訪れる。そして念願の読書会に参加するも、エリザベスは不在、一部のメンバーから警戒され、読書会の人々に複雑な事情があることに気づく。

1946年のロンドンとガーンジー島を舞台に描く物語。女性作家が今後の方向性を模索するなか、“本と人のつながり”に興味をもち取材を始めると、思いがけない事実を知っていく。ガーンジー島を含むチャンネル諸島はイギリス海峡にあり、フランス沖という表現も合う位置にある(紀元前にはフランスと陸続きだったとも)。
 13世紀初頭にイギリス王室保護領となり、当時から高度な島内自治を保ってきたなか、チャンネル諸島は第二次世界大戦によってイギリスのヨーロッパ領域で唯一のナチス・ドイツの占領地域となった。1940年7月〜1945年5月の間、4万人規模のドイツ兵がチャンネル諸島に投入され、ガーンジー島では住民とドイツ兵の人数がほぼ同数に。占領下の島では、ラジオなどの情報機器を没収、郵便や電信網を止められ、ドイツに反する者を密告すると報奨金が出る、という厳しい監視状態が継続。さらに1944年7月には占領軍から非常事態宣言が発令され、島内のすべての食糧が占領軍用に没収、住民の飢餓問題が深刻に。そんななか、占領軍は統治のモデルケースとして文化活動は推奨していたという(自らも画家として絵画を描き、芸術に執着したヒトラーらしい方針だ)。この映画では、こうしたナチス・ドイツ占領下のガーンジー島での出来事が描かれている(参考:本作のプレステキストより駒沢女子大学教授・弥久保宏氏のコラム)。

リリー・ジェームズ,ミキール・ハースマン

作家のジュリエット役はリリーが、ひとりの人間として作家として、思い悩みながらも事実を追い求める姿を表現。ジュリエットに出紙を出したドーシー役はミキールが、過去の出来事に深い後悔を抱える男性として。読書会こと“秘密のパーティ”を主催したエリザベス役はジェシカ・ブラウン・フィンドレイが、家を集う場として提供するアメリア役はペネロープ・ウィルトンが、自家製のジンを持ち寄るアイソラ役はキャサリン・パーキンソンが、ポテトとその皮だけで作った“ポテトピールパイ”を作って参加した郵便局長のエベン役はトム・コートネイが、エリザベスの長年の友人である編集者のシドニー役はマシュー・グードが、ジュリエットの恋人であるアメリカ人のマーク役はグレン・パウエルが、それぞれに演じている。

原作はアメリカ人の作家メアリー・アン・シェイファーとアニー・バロウズの共著による『THE GUERNSEY LITERARY AND POTATO PEEL PIE SOCIETY(邦題:ガーンジー島の読書会)』。シェイファーはマイアミ大学卒業後、図書館司書、書店員、Harper&Rowの編集者などを務め、2008年2月に73歳で他界。シェイファーがこの本の執筆途中で死去したことから、彼女の実の姪であるバロウズが執筆を引き継いで完成させた。原作は「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーとして5週連続で第1位、34週のベストセラーチャート10入りに。シェイファーはこの本が処女作であり、最初で最後の著作となった。特徴的な肩書きや活動があったわけではなく、処女作の執筆途中に他界したためか、彼女のプロフィールはとても少なく限られていて、映画のプレス資料にも原作者のプロフィール表記がない。シェイファーがこの物語を執筆したきっかけや、込めた思いやテーマが個人的に気になるところだ。

マシュー・グード,リリー・ジェームズ

エリザベスはなぜ不在なのか、彼女の幼い娘キットの存在とは、読書会のメンバーはなぜ過去について口を閉ざし、何も語ろうとはしないのか。ナチス・ドイツの占領下で情報を一切遮断され、厳しい監視のなか食糧不足で飢餓状態に近いという極端な環境では、何があってもおかしくはない。劇中ではそうしたなかで起きた出来事が、少しずつ明らかになってゆく。密告人以外は誰も悪人はいないのだけれど、関わった人たちがみんな苦しみ続けている悲しい出来事の連鎖だ。そして若い時分の傲慢さや無謀さは、信念や思想、正義感からの衝動に身を任せ、自分が傷つき命を危険にさらすことが、周囲の人たちの心に深い傷を負わせ、一生残る後悔や悲しみをもたらすことに考えが及ばないこともある。起きてしまったことはなくならないし、悲しみも苦しみもすべてが消えてなくなるわけではないけれど、なんらかの機会があれば、絡まり膠着したものが少しでもゆるまりほどかれ、前を向いていくきっかけになるのではないだろうか。歴史的な背景や状況が関わる場合は特に、なるべく誤解や齟齬がないよう、慎重かつ丁寧に思いやりをもって、あるがままの事実をみんなで共有することの大切さ、というテーマがこの物語にあるのかもしれない、と筆者は思う。

シリアスな内容を含む本作で、豊かな自然とともにあるのどかな風景は、ホッとするものがある。1940年代の風景のすべてを現在のガーンジー島で撮るのは難しかったことから、島では象徴的な史跡であり、第二次世界大戦中に実際に使われていた監視塔を撮影。緑あふれる自然と、美しい海岸の風景は、イギリスの南海岸コーンウォールとデヴォンにて、ドーシーの畑は、ロンドンの西側バッキンガムシャーにて撮影した。
 またガーンジー島は、19世紀にはフランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーが政治亡命中に、名作『レ・ミゼラブル』を書き上げた場所とのこと。戦後からはタックス・ヘイブン(租税回避地)として世界中の企業や金融セクターが集まり、島の財政を支えているというのは現代的な事情だ。

戦時下、ナチス・ドイツ軍の兵士に尋問され、ごまかすために始まった読書会が、苦境を支え合うコミュニティとなり交流や心のつながりが生まれたこと。そして終戦後、新たなきっかけを得て、人々が抱える過去の出来事への思いから少しずつ解かれてゆくこと。“読書の秋”に向けて、しっとりとしたぬくもりのある、本にまつわる群像劇を観るのもいいかもしれない。

作品データ

公開 2019年8月30日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2018年 フランス・イギリス
上映時間 2:04
配給 キノフィルムズ
原題 THE GUERNSEY LITERARY AND POTATO PEEL PIE SOCIETY
監督 マイク・ニューウェル
脚本 ドン・ルース、ケヴィン・フッド
トーマス・ベズーチャ
原作 メアリー・アン・シェイファー
アニー・バロウズ
出演 リリー・ジェームズ
ミキール・ハースマン
グレン・パウエル
ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ
キャサリン・パーキンソン
マシュー・グード
トム・コートネイ
ペネロープ・ウィルトン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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