ハリエット

奴隷主のもとから単身で逃亡し、奴隷解放運動家に
19世紀のアメリカで大勢の奴隷を命がけで解放し、
弱い立場の人々の支援に生涯を捧げた女性の実話を描く

  • 2020/06/02
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  • シネマ
ハリエット©Universal Pictures

奴隷主のもとから逃亡したいち奴隷という立場から、自身が逃亡奴隷を助ける秘密組織の一員になって奴隷解放運動家となり、南北戦争では黒人兵士を率いて750人もの奴隷を解放した女性ハリエットの実話をもとに映画化。出演は、ブロードウェイの舞台『カラーパープル』でトニー賞ミュージカル部門の最優秀主演女優賞、グラミー賞、エミー賞など数々の賞を受賞したシンシア・エリヴォ、『オリエント急行殺人事件』のレスリー・オドム・Jr.、『ムーンライト』のジャネール・モネイ、『女王陛下のお気に入り』のジョー・アルウィンほか。監督・脚本は『プレイヤー/死の祈り』のケイシー・レモンズ、脚本・製作は『ALI アリ』のグレゴリー・アレン・ハワードが手がける。幼いころから過酷な労働を強いられてきた奴隷のミンティ(のちのハリエット)は、自由になり家族と共に人間らしい生活を送りたいと願っている。ある日、自由黒人である夫とともに奴隷主に抗議をするが……。最新の研究による奴隷制の背景や実情を反映し、ハリエットが実際に成し遂げた奴隷解放について描き出す、シリアスな人間ドラマである。

ザカリー・モモー,シンシア・エリヴォ

1849年のアメリカ、メリーランド州。幼い頃から過酷な労働を強いられてきた奴隷のミンティは、奴隷主であるブローダス農場のエドワードに、すでに奴隷の身分からは解放されていると抗議するも、まったく相手にされない。その後、借金返済のために奴隷主がミンティを売りに出し、以前に姉3人が遠く南部へ売り飛ばされて行方も生死もわからなくなったことから、ミンティは逃亡を決意。自由になって家族と共に人間らしい生活を送るため、逃亡奴隷には厳しい罰があると承知のうえで、奴隷制が廃止されたペンシルベニア州を目指して単身で脱走する。

「1人の脱落者も、死者もだしたことがない」
 1896年の演説でハリエット本人が語ったという言葉。もと奴隷でありながら逃亡奴隷を助ける秘密組織「Underground Railroad(地下鉄道)」の“車掌(逃亡の誘導係)”となり、一度も失敗せずに奴隷州と自由州を10回以上往復して、監視をかいくぐり厳しい追っ手から逃れて70 人以上の奴隷を助け続けた日々を、実話をもとに描く。日本ではあまり知られていない人物ながらアメリカではとても有名な奴隷解放運動家のひとりで、南北戦争では150人の黒人兵士を率いて750人もの奴隷を解放。アメリカにはハリエットの名前を冠した記念館や国立歴史公園などの施設があり、アフリカ系アメリカ人が実際にたどった厳しい史実とともに彼女の功績を伝えている。オバマ大統領在任中の2016年には、有色人種としてアメリカ紙幣に史上初めて、ハリエットの肖像が新20ドル紙幣のデザインに採用。ルー財務長官は発表当時、その採用についてこのようにコメントしている。「ハリエット・タブマンを新20ドル札の“顔”として起用するという決断に至ったのは、アメリカ中の人々からの支持があったからです。子どもたちから多くのコメントやリアクションが寄せられたことに、私は特に心を動かされました。ハリエット・タブマンは単なる歴史上の人物ではなく、リーダーシップと民主主義への参加を象徴するロールモデルにもなっているのです」

レスリー・オドム・Jr

ミンティから名を改め、ひたむきに突き進むハリエット役はシンシア・エリヴォが、意志が強く実行力と決断力のある女性として。奴隷という支配される立場で、家族と幸せに暮らすという目標と自由のため、という自身の思いから始まり、単身で州越えを実現するなかで不屈の闘志と強さを得て、弱い立場にある人々のために現場で尽力する人へと変化していく姿を力強く表現している。自由黒人であり地下鉄道の主導者であるウィリアム・スティル役はレスリー・オドム・Jr.が堅実な活動家として、フィラデルフィアの黒人専用下宿のオーナーで自由黒人のマリー・ブキャナン役はジャネール・モネイが、ハリエットの逃亡を助けるグリーン牧師役はヴォンディ・カーティス=ホールが、ミンティの父ベン役はクラーク・ピーターが、母リット役はヴァネッサ・ベル・キャロウェイが、ハリエットの最初の夫ジョン・タブマン役はザカリー・モモーが、ミンティの奴隷主である農場主エドワード・ブローダス役はマイケル・マランドが、その妻エリザ役はジェニファー・ネトルズが、ミンティに執着するその息子ギデオン役はジョー・アルウィンが、それぞれに演じている。

2020年の第92回アカデミー賞と第77回ゴールデングローブ賞にて主演女優賞と歌曲賞(GGは主題歌賞)にノミネートされた本作。シンシアが歌うテーマ曲「Stand Up」は、人々を安全な場所へと率いる強い意志と、現場での臨場感が伝わってくる歌詞になっている。また劇中では「Stand Up」のみならず、逃亡前に農場で働く母に向けて歌う「Goodbye Song」をはじめ、ハリエットが家族や同志に意思を伝えるために霊歌を歌う印象的なシーンがたびたび登場。シンシアは、舞台『カラーパープル』でトニー賞ミュージカル部門の最優秀主演女優賞、エミー賞などを受賞、2016年のアルバム『Cynthia Erivo & Oliver Tompsett Sing Scott Alan』でグラミー賞を受賞し、シンガーとしての実力も広く知られている。本作のテーマ曲は作曲家でミュージシャンのジョシュア・キャンベルとともに、黒人霊歌やゴスペル、ジャズやフォーク、カントリーミュージックなどを取り入れて、シンシアも一緒に作詞・作曲を手がけた。キャンベルは2016年にハーバード大学を卒業し、2018年に同大学の始業式にて、公民権運動を牽引してきた民主党議員ジョン・ルイスの講演に敬意を表し、自作の曲「Sing Out/ March On」を披露した人物。この楽曲は歌詞とサウンドが「公民権運動の時代の曲を彷彿とさせる」と言われ、注目を集めた。

シンシア・エリヴォ,ほか

この映画で描くのは、“虐げる白人対、反逆する黒人”という単純な対立ではない。白人のなかには奴隷主だけではなく、奴隷制に反対して逃亡奴隷を助ける人々もいるし、白人のような風貌であっても、白人の奴隷主から性的に搾取され続けて奴隷の黒人女性が産んだ子であり、奴隷であることもある。そして黒人には奴隷もいれば、逃亡して自由になった者、生まれつき自由黒人である者、奴隷制反対活動をする者もいれば、報酬次第で白人側として逃亡奴隷を告発・追跡して暴力で捕獲する者もいる。
 また奴隷主のなかにも、当時のメリーランド州にあった期限付き奴隷の州外への売却を禁止する法律をすり抜け、州外で奴隷を売却して大金を得ようとするミンティの奴隷主のような者もいれば、自分たちの治める地域全体に労働力を確保すべく、法律に準じて奴隷の州外への売却を阻止しようとする大事業主もいた。こうした奴隷主同士の利害対立は、逃亡奴隷に有利に働いていたとも。奴隷主たちが奴隷たちを人ではなく、家畜やモノのように扱い、よい働き手である若者を本人や家族の同意もないまま、高く売れる遠い地域に売り飛ばすことで、家族が無理やり生き別れとなることが多かったという。そして家族が引き裂かれる悲しみや苦しみから、家族と絶対に別れたくない、一緒にいたいという奴隷たちの強い気持ちが、奴隷制が崩壊する大きな要因のひとつになったということが、この映画で描かれている。こうした背景はハリエットの実話に加え、奴隷制の最新研究でも示されているそうだ。(参考:本作のプレステキストより、横浜市立大学名誉教授であり、本作の日本語字幕監修を務めた『ハリエット・タブマン 「モーゼ」と呼ばれた黒人女性』の著者、上杉忍氏の解説)

この映画ではハリエットが奴隷主のもとから逃亡し、奴隷解放運動に身を投じていくまでを描き、最後に彼女のその後の人生を簡潔に紹介している。南北戦争後、ハリエットはたくさんの社会運動家と交流し、女性参政権運動にも参加。1869年には黒人帰還兵と再婚、ニューヨーク州北部の町オーバンで主に暮らし、黒人たちのための福祉施設を運営。戦中に連邦軍に従軍したのに、黒人女性であり非公式で文書化されていないという理由で政府から軍人恩給が支払われなかったことから要求をし続け、1895年から支給。晩年は自らも前述の福祉施設で過ごし、1913年に93歳で他界した。
 実話にもとづき、奴隷から奴隷解放運動家となったハリエットの半生を描く本作。全編シリアスでいかにも伝記映画といった内容から、観ていて息がつまる感覚もややあるし、人によっては“神がかり”の表現が気になる向きもあるだろうものの、ハリエットを敬愛するスタッフとキャストが真摯に取り組み作り上げたことが伝わってくる。現在、アメリカの新20ドル紙幣のデザインをハリエットの肖像に刷新する前述の件は、2016年の採用当時は2020年に実施予定だったが、現政権になってから“偽札対策”を理由に先延ばしに。この映画が人種差別の背景について知ることや見つめ直すきっかけになり、ハリエットという人物を世界的に知らしめることで、新20ドル紙幣をハリエットの肖像に、というアメリカの草の根の思いや活動の支えや後押しにもなるといいなと個人的に思う。プロデューサーのダニエラ・タップリン・ランドバーグはこの映画と、映画製作への思いについてこのように語っている。「私たち製作者は、自分に何かできることがあるとすれば、それは希望と人間の魂の勝利を感じさせる物語を描くことだと思っています。ハリエット・タブマンは多くの固定概念や思い込みを乗り越えた人物です。彼女は信じがたいことを成し遂げた、ごく普通の人間なのです。私は自分の子どもたちや家族にも、どんなことだって可能なのだと伝えたいと思っています」

作品データ

ハリエット
公開 2020年6月5日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
制作年/制作国 2019年 アメリカ
上映時間 2:05
配給 パルコ
原題 HARRIET
監督・脚本 ケイシー・レモンズ
脚本 グレゴリー・アレン・ハワード
出演 シンシア・エリヴォ
レスリー・オドム・Jr
ジャネール・モネイ
ジョー・アルウィン
クラーク・ピーターズ
ヴァネッサ・ベル・キャロウェイ
ザカリー・モモー
ジェニファー・ネトルズ
ヴォンディ・カーティス=ホール
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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