ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから

アリス・ウー監督による16年ぶりの第2作
女の子2人と青年のユニークな青春ドラマであり、
人を思う普遍的な心情が伝わる温かいストーリー

  • 2020/05/22
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ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれからNetflix映画『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』独占配信中

すべての始まりはこれから。ラブレターの代筆から始まる、2人の女の子と1人の青年のちょっと風変わりな青春ストーリー。出演は、シンガーとしても活躍する映画『Fred 3:Camp Fred』のリア・ルイス、アマゾンのドラマ「MAN IN THE HIGH CASTLE」のダニエル・ディーマー 、モデルや女優として活動しているプエルトリコ出身のアレクシス・レミールほか若手俳優を中心に。監督・脚本・製作は、2004年の映画『素顔の私を見つめて…』でデビューし高く評価され、本作が16年ぶりの第2作であるアリス・ウーが手がける。アメリカの田舎町で高校に通う中国人の移民エリーは、成績優秀でも友人がいないことを気にもせず、クラスメートのレポートを現金で請け負い、父子家庭の家計の足しにしている。ある日、近所の同級生ポールから、みんなの憧れ女子アスター宛のラブレターの代筆を頼まれ……。思いがけず深まっていく友情と、恋の意外な顛末とは。それぞれ個性のある3人がつながっていくことで起きる、ささやかな化学反応の数々がみずみずしい。有名俳優なし、メジャーなロケ地なし、ビジュアル・エフェクトなし。ストーリーとキャラクターの魅力でしっかりと惹きつける、作品力のある青春ドラマである。

リア・ルイス

アメリカの田舎町で高校に通う中国人の移民エリーは、父親と2人暮らし。成績優秀だが“オタクのチャイニーズ”と揶揄され友だちもいない。でも特に気にもせず、勉強をして楽器の演奏や作曲をして、クラスメートのレポートを現金で請け負い家計の足しにするなどして、日々を淡々と過ごしている。ある日、お向かいに住む同級生のポールから、美人のクラスメート、アスター宛のラブレターの代筆を頼まれる。家計のために渋々引き受けるも、恋愛経験のないエリーは普段のレポートよりも苦戦。恋愛ものの映画や本を参考になんとか書くと、文章や感性という意味で、からかうような挑むような小気味よい返事が届く。「受けて立つ!」となったエリーは再びポールとして手紙を書き、ともにアートや文学や音楽を好むエリーとアスターの文通は、徐々に親密さを増してゆく。一方、アスターと付き合いたいポールは、彼女と仲良くなるための話題や受け答えをエリーから教わり、初デートに臨むが……。

「終わりは始まりにつながる――それが希望です」(アリス・ウー)
 前作から16年ぶりとなるウー監督の第2作。憧れ、恋、子どもから大人へ、他者を意識すること、相手を大切に思いやり、関係を築いていくこと。ジャンルとしてスクールものは、大人から観ると物足りなかったり気恥ずかしかったりする場合も多いが、本作は微妙に変化していく関係性や3人それぞれの人物描写が丁寧に描かれ、年齢性別国籍を問わず、誰もが経験するあたたかい情感がほのぼのと共感を誘う。ウー監督は、もともとは10代のストーリーではなく、20代くらいの男女の話として考えていたそうで、特別な親しみを持ってはいるけれど、互いの関係性が友情なのか恋愛なのかわからない状態にある男女が、それぞれに愛を理解しようとする内容にしようと思っていたとのこと。しかし納得できる結末を見出せず、執筆に行き詰まり考えるうちにふと、キャラクターの年齢を10代にして、『シラノ・ド・ベルジュラック』(17世紀フランスの傑作戯曲)さながら、“ラブレターの代筆”を用いることを閃いたそうだ。監督は語る。「高校時代はすべてが輝いているような時期です。それに恋をすると、私たちは誰もが10代に戻ってしまうのではないでしょうか」
 ウー監督は本作について、「これはあなたの実話ですか?」とよく聞かれるそうで、この問いへの答えをこのように語っている。「この作品は自分の経験から着想を得ました。ただし、起こったことすべてを正確に説明することが良いストーリーになるわけではありません。内容は事実そのままではないけれど、すべての感情は真実ということ。それが私の仕事のやり方で、とてもパーソナルなものです。私はみなさんが共感してくれる物語を伝えたいと思っています」

リア・ルイス,ダニエル・ディーマー,コリン・チョウ

成績優秀で芸術を愛するエリー役は、リア・ルイスが精神的に成熟した女の子として。常に賢く冷静でも恋愛には不慣れでコントロールできない感じがリアルだ。レベル高い女子アスターに好かれるための対策をポールに伝授し、自身もポールとアスター2人に親しみをもちながらも、裏方でしかない自分の立場に複雑な思いをもつ、という心情がよく伝わってくる。家族経営のダイナーの息子で、兄たちや妹など大人数の兄弟のなかで大らかに育ったポール役は、ダニエル・ディーマーが面倒見のいい朴訥とした優しい青年として。さえないアメフト部員だった彼が、自転車通学のエリーを追いかけるうちに足腰が鍛えられ、試合で活躍するようになるといったサイド・ストーリーがまたいい。芸術的センスは皆無ながら、身長191cmの大きな図体で背中を丸めてキッチンに立ち、自慢の自家製ソーセージで作ったタコスをエリー親子にふるまうといった人懐っこさがかわいらしい。彼は本作で人気がでて、SNSのフォロワー数が3倍以上になったという。そして絵画や文学を愛し、社会問題などについても語るアスター役はアレクシス・レミールが、知性派の素敵女子として。地元で一番人気の男子と付き合い、おバカな言動にうんざりしながらも「このまま結婚するのかな」とぼんやり思っていて、田舎町の小さなコミュニティで“憧れ女子”という立場にいる自分を俯瞰してとらえている、といった様子が魅力的だ。

アリス・ウー監督は1970年生まれ、台湾からの移民を両親にもつ中国系アメリカ人。16歳でマサチューセッツ工科大学に入学し、その後スタンフォード大学に移って1992年にコンピューター・サイエンスの修士号を取得。シアトルのマイクロソフトでソフトウェア・エンジニアとして勤務している間に小説を書き始め、ワシントン大学の脚本教室に12週間通い、初めて長編映画の脚本を執筆。その後、会社を退職して映画製作者となり、2004年の長編映画『SAVING FACE』(製作:ウィル・スミス)で監督デビュー。サンディエゴ・アジア映画祭をはじめいくつかの映画祭で賞を受賞するなど、高い評価を得た。それから16年、1作目から長いブランクの後に2作目である本作の発表となったことについて、ウー監督は語る。「10年前、私は病気の母の世話をするために業界を去りました。私は20代でソフトウェア・エンジニア、30代で映画製作、40代で家族の世話をした。その間も脚本を書こうとしたけれど、うまくいかなかった。看護から7年目に母は回復したけれど、私は私生活で大きな別れを経験した。信仰について考え、宇宙にはより大きな秩序があると信じることで、今の自分を好きになりました。広い見地からすれば、私の第一の役割は誰かの良い娘や良い恋人になることだとは思えない。そしてまた書き始めたら一気にあふれてきて、私はストーリーを語っているときが一番幸せだと実感したんです」

リア・ルイス,アレクシス・レミール

この物語は、ウー監督自身の実話に基づいている。若い頃に、自身がレズビアンであると自覚した後で強い親しみを抱いた白人の青年がいて。友人として彼と仲良くしていたなか、彼に新しい恋人ができた時、ウー監督と彼の親しい関係を彼女から疎まれて、大切にしていた彼との友情を失い、とても悲しい思いをしたという。本作を制作した理由、キャラクターへの思い入れについて、監督は語る。「私は彼との友情を失った悲しみを乗り越えるために『The Half of It』を書きました。彼との友情を維持する方法が何かあったんじゃないかと繰り返し考えてきましたが、それは的外れだったのかもしれない。そうした出来事すべてが私を今の私にしてくれたのだから。彼と過ごした時間にあったのは“勝つ”とか“愛する”といったことではなく、2人ともただ心を砕いて互いを受け入れ合っていた。それこそがエリーとポールとアスターについて、私が最も愛しているところです。彼らの関係は、彼と私のことなのです」
 また監督は学生時代に自転車で通学していて、劇中のエリーと同様に『Chug a chug a Wu Wu』(中国人を揶揄するかけ声)とからかわれていたとのこと。本作では、移民がアメリカで生きること、人種差別や同性愛についてなど、いろいろな視点を強調しすぎたり押し付けたりすることなく、物語として自然に描いているところも味わい深い。「(映画やドラマなど)商業的な仕掛けを使って、みんなが普段は見すごしている人たちを描くのが私の作品の特徴です」というウー監督は、このストーリーに込めた思いを語る。「脚本を書いていた時、私は人種差別や性差別、同性愛への嫌悪について考えていました。いまこの国では、有色人種や同性愛者が暮らしやすいとは言えないのは事実です。もし保守的な地域に住む10代の人たちがこの映画を見て、自分がいじめている子のことを思いやるようになったとしたら、本当に素晴らしいことです」

この作品では派手さはないけれど、「あるある!」というエピソードをたくさん描いている。映画やドラマをみながら家族や友だちと登場人物にツッコミを入れるとか、フィクションでは陳腐だとバカにしていたような出来事が実際に自分に起きたら、とか。駅のホームで男女が別離する映画のワンシーンを観ながらエリーが、「こいつバカだ。バカと別れられてよかった」というシーンにはクスッとしてしまうし、その後日談のエピソードがとても好い。色恋で人はアホになるも、それは日々を過ごす原動力にもなる。そんな温かく生き生きとした喜びの感覚を、作品全体でとても素直に感じよく表現している。監督は年齢を重ねて、愛についてはっきりと見出したことがあるという。「私はかつて愛する方法はひとつしかないと思っていました。でもこの年になって、もっとたくさんあるとわかった。愛は思いのほかいろいろな形があると」
 最後に、この映画に込めたウー監督のメッセージをお伝えする。
 「“完璧な愛”は存在しません。でもそんな絶望的な探求をしている間に、“自分とは何か”を知るチャンスがあるかもしれない。人は誰も皆、自分自身を見つけることが最も重要なのです」

作品データ

公開 2020年5月1日よりNetflixにて独占配信中
制作年/制作国 2020年 アメリカ
上映時間 1:45
原題 The Half Of It
監督・脚本・製作 アリス・ウー
出演 リア・ルイス
ダニエル・ディーマー
アレクシス・レミール
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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