ワイルド・ローズ

実力派女優がカントリー・ミュージックに魂<ソウル>を込めて
逮捕歴ありのシングルマザーがプロのシンガーを目指す
実話を基に、夢も大切な人たちもあきらめない姿を描く

  • 2020/05/27
  • イベント
  • シネマ
ワイルド・ローズ© Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

どんな環境や状況にあっても、誰もが夢に向かっていくことができる。軽犯罪で逮捕歴がありキレやすく暴力的、しかしどこか憎めず、シンガーになる夢の実現に食らいついていく、シングルマザーの実話を基に描く。出演は、『ジュディ 虹の彼方に』のジェシー・バックリー、『ハリー・ポッター』シリーズのジュリー・ウォルターズ、『ホテル・ルワンダ』のソフィー・オコネドーほか。監督は『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』のトム・ハーパーが手がける。シングルマザーのローズは歌手としての成功を夢みているが、現実はハウスキーパーの仕事をして暮らしくいくのがやっとの毎日。ある日、思いがけないチャンスを提案されるが……。幼い子どもたちを育てる母親であること、実力があり夢を追う20代の女性であること。後先考えずに突き進む娘ローズを諭し、孫たちの世話をする保守的な母、ローズを慕いながらも身勝手さに反発する子どもたち。熱く歌い上げるカントリー・ミュージックにのせて、ひとりのアーティストが迷い悩みながらも、夢も大切な人たちもあきらめない道を模索してゆく姿を描く人間ドラマである。

ジュリー・ウォルターズ,ジェシー・バックリー,ほか

地元のライブハウスで人気のローズ=リン・ハーランは、生まれ育ったスコットランドのグラスゴーを離れ、アメリカのナッシュビルでシンガーとして成功することを夢みている。しかし現実はハウスキーパーの仕事をして、10代で産んだ2人の子どもたちをシングルマザーとして育てることで手一杯の日々。夢と現実のギャップに苛立ち、自分の音楽活動やプロデビューの夢をつい優先して、子どもたちとの溝が深まるなか、やはり母子家庭でローズを育てた保守的な母マリオンは子どもたちの祖母として、ローズを厳しく諭す。そんな折、勤め先の家庭の妻スザンナが、ローズの歌手としての実力を知ったことから、ローズの夢の実現を後押しすべく、ある提案をする。

ジェシーのパワフルなヴォーカルで引きつける、実話ベースの人間ドラマ。生まれついての実力があり本能的に生きるミュージシャンの実話はさまざまに映画化されているし、要素や展開もだいたい似ているとわかっていながら、観るとやっぱり面白い。内容としては、スウェーデンのジャズ・シンガー、モニカ・ゼタールンドの実話を基にした2013年の映画『ストックホルムでワルツを』と似ている面がある。確かな才能がありながらも活動エリアが地方都市であることから芽が出ず、若い頃に子どもを産んだシングル・マザーであり、子どもへの愛情や親としての責任から自身の夢の実現だけに熱中するわけにはいかないなか、それでも家族や親しい人たちを巻き込み、夢の実現にがむしゃらに食らいついていく、赤裸々な姿が熱い。本作の企画のきっかけは、脚本のニコール・テイラーが、スター発掘番組でひとりの女性シンガーを知ったことだったという。“道を踏み外した過去があり5 人の子どもがいる素晴らしい歌声の女性シンガー”が、家庭のために夢をあきらめるか、シンガーとなる夢に突き進むか、という彼女とその家族にとって容易ではない問いについて、テイラーは考え、脚本として書き上げたという。テイラーはこの映画のテーマについて語る。「本作は、夢と現実との対立、周りの誰も見たことがない何かを追い求めること、誰の賛成も得られずに保守的になるとき、その夢がどうなるかについての物語です」

ジェシー・バックリー

ローズ=リン・ハーラン役はジェシー・バックリーが、ややアバズレながらも行き当たりばったりで裏表がなく憎めないタイプとして。劇中の全曲を吹き替えなしで歌い上げているジェシーは、実は本作に関わるまでカントリー・ミュージックは聴いたことがなかったとのこと。時にはパワフルに時にはしっとりと、歌うと一気に場をつかむ、いかにもアーティストといったリアルな感覚がよく伝わってくるのは、ジェシーのヴォーカリストとしての天性の能力と基礎的な音楽スキルがとても高いからだろう。本作で高い評価を得ているジェシーは、1989年アイルランド生まれ。声楽のコーチである母から歌うことをすすめられ、子どもの頃から母の声楽トレーニングを受け、アイルランドの王立音楽アカデミーでピアノとクラリネットとハープを学び、オーケストラのメンバーとして演奏した経験も。2008年に18歳で英国BBC のオーディション番組「I’d Do Anything」にて2位を獲得し、シンガーソングライターとしてデビュー。2010年にTV シリーズで女優デビューした後に活動を一旦休止し、ロンドンの王立演劇学校に入学して本格的に演技を学び2013年に卒業。その後、2016年のトム・ハーパー監督のTV シリーズ「戦争と平和」、2019年の映画『ジュディ 虹の彼方に』、2020年の『ドクター・ドリトル』など映画やテレビなどで活躍している。ジェシーはこの物語とローズ役への思いについて、このように語っている。「この映画は社会的かつ政治的でありながら、とても正直で大切な心温まるストーリーで、登場人物たちが生き生きとしています。そしてローズが完璧ではなく人間味があるからこそ、彼女に完全に感情移入ができました」
 ローズの母マリオン役はジュリー・ウォルターズが厳しくも実直で思いやりのある昔気質の女性として、ローズの勤務先である中流家庭の妻スザンナ役はソフィー・オコネドーが知的で気さくな行動派の女性として、それぞれに演じている。またカントリー・ミュージックのアーティストであるケイシー・マスグレイヴスやアシュリー・マクブライド、BBC2のラジオDJとして有名な“ウィスパリング”ボブ・ハリスらが、本人役でカメオ出演しているのも注目だ。
 ストーリーのなかで家族のドラマと共に描かれているのが、ローズとスザンナの友情だ。労働者階級で20代後半、素行がいいとは言えないローズと、中流階級の家庭の奥様であり堅実な知性派でもうすぐ50歳になるスザンナは、年齢も性格も生活環境もまったく異なるのに、不思議と馬が合い、2人には友情のようなつながりが生まれてゆく。後半でローズがスザンナに自分の本心をはっきりと伝えるシーンは、個人的に染みるものが。自分を信じて応援してくれる人がいるから進んでいける、人との出会いや縁の大切さ、そうしたぬくもりをシンプルに描いている。

サウンドトラックには、カントリー・ミュージックのカバー曲やオリジナルの楽曲などを収録。ローズのバンドにはギタリストのネイル・マッコールをリーダーに、バイオリニストのアリー・ベイン、アコーディオン奏者のフィル・カニンガムら実力派のミュージシャンたちが参加し、映画オリジナルの楽曲ではジェシーも作詞を手がけ、もともとカントリー・ミュージックのファンである脚本家のテイラーも楽曲の制作に参加した。本作に関わることで初めてカントリー・ミュージックを聴いたジェシーは、音楽監督のジャック・アーノルドから薦められた8人のカントリー・ミュージシャンを聴き、特にエミルー・ハリスとボニー・レイットに惹き込まれたという。ジェシーは本作の楽曲について解説する。「ローズは感情が爆発しやすくて、『Outlaw State of Mind』は激しい気性のままにジャニス・ジョプリンが歌うよう。それがローズらしさです。一方で、歌詞が子どもたちの子守唄となる『Peace in this House』では、ローズは母親として子どもに愛を注ぐことを恐れると同時に、歌を通して愛情を表現します。そして劇中でローズの母親が、娘が歌うのを初めて聴く時の曲『Glasgow』は、ローズが母のために書いた曲です。ごめんね、ありがとう、愛している、私たちは家族だ、という気持ちを込めて」
 撮影はイギリスのスコットランド南西部にあるグラスゴー、首都ロンドン、カントリー・ミュージックをはじめ世界的な音楽の発信地のひとつである“Music City”ことアメリカのナッシュビルにて。なかでも“カントリー・ミュージックの聖地”と呼ばれる名門ホール「ライマン公会堂」のステージにローズが立つシーンは印象的だ。ジェシーもこのシーンの撮影で感動したそうで、その時の気持ちをこのように語っている。「もちろん一番特別な瞬間はライマンでの撮影です。あのステージに立ちました。ジョニー・キャッシュやエミルー・ハリス、偉大なミュージシャンたちが歌ったカントリー・ミュージックの聖域です。カントリー・ミュージシャンたちの霊魂が浮遊しているような、とても特別な場所です。そこでの撮影は信じられないほど落ち着いていました」

ジェシー・バックリー,ソフィー・オコネドー

“ここではないどこか”や“自分ではない誰か”に焦がれて、苛立ち苦しみ空回りをして、愛する人たちともうまくいかない時期を経て、自身のルーツに立ち返り、環境も能力も含めた自分自身すべてを丸ごと受け入れることで、新たに前進するルートをするりと見出す。ただの成功ストーリーというだけじゃなく、目標に向かっていくなかで誰もが経験する普遍的な心情をストーリーとしてわかりやすく描いているところが本作の魅力だ。最後に、この映画のテーマに深く共感しているというジェシーからのメッセージをお伝えする。「本作は、平凡な人がハンディキャップを超えて偉業を成す物語だと心から思います。社会から追いやられ、片隅でしか生きられない人たちの物語です。ローズが刑務所の内外で出会うそういった人たちは、今いる場所ではない理想の場所に行くことを夢見るかもしれませんが、彼らは夢をつかみに行く機会も勇気も決してありません。そんな環境のなかでも、ローズは勇敢で意志が強く、夢を叶えるハングリー精神をもっています。本作はそんな彼女と周囲の人たちを描いていて、この映画が、機会を与えられない人たちが大きな夢をもち、それを叶えようとする活力になることを願っています」

作品データ

公開 2020年6月26日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2018年 イギリス
上映時間 1:42
配給 ショウゲート
原題 WILD ROSE
監督 トム・ハーパー
脚本 ニコール・テイラー
出演 ジェシー・バックリー
ソフィー・オコネドー
ジュリー・ウォルターズ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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