アンナ・カリーナ 君はおぼえているかい

映画作家ジャン=リュック・ゴダールのミューズ
アンナが出演した作品の数々、影響を受けた著名人たちを
社会背景と共に紹介する、愛に満ちたドキュメンタリー

  • 2020/06/09
  • イベント
  • シネマ
アンナ・カリーナ 君はおぼえているかい© Les Films du Sillage - ARTE France - Ina 2017

ヌーヴェルヴァーグを牽引した映画作家ジャン=リュック・ゴダールのミューズとして知られる、女優アンナ・カリーナのドキュメンタリー。ココ・シャネルをはじめ著名人たちとの貴重なエピソード、彼女の出演した映画や舞台などの撮影秘話、そして故郷デンマークから身ひとつでパリにきてモデルとして成功し、女優や歌手として活躍するなか恋愛と結婚を繰り返す波乱万丈の人生について、本人のコメントと共に映す。監督とナレーションは、1982年にアンナと結婚し、1996年のアンナ主演によるTV映画『クロエ 無垢な娼婦』を手がけたデニス・ベリー。作中で『気狂いピエロ』『女は女である』『修道女』『女と男のいる舗道』など有名な作品の数々を紹介し、ヌーヴェルヴァーグを知るきっかけとしてもおすすめの作品である。

ジュリー・ウォルターズ,ジェシー・バックリー,ほか

アンナ・カリーナは、1940年9月22日にナチス・ドイツ占領下にあるデンマークのコペンハーゲンにて、遠洋航路船長の父と19歳の母との間に誕生。夫の浮気により両親はすぐに別れ、アンナは母方の祖父母により大切に愛されて育つ。しかし4歳の時に祖母が死に、母親と暮らし始めるも、母は食事も作らず出かけてばかりで子育てを放棄。それでも最初の義理の父親ベニーは、カウント・ベイシーのライヴにアンナを連れて行くなど優しく面倒を見たものの、ベニーと別れてから母親が付き合った恋人から暴力をふるわれ、17歳の時に家を出て身ひとつでパリへ。カフェ「サンジェルマン・デプレ」でスカウトされ、モデルとしてデビュー。本名のアンネ・カリン・ブラーク・バイエルで活動していたものの、ココ・シャネルからアンナ・カリーナと命名され、一躍人気モデルに。CMや雑誌などで活躍するなか、ジャン=リュック・ゴダールに見出され、彼の初めての長編映画『勝手にしやがれ』のヒロイン役をオファーされるもヌードがあることから辞退し、再度のオファーで1960年の映画『小さな兵隊』に主演。撮影後にゴダールと暮らし始め、1961年に結婚。アンナがベルリン国際映画祭にて女優賞を受賞した『女は女である』をはじめ、『女と男のいる舗道』『気狂いピエロ』など夫婦で数々の作品を発表するも、1965年に離婚する。

「彼はすごく素敵で、なにか磁石みたいな力で互いに惹かれ合ったの」
 アンナはゴダールのミューズとなり、ヌーヴェルヴァーグ全盛期に数々の作品が生まれ、最高のパートナーシップと称賛されたのは有名な話。しかしプライベートでのアンナとゴダールの関係では、彼が「タバコを買いに行ってくる」と言って家を出たきり3週間戻らず、アンナはお金もなく食事もろくにしないでアパートでひたすら電話を待っていたとか、流産、ストレス、オーバードーズ、不倫など、いろいろなことがあったこともよく知られている。2人は10歳の年の差がある気鋭の監督と若手女優という組み合わせでありながら、すべてにおいて守ってもらえるような心の安らぎや信頼のある関係では決してなかった。しかしアンナは気難しく気まぐれなアーティスト気質であるゴダールとの暮らしについて悪く言わず、家族以外の他者が関わることでネガティブな話は、本作にはほとんどない。コペンハーゲンから単身パリに向かった少女がどのような経緯で女優となっていったのか、ひとりの表現者としてどんな活動を経てどのような影響を受けて成長していったのかを、ポジティブに伝えている。またアンナがナチス・ドイツ占領下のデンマークで生まれたことをはじめ、チェコの民衆蜂起をロシアの戦車が弾圧するのを目の当たりにしたこと、出演作である『小さな兵隊』『修道女』がそれぞれ政治や宗教に関わる理由で上映禁止となったことなど社会情勢との関りや、パリの五月革命の前年に若い世代の新しい気運を描くミュージカルに主演したことのように、当時の時流や社会背景のもとでこうした作品が生まれた、と示唆する解説が興味深い。

ジェシー・バックリー

本作では、アンナが編集された映像を見ながら当時の思い出を語るという演出を軸に、ベニー監督が当時の状況や各作品について、散文詩のような直感的な表現を交えつつ、フランス語のナレーションで説明していく。その映像には、アンナの幼い頃のポートレートや祖父母や実母、アンナと命名した当時のココ・シャネル、ゴダールとの蜜月の頃の2人をはじめ、たくさんの写真や映像が登場。また映画の映像は、ゴダール作品の『勝手にしやがれ』『小さな兵隊』『女は女である』『女と男のいる舗道』『はなればなれに』『アルファヴィル』『気狂いピエロ』、そしてアンナとゴダールがタッグを組んだ最後の作品『メイド・イン・USA』、またミシェル・ドヴィル監督の『今夜じゃなきゃダメ』、アンナとゴダールが共演したアニエス・ヴァルダ監督による無声映画『5時から7時までのクレオ』、ジャック・リヴェット監督の『修道女』、ピエール・コラルニック監督の『アンナ』、アンナ自身が製作・脚本・監督・出演をした『VIVRE ENSEMBLE(共に生きる)』ほか、とても充実している。これらの映像と、ゴダールやゲンスブールをはじめ、映画作家のカール・ドライヤー、ジャック・リヴェット、フォルカー・シュレンドルフ、ルキノ・ヴィスコンティと、アンナが懐かしそうに語る著名なクリエイターたちとのエピソードから、当時の彼らの人となりの片鱗がなんとなく伝わるのも面白い。

アンナは25歳になる年にゴダールと離婚。その後、ヨーロッパの名だたるクリエイターたちとコラボレーションをして映画やドラマやミュージカルなどに出演。パリで生まれ育ったロシア系ユダヤ人であるセルジュ・ゲンスブールが、自由を求める若い世代向けに14曲を創作して提供、パリの五月革命の前年である1967年に、テレビ向けのミュージカル作品として発表された『アンナ』や、イタリアの名匠ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『異邦人』に出演。その後、各国のさまざまな映画に出演し、アメリカのハリウッドにて、ジョージ・キューカー監督の『アレキサンドリア物語』をはじめ数々の作品に出演。そして映画界が今よりもずっと完全なる男社会で、女性が監督をすることがほとんどなかった当時、30代になったアンナは自ら製作・脚本・監督・出演をしてNYで映画『VIVRE ENSEMBLE(共に生きる)』を撮影し、1972年に発表した。今回のドキュメンタリーでは、“アンナはフランスで最初に監督になった女優”と伝え、ゴダールのもと盟友で、のちに彼と決別したヌーヴェルヴァーグを代表する映画作家フランソワ・トリュフォーからアンナ宛に、彼女の初監督作品について「よい作品だった。次回作を期待する」と綴られた手紙がスクリーンに映る。「あなたの映画には余計な飾りやハッタリがない。あなたの頭がクリアだから、望んだものがちゃんとわかっているんだ」

ジェシー・バックリー,ソフィー・オコネドー

このドキュメンタリーでしみじみと実感したのは、ヌーヴェルヴァーグの波及力と浸透性の強さだ。“ヌーヴェルヴァーグの時代”と言われる時期そのものは1950年代末から10年弱くらいだろうけれど、そのスタイルや思想は現役のクリエイターたちに脈々と受け継がれ、そこから影響を受けている人間はたくさんいるに違いない。個人的ながら例えば筆者は、古いポートレートやポストカード、MVの映像などから映画女優としてではなくコケティッシュなアイコンとしてブリジット・バルドー(BB)が好きで、昔からセルジュ・ゲンスブールらが手がけたBBやジェーン・バーキンやシャルロット・ゲンスブールらフランス人女優たちのMVをよく観ていて。また小西康陽氏率いる日本の音楽ユニット、ピチカート・ファイヴのサウンドやMVやイメージ演出などもがお気に入りで。これまでヌーヴェルヴァーグは知っているけれど特に影響は受けていない、と自分で思っていたものの、王道から直にではなくヌーヴェルヴァーグの影響を受けた次世代からの影響を、間接的にガッツリと受けていたんだなと。
 その流れで、ほんの1シーンながら個人的に特に印象的だったのは、セルジュ・ゲンスブールがアンナにマイクを向けて、2人でリラックスして話している映像だ。アンナが語るゲンスブールは才能あふれるエレガントな音楽家で、実際に映像でも30代後半の彼が小ぎれいでチャーミングな男性であるとわかる。確かに若い頃のスラッとしたスーツ姿のポートレートも知っていたものの、それは撮影用で、中身はフェロモン過多の500%エロエロおやじだと思っていたから、外面じゃなく本当にそうした側面が実際にあったと映像から伝わってきたことが意外だった。筆者が強く認識している彼というと、タバコはジタン、酒はアブサン、シャツの胸元をはだけて、中年太りでたるんだ頬に無精ひげにくわえタバコ、という晩年の退廃的な風貌に、現代なら完全にアウトである性的な楽曲の数々で。女性の色気と魅力を引き出す手腕、スタイリッシュなセンス、反体制的なメッセージ性、本気とジョークを行き来するエンタメ性、自身の美学のためなら本当に命も賭ける破滅的なほどのアーティスト性は魅力ながら、フランス・ギャルに提供した曲「アニーとボンボン」の逸話のように、相手の同意なく性的表現に巻き込むのはいかがなものか、という感覚もあったものの、ゲンスブールの“だけじゃない”魅力を垣間見て、個人的に得した気分になった。

アンナは2019年12月14日に79歳で他界。恋愛を謳歌し、ゴダールを含めて5回結婚した。このドキュメンタリー作品はハリウッドで出会った4人目の夫、デニス・ベリーが監督している。晩年は映画の上映イベントへの出席や、本の執筆などをしてベリー監督と暮らしていたそうだ。ベニー監督は1972年に困難な状況にあったジーン・セバーグ(『勝手にしやがれ』の主演女優)と結婚、’79年にジーンが他界した後に、1982年にアンナと結婚したというから、懐のとても深い男性だとわかる。このドキュメンタリーについてベリー監督は、「万感の思いを込めて作り上げたアンナへのラブレターです」とコメントしている。
 たくさんの有名な作品と撮影秘話、著名なクリエイターたちとの思い出をアンナが語る、興味深いドキュメンタリーである本作。驚くほどたくさんの作品が紹介されているので、55分という短い尺とは思えないほどの濃度を感じる。そしてこのドキュメンタリーには、【挿入されている映画などの権利関係上、本来日本では公開できない作品でしたが、今回プロデューサーの各方面への尽力により今年限りという条件で許諾されました】という注意書きが。この作品をスクリーンで楽しめるのは、差し当たって今年限り。ひとりの女優がダイナックに駆け抜けた79年間の軌跡を、大きな愛と社会派の視点と共に届ける、貴重な上映を楽しんでみてはいかがだろう。

作品データ

アンナ・カリーナ 君はおぼえているかい
公開 2020年6月13日より新宿K’s cinemaほかにてロードショー
制作年/制作国 2017年 フランス
上映時間 0:55
配給 オンリー・ハーツ
原題 Anna Karina - Souviens-toi
監督・ナレーション デニス・ベリー
プロデューサー シルヴィ―・ブレネ
出演 アンナ・カリーナ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。