グレース・オブ・ゴッド 告発の時

フランソワ・オゾン監督が初めて実話をもとに映画化
神父による児童への性的虐待事件、その被害者たちの苦悩、
現状打破の困難さを伝え、社会への理解を促す人間ドラマ

  • 2020/07/02
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グレース・オブ・ゴッド 告発の時©2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS-France 2 CINÉMA-PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE

現代のフランスを代表する監督のひとり、フランソワ・オゾンが初めて実話をもとに映画化。現在も係争中である特定の神父による児童への性的虐待事件「プレナ神父事件」の被害者たちの苦しみと葛藤、家族や仲間たちと苦しみを分かち合い、これからの道を模索してゆく姿を描く。出演は、『わたしはロランス』のメルヴィル・プポー、『ブラッディ・ミルク』のスワン・アルロー、『ジュリアン』のドゥニ・メノーシェほかフランスの実力派が顔をそろえる。妻子と共にリヨンで暮らしているアレクサンドルは、幼少期に自分を性的に虐待したプレナ神父が、今も子どもたちに聖書を教えていると知って衝撃を受け、告発を決意するが……。何十年たとうとも、一生消えることのない被害者たちの苦しみの理由をはじめ、当事者や家族以外には理解されにくい心情、世界的に起きているこの出来事を長い間断つことができずにいる現状について、広く伝える人間ドラマである。

グレース・オブ・ゴッド 告発の時

2014年、フランスのリヨンで妻と5人の子どもたちと暮らす、40歳のアレクサンドルは、幼少期に自分を性的に虐待したプレナ神父が、今も子どもたちに聖書を教えていると知って衝撃を受け、告発を決意。最初に地域の有力者であるバルバラン枢機卿に相談すると、処分を求める声に同意はするも実際には何も動こうとせず、うやむやに。アレクサンドルはプレナ神父に対する告訴状を提出し、警察が調査を開始する。
 警察は1991年に枢機卿宛に届いた、プレナ神父による息子への行いを非難する母親の手紙を発見。当時の被害者であるフランソワに連絡すると、彼は迷い悩んだ末にすべてを話し、プレナ神父と黙認し続けた教区の両方を訴えることを決意。フランソワが名前も顔も公表してテレビの取材を受けると、同じ被害にあった医師ジルから連絡が入り、最初の告発者であるアレクサンドルともつながり、「沈黙を破る」と名付けた被害者の会を設立、全国規模で記者会見を開き、被害者の証言を集め始める。そこに時効前の被害者であるエマニュエルが加わり……。

2019年の第69回ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞、本国フランスで約91万人を動員し、予想を超える大ヒットを記録した本作。製作のきっかけとしてはオゾン監督が、「男性の脆さをテーマにした映画を作る」と考えていた時に、「プレナ事件」の被害者団体「沈黙を破る会」のホームページで被害者たちの証言や実際の関係者とのメールを読んだことだったとのこと。そこで最初の告発者であるアレクサンドルに始まり、多くの人たちと直接会って話を聞き、状況を知るうちに強く思ったことがあったそうだ。監督はこの事件について語る。「この事件で驚かされるのはすべてが明白に説明されていて、事実がわかりきっているのに、行動がそれに続かないということです。この不公正さはあまりに極端で理解不能でした」

スワン・アルロー,ほか

最初の告発者である40歳のアレクサンドル役はメルヴィル・プポーが、パリのテレビ局の顧問を務める自身の立場に躊躇し、信仰と告発の間で葛藤しながらも、これからの子どもたちへの被害を防ぐためにもと、行動してゆくさまを表現。プレナ神父と教区の両方を告訴するフランソワ役はドゥニ・メノーシュが、実名で辛い過去を公にして、現在は無神論者となり決然と批判していく矢面の存在として。被害者のひとりである医師のジル役はエリック・カラヴァカが、時効前の被害者であるエマニュエル役はスワン・アルローが、バルバラン枢機卿役はフランソワ・マルトゥレが、プレナ神父役はベルナール・ヴェルレーが、エマニュエルの母親イレーヌ役はジョジアーヌ・バラスコが、フランソワの母親オディール役はエレーヌ・ヴァンサンが、被害にあった信者たちの相談役で心理カウンセラーのレジーヌ・メール役はマルティーヌ・エレルが、それぞれに演じている。フランソワ役のドゥニは、フランスでは誰もが知る有名な事件を映画化した本作への思いについて、このように語っている。「この映画の強みは、私たちを事件の内部に連れ込むことです。恐ろしい経験をした人々に寄り添い、この虐待がもたらした具体的な被害を知り、彼らの人生にもたらす影響を考えさせるのです。子どもへの性的虐待が二重に罪深いのは、接触行為そのものだけでなく、それから心理的なトラウマが続くからです」

本作を観て真っ先に思い出す映画は、2016年の『スポットライト 世紀のスクープ』だろう。アメリカのボストンで数十人の神父による児童1000人以上への性的虐待を、カトリック教会が組織ぐるみで隠蔽してきた事実を「ボストン・グローブ」紙の記者チームが数カ月間じっくりと調べ上げ、1年に渡って特集記事として連載した実話について、記者の目線による舞台裏をフィクションとして映画化した作品だ。『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』では、30年以上の間に名乗り出た人数だけでも80人以上に性的虐待をし続けたひとりの神父、現在75歳のベルナール・プレナと、なんの処分もせずに見逃し続けた教会を告発することの難しさを伝える内容であり、被害者の複雑な立場や心情、家族や周囲の人たちとの軋轢などを描いている、という状況や視点の違いがある。特に、本人以外からすれば「なぜ今さら」という“過去”であっても、当事者にとっては感覚や混乱がフラッシュバックすることで、苦しみや葛藤が決して過去にはならず一生続く、常に現在のことであり続ける、という心情への理解を促すことが伝わる内容だ。この映画をフィクションで映画化した経緯について、オゾン監督は『スポットライト〜』のことを交えつつこのように語った。「私の企画をより具体的に被害者たちに話す段階になって、ドキュメンタリーの案に対し、彼らの落胆とためらいのようなものを感じたんです。彼らはすでに多数のメディアのインタビューに応じ、何度もテレビ用ドキュメンタリーに登場していました。彼らはフィクションの監督が近づいてきたから好奇心を持ったのです。『スポットライト 世紀のスクープ』のような映画を思い描き、映画の登場人物となって有名な俳優に演じてもらうのを期待した。それが彼らの望んでいることであり、私のできることでもありました」
 フランソワとエマニュエルの弁護士たちを1人の人物として描くなどフィクションとしてのアレンジを加えながらも、作品の本質として尊重したことを監督はこのように語っている。「これは“コミュニティについての映画(主人公の映画ではなくひとつの事象を扱った映画)”であり、現実の出来事とそれらの複雑性に最大限に忠実であろうとしました」

スワン・アルロー,メルヴィル・プポー,ほか

今も係争中であるリアルタイムの実話であり、理解や共感を得られるかどうかという考えから、本作には予算の確保や上映についてなどさまざまな苦労があったとのこと。しかしプレナ神父による上映延期を求める裁判や、教会の心理カウンセラーであるレジーヌ・メール本人が本名の削除を求めて訴えてきたことも、両方とも棄却され無事に予定日通りの上映となった(参考:「Le Figaro」)。オゾン監督はこうした逆風についてこのようにコメントしている。「この映画は急いで作らないとなりませんでした。現実のニュースは流動的だし、予算面の問題もあった。児童への性的虐待というテーマは人を怯ませ、この企画は“融資不可能”と判断され、多くのロケーションは使用を禁じられました(教会内部のシーンはベルギーとルクセンブルクで撮影)。幸いにもプロデューサーたちと制作チームは企画を信じ、支持してくれたので、このような反対意見やブレーキは私たちにさらに企画を押し進め、『これは必要な映画なのだと示そう』という力を与えてくれました」
 映画の上映を妨害する訴えを退けることができた理由のひとつは、内容はすべてすでに報道されている事実であり、あくまでも被害者の心情を伝えることにフォーカスしているからだとオゾン監督は語る。「この映画の狙いは教会を罰するのではなく、教会が持つ矛盾とこの事件の複雑性を提示することでした」
 そして一番伝えたい内容のために調整した表現について、監督はこのようにコメントしている。「私にとって重要なのは子ども時代に傷つけられた男性たちの心の奥を語ることと、彼ら被害者の観点からストーリーを語ることでした。彼らの経験と証言には忠実でありつつ、周囲の人々やその反応については自由に描きました。だから被害者たちの姓を変えたのです。バルバラン枢機卿とプレナ神父とは反対に、彼らはフィクション映画の主人公になったのです」

「古くなった組織を変えるのは大変なことです。習慣、保守主義、秘密主義によって身動きが取れなくなっていて、皆が自分の身を守ろうとし、誰も行動を起こすことができないのです(オゾン監督)」
 実際の「プレナ神父事件」の概要は、2016年1月にプレナ神父への捜査が始まり、2018年8月に性的虐待の時効を「成年に達してから30年」まで延長。2019年3月に関係者であるバルバランに執行猶予付き禁錮6ヵ月の有罪判決が下るも、2020年1月の控訴審で一審を覆して無罪判決に。2019年7月に教会裁判所はプレナ神父を還俗させ、2020年3月にプレナ元神父に禁錮5年の有罪判決が下る。しかしプレナが上訴し、現在も審理が行われているという。この映画が監督も驚くほど予想以上に広く受け入れられヒットし、高い評価を得たことで、被害者たちへの理解や、教会内部が浄化を目指すという良い変化が起き始めているという見解もある。フランス語の原題が『Grâce à Dieu(神の恩寵により)』である本作に関わる前向きな動きについて、最後にオゾン監督のメッセージをお伝えする。「この映画を見たある司祭にこう言われました。『この映画はもしかすると教会にとってはチャンスかもしれない。教会が映画を受け入れられれば、ようやく教会内部で起きた事件の責任を負い、その撲滅のための最初で最後の闘いを始められるかもしれない』そう期待しましょう!」

作品データ

公開 2020年7月17日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
制作年/制作国 2019年 フランス
上映時間 2:17
配給 キノフィルムズ/東京テアトル G
原題 Grâce à Dieu
監督・脚本 フランソワ・オゾン
出演 メルヴィル・プポー
ドゥニ・メノーシェ
スワン・アルロー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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