燃ゆる女の肖像

カンヌ映画祭の脚本賞とクィア・パルム賞を同時受賞
18世紀のフランスを生きる女性の愛と自由について
セリーヌ・シアマ監督が鮮やかな映像で描く

  • 2020/11/20
  • シネマ
燃ゆる女の肖像© Lilies Films.

『水の中のつぼみ』のセリーヌ・シアマが監督・脚本を手がけたオリジナル作品で、第72回カンヌ国際映画祭にて脚本賞と、シアマが女性監督として初めてクィア・パルム賞(LGBTやクィアをテーマにした映画から選出)を受賞した話題作。出演は、本作でリュミエール賞の主演女優賞を受賞した、『英雄は嘘がお好き』のノエミ・メルラン、『スザンヌ』でセザール賞の助演女優賞を受賞したアデル・エネル、コソボ出身の19歳で今年に監督デビューもした『スクールズ・アウト』のルアナ・バイラミ、『あなたたちのために』でヴェネツィア国際映画祭の女優賞を受賞したヴァレリア・ゴリノほか。18世紀のフランス、画家のマリアンヌは肖像画の依頼を受けてブルターニュの孤島に渡るが……。人生も結婚も自分で決めることが難しかった時代に生きる女性たちの、愛と自由について。クラシックな衣装とインテリア、現代アーティストによる古典技法の肖像画を用いて、鮮やかな映像で描く、誌的な作品である。

アデル・エネル,ノエミ・メルラン

18世紀のフランス。画家のマリアンヌはブルターニュの伯爵婦人から肖像画の依頼を受け、小舟で孤島へと渡る。館に着いた翌日、伯爵婦人から詳細を聞くと、肖像画は娘エロイーズの見合い相手に送るものであり、本人には内密のまま一緒に過ごして絵を仕上げてほしいという。マリアンヌは、エロイーズが結婚を拒み、以前に雇った画家には決して顔を見せなかったこと、この縁談は元々エロイーズの姉にあった話であり、ミラノの見知らぬ相手に嫁ぐことを悲嘆した姉が自殺したことを知る。マリアンヌはエロイーズと一緒に海辺を散歩し、互いのことや音楽などの話をするうちに親しくなってゆく。肖像画を完成させ、エロイーズに自分が肖像画を書くために雇われた画家と打ち明けたマリアンヌは、絵の出来を彼女に否定されたため描き直すことを決め、伯爵夫人が外出して戻るまで5日の猶予をもらう。それからマリアンヌとエロイーズとメイドのソフィ、3人で過ごすうちに身分や人種や立場といった垣根がなくなり、女同士というつながりで穏やかに日々を過ごすなか、マリアンヌとエロイーズは惹かれ合い……。

思い通りに生きるのが難しかった時代の女性たちの素顔や思いを映すかのような本作。女性同士の儚い恋を描いているものの、それは互いに人間として惹かれて分かち合い支え合い、身分や利害に関係なく求め合い与え合ったというだけのことで、たまたま女性同士だったというニュアンスも個人的に感じた。当時に女性が見下されることなく対等で公平にいられたのは、女性だけでいる時くらいだったというのは、そうなのだろうと思う。これまでに“現代を舞台に子ども時代や思春期の少女を描いてきた”と言われるシアマ監督が、時代物で大人の女性たちについて創作した理由のひとつは、書き手の名前こそ残っていないものの当時は女性の画家がたくさんいたことを知ったためだという。また身分と性別でほぼ人生が決まってしまう、生き方を自由には選べない当時の女性たちにも必ずあっただろう思いを描きたかったとシアマ監督は語る。「当時は女性たちの欲求が禁じられていたとしても、好奇心旺盛で恋愛することを望んでいたという事実は現在と変わりません。私は、彼女たちの友情や問いかけ、ユーモア、そして走ることへの情熱に報いたかった」

アデル・エネル

画家のマリアンヌ役はノエミ・メルランが、男性優位社会であっても芸術家として自由に生きようとする女性画家をくっきりと表現。エロイーズ役はアデル・エネルが、伯爵令嬢としての責任感と、ひとりの人間として音楽や文学と共に人生を楽しみたいという思いの両方をもつ、複雑な心情を繊細に演じている。アデルはシアマ監督の元パートナーであり、別離した後で本作を彼女にあて書きした、というエピソードについて監督は語る。「ここ数年でアデルが実証してきた才能を、この役柄に反映させていますが、彼女に私も知らない新境地を開拓してもらいたいという期待も込めました」
 また女性同士の愛を描いた理由について語るシアマ監督のコメントに、どこかアデルへの思いを感じるのは、筆者だけではないはずだ。「相手とずっと一緒にいるかどうかでなく、築いた関係によって自分がどう成長し、どのように心が解放され、自身を見つめ直してこれまで知らなかった自分に近づけるか。別れても過去になるわけではなく一生意味をもち影響し続ける、そんな愛を描きたかったのです」
 またメイドのソフィ役はルアナ・バイラミが、エロイーズの母親である伯爵夫人役はヴァレリア・ゴリノが、それぞれに演じている。本作では、画家とメイド、画家と伯爵令嬢、画家と伯爵夫人、画家と伯爵令嬢とメイドといったいろいろな組み合わせで、年齢や身分、人種や立場を超えて共有・共感できるような、女同士の対話や相互理解が描かれていることに、同性としてしみじみとするものがある。

劇中の前半にあるマリアンヌが小舟で島に渡るシーンは、『ピアノ・レッスン』をとても彷彿とさせる。監督は参考にした作品について語る。「『ピアノ・レッスン』と『バリー・リンドン』は、時代物ながら型にはまらない新しさを感じていたので意識しました。ほかに参考にした映画作品は特になく、今までになかったものを作ることを追求しました」
 マリアンヌが島に上陸すると、雇った男の従者が館まで付き添わず、浜辺に荷物を放り出してさっさと去るところなど、女性を見下す当時の風潮がよく伝わってきて興味深い。劇中に男性が登場するのはこのあたりや、ラスト近くの大勢が映るシーンのみで、キャストもスタッフも音楽以外はほぼ全員が女性であることについて、監督は語る。「それは意図的にそうしました。すべてにおいて対等な関係を描きたかったのです。障害や抑圧ではなく、女性が秘めている可能性、喜び、親密性を描きたかった」

ノエミ・メルラン

この映画はロケーションや美術や衣装、肖像画などが美しいのも印象的。肖像画には、模倣画の作家ではなく実際に現在アーティストとして活動していて、撮影当時にマリアンヌと同じ30歳であり、油絵の古典的な技法を学び、当時の手法にも精通していた女性画家エレーヌ・デルメールを起用。後半の“再会”シーンでも彼女の絵が用いられている。撮影は、ブルターニュ地方の孤島に実際にある、修復されたことなく当時の姿のまま残っていた城を使用。クラシックな衣装はすべて手作りで、なかでもエロイーズのグリーンのサテンのドレスと、マリアンヌの朱いツイード地のようなドレスは、クリスマスのような色彩で鮮やかだ。劇中で使用している楽曲は2曲のみ。マリアンヌとエロイーズが親しくなるきっかけとなる、ヴィヴァルディ協奏曲第2番ト短調 RV 315「夏」と、夜の焚火のシーンで女性たちが合唱するオリジナルの歌曲「La Jeune Fille en Feu」。ほかのシーンでは音楽はほとんどなく、キャンバスに木炭デッサンをする際のこする音や、ドレスの布ずれ、パチパチと火がはぜる音や、食事で食器やカトラリーを扱う音など、日常生活の音を活かしている生々しさも感じが良い。音楽を最小限にしたことについて、監督は語る。「脚本を書いている時から、音楽なしで作ることを考えていました。基本的には、当時を忠実に再現したかったからです。彼女たちの人生において、音楽は求めながらも遠い存在でしたし、その感覚を観客にも共有してほしかった」
 音楽に頼りすぎることなく効果的に用いて、なるべく役者や物語の展開や映像で引きつける小気味よい演出については、「この映画はほとんどがワンショットで構成されているため、演出には細心の注意を払いました」とのこと。また本作のテーマのひとつであるアートについて、シアマ監督はこのように語っている。「美術や文学や音楽などのアートこそが、私たちの感情を完全に解放してくれることを描きました」

アデルとタッグを組んだ長編映画監督デビュー作『水の中のつぼみ』で実力が注目され、長編映画4作目である本作で世界的に高い評価を得たシアマ監督。本作は第72回カンヌ国際映画祭の脚本賞とクィア・パルム賞の2冠をはじめ、44受賞&125ノミネートなど各国のさまざまな映画賞にて話題に。女性監督として初めてクィア・パルム賞を受賞した理由は、こうした思いを彼女が作品に込めたからだろう。「女性同士の愛を描いたのは、先入観を打ち破りたいという意味もありました。そして現代でも実は同性が好きかもしれないと悩む女性に、過去にも女性同士で愛し合った者たちがいたと知らせることで勇気づけられればとも思いました」
 本作は、海外のWEBメディア「Indie Wire」の“世界の批評家304人による2019年ベストフィルム”にて第5位に、「Business Insider」の批評集計サイトに基づいた「史上最高の映画ベスト50」へのランキングや、アメリカで過去に公開された外国語映画の歴代トップ20入りも。各国の映画賞で評価されることにより大勢の観客に本作が届いてゆくことについて、監督は喜びと共にこのように語っている。「各国で多くの人に受け入れてもらえて、とても嬉しく思っています。でもそれは始まりにすぎないとも感じていて、受賞は、さらに世界各国に広がっていく勢いをつけてくれたと思っています」

作品データ

公開 2020年12月4日よりTOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2019年 フランス
上映時間 2:02
配給 ギャガ
原題 Portrait de la jeune fille en feu
英題 Portrait of a lady on fire
監督・脚本 セリーヌ・シアマ
出演 ノエミ・メルラン
アデル・エネル
ルアナ・バイラミ
ヴァレリア・ゴリノ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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