甦る三大テノール 永遠の歌声

パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラス出演、Z・メータ指揮
世界規模で大成功した音楽活動を、秘蔵映像や本人たちの話、
新録のインタビューなどで伝えるドキュメンタリー映画

  • 2020/12/24
  • イベント
  • シネマ
甦る三大テノール 永遠の歌声© C Major Entertainment2020

ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスの三大テノール、ズービン・メータ指揮によるコンサート活動について、バックステージなどの映像と共に、関係者たちのインタビューを交えて紹介するドキュメンタリー映画。出演はパヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラス、メータはもちろん、プロデューサーや音楽ジャーナリスト、レコード会社のスタッフやカレーラスの担当医、現役の歌手や有名な作曲家たちも登場。製作総指揮・監督はアフリカ出身でドイツのテレビ界で活躍し、数々のドキュメンタリーで評価されているジャン=アレクサンドル・ンティヴィハブワ、脚本はドイツの音楽ジャーナリストであるアクセル・ブリュッゲマンが手がける。そもそもの始まりは、サッカー好きの一流テノール歌手3人が集まり、1990年のイタリア開催のFIFAワールドカップの前夜祭で、“三大テノール”として歌うことに。白血病から復帰し歌手活動を再開したカレーラスを応援するためにもと開催したコンサートだったが、思いがけず大評判となり……。出演者や関係者たちにとって予想を大きく超える大成功だったこと、新たなプロデューサーによるロサンゼルス公演での大成功を機に、世界ツアーを行ったこと。ライバルであり共演者である3人の微妙でありながらも、パフォーマンスではケミストリーを起こす関係などを、秘蔵映像や本人たちのコメント、新たに収録したインタビューなどで伝える。三大テノールの絶頂期のパフォーマンス映像を楽しみ、時をこえて支持される高い人気について考察する、貴重なドキュメンタリー映画である。

プラシド・ドミンゴ,ホセ・カレーラス,ルチアーノ・パヴァロッティ,ほか

1990年7月7日、イタリアのローマ。古代ローマ時代の遺跡で世界遺産のカラカラ浴場にアリア「誰も寝てはならぬ」の歌が響く。ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、そして指揮者ズービン・メータ率いるフィレンツェ五月音楽祭管弦楽団、ローマ国立歌劇場管弦楽団のステージだ。“三大テノール”のコンサートは、このイタリア開催の第14回FIFAワールドカップ・サッカーの前夜祭のステージが評判となったことから始まる。W杯では1994年ロサンゼルス、1998年パリ、2002年横浜と4回開催。“三大テノール”としての彼らについて、公演の記録映像や関係者たちへのインタビューなどで紹介していく。この競演のきっかけのひとつには、3人のうち最年少のカレーラスが急性白血病を克服し、歌手として復帰することを応援したいというパヴァロッティとドミンゴの思いがあった。また3人はコンサートの収益を慈善事業に寄付。カレーラスとパヴァロッティは白血病患者を支援する基金に、ドミンゴは祖国メキシコで1985年に起こった地震の被災者たちを支援した。また世界8億人が視聴した1990年の三大テノール最初の公演は、コンサートを収録したレコードがクラシック界最大のベストセラーとなる。

1990年から2007年にパヴァロッティが他界するまで活動した、三大テノールの軌跡を伝えるドキュメンタリー映画。最初のコンサート後の反響はすさまじく、“三大テノールコンサート”のレコードは、3日間で50万枚、1か月後に300万枚、その後クラシック界最大となる1,600万枚のベストセラーに。そこから “三大テノール”の活躍がはじまった。そもそも出演者も関係者も、そこまで注目され評価されるとは、ほとんど誰も思っていなかったとのこと。1990年の最初のコンサートについて、指揮者のズービン・メータは語る。「3人はとても緊張していたよ。何が待ち受けているかわからなかったからね。お互いに対する競争心もいくらかあったが、みんな冷静を装っていた。私たちは、この競演がどんなに重要な意味を持つことになるのか、想像すらしていなかった。コンサートが終わり、観客が椅子の上に立って拍手喝采を送っている姿を見ながら、自分たちがまったく新しい時代の幕を開けたと実感したんだ」

プラシド・ドミンゴ,ホセ・カレーラス,ルチアーノ・パヴァロッティ,ほか

素晴らしい歌声をもつ陽気な天才パヴァロッティ、多彩な表現で知られるドミンゴ、情熱的な歌唱と誠実な人間性が魅力のカレーラス、自由で俺様の芸術家たちを、知恵とユーモアで大らかに率いる長男のような存在の指揮者ズービン・メータ。たくさんの貴重な映像から、彼らが音楽を心から愛し、世界中で大勢に伝えてゆく様子がわかるのがとても楽しい。また本作には当事者に加えて、彼らの影響を受けた人などさまざまな人物が登場する。最初の“三大テノール”競演の発案者であるコンサート・プロデューサーのマリオ・ドラディ、イギリスの音楽ジャーナリストであるノーマン・レブレヒト、イギリスのレコード会社「デッカ・レコード」販促責任者のディディエ・ド・コッティニー、腫瘍を専門とするカレーラスの担当医ライナー・ストーブ、オペラとクラシックを専門とするテレビ・ディレクターで最初の公演の演出を担当したブライアン・ラージ、ルチアーノ・パヴァロティの2番目の妻ニコレッタ・マントヴァーニ、イギリスのオーディション番組で優勝した歌手ポール・ポッツ、ハリウッドで活躍するアルゼンチン出身の作曲家で編曲家のラロ・シフリン、1994年ロサンゼルス以降の三大テノール・プロデューサーであるティボール・ルーダスほか。
 また3人がサッカーを愛しているという共通項については、ドミンゴが笑顔で語っている。「3つのチームについて語った。ルチアーノはユベントス、ホセはバルセロナ、私はレアル・マドリードだ。ここに3大チームが勢ぞろい。それぞれのチームの肩をもち、サッカー愛を語ったんだ」

1994年ロサンゼルス公演は当時としては破格の規模で、ドジャー・スタジアムに5万6000人の観客が来場。フランク・シナトラ、アーノルド・シュワルツェネッガー、ヘンリー・キッシンジャー、そしてブッシュ前大統領夫妻ら大勢の著名人たちの来訪も話題となり、世界100以上のネットワークで放映され13億人が視聴。その後、三大テノールの世界ツアーが日本、オーストラリア、スウェーデン、ドイツ、アメリカで行われた。また1998年にフランス開催の第16回FIFAワールドカップではパリのシャン・ド・マルス広場に10万人、2002年に日韓で開催の第17回FIFAワールドカップでは横浜アリーナに5万人の観客が来場し、彼らの公演を楽しんだ。
 劇中では、クラシックの音楽家である彼らがロックスターのような人気を博したことについて、「話題性だけで最悪」「ロスの商業イベント」「商業主義の巨人」という批判的なコメントも紹介している。確かにそうした声があるのは筆者も知っていた。しかし彼らの活動がクラシックを貶めたという考え方自体が、とても不思議だ。音楽を高尚なものとして高い棚の上にのせてあがめたところで、なんの意味があるのか。“高尚”にこだわりすぎて、厳格に限られた視聴者のための希少なジャンルとなってしまったら、廃れて消滅してしまうことだってあり得る。発展途上国の人々や、貧しくても才能豊かな子どもたち、音楽は誰にだって平等だ。クラシックなんて知らないし聴いたこともない、という人にだって、どんどんたくさん聴いてほしい、と音楽関係者の多くが思っているのではないだろうか。三大テノールのようなスターの活躍は、そうした人たちにも本格的な音楽を届けるきっかけになり得るし、クラシック音楽を次世代へと継いでゆく推進力の一端にもなり得るのではと個人的に思う。2007年にイギリスのテレビ番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」に出場し、アリア「誰も寝てはならぬ」を歌って優勝した歌手ポール・ポッツは語る。「大衆文化のなかにオペラを取り込むことは悪いこととは思わない。悪いわけがない。“オペラを安っぽくした”と言う連中もいるが、音楽は彼らのものじゃない。すべての人のものだ」

ルチアーノ・パヴァロッティ,プラシド・ドミンゴ,ホセ・カレーラス,ほか

本作の大きな見どころは、三大テノールのパフォーマンスの数々だ。パヴァロッティが歌う『トスカ』より「妙なる調和」、「帰れ、ソレントへ」、ドミンゴが歌う『トスカ』の「星は光りぬ」、カレーラスが歌う『アルルの女』より「フェデリコの嘆き」ほか多数。なかでも素晴らしいのは、「誰も寝てはならぬ」「オ・ソレ・ミオ」「マッティナータ」などの名曲メドレーの数々だ。彼らのメドレーはハリウッドで活躍する作曲家ラロ・シフリンが手がけ、コンサートを開催する国の名曲をアレンジすることも多々あった。アメリカの公演では、『ウエスト・サイド物語』の「アメリカ」や映画『ティファニーで朝食を』の主題歌「ムーン・リバー」、そして「マイ・ウェイ」、フランスの楽曲では「バラ色の人生」など、映画音楽やポピュラーソングなど一般的になじみのある名曲の数々を披露している。メドレーについてズービン・メータは語る。「私がメドレーを提案した。だが3人一緒に歌える曲がなかったので、友人のラロ・シフリンに頼んだ。3人が選んだ曲をメドレーにアレンジしてもらったんだ」
 ラロ・シフリンはメドレーを依頼された当時の思いをこのように語っている。「名案だと思ったね。3人の声は前から知っていた。オペラ好きだからね。3人とも違う。声の質が違うし歌へのスタンスも違う。だがうまく組み合わせられたよ」

三大テノールの17年の軌跡を1990年から30年となる2020年に製作した本作。彼らのステージを映すコンサート映画『三大テノール世紀の競演』(2010年)、『三大テノール夢のコンサート』(2016年)とは趣が異なるドキュメンタリーであり、ロン・ハワード監督によるドキュメンタリー『パヴァロッティ太陽のテノール』の三大テノール版といった感覚だ。
 パヴァロッティが他界した後は新しいテノール歌手を加入して活動を継続することはせず、2007年にパヴァロッティの葬儀でドミンゴとカレーラスが歌ったのを最後に、三大テノールは活動を終えた。カレーラスは語る。「その後もプラシドと私に3大テノールの話はきたが、別の歌手を加えることはプラシドも私も断った」
 ドミンゴとカレーラスは音楽監督やオペラ歌手として、今も現役でそれぞれに活躍。レコード会社はその後、“三大ソプラノ”や“三大カウンターテノール”を企画したが、それほどの成功はなかったという。そして三大テノールのアルバムは、今も売れ続けている。全盛期の彼らの素晴らしい歌声、競い合い高め合い調和する、ユニークなパワーに満ちたパフォーマンスは、世界中のリスナーたちに時代を超えて愛され続けていくのだろう。

作品データ

公開 2021年1月8日よりBunkamura ル・シネマほかにて全国順次公開
制作年/制作国 2020年 ドイツ
上映時間 1:34
配給 ギャガ
原題 THREE TENORS VOICES FOR ETERNITY 30TH ANNIVERSARY EVENT
製作総指揮・監督 ジャン=アレクサンドル・ンティヴィハブワ
出演 ルチアーノ・パヴァロッティ
プラシド・ドミンゴ
ホセ・カレーラス
ズービン・メータ
ニコレッタ・マントヴァーニ
マリオ・ドラディ
ラロ・シフリン
ポール・ポッツ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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