ゲイリー・オールドマン主演×デヴィッド・フィンチャー監督
脚本家マンクの視点から、1930年代のハリウッド黄金期と
名画『市民ケーン』の制作秘話をモノクロームで映し出す
監督・製作・主演オーソン・ウェルズによる名画『市民ケーン』にて、アカデミー賞脚本賞を受賞した脚本家“マンク”ことハーマン・J・マンキーウィッツ。彼が活躍していた1930年代のハリウッドと、『市民ケーン』の脚本を執筆していた1940年代をモノクロームで描く。出演は、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』のオスカー俳優ゲイリー・オールドマン、『レ・ミゼラブル』のアマンダ・セイフライド、ドラマ『エミリー、パリへ行く』のリリー・コリンズ、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のチャールズ・ダンス、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』のタペンス・ミドルトンほか。監督は、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』『ゴーン・ガール』のデヴィッド・フィンチャーが手がける。脚本家として抜きんでた才覚を持ちながら、重度のアルコール依存症と傲慢な態度で知られるマンクは、新作の執筆のために用意されたカリフォルニアのバンガローへ。交通事故のケガの療養をしながらベッドで執筆するなか、1930年代のハリウッドでの日々が交錯してゆく。名画『市民ケーン』を手がけた“機知と風刺に富む”脚本家の視点から、黄金期と呼ばれた当時のハリウッドを映す。 “メディア王”をモデルにした作品がいかにして完成し、どのような難しい状況を経て人々に届けられ、アカデミー賞の脚本賞を受賞するに至ったのか。創作やアレンジが加えられた、完全なる“実話”ではないと知りながらも興味深い物語である。
ファンタジー『オズの魔法使い』やコメディ『御冗談でショ』など、さまざまな仕事を手がけるベテランのスタジオ脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツは、新作の脚本を執筆することに。RKOピクチャーズから製作の指揮権を与えられた気鋭の若手、24歳のオーソン・ウェルズから脚本家として指名されたのだ。オーソンは1940年、マンクのギャンブルとアルコールへの依存を絶ち執筆に集中させるため、カリフォルニア郊外にバンガローを用意。口述筆記をするタイピストで秘書のリタと、看護師で理学療法士のフラウラインと共に、マンクは交通事故のケガの療養をしながら執筆を開始する。主人公のモデルはマンクが1930年代にハリウッドで知り合った、著名な“新聞王”ウィリアム・ランドルフ・ハースト。当時、マンクはメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(M.G.M.)の共同創立者ルイスB.メイヤーや映画プロデューサーのアーヴィング・タルバーグと衝突し、映画スタジオのシステムやそこに属する自身の立場にうんざりしていた。そしてマンクがウィリアムと彼の愛人で映画スターのマリオン・デイヴィスと交流する撮影所でのエピソードや、サン・シメオンにある豪華なハースト・キャッスルでのパーティの逸話など、映画界にまつわるさまざまないきさつが交錯する。
数々の作品を執筆した傍若無人な脚本家マンクの視点から、当時のハリウッドと名画『市民ケーン』の制作秘話を描く。フリーランスのジャーナリストで作家であるフィンチャー監督の父ジャック・フィンチャーの脚本で、完全な実話ベースではなく、フィクションや創作を含みながら脚本家マンクが生きた時代と、さまざまに論じられている『市民ケーン』が完成するまでの背景を映してゆく。そもそもフィンチャー監督が『市民ケーン』を観たのは、中学生時代の映画鑑賞クラスだったとのこと。父から聞いていてタイトルは知っていたものの、実際にみて驚いたという。フィンチャー監督は『市民ケーン』について、大勢の人々が称するように“史上最高の映画”とは思っていないものの、本当に衝撃だったと語る。「人の行動や傲慢さ、人間の必要性、そして人生をどう見つめるかという複雑な文学的アイデアを、初めて目にしたことを忘れることはできません」
脚本家マンク役はゲイリー・オールドマンが、家族を顧みず不摂生で傲慢ながらも映画制作には真摯な面のある複雑で破滅的な性分を表現。周囲も自身も追い込むようなキャラクターは痛々しく、みていて気分のいい人物では決してないが、風刺の目線をもちムラ気はありながらも創作をあきらめない姿勢から、彼の憎めなさがよく伝わってくる。ゲイリーは役作りでアルコール漬けの中年体型になるために約15ポンド太り、実際のマンクの映像や写真をみて演技の研究をしたとも。自身が演じたマンクについてゲイリーは語る。「彼は他人にも自分にも嫌悪感を持っている。もしかすると、作家としての能力の限界に直面することを恐れていたのかもしれない。でも私たちは、『市民ケーン』で彼がどれだけ多くのものを持っていたかを推測できる」
マンクの脚本家としての手腕を認めて引きつけられながらも、彼の破滅的で頑固な性分に苛立つオーソン・ウェルズ役をトム・バークが、『市民ケーン』の主人公のモデルとなるハースト・コーポレーションの創業者ウィリアム・ランドルフ・ハースト役はチャールズ・ダンスが、彼の若き愛人で女優のマリオン・デイヴィス役はアマンダ・セイフライドが、カリフォルニア郊外のバンガローにて、マンクの口述筆記をする秘書のリタ役はリリー・コリンズが、リタと共に怪我を負ったマンクをサポートする看護師で理学療法士のフラウライン役はモニカ・ゴスマンが、M.G.M.の共同創立者ルイスB.メイヤー役はアーリス・ハワードが、映画プロデューサーのアーヴィング・タルバーグ役はフェルディナンド・キングスレーが、マンクの弟で脚本家のジョセフ・マンキーウィッツ役はトム・ペルフリーが、『風と共に去りぬ』『レベッカ』のプロデューサー、デヴィッド・O・セルズニック役はトビー・レオナルド・ムーアが、マンクの見張り役としてオーソンからせっつかれるジョン・ハウスマン役はサム・トラウトンが、マンクの古い友人である撮影カメラマンのシェリー・メトカーフ役はジェイミー・マクシェーンが、マリオンの甥チャールズ・レデラー役はジョセフ・クロスが、それぞれに演じている。
出演シーンがそれほど多くはないものの、個人的に印象的なシーンがあったのはマンクの妻サラ・マンキーウィッツ役のタペンス・ミドルトンだ。この時代の妻が夫にここまではっきりものが言えたかどうかは微妙だし、実際は同い年の夫婦だったのに劇中ではなぜかかなり年若い妻になっているのは謎。そして現実的には夫の財や権利を継ぐためといった生々しい意思があるのは当然ながら、長年耐え忍び連れ添った妻が夫に心情をズバッと吐露する場面は小気味いい。物語の後半で、やっかいな状況の渦中でマンクが「なぜ俺と一緒にいる?」と問うと、妻はこれまでにひとりで3人の子育てをして浮気やギャンブルをゆるしてきたことをあげつらって答える。「あなたの妻をやっていると退屈しないから。疲れるし始終イライラするけど、ここまで尽くしたからには見届ける」
モノクロームによる撮影は、フィンチャー監督が観客を効果的に1930年代へと誘うために決定。モノクロ撮影が絶対条件だったことで出資が集まらず、企画の実現まで20年以上かかったそうだが、本年度の第93回アカデミー賞にて撮影賞を受賞したのは、監督に画作りへの強い思い入れがあったからこそだろう。監督は撮影監督のエリック・メッサーシュミットと共にさまざまなカメラとレンズを試して、Red Monstro 8 K Monochromeを選択。1930年代のシーンではコントラストを強めに、マンクが脚本を執筆する1940年代のバンガローのシーンでは自然な照明で撮影したとも。また本作では長回しやローアングルといった『市民ケーン』で多用されたテクニックを取り入れ、パン・フォーカスで前面から背面までショットのすべてを映し出し、前景と背景に劇的な重みを同様に与えた。そしてマンクとマリオンがハースト・キャッスルの敷地を通り、城で飼育していた象やキリン、猿たちの脇を歩いていく夜の散歩のシーンでは、明るい光を使う“デイフォーナイト”と呼ばれる昔ながらの撮影技術を採用。エリック・メッサーシュミットは本作の撮影への思いを語る。「私たちは広い視点から、その規模やテーマ的なアイデアに敬意を表したかったのです」
撮影はロサンゼルスの実際の場所を中心に。建築家ジュリア・モーガンによるハースト・キャッスルの内装は、美術セットとして制作。コロニアル風やゴシックやクラシックなど複数の建築様式を参考にインテリアを練り上げ、本堂を8週間かけて建て、当時の画像や資料となる本『Hearst Castle Fare』などを参考にさらに6週間かけて作り上げた。一方、マンクが執筆のために滞在したバンガロー「Kemper Campbell Ranch」はほぼそのまま残っていることから、現代の痕跡を消し去る作業をしたのみで撮影。内部はステージに美術セットとして構築して撮影したそうだ。またサウンドデザインも1930〜40年代に忠実でありたいという思いからサラウンドではなく、モノラルにて行った。
そもそもフィンチャー監督と脚本を執筆した父ジャックは、1997年にこの物語を始動するため資金を調達しようとしたものの、モノクロ撮影の絶対条件により企画が頓挫。ジャックは2003年に他界、その後フィンチャー監督はネットフリックスからFBIの犯罪シリーズ 「MINDHUNTER」の後に何を作りたいかと聞かれた時、マンクのプロジェクトを提案し、企画の始まりから20年以上を経て本作が実現した。
1930年代は世界的な大恐慌のなか、ドイツで1933年にヒトラーがドイツの首相に就任するなどファシズムが台頭。厳しい日常のなかの娯楽として、ハリウッドではトーキーが人気となり映画産業は“黄金期”を迎えていた。そして『市民ケーン』は1941年にアメリカで公開。ハースト本人による強力な妨害により限られた映画館での上映となり、賛否の意見がさまざまに飛び交ったことは有名だ。
「脚本を書いた時と同じ状態でオスカーを受賞できたことを心から嬉しく思っています。つまり“オーソン不在で”という意味です」
これは第14回アカデミー賞にて脚本賞を受賞したマンクによる受賞コメントだ。『Mank/マンク』の内容は、脚本の執筆について明らかにマンクの見解を支持する内容ながらも監督のスタンスとしては、『市民ケーン』の脚本をマンクがひとりで書いたかどうかについて追求するつもりはないとのこと。フィンチャー監督は、映画製作にはさまざまな才能が必要であり創作におけるコラボレーションが重要であることをよく理解しているという。『市民ケーン』制作の考察についてさらなる興味がある人は、本作の公式資料に注釈として表記されている評論家ポーリーン・カエルによる1971年のエッセイ「Raising Kane」を読むのも楽しいだろう(『The New Yorker』のウェブサイトにて公開)。
今回は2021年4月25日(現地時間)に授賞式が行われたアカデミー賞にて、作品、監督、主演男優、助演女優など最多10部門にノミネート、受賞そのものは撮影、美術の2部門となった話題作『Mank/マンク』をご紹介した。現在、4都府県の緊急事態宣言が5月末まで延長となったなか、アカデミー賞で注目された作品を配信サービスで観るのもいいかもしれない。
参考:「The New Yorker」
公開 | Netflix映画『Mank/マンク』2020年12月4日から独占配信中、一部の映画館にて11月20日から劇場公開 |
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制作年/制作国 | 2020年 アメリカ |
上映時間 | 2:11 |
原題 | Mank |
監督・製作 | デヴィッド・フィンチャー |
脚本 | ジャック・フィンチャー |
出演 | ゲイリー・オールドマン アマンダ・セイフライド リリー・コリンズ アーリス・ハワード トム・ペルフリー チャールズ・ダンス トム・バーク タペンス・ミドルトン フェルディナンド・キングスレー トビー・レオナルド・ムーア サム・トラウトン ジェイミー・マクシェーン ジョセフ・クロス モニカ・ゴスマン |
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