ポトフ 美食家と料理人

カンヌで監督賞を受賞したトラン・アン・ユン最新作
フランスの有名な美食家をモデルにした小説を原案に、
ジュリエット・ビノシュ演じる料理人と美食家の絆を描く

  • 2023/12/14
  • イベント
  • シネマ
ポトフ 美食家と料理人©Carole-Bethuel
©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA

『イングリッシュ・ペイシェント』のオスカー俳優ジュリエット・ビノシュ主演、『青いパパイヤの香り』のトラン・アン・ユンが監督・脚本を手がけ、ガストロノミー(食道楽、美食学)をテーマに描く。共演は『ピアニスト』のブノワ・マジメルほか。19世紀末のフランス、料理人のウージェニーは美食家のドダンのもとで20年間働き、共に美食を究めるなか信頼と愛情を育んできた。しかしある日ウージェニーが突然倒れ……。『美味礼讃』の著者として知られる美食家ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランをモデルにした小説『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』(マルセル・ルーフ著、1920年初版)を原案に、三ツ星シェフのピエール・ガニェールが料理を監修し、料理人と美食家が長年の信頼と愛情で結びつきガストロノミーを追求するさまを映像化。野菜を収穫し、肉や魚をさばき、手間と時間をかけて調理する、19世紀末のゆったりとした暮らしぶりも伝わるドラマである。

1885年のフランス。“食”を追求する美食家のドダンと、彼が閃いたメニューを完璧に再現する料理人のウージェニー。2人が生み出す料理は人々を驚かせ、その評判はヨーロッパ各国に広がっていた。ある時、ユーラシア皇太子から晩餐会に招待されたドダンは、豪華なだけで論理もテーマもない大量の料理にうんざりする。“食”の真髄を示すべく、ドダンは最もシンプルな料理“ポトフ”で皇太子をもてなすとウージェニーに話す。そんななかウージェニーが突然倒れ、ドダンはウージェニーを元気づけようと、人生で初めて自分の手ですべてを作る渾身の料理に挑戦する。

ブノワ・マジメル,ジュリエット・ビノシュ©Stéphanie Branchu
©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA

2023年の第76回カンヌ国際映画祭にて監督賞を受賞し、2024年の第96回アカデミー賞の国際長編映画賞にてフランス代表に選出された注目作。撮影はフランス北西部アンジュー地方の小さなシャトーにて、美術や衣装は当時の暮らしを忠実に再現し、丁寧なスローライフの暮らしぶりが生き生きと表現されている。映画では原案の小説『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』の物語そのままではなく、ウージェニーとドダンの“前日譚”としてオリジナルの脚本を執筆し映画化したことについて、トラン・アン・ ユン監督はこのように語っている。「そうすることで、ウージェニーとドダンの関係を自由に想像することができた。2人の関係の美しさは、その絆が簡単に壊れないところにある」

素材を丁寧に選び、手をかけて調理し、美食を追求するウージェニー役はジュリエット・ビノシュが、熱意あるベテランの料理人として。ウージェニーの雇い主である美食家のドダン役はブノワ・マジメルが、自らも調理に参加してウージェニーと共にガストロノミーを探究する男性として。実生活のもと夫婦が20年ぶりに共演し、長年のなかで愛情を育み信頼し合う結びつきを穏やかに表現している。このほか、ドダンの美食仲間である男性4人組や、ウージェニーのアシスタントの女性、彼女の姪である絶対味覚をもつ少女など味わいのあるキャラクターたちが登場している。また劇中に登場する約100年前の伝統的な料理の数々を監修し、実際に撮影現場で調理したピエール・ガニェール本人が、皇太子のお抱えシェフ役として出演しているのも面白い。監督は、撮影前にすべての料理を試作し、シェフ役で出演もしたガニェール氏に感謝してこのように語っている。「コンロの前に立つピエールの姿は感動的だった。彼は求めるものができるまで試行錯誤を繰り返す。大胆かつ純粋に夢を追いかける人だ。だから、ピエールがユーラシア皇太子のお抱えシェフの役を引き受けてくれた時は、とてもうれしかった」

ピエール・ガニェール,ほか©Stéphanie Branchu
©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA

作中にはガニェール氏の監修により、約100年前の伝統的なフランス料理の数々が登場。料理はすべて本物であり、監督やキャストたちは撮影が終わるとみんなでそれらの料理を残さずに食べたという。劇中で、現在は保護種であるズアオホオジロを料理するシーンではミニウズラに変更するなど、ガニェール氏の提案が生かされているという。監督はガストロノミーをテーマとした理由について、このように語っている。「ガストロノミーは、ほかの芸術とは異なる感覚、つまり、味覚に焦点を当てている。ガストロノミーのアーティストは、私たち一般人がはっきりと区別できない味をも峻別できる。さらに、それを混ぜ合わせ、吟味し、風味、香り、質感、濃度のバランスを測るんだ。私はそんな彼らに魅せられた」
 またこの映画には劇伴が一切なく、音楽はエンディングに流れるジュール・マスネーのオペラ「タイス」をピアノ曲にアレンジした楽曲のみ。野菜を洗って切る音やお湯が沸く音、肉をローストする音などキッチンでの調理中の音や、葉擦れの音や鳥のさえずりといった自然の音を際立たせている。劇中に音楽を使用しないと判断したことについて、監督は語る。「内容がガストロノミーということで、これまで本作ほど中身の濃い作品を監督したことはなかった。登場人物には扱う素材(生肉や加熱後の肉、野菜、鳥類、脂肪、バター、土、水、火、木、金属など)があるから、音楽は必要なくなった。こうした素材には存在自体に表現力があるから、日常生活の中に登場人物をしっかりと結びつけることができる」
 また撮影に使用したカメラは1台のみで、料理の調理過程は自然光を生かしてワンカットで行ったとのこと。こうした長回しの撮影について、トラン・アン・ユン監督を筆者が取材した「CREA WEB」の記事「仏料理人と美食家の絆を描き、カンヌ監督賞を受賞したトラン・アン・ユン 自身の人生を反映し、夫婦愛を表現」にて、監督は日本人監督からの影響があると語った。「私が今回ワンシーンワンカットを多用したのは、料理を作っている時のリアルな時間の流れを皆さんに感じてもらいたかったからなのです。そしてその長回しのシーンは、私の大好きな溝口健二監督から影響を受けています」
  そしてこの映画の最後には、「イェン・ケーに捧ぐ」という表記が。これは監督の妻であり、自身の作品『青いパパイヤの香り』『シクロ』などに出演している女優トラン・ヌー・イェン・ケーのことで、この映画は彼女に捧げられている。このことについて前述の「CREA WEB」の記事にて監督は、「この映画は私の人生を少し反映しているような内容で、夫婦愛を描きたいと思っていました。退屈にならないように夫婦愛を映画で描くのは、実はとっても難しいんですよ」と話し、観客へのメッセージをこのように伝えた。「みなさん、この映画を見ながら、人生に、愛に、心のドアをオープンにしてみてください」

ポトフ 美食家と料理人©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA

映画作りにおいて大切にしていることについて、監督は「CREA WEB」の記事にてこのように語った。「いいアイデアであるかどうかを自分で察知すること、そしてそれをつかみとることは、なかなか難しいですよね。映画を1本作るにはエネルギーも時間もかかるので、どんなテーマでもいいわけではありません。本当にやりたいアイデアをうまくつかみとることがとても大切です。私がいつも基準としているのは、『これは自分にとって挑戦だろうか、そこには何かを賭ける価値があるだろうか』ということ。そこに合致するアイデアだったら映画にします」
 トラン・アン・ユン監督は映画制作には長い時間をかけてじっくり取り組むことは周知の通り。1993年に『青いパパイヤの香り』で長編映画監督デビューをし、カンヌ国際映画祭のカメラ・ドール(新人監督賞)とユース賞、セザール賞の新人監督作品賞を受賞。その後、1995年の『シクロ』でヴェネチア国際映画祭にて最年少で金獅子賞を受賞、2000年の『夏至』、ジョシュ・ハートネット、イ・ビョンホン、木村拓哉らが出演した2009年の『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』、村上春樹の小説を映画化した2010年の『ノルウェイの森』、オドレイ・トトゥ主演による2016年の『エタニティ 永遠の花たちへ』、そして今回の『ポトフ 美食家と料理人』と、30年間で長編7作を発表している。作品制作のアイデアはたくさんあり、そのなかには初期のトラン・アン・ユン監督作のようにベトナムをテーマとしたものもあるとも。監督はベトナムで生まれ、1975年にベトナム戦争から逃れて家族とフランスに移住し、フランスを拠点に活動を続けている。そのためか、ベトナムを描く時はヨーロッパから見つめるアジアの魅力と郷愁の感覚が独特の風合いとなり、『青いパパイヤの香り』『シクロ』などでも美しく表現されている。みずみずしい自然の映像と共に人のあたたかな結びつきを描くトラン・アン・ユン監督による、これからの創作も楽しみだ。

参考:「CREA WEB

作品データ

公開 2023年12月15日よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほかにて全国順次ロードショー
制作年/制作国 2023年 フランス
上映時間 2:16
配給 ギャガ
原題 La Passion de Dodin Bouffant
監督・脚本 トラン・アン・ユン
料理監修 ピエール・ガニェール
出演 ジュリエット・ビノシュ
ブノワ・マジメル
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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