PERFECT DAYS

ヴィム・ヴェンダース監督・脚本の日本映画で
役所広司がカンヌ国際映画祭にて男優賞を受賞
ある男の静かな暮らしとかすかなゆらぎを描く

  • 2023/12/25
  • イベント
  • シネマ
PERFECT DAYS© 2023 MASTER MIND Ltd.

2023年の第76回カンヌ国際映画祭にて、男優賞とエキュメニカル審査員賞をW受賞したヴィム・ヴェンダース監督・脚本による注目作。出演は、『すばらしき世界』の役所広司、『こんにちは、母さん』の田中泯、『映画 イチケイのカラス』の柄本時生、『キセキ -あの日のソビト-』の麻生祐未、演歌歌手の石川さゆり、『線は、僕を描く』の三浦友和ほか。東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山は、毎日丁寧に掃除をして木漏れ日を眺め、静かな日常を繰り返している。ある日、思いがけない再会をして……。満ち足りた質素な暮らしのなかで、人との再会や出会いによりかすかに揺らぐ、ある男の日々を描く。“禅”の概念を感じさせるような生活や精神性、満たされる幸福について、ドキュメンタリーのような風合いで描き出す物語である。

東京・渋谷の公衆トイレの清掃員、平山は押上の古いアパートで1人暮らしをしている。朝早く起床し、身支度をして仕事に出かける。自作の掃除道具を積んだ車では昔から聴き続けている古い音楽をカセットテープでかけて、さまざまなトイレを掃除して回っていく。いつも持ち歩いている小さなカメラで木漏れ日を撮る。時には古本屋で本を1冊買い、日曜だけ通う居酒屋ではママや常連客と世間話をする。そんな静かな日々のなか、平山は思いがけない再会をする。

役所広司

トイレの清掃員をしている男の日々を描く、静かな物語。『ベルリン天使の詩』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』などで知られるドイツ出身のヴェンダース監督が、日本を舞台に日本人キャストたちと共に日本語で撮影した作品だ。フランスの第76回カンヌ国際映画祭の会場で2023年5月26日(現地時間)に行われた公式記者会見にて、ヴェンダース監督は共同で脚本を執筆した高崎卓馬(電通のクリエイティブディレクター、小説家)や出演した俳優たちへの感謝も含め、今回の制作についてこのように語った。「ほかの国でフィクションを作るのはとても怖いことです。『パリ、テキサス』は、ヨーロッパ人からみたアメリカでの話です。本作は完全に外側からの目線で作品を作ることはせず、高崎さんに常に近くにいてもらい作成することができました。そういった眼差しみたいなものは高崎さんのおかげであり、キャストのおかげです。ものすごいスピーディーに作成してくれて、本当に高崎さんは思いが通じる兄弟のような存在なんです」
 この作品はフィクションの物語でありながら、ドキュメンタリーのような風合いが大きな特徴だ。このことについて、ヴェンダース監督は映画の公式HPのインタビュー映像「02 フィクションか、ドキュメンタリーか」にて、とても丁寧に説明。ドキュメンタリーのようにフィクションを撮ることができたのは、役所広司のおかげであり、彼が平山そのものになったからできたことだとコメントしている。さらに監督は語る。「フィクション映画を撮っている時、嬉しくなるのがとあるワンショットに、まったく現実のように、日常でしか起こらないことを招き入れられる瞬間です。いつもフィクションのなかでそういったことが起こるのを望んでいます。いつも待ち構えているんです。フィクションの内部でのドキュメンタリー的な瞬間を」

トイレの清掃員の平山役は役所広司が、過去に現在の暮らしを選び取り、日々を淡々と過ごしている人物として。役所は企画のスタート時に共同脚本の高崎卓馬から「監督はヴィム・ヴェンダースにお願いしたい」と聞いた時、率直に「そりゃ無理だろう」と思い、そもそも「まさか自分の俳優人生でヴィム・ヴェンダース作品に参加する日が来るとは夢にも思っていませんでした」とコメント。そして2023年6月13日に東京の日本記者クラブで行われた「カンヌ国際映画祭 最優秀男優賞受賞記者会見」にて、役所は「今までやったことがない映画、今までやったことがない役を与えてもらい、しかもヴェンダース監督ということで、本当に夢のような仕事でした」と語った。また平山の名前の由来は、小津安二郎監督による1953年の映画『東京物語』の笠智衆の役名「平山」に由来しているとのこと。ヴェンダース監督は映画の公式HPのインタビュー映像「01 平山という男は、どこから来たのか」にて、こうした話や、平山の過去、今の生活を選ぶに至った背景など、映画では語られていないことについて話をしている。映画を観た後にこの映像をみると、より物語や人物への理解が深まるだろう。ヴェンダース監督はこの映像で主人公・平山について、とても大きな敬意や愛情と共にこんな風に話している。「平山は実はどの人の心のなかにもいます。平山はみんなのなかにいる。ただし、自分のなかの平山を受け入れた時にだけ」
 平山の姪ニコ役は新人の中野有紗が、彼女の母で平山の妹ケイコ役は麻生祐未が、平山が見つめるホームレス役は田中泯が、同僚の清掃員タカシ役は柄本時生が、タカシのガールフレンドのアヤ役はアオイヤマダが、平山が休日に訪れる居酒屋のママ役は石川さゆりが、店を訪れるママと旧知の友山役は三浦友和が、それぞれに演じている。またほんの少しの出演ながら、居酒屋の店主役で甲本雅裕、トイレ清掃員の佐藤役で安藤玉恵、かっちゃん役で深沢敦、古本屋の店主役で犬山イヌコ、電話の声に片桐はいり、野良猫と遊ぶ女性に研ナオコほか、たくさんの人たちが出演している。カンヌ国際映画祭の会場で行われた2023年5月25日の取材にて、監督はキャストについてこのようにコメントした。「この作品にはスピリチュアルなレベルがあって、みなそれを感じてくれていた」

田中泯, ほか

この映画の始まりについて、監督は前述の2023年5月26日にカンヌ映画祭の会場で行われた会見にてこのように語った。「柳井さんから手紙をもらったところから始まりました。私は東京が好きです。この場所を捉えるならフィクションがいいと思いました。物語つくる必要があります。コロナ禍でも東京に文化的なものが戻ってきている瞬間を捉えたいと思いました。(共同脚本をした)高崎さんと去年の5月にアイデアを交換し、企画のために東京に行き、長編というアイデアをもらって2週間で書き上げました」
 この映画は、企画・プロデュースの柳井康治氏(株式会社ファーストリテイリング代表取締役)が個人プロジェクトとして発案し、渋谷区の公共プロジェクトとして実現したTHE TOKYO TOILET(TTT)に関連している。世界的に活躍する16名の建築家やクリエイターが2020年から東京・渋谷区内の17カ所の公共トイレを新たなデザインで改修してゆくプロジェクトであり、劇中で平山が清掃しているさまざまなトイレがそうだ。これらの公共トイレの清掃とメンテナンスという課題について柳井氏が高崎氏に相談したところ、「個々の建築物としてではなく、TTTのトイレすべてが価値意義あるものとして捉えてもらう努力が必要。そのためにアートの力が有効かもしれない」という意見があった。そして柳井氏は「TTTの真の価値は、建築的価値のみでなく、日々汚れていくトイレを毎日毎日清掃し続ける清掃員の奮闘にこそあり、アートの力を通じて清掃員の皆さんへの感謝や敬意を表したい」と考えるようになり、この映画へとつながる“TTT Art Film Project”がスタートしたそうだ。柳井氏は観客に向けて、このようにメッセージを伝えている。「これから『PERFECT DAYS』をご覧になる方々の心のなかにも、何かが芽生え、それが少しでも良い方向に気持ちや行動を変化させるものであって欲しいなと切に願っています」
 この映画では、平山がカセットテープで聴く楽曲や、彼が読む本なども興味深い。映画の公式HPの「collection」では、ルー・リードの「PERFECT DAY」などの曲や、パトリシア・ハイスミスの『11の物語』といった平山の聴いている曲や彼が読んでいる本が具体的に紹介されている。

第76回カンヌ国際映画祭では、『PERFECT DAYS』が男優賞とエキュメニカル審査員賞をW受賞。エキュメニカル審査員賞は「人間の内面を豊かに描いた作品」として、教派を超えたキリスト教徒の審査員によって選ばれる賞だ。そして役所広司は男優賞の受賞コメントをこのように伝えた。「日々を丁寧に静かに重ねるように生きる。この平山という男を演じるのは、大きな挑戦でした。ヴィム・ヴェンダースという偉大な監督には、フィクションの存在であるこの男にとても大きなリスペクトがありました。それが私を導き、平山という男をこの世界に生み出した気がします。このような賞をいただいてとても光栄です。日本の、世界の、映画が少しでも、もっと素晴らしいものになるようにこれからも努力を重ねていきたいと思います」
 そしてヴェンダース監督は、この受賞を受けて役所への思いを「これ以上の言葉を私は見つけることができない。役所広司は、監督をする者にとって最高の俳優である」と伝え、このように締めくくった。「満たされた生き方はどういうものか。そういう考えに火をともしたのだ。こんなことを成し遂げる俳優は世界にそうはいない。私は彼と一緒に映画をつくれたことをとても幸せに思う。この賞は、私と、そしてカンヌに集まったチームの全員が待ち望み、そして夢にみたものである」

役所広司

『PERFECT DAYS』はすでに世界80ヵ国以上での配給が決定。日本とは文化の異なる、日本についてあまり知らない各国の人たちは、このひっそりとした物語をどのように感じるだろうか。ヴェンダース監督は映画の公式HPのインタビュー映像「05 小津が、そこにいる」にて、小津安二郎の影響を大きく受けていることなども話している。そして「06 どう撮ればいいのかわからない それが理想」では、ヴェンダース監督にとっての映画について、「好きで携わりたいことのすべて」と話し、いかに惹かれ続けているかを語っていることも興味深い。これからもヴェンダース監督はそうして映画を作り続けていく、とわかる。この映像では最後にこの言葉で締めくくられている。「私がずっと映画を好きなのはこういうわけです。ひとつひとつの映画が、世界創造です。これからもそうあり続けることを願っています」

作品データ

公開 2023年12月22日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2023年 日本
上映時間 2:16
配給 ビターズ・エンド
監督・脚本 ヴィム・ヴェンダース
脚本 高崎卓馬
製作 柳井康治
出演 役所広司
柄本時生
中野有紗
アオイヤマダ
麻生祐未
石川さゆり
田中泯
三浦友和
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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