ネクスト・ゴール・ウィンズ

タイカ・ワイティティ監督・脚本・製作
“世界最弱”サッカーチームの実話を映画化
ポリネシア文化も魅力的なスポーツ・コメディ

  • 2024/02/19
  • イベント
  • シネマ
ネクスト・ゴール・ウィンズ©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

第92回アカデミー賞にて『ジョジョ・ラビット』が脚色賞を受賞したタイカ・ワイティティの監督・脚本・製作により、2001年のワールドカップにて0対31で大敗した“世界最弱”サッカーチーム、米領サモアの実話をもとに映画化。出演は『X-MEN』シリーズのマイケル・ファスベンダー、『フレンチ・ディスパッチ』のエリザベス・モス、『ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル』のオスカー・ナイトリーほか。ワールドカップの予選が迫るなか、アメリカ領サモアの“世界最弱”サッカーチームは破天荒な監督を雇うが……。のんびりとしたチームのメンバーたちと、短気で不遜な鬼監督という相容れない関係の噛み合わなさ、徐々に歩み寄っていく経緯、過去に大敗した選手たちの思い、アメリカの都市生活者がポリネシアの人たちと交流し文化に触れ、その土地で暮らすうちに変わっていくさまなどが歯切れ良く描かれてゆく。実話をもとに「かなり実際に起こったこと」として映し、ワイティティ監督が「究極に爽快な敗者の物語」と話す通りの気持ちのいいストーリーである。

太平洋に浮かぶ小さな島、アメリカ領サモア。2001年にワールドカップ予選にて、対オーストラリア戦で史上最悪の0-31の大敗を喫して以来、米領サモアのサッカーチームは1ゴールも決められずにいた。次の予選が迫るなか、チームの監督に破天荒な性格でアメリカを追われたトーマス・ロンゲンが就任。そもそもキャリアのために仕方なく引き受けたトーマスは、サッカースキルが皆無の選手たちに怒り苛立ち、マイペースでのんびりとしたメンバーたちは厳しいしごきにすぐにはついていけず、トレーニングもままならない。予選が近づき、“第3の性”ファファフィネでありチームの一員であるジャイヤは、皆で前進するために行動し始める。

マイケル・ファスベンダー,カイマナ

2001年のワールドカップにて大敗した“世界最弱”チーム、アメリカ領サモアのメンバーとその後の彼らに指導したコーチという実在する人たちの実話をもとに描く。ワイティティ監督の持ち味である人情味あるコメディとドラマがテンポ良く、痛快でいてほっこりとした気分になる作品だ。実話ベースの敗者復活ストーリーは近年にままあるパターンのひとつではあるものの、ただそれだけの内容では決してない。存命であるモデルとなった関係者たちへの敬意はもちろん、マオリ(ニュージーランドの先住民)であるワイティティ監督と、ポリネシアに関わるスタッフとキャストによる地域や文化への愛情がとても自然に生き生きと反映されていることが親しみとなり、地に足のついた安心感やぬくもりが感じられる内容となっている。実際には、2001年4月11日のオーストラリア、コフスハーバーのインターナショナル・スポーツ・スタジアムで、オーストラリアが31対0の大勝利により世界記録を樹立したサッカーの国際試合において負けた側、アメリカ領サモアのサッカーチームのことが、2014年に『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦』としてドキュメンタリー映画化。この実話に触発されたプロデューサーのジョナサン・カヴェンディッシュとエグゼクティブ・プロデューサーのアンディ・サーキスは彼らの製作会社でこのドキュメンタリーの映画化権を取得。今回の製作にはドキュメンタリーの監督であり、“サッカー・オタク”を自称するマイク・ブレットとスティーヴ・ジェイミソンもプロデューサーとして参加している。ブレットとジャミソンは「サッカーのコマーシャルを監督し、バルセロナやマンチェスター・ユナイテッドと仕事をした」経験もあることから、専門のアドバイザーと共にサッカー・シーンの振り付けや撮影にも協力。またワイティティ監督はこの映画が、スポーツやサッカーのファンでなくても楽しめる内容であると語る。「本作はスポーツがどうとか、僕がスポーツを理解するとか、そういうことではなかった。この映画は、人間そして人と人とのつながりの話です。そして太平洋諸島を世界に紹介したかった。私たちの文化と存在を世の中に示したかったのです」

マイケル・ファスベンダー,ほか

米領サモアのサッカーチームの監督に就任するトーマス・ロンゲン役はマイケルが、ポリネシアの人々や文化の影響で“不機嫌な中年のアメリカ人”から徐々に変わっていく姿をコミカルに好演。マイケルはワイティティ監督について、「特別なスタイルをもっている」と話し、「彼はアウトサイダーやはみだし者のことを理解していて、それを受け入れているのです」と語っている。
 アメリカ領サモアのサッカー連盟の代表タビタ役はオスカー・ナイトリーが、複数の仕事を掛け持ちしてチームに資金を提供する熱心な人物として。タビタの妻ルース役はレイチェル・ハウスがパワフルかつユーモラスに。タビタとルース夫妻の息子でサッカーチームの選手であるダル役はビューラ・コアレが、0-31の負け試合でゴールキーパーを務めたニッキー・サラプ役はウリ・ラトゥケフが、高校生でストライカーのジョナ役はクリス・アロシオが、アシスタントコーチのエース役はデヴィッド・フェインが、チームにスカウトされる地元の警官ランボー役はセム・フィリポが、チームのメンバーのひとりスマイリー役はイオアネ・グッドヒューが、チームの現ゴールキーパーであるピサ役はリーハイ・ファレパパランギが、チームのミッドフィルダーであるサムソン役はヒオ・ペレササが、トーマスと別居中の妻ゲイル役はエリザベス・モスが、アメリカサッカー連盟のトップであるアレックス・マグヌッセン役はウィル・アーネットが、それぞれに演じている。またリス・ダービー、アンガス・サンプソン、ルーク・ヘムズワースのカメオ出演も。
 そしてFIFAワールドカップ初のトランスジェンダー選手となったジャイヤ・サエルアを演じたカイマナは、自身もサモア語でファファフィネと呼ばれる、性別の境界線上にある“第3の性別”をもつ人物であり映画出演は今回が初めて。劇中ではジャイヤとチームの仲間たちのつながりや、対戦国のチームから揶揄されたりすること、最初はうまくいかなかったトーマスと信頼を築いていくことなども描かれている。カイマナは2023年11月20日(現地時間)にロサンゼルスで行われたLAプレミアにて、演じるのに繊細さが必要な役ながら、ジャイヤ本人がこのように話してくれたことで気負わずに役作りができたと語った。「この物語は、私のストーリーや人生を正確に再現したものではないけれど、私の名前が使われて、私の要素をもつキャラクターではある。でも同時にあなた自身の要素もあるし、さらにはこのキャラクターには、タイカの要素も書き込まれているのよ」
 実在する存命の人物をモデルにした映画の制作で心がけたことについて、ワイティティ監督は語る。「ドキュメンタリーを映画化する場合、物事を変える自由を自分に与えなければなりません。登場人物に深く入り込み、人間的なレベルで彼らを理解し、彼らをオープンにすることで観客に親近感を持ってもらうというチャンスなのです」
 またワイティティ監督と製作スタッフはキャスティングについて、ポリネシアン・トライアングル(ハワイ、イースター島、ニュージーランドの3島を中心とした太平洋地域)を代表する多様な俳優たちを起用。監督は「チームの選手たちを演じたキャストの多くは、ニュージーランドからサモアまで、皆知り合いの友人たちです」と話し、劇中でポリネシア文化の表現において頼りにしていたとも。「文化の固有性を保つために、彼らの存在は非常に重要でした。何かしっくりこなかったり、本物らしくなかったりしたときには、いつでも彼らを頼ることができたのです」

カイマナ,ヒオ・ペレササ,ほか

撮影は物流のさまざまな問題からアメリカ領サモアでの撮影ができないことから、ハワイのオアフ島にて実施。クライマックスの試合のシーンはワールドカップの資格を満たす芝生があるという重要な理由から、ホノルル郊外にあるワイピオ・サッカー施設にて。試合の前にアメリカ領サモアのチームが力強いハカ(部族の誇り、強さ、団結を表すマオリ族の儀式的な戦いのダンス。ラグビーチームのオールブラックスが有名)を全員で披露するシーンも楽しい。劇中では“アメリカ領サモアの生活の核となる価値観”として、無私無欲であり、信仰、家族、受容を優先すること、と表現している。資本主義経済のなかで生きる都市生活者の場合、すぐにそうした生き方が完全にできるとは思えないからこそ、真逆にあるそうした暮らしをうらやむ面もあるのだろう(そこをもがき考えどのように大切にしていけるかを試行錯誤していくことが日々とも言える)。筆者はポリネシアの考え方や文化に憧れがあり、これまでに数回ハワイに旅をしてタヒチアンダンスを約2年習ったこともあるのでしみじみとした実感も。この映画では、砂浜でたそがれるトーマスにタビタの妻ルースがゴミ拾いをしながら話しかけるシーンなどでそうした感覚をシニカルかつコミカルに表現しつつも、ちょっといい話にしているあたり、ワイティティ監督のほのぼのとしながらも独特のエッジのあるセンスが味わえる。こうしたあたりは宮藤官九郎監督のフィーリングにも近いものを感じる。
 プロデューサーのギャレット・バッシュは、ワイティティ監督がこの映画で特に大切にしていたことについて語る。「製作過程を通して、タイカが最も優先したのは本物であること、特にポリネシア文化を描くことでした。キャスティング、衣装、プロダクション・デザインなど、製作のあらゆる面に細心の注意を払い、アメリカ領サモアの人々とその環境を真正面から描いたのです」
 この映画ではワイティティ監督も民族衣装を纏って登場し、最初と最後にはこの物語を楽しそうに紹介。彼は今回の制作について、「私たちは、一種のファミリープロジェクトとしてこの映画に取り組みました。アメリカ領サモアにはたくさん知り合いがいて、本作の多くのスタッフとは何年も一緒に仕事をしてきました」とコメント。この映画が監督にとってどんなものであるかをこのように語っている。「仲間やポリネシアの文化に囲まれていると、安らぎを感じます。『ネクスト・ゴール・ウィンズ』は、私がこれまで撮ったどの作品よりも自然な感じがするのです」

史上最悪の大敗を経験したサッカーチームの敗者復活までを描くストーリーであり、ポリネシアの人々の生活や文化を映し、喪失から再生する人、新しい結びつきを得ることなどを描きつつ、コメディとしてがっつり笑わせてくれる物語。ワイティティのコメディ表現について、トーマスの別居中の妻を演じたエリザベスは「コメディと心を打ち砕く要素を織り交ぜるというタイカの巧みさは特別なもので、誰もができることではありません」と話し、トーマス役のマイケルはこのように称賛している。「タイカは特別な才能の持ち主です。人の物語を描き、皆を感動的な旅に連れ出すことにおいて、笑いは常に最高のツールになります。彼はそれを理解し、そして人々を理解し、自分の仕事を愛しているのです」
 2023年9月10日(現地時間)にカナダで行われた第48回トロント国際映画祭のプレミア上映には、映画のモデルとなった米領サモアチームの元監督であるトーマス・ロンゲンやFIFAワールドカップ初のトランスジェンダー選手であるジャイヤ・サエルアら本人たちが上映後のQ&Aに登壇したことも話題に。そして最後に、前述のLAプレミアにてワイティティ監督がこの映画のテーマについて語ったメッセージをお伝えする。「(本作のテーマは)“希望”です。希望とあきらめないことについての映画です。ここ数年、特に映画界では世界がいかにひどいものであるかを思い知らされる作品が多くて、人間というものは本当に悪いものだと思わされる。でも違う。人間は素晴らしい存在で、私は人間が大好きです。そしてこの物語から、最悪と感じる出来事でも実際はそこまで悪くはない、希望を持って、幸せな気持ちになれるということを伝えたいです」

作品データ

公開 2024年2月23日より全国ロードショー
制作年/制作国 2023年 イギリス/アメリカ
上映時間 1:44
配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題 Next Goal Wins
監督・脚本・製作 タイカ・ワイティティ
出演 マイケル・ファスベンダー
オスカー・ナイトリー
エリザベス・モス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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