オッペンハイマー

クリストファー・ノーラン監督・脚本・製作
“原爆の父”と呼ばれる科学者の半生を映画化
改めて原爆について問いかける重厚なドラマ

  • 2024/03/19
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オッペンハイマー© Universal Pictures. All Rights Reserved.

2006年にピューリッツァー賞を受賞したカイ・バード、マーティン・シャーウィンによる『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』を原作に、クリストファー・ノーランが監督・脚本・製作を手がけて映画化。出演は、『28日後…』のキリアン・マーフィー、『メリー・ポピンズ リターンズ』のエミリー・ブラント、「アベンジャーズ」シリーズ『アイアンマン』のロバート・ダウニーJr.、『デューン 砂の惑星PART2』のフローレンス・ピュー、『ブラック・ダリア』のジョシュ・ハートネット、『インターステラー』のマット・デイモン、『ダンケルク』のケネス・ブラナーほか主役級の俳優たちが顔を揃える。第二次世界大戦下のアメリカ、極秘プロジェクト「マンハッタン計画」に参加したJ・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功。しかし原爆が実戦で投下されその惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。オッペンハイマーが実際に体験した事実や彼の思考や感情を通じて、私たちに届くものとは。天才的な科学者の実話をもとに描く重厚な人間ドラマであり、核の脅威について改めて問いかける内容である。

1926年、ハーバード大学を3年で卒業後、イギリスのケンブリッジ大学で実験物理学を専攻していたJ・ロバート・オッペンハイマーは、22歳でドイツへ渡り理論物理学の博士号を取得。アメリカに帰国後、カリフォルニア大学バークレー校で物理学の准教授から教授となり教鞭を執るなか、1939年に第二次世界大戦が勃発。1942年にアメリカで原子爆弾開発に関する極秘プロジェクト「マンハッタン計画」が始動。38歳のオッペンハイマーは開発チームのリーダーとなり、ロスアラモス国立研究所を建設して初代所長に就任。そして原子爆弾の開発に成功、1945年8月に広島、長崎へ実際に原爆が投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。戦後、オッペンハイマーは戦争を終結させた立役者として称賛されるが、ソビエト連邦(ロシア)との冷戦の時代となり、共産党員を取り締まる赤狩りが激化。オッペンハイマーの人生は大きく変わっていく。

キリアン・マーフィー,マット・デイモン,ほか

1920〜1960年代にわたり、“原爆の父”と呼ばれる理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの激動の半生を描く。彼がほかの科学者たちと共に原子爆弾を開発してゆく経緯、実践で原爆が投下され終戦を迎えたのちに核開発競争の加速を懸念し、アメリカでの原子力政策で水素爆弾の開発に反対の姿勢をとったことで社会的に追い詰められてゆく姿を映してゆく。オッペンハイマー本人の目線を中心に彼が経験したことを体感することで、観客に問いを投げかける仕組みとなっている。2023年7月の全米公開後から各国で公開され、実在の人物を描いた伝記映画として歴代1位の興行収入を記録。第81回ゴールデングローブ賞にて作品賞(ドラマ部門)含む最多5部門を受賞、第96回アカデミー賞にて作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、撮影賞(ホイテ・ヴァン・ホイテマ)、編集賞(ジェニファー・レイム)、作曲賞(ルドウィグ・ゴランソン)と最多7部門を受賞したことも話題となっている。ノーラン監督は2024年3月12日のNHK『クローズアップ現代』に出演し、この作品についてインタビューに答えた際、オッペンハイマーについて映画化することを考え始めたのは、「『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』という彼の生涯を描いた素晴らしい本を読んでから」とコメント。そして2020年の前作『TENET テネット』で第3次世界大戦を阻止する謎の組織を描いたのちに、核の脅威について考えたことが『オッペンハイマー』製作のきっかけであると語った。「『TENET テネット』では、オッペンハイマーについてトリニティ実験で初めて原爆を爆破させる時の矛盾した瞬間について言及しています。科学者たちが、地球を破壊する可能性を拭いきれないにも関わらず、ボタンを押したというシーンです。これはある意味、核の脅威があるという現実を、SFで表現するカタルシス的な試みでした。『TENET テネット』では、一度発明したことを戻すことができるのか、ということを描きました。それから私は現実の世界での核の脅威と、それが解き放たれたときの影響について深く考えるようになりました。知識の危うさ、学んだらそれを元に戻すことはできない、これは私が様々な映画で模索しているテーマです。『TENET テネット』が終わった後には、恐ろしい技術によって世界を永遠に変えてしまった人物について探りたいという気持ちが残っていました」

アメリカの理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマー役はキリアン・マーフィーが、戦時下に原子爆弾の開発・製造を目的とした「マンハッタン計画」を主導し、実際に原爆が投下された時の惨状を知り長く苦悩し続けてゆく、数十年に渡る姿を丁寧に表現。キリアンは役作りのために原作や関係書籍を読み、オッペンハイマー本人の授業やインタビューの映像をみて、著名な物理学者キップ・ソーンに相談もしたとのこと。キリアンはこの映画で表現していることについて語る。「主題的には巨大な物語だけれど、その語り口は非常に人間的なのです。これは歴史の教訓ではない。説教でも治療でもない。『これが、あなたがこの映画から学ぶべきことです』なんて言いはしない。でもこの映画を見て、今日の世界で起きていることのなかに同じようなことを見つけ、それを考え、警戒の目で見ることができるようになるというのは間違いありません。思考を刺激し、あなたを試すというのは映画作りの最も重要な役割だし、僕が思うにクリスは、それを興味深い、そして挑発的なやり方でもってやり続けているのです」
 生物学者で植物学者であるロバート・オッペンハイマーの妻“キティ”ことキャサリン役はエミリー・ブラントが、オッペンハイマーの恋人だった精神科医で共産党員のジーン・タトロック役はフローレンス・ピューが、アメリカ原子力委員会の委員長でアメリカ海軍少将のルイス・ストローズ役はロバート・ダウニー・Jr.が、オッペンハイマーの同僚であるカリフォルニア大学バークレー校の物理学教授であり核物理学者で発明家のアーネスト・ローレンス役はジョシュ・ハートネットが、アメリカ陸軍の防諜部将校ボリス・パッシュ役はケイシー・アフレックが、マンハッタン計画に参加したイタリアの物理学者エンリコ・フェルミの助手デヴィッド・L・ヒル役はラミ・マレックが、量子論を展開し1922 年にノーベル物理学賞を受賞したデンマークの理論物理学者ニールス・ボーア役はケネス・ブラナーが、ロバートの弟で、放射線研究のバックグラウンドを持つ素粒子物理学者フランク・オッペンハイマー役はディラン・アーノルドが、オッペンハイマーの友人であるアメリカの物理学者イジドール・ラビ役はデヴィッド・クラムホルツが、それぞれに演じている。なかでも、オッペンハイマーがプリンストン高等研究所で同僚だったノーベル賞受賞物理学者アルベルト・アインシュタイン(トム・コンティ)と哲学的な示唆を含む問答をするシーンは印象的だ。
 「マンハッタン計画」を指揮したアメリカ陸軍将校レズリー・グローヴス役のマット・デイモンは、自身が「冷戦時代の子ども」であり、「この歴史上の出来事がもたらした結果のなかを生きてきた」とコメント。そしてオッペンハイマーと同じくハーバード大学で学んだデイモンは科学者たちの気持ちがわかると話し、この物語について解説する。「彼らは、これまでなされたことがないことができたらどうなるか知りたいだけなんだ。人間の好奇心、ギリギリの限界までやってみたいという誘惑と野心、どこまで人間は知ることができるのか、何が起こるのか見てみたいという、人間の信じがたい本性がここには表れている。彼らのうちの何人かには、理想主義、ナイーヴさのようなものも見られる。オッペンハイマーは、これ(原爆)が戦争の終わりを意味すると本気で信じていた。だけど僕の生きてきた間、何十年も、人は“ダモクレスの剣”(常に一触即発の危険な状態)のもとで生きてきたし、それについて十分考えてはこなかった。だからこの物語は、僕たちの時代にとって最も重要な物語のひとつなんだ」

トム・コンティ,キリアン・マーフィー

撮影は、ニューメキシコ北部のゴーストランチに約8500平方メートルのロスアラモス国立研究所の外観を作り、内観は実際のロスアラモス国立研究所で撮影するなど、セットやCGではなくリアルさのある場所にて。オッペンハイマーとアインシュタインが第二次大戦後に勤めていたプリンストン高等研究所や、その時にオッペンハイマー一家が住んでいた実際の家でも撮影。この研究所のオッペンハイマーのオフィスは改装されモダンになり過ぎていたために使用されず、当時のまま残されていたアインシュタインのオフィスの使用を許可されたことから、映画ではそこをオッペンハイマーのオフィスとして作り直し撮影したというのも興味深い。
 劇中では、オッペンハイマーの視点によるシーンはカラーで、のちに彼と対立するストローズを中心とする場面はモノクロで映されている。撮影では特に大型のカメラで撮影され、本作のために開発されたモノクロの65ミリカメラ用フィルムを使用し、史上初となるIMAXモノクロ・アナログ撮影を実現。ノーラン監督はこのラージフォーマットにこだわった理由について語る。「そのフォーマットだと、観客は完全に物語とリアリティの中に入り込むことができる。『オッペンハイマー』は大きな射程、スケール、視野を持つ映画だが、一方で私は観客にすべてが起こった部屋のなかにいるように感じてもらいたかった。まるで自分がそこにいて、決定的な瞬間に科学者たちと一緒にいるかのように」

『オッペンハイマー』の日本公開までには紆余曲折があった。配給はどこがするのか、本当に日本で公開できるのか、日本の観客はどう受けとめるのか。実際に映画を観て残るもやもやとした気持ちについては、関連する記事を読むことで考えが深まるかもしれない。「Forbes」の2023年12月8日の記事「日本公開決定、映画『オッペンハイマー』が物議を醸した理由」では、この映画では広島と長崎で20万人以上が死亡した原爆の恐ろしさやむごさは描かれていないため、反核団体が、この映画は日本人が被った悲惨な被害を描いていないとして映画製作者たちを非難したと報じられている。また「ニューズウィーク日本版」のアメリカ在住の冷泉彰彦氏による2023年7月26日の記事「クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』を日本で今すぐ公開するべき理由」では、2023年の広島G7でバイデン大統領が原爆資料館を訪問した時に「悲惨な展示は見なかった」とされていることを挙げ、このように伝えている。「現在のアメリカでは、広島の悲惨な映像を公開すること、あるいは首脳が見ることは一種のタブーになっています。それは、そうした行動自体が“アメリカにとっての謝罪行為”であり、国家への反逆だという言い方で批判される危険があるからです。バイデンはそれゆえに、資料館の一部しか見なかったし、この『オッペンハイマー』も同じ理由から惨状の描写を控えたと考えられます。この点に関しては、被爆国である日本として、改めて真剣な問題提起をするべきです」
 こうした記事を読み個人的には、この映画は原爆を開発した科学者、実際に日本に投下されるまでのこと、戦争で原爆を他国に投下した国のその後にどういう経緯があったのかを示し、核の脅威と絶対に使うべきではないことを、アメリカの映画作家やスタッフやキャストとして今できる最大限の表現で伝えているように感じた。そして世界の情勢が不安定である現在、若い世代も含めて改めて意識したり話したりすることを促すきっかけとなる作品ではないだろうか。

エミリー・ブラント,キリアン・マーフィー

第96回アカデミー賞では、日本の映画『君たちはどう生きるか』『PERFECT DAYS』『ゴジラ-1.0』がノミネートされ、『君たちはどう生きるか』が長編アニメ映画賞を、『ゴジラ-1.0』がアジア映画で初となる視覚効果賞を受賞したことも話題に。山崎貴監督は受賞後の囲み取材で、『ゴジラ-1.0』が映画『オッペンハイマー』の映し鏡のようになっているのではないかという質問に、このように語った。「映画を作ったときは意図していなかったが、できあがったときには世の中が緊張した状態にあった。ゴジラは戦争の象徴であり、核兵器の象徴でそれをしずめるという話だが、今、それをしずめることを世界が望んでいるのではないかと思う。オッペンハイマーに対するアンサーの映画は日本人としてはいつか作らないといけないのではないかと思う」(2024年3月11日の「NHK NEWS」の記事「『ゴジラ-1.0』アカデミー賞 視覚効果賞を受賞 山崎貴監督」より)
 また現在公開中の動画「クリストファー・ノーラン×山崎貴、アカデミー賞受賞監督対談」にて、ノーラン監督は山崎監督に「アンサー映画を作るのであれば山崎監督以上にふさわしい監督は思い浮かびません。ぜひ実現していただけたらと思います。これからも山崎監督の作品を楽しみにしています」と話している。
 最後に、ノーラン監督が前述の「クローズアップ現代」にて語った、この映画に込めた思いをご紹介する。「10代の息子にこの作品について初めて話したとき『若者は核兵器に関心がないし、脅威だと思っていない。気候変動の方がもっと大きな懸念だと思う』と言われ、それがとても衝撃的でした。私たちの意識や核兵器に対する恐怖心は、地政学的な状況によって変化しているのだと思います。それは私たちが常に意識し、懸念すべきことです。しかし、どう考えるべきかを伝える映画は、決して成功しないと思います。『オッペンハイマー』が多くの人に見られたことで、人々は現代の核兵器についてより考えるようになったと思います。映画は、人々を絶望させたまま終わります。それは物語に必要なことでした。しかし、現実の社会では核の脅威に絶望すべきではない。私たちは核の脅威をできる限り減らすよう、政府に常に圧力をかけ、その危険性を認識することが必要です。この映画を見ることで、若者に対して核兵器の脅威を思い起こさせ、関心を持たせることができればと思います」

参考:「NHKクローズアップ現代 取材ノート」「NHK NEWS」「北國新聞」

作品データ

公開 2024年3月29日より全国ロードショー
IMAX®劇場 全国50館 同時公開
制作年/制作国 2023年 アメリカ
上映時間 3:00
配給 ビターズ・エンド、ユニバーサル映画
映倫区分 R15
原題 Oppenheimer
監督・脚本・製作 クリストファー・ノーラン
原作 カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』(ハヤカワ文庫)
出演 キリアン・マーフィー
エミリー・ブラント
マット・デイモン
ロバート・ダウニー・Jr.
フローレンス・ピュー
ジョシュ・ハートネット
ケイシー・アフレック
ラミ・マレック
ケネス・ブラナー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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