劇場版「鬼平犯科帳 血闘」

“五代目鬼平”を十代目・松本幸四郎が好演
原作や先達への敬意、時代劇のこれから
池波正太郎生誕100年を記念する注目作

  • 2024/04/25
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劇場版「鬼平犯科帳 血闘」©「鬼平犯科帳」時代劇パートナーズ

これまでの時代劇のなかで抜きん出て人気の高いシリーズが、充実の俳優陣により“新たな鬼平犯科帳”として始動。主演は、“初代鬼平”役の初代・松本白鸚を祖父に、“四代目鬼平”をつとめた二代目・中村吉右衛門を叔父にもち、映画や演劇でも活躍する歌舞伎役者の十代目・松本幸四郎が務め、共演は松本幸四郎の長男で歌舞伎役者の市川染五郎、ドラマ「この世界の片隅に」の仙道敦子、『仕掛人・藤枝梅安』の中村ゆり、『罪の声』の火野正平、『すばらしき世界』の北村有起哉、『流浪の月』の柄本明ほか。監督は、二代目・中村吉右衛門による鬼平シリーズ最終作である2016年のドラマ「鬼平犯科帳 THE FINAL」の山下智彦、脚本は2023年の『仕掛人・藤枝梅安』の大森寿美男が手がける。江戸の凶悪犯罪を取り締まる火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の長官・長谷川平蔵のもとへ、若い時分に平蔵が世話になった居酒屋の娘・おまさが密偵になりたいと申し出る。平蔵はその願いを退けるが、おまさは平蔵が人探しをしていると知り、独断で探索を始めるが……。原作者・池波正太郎の生誕100年を記念し、歴代の鬼平を尊重してその流れを汲み、これからに向けて新たなシリーズとして製作陣と役者たちが熱意をもって作り上げた、“新たな鬼平犯科帳”の始まりである。

江戸市中内外の凶悪犯罪を取り締まる火付盗賊改方の長官として、盗賊から“鬼の平蔵” “鬼平”と恐れられている長谷川平蔵。昔、平蔵が銕三郎と名乗り、本所・深川で放蕩無頼の暮らしをして“本所の銕” “鬼銕”と呼ばれていた若かりし頃、世話になった居酒屋の娘・おまさが密偵になりたいと平蔵のもとへ申し出る。平蔵はその願いを退けるが、おまさは平蔵が芋酒屋の主であり盗賊である鷺原の九平を探していると知り、独断で探索に乗り出す。九平を探すなか、おまさは別の兇賊・網切の甚五郎の企みを知り、網切一味のなかへ入り込むが……。

市川染五郎

池波正太郎の生誕100年である2023年より、“五代目の新たな鬼平”に十代目・松本幸四郎を迎え、【「鬼平犯科帳」SEASON1】として始まったシリーズの第2弾。このSEASON1では、テレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」、劇場版「鬼平犯科帳 血闘」、連続シリーズ「鬼平犯科帳 でくの十蔵」「鬼平犯科帳 血頭の丹兵衛」の4作品を製作(それぞれ放送・配信するメディアや日時は【「鬼平犯科帳」SEASON1】の公式HPに記載)。これまで映像化されてきた『鬼平犯科帳』は時代劇のなかでも根強い人気を誇る作品であり、歴代の鬼平こと長谷川平蔵役は、初代・松本白鸚が初代の平蔵をつとめたことに始まり、丹波哲郎、萬屋錦之介、二代目・中村吉右衛門が演じてきた。特に1989年〜2016年の28年にわたる二代目・中村吉右衛門による鬼平はあまりにも当たり役で素晴らしかったことから、そのシリーズが終了し2021年に中村吉右衛門が他界後は、誰が次世代の鬼平となるのかと多くのファンが考えていた(そして筆者も含め予測していた)だろうなか、十代目・松本幸四郎に決まったことは多くの人たちがやはり、と納得の流れだろう。劇場版に出演している北村有起哉は2024年4月23日に行われた劇場版の完成披露上映会にて、「誰が次の鬼平をやるのか心配でしたが、幸四郎さんが演じられると聞いてほっとしました」とコメントしている。“五代目”として鬼平を継いだ十代目・松本幸四郎は2023年12月7日に行われたシリーズ第1弾のテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」の完成披露試写会にて、祖父の初代・松本白鸚、叔父・中村吉右衛門に次いで長谷川平蔵を演じるにあたり大切にしたことについて問われ、涙ぐみながらこのように語った。「私は叔父の鬼平犯科帳をリアルタイムで見ていた人間ですので、その素敵さやカッコよさ、懐の深さや大きさを知った上で、自分流の長谷川平蔵を演じようと思った。撮影では、叔父が使っていた一番かっこいい“煙草入れ”を使わせていただいた。長谷川平蔵を愛している気持ちは誰にも負けないぞ、という気持ちで臨みました」

中村ゆり,松本幸四郎

火付盗賊改方の長官・鬼平こと長谷川平蔵役は松本幸四郎が、情に厚く剣術の腕が立ち、清濁併せ呑む懐の深い包容力と統率力をもつ、いわゆる鬼平としていい塩梅で表現。松本幸四郎は2023年6月7日に東京で行われたSEASON1のレギュラー出演者発表会見にて、先達が演じた鬼平との違いや本作への意気込みを問われた際に、「今までの鬼平のイメージに真正面からぶつかっていく気持ちで取り組んでいます。“だから鬼の平蔵と呼ばれるようになったのか”という強さを表現するのが自分のテーマ」とコメント。そして出演する役者たちに対する思いと撮影への熱意をこのように語った。「私は叔父の鬼平を、ただただかっこいいと観ていた一人です。このお話をいただいたとき、迷うことなく素直に受け入れ、『受けさせていただきます』と言えました。そんな思いを胸に、撮影にのぞんでいます。豪華なレギュラー陣ですので、こんな幸せなことはないという刺激のある毎日。その日、自分ができることを全部やる、それを大切に、多くの方に観ていただけるよう取り組んでいます」
 平蔵の若かりし頃、本所・深川で“本所の銕” “鬼銕”の異名により恐れられていた長谷川銕三郎役は市川染五郎が、腕っぷしに自信があり血気盛んで漢気のある、どこか憎めない放蕩者として。銕三郎が惚れた女・おろくの膝にごろりと頭をあずけて膝枕されるシーンなど、男女の自然な親しさの表現もいい感じだ。平蔵の妻・久栄役は仙道敦子が、平蔵の密偵を申し出るおまさ役は中村ゆりが、平蔵の密偵・相模の彦十役は火野正平が(火野の芸名は池波正太郎が命名)、火付盗賊改方のメンバーとしては、筆頭与力・佐嶋忠介役は本宮泰風が、平蔵が特に目をかけてかわいがっている“うさぎ”こと同心・木村忠吾役は浅利陽介が、同心・酒井祐助役は山田純大が、同心・沢田小平次役は久保田悠来が、そしてシリーズ第3弾の連続ドラマ「鬼平犯科帳 でくの十蔵」の主要人物となる同心・小野十蔵役は柄本時生が、盗賊一味の引き込み女・おりん役は志田未来が、“鬼平の宿敵”である盗賊、網切の甚五郎役は北村有起哉が、平蔵が贔屓にしている軍鶏鍋屋「五鉄」の亭主・三次郎役は松元ヒロが、三次郎の妻おたね役は元バレエダンサーでモデルの中島多羅が、長谷川銕三郎の時分に平蔵が惚れた女性おろく役は松本穂香が、平蔵の直属の上司である若年寄・京極備前守高久役は中井貴一が、それぞれに表現。さらに、剣客の浪人・桑原又二郎役に山口祥行、盗賊の幹部・野尻の虎三役に田中俊介、元盗賊で居酒屋の亭主・大黒の与右衛門役にベンガル、おまさの父・鶴の忠助役に甲本雅裕、若き日のおまさ役に中島瑠菜、香具師の元締・土壇場の勘兵衛役に矢柴俊博、大名家用心を名乗る山本利右衛門役に森岡豊と、ベテランや実力派が多数出演している。
 劇中では個人的に、芋酒屋「加賀や」の主であり盗賊である鷺原の九平を演じる柄本明が、平蔵に啖呵をきるシーンで目頭が熱くなった。自分の身が危ういのを覚悟の上で、とにかく助けてやってくれ! と全身で訴える緩急の表現力が力強い。

直木賞をはじめ数々の受賞経験をもつ時代小説の大家・池波正太郎による原作の『鬼平犯科帳』は、累計発行部数3000万部を超えるベストセラーであり、1968年〜1990年にかけて作家が1990年に急性白血病で他界するまで連載されていた人気シリーズ。1972年〜1989年に連載された『剣客商売』、1972年〜1990年に連載された『仕掛人・藤枝梅安』と合わせて池波正太郎の三大シリーズと呼ばれる。松本幸四郎は『鬼平犯科帳』の物語の魅力について、前述のレギュラー出演者発表会見にて、このように語った。「『鬼平犯科帳』は人がどう生きるかを描いた作品、絆や思いやり、情、恋、愛の人間ドラマ。日本は豊かでおもしろいと感じられるのが時代劇の魅力、鬼平犯科帳でさらに時代劇が盛り上がり、一人でも多くの方に観ていただけたら」

火野正平,柄本明,松本幸四郎,浅利陽介

「火付盗賊改方 長谷川平蔵である。神妙に縛(ばく)につけい!」
 この決め台詞が響き、火盗提灯をもつ同心たちが盗賊たちを取り囲むと、待ってました! と歌舞伎の大向こうさながらの掛け声をあげたくなる鬼平シリーズ。筆者は母が二代目・中村吉右衛門の鬼平シリーズを好んで視聴していたため、子どもの頃から吉右衛門=鬼平をとても素敵だと思っていて。新たな松本幸四郎=鬼平を期待して観たなか、血縁だから当たり前であるものの、声色や語気の抑揚、体つきの全体のシルエット、愛用する銀の延べ煙管で煙をくゆらせる所作や横顔に、しばしば吉右衛門=鬼平を彷彿とさせる面があり、それでいて松本幸四郎らしい甘い色気や優しさのトーンが加味され、現代に合う魅力的な鬼平となっているように個人的に思った。【「鬼平犯科帳」SEASON1】は4作品ともそれぞれ豪華なキャストが出演し、見応えのある内容となっている。松本幸四郎は前述のシリーズ第1弾「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」の完成披露試写会にて、時代劇とこの鬼平シリーズへの思い入れをこのように語った。「今、江戸生まれの方はいらっしゃいません。実際にあった江戸時代を描く上で、江戸時代を創れる時代が今来たと思っています。そういう意味では“時代劇”は江戸時代を創ることができる“ファンタジー”であると思っています。人と人が会うことによってドラマが生まれていく、そういうものを色濃く描いていける最適なジャンルが“時代劇”だと思っていますので、この『本所・桜屋敷』も人間ドラマを感じていただける作品に仕上がったと思います。ぜひとも1人でも多くの方に楽しんでいただけることを願っています」
 時代劇というジャンルは、史実を伝えるというのみならず、当時の文化や風俗、人々の暮らし、人々の結びつきや人情のありようなど、日本人のルーツをわかりやすく見ることのできるものであり、これからも日本固有のジャンルのひとつとして良質な作品が継続的に作られていくことが大切だと考えられる。この新たな鬼平シリーズは2024年に【SEASON2】の製作が予定され、今後の展開も楽しみだ。前述の劇場版の完成披露上映会にて、山下監督は自身にとって鬼平は“バイブル”と語り、『鬼平犯科帳』の物語の魅力についてこのように語った。「36年前に中村吉右衛門さん主演の『鬼平犯科帳』でカチンコを打って以来、撮影、芝居など鬼平からはいろいろなことを教わりました。単なる勧善懲悪ではなく、善悪を超えた人間の業を受け止める作品でもあります」
 そして松本幸四郎は同イベントにて、観客にこのようにメッセージを伝えた。「鬼平犯科帳は、人の営みが色濃く描かれ、人と人の繋がりがある人間ドラマです。是非とも、その人間模様を感じていただきたいと思っています。今日来てくださった方々は、生き証人でございます。多くの方に作品を観ていただき、鬼平犯科帳という結晶を共有したいと思います」

参考:「鬼平犯科帳」SEASON1

作品データ

公開 2024年5月10日より全国ロードショー
制作年/制作国 2024年 日本
上映時間 1:50
制作・配給 松竹
映倫区分 G
原作 池波正太郎『鬼平犯科帳』(文春文庫刊)
監督 山下智彦
脚本 大森寿美男
出演 松本幸四郎
市川染五郎
仙道敦子
中村ゆり
火野正平
本宮泰風
浅利陽介
山田純大
久保田悠来
柄本時生
松元ヒロ
中島多羅
志田未来
松本穂香
北村有起哉
中井貴一
柄本明
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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