ゴッホはいかにしてゴッホになったのか――?
2つの出会いによって導かれた、短くも濃密な10年間
強烈な色彩で人々を魅了し続ける画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)。37年という短い人生のうち、画家として活動したのはわずか10年にすぎないが、その短い画業で唯一無二の表現を獲得した背景には、「ハーグ派」「印象派」という2つの大きな絵画運動との出会いがあった。本展では、約40点のゴッホ作品にくわえ、マウフェやセザンヌ、モネなどハーグ派と印象派を代表する巨匠たちの作品約30点や、ファン・ゴッホが手紙の中で語った言葉を交えながら、独自の画風にたどり着くまでの過程を掘り下げて紹介する。
27歳で画家として生きることを決意したゴッホをまず導いたのが、1870〜1900年頃にかけて、オランダ南西部の都市・ハーグを中心に活動したハーグ派の画家たちだ。ジャン=フランソワ・ミレーなど巨匠たちの作品を模写し、素描の手引書を読むなどしていたゴッホは、ハーグ派の画家たちとの出会いによって専門的な技術を習得。また、風景やなにげない日々の暮らしの様子を戸外で描いた彼らから、モティーフに対する真摯な取り組みの姿勢を学んだ。初めての本格的な油彩画となった《ジャガイモを食べる人々》など、土と共に生き、自然の移り変わりに寄り添う農民のありのままの姿を描いた作品からは、ハーグ派の色濃い影響が見て取れる。
そして1886年、パリに移り住んだゴッホは、ピサロ、エドガー・ドガ、ゴーギャン、ジョルジュ・スーラなど後にポスト印象派と呼ばれる若い画家たちと交流を深め、その作風を自身の作品に取り入れていく。特に、原色を対比させた明るい色遣いと、筆致の跡をはっきり残す描き方は、その後のゴッホの道を決定的に方向づけた。しかし彼は、ただ印象派を受け入れたのではなく、新たな技術を身につけることで唯一無二の画風を確立していく。他に類を見ない太くうねるような輪郭線、幾重にも原色を重ねた筆遣いなどは、まさにゴッホだけの表現といえる。
本展では、ゴッホが重要なテーマとして挑み続けたモティーフの作品《糸杉》《麦畑》などが一堂に会するほか、ゴッホが手掛けた静物画の中で最も美しい作品の一つと称される《薔薇》、記録で確認される限り日本初公開の《パリの屋根》も来日。2つの出会いによって導かれた、ゴッホの短くも濃密な10年間を、そのエッセンスを凝縮した展示構成で楽しめる。
展覧会名 | ゴッホ展 |
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会期 | 2019年10月11日(金) 〜 2020年1月13日(月・祝) |
休館日 | 12月31日(火)、1月1日(水・祝) |
時間 | 9:30〜17:00(金・土曜日は20:00まで) ※入場は閉館時間の30分前まで |
会場 | 上野の森美術館 台東区上野公園1-2 |
入館料 | 一般 1,800円、高校・大学・専門学生 1,600円、小中生 1,000円、小学生未満無料 |
公式サイト | https://www.ueno-mori.org/ |
問合せ | 03-5777-8600 (ハローダイヤル) |
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