ギャラリーガイド 個性派ぞろいのギャラリーを探訪

日本・中国の骨太な写真表現を、展覧会と写真集の2本柱で世に放つアートフォトギャラリー禪フォトギャラリー(六本木)

こぢんまりとしたギャラリー内では、開催中の展示にくわえ、
これまでに刊行した写真集も自由に閲覧・購入できる。

さまざまなギャラリーが集う六本木のピラミデビルの中で、唯一写真を専門に扱う「禪フォトギャラリー」。2009年に渋谷で開廊し、2011年に現在の六本木に移転、2019年には10周年を迎えた。日本と中国を中心に、アジア圏の刺激的かつユニークな写真表現を展覧会で公開すると同時に、写真集の出版にも力を入れており、これまでに展覧会で紹介してきた作家は約90人、写真集の出版は約140タイトルに上る。

投資家、コレクター、多趣味のオーナーが、写真にかける並々ならぬ想い

禪フォトギャラリー創設者のマーク・ピアソン氏。
現在は香港に住みながら禪フォトのディレクションを行っている。

創設者のマーク・ピアソン氏は、自身もアートフォトのコレクターであり、2000年代から日本や中国のギャラリーに通い膨大なコレクションを構築。その審美眼は秀でており、ピアソン氏のコレクションを紹介する展覧会が美術館で開催される程の量と質を誇る。また、2020年には、日本写真文化のために国際的に貢献した人物に贈られる日本写真協会賞国際賞を受賞。長年にわたる出版や展示のプロデュースが日本で高く評価されている。

では、ギャラリーを手掛けたキッカケは何だったのだろうか。ピアソン氏は開廊以前から投資家として成功を納め、チェス、将棋、クリケット、陶芸、ピアノ、フルート、尺八、聖歌隊など幅広い趣味を嗜む、経済的にも知的にも充実した人生を送っていた。しかし、それが社会全体に何か良い影響をもたらしているのか?と自問した時、「素敵な家族とキャリアを持っていること以上に、社会にポジティブな方法で変化を起こそうとすべきである。普段の生活パターンから抜け出し、少しの間だけでもこの世にわずかな痕跡を残したい」という気持ちが芽生えたのだという。
 そして、多趣味の彼が最後にたどり着き、心底惚れ込んだ写真のギャラリーをオープンすることを決意。自身が芸術家になれないのなら、他の人が芸術家になるためのプラットフォームや機会を提供しようと考えたのだ。

開廊初期に制作していた写真集。このように簡素な冊子からスタートしたが、
今ではギャラリーの大きな特徴の一つとなっている。

しかし、ギャラリーの運営や展示のオーガナイズとなると全くの初心者。さらに展示がスタートとすると、作品の記録を残したい一心で、知識のない写真集の出版も一から手掛けるように。「理想は高いが経験はなく、純朴さと無知の塊だったが、熱意と学習意欲はあった」と本人が開廊当時を振り返るように、多くの人々から2、3年以上生き残るギャラリーはほとんどないと聞いていた中で、純粋な情熱だけで、少なくとも5年は続けると自身にコミットメントを課したのだとか。
 そこからは、親交のあるギャラリーオーナーたちの助言も参考にしながら、多くの写真家の作品を紹介したいという強い想いを胸に前進し続け、気づけば10年を超える中堅ギャラリーに成長していた。

作家の選定ルールは一つ。これまでに見たことのない作品であること

橋本照嵩の『瞽女』より。1970年代に週間グラフ誌『アサヒグラフ』に
連載されたページから抜粋した『瞽女 アサヒグラフ復刻版』が2019年に刊行された。
©Shoko Hashimoto

禪フォトギャラリーで出会える作品のほとんどは、演出を行わず真っ直ぐに被写体を切り取ったストレートフォトグラフィだ。ファインダーから見えるそのままの景色が作品になると聞けば、一見誰にでも撮れると思われがちだが、“見たまま”だからこそ、写真家の思考や思想の深浅がダイレクトに作品に出てしまう。
 禪フォトの展示でいつも感じるのは、生ぬるさを嫌い、極度なまでに研ぎ澄まされた写真家たちの視線だ。被写体の生々しい息づかい、生き様、時には目を覆いたくなるような不都合な部分にまで、彼らはただ真摯に向き合い、一期一会の瞬間を逃すまいと目を見開いている。

香港出身の写真家・ERICの2019年の個展「香港好運」より。
至近距離からのゲリラ撮影という究極のスナップ写真を得意とする。

この雰囲気はひとえに、ピアソン氏の作家選びに起因している。禪フォトギャラリーで扱う作家の選定ルールは一つ。これまでに見たことのない作品であること、だ。有名写真家は大きなギャラリーの所属であることがほとんどだが、商業的なアプローチから距離を置く禪フォトでは、所属作家という形はとらず、定期的に出版や展示を行う数名の代表的な作家を除き、ピアソン氏がぜひこの人物の作品を世に送り出したいと感じれば、キャリアが浅い作家でも積極的に写真集をつくり展示を請け負う。この風通しの良さが、常に新しく刺激的な表現と巡り合わせてくれる理由の一つだろう。

写真家への絶大なリスペクトと作品への愛で実現した数々の展示

ずっと写真業界に携わってきたギャラリースタッフの野村氏にとっても、
禪フォトでの出版業は初めての経験だったとか。

ギャラリースタッフの野村氏は、前職で勤めていた日本で一番古い写真のコマーシャルギャラリー「Zeit-Foto Salon」に、ピアソン氏が客として何度も訪れていたことがキッカケで顔見知りとなり、2017年から禪フォトに携わるように。当時のピアソン氏の印象や開廊当初の様子についても話を聞いた。
 「最初、マークがある作家さんの作品をまとめて購入してくれたことがあって、すごくお金持ちの方が突然いらっしゃったなという印象でした。その後も、古い日本の写真や、当時すごく流行っていた中国の写真を度々購入してくれましたね。自身でギャラリーをオープンすると聞いた時は少し驚きましたが、実際に禪フォトでの展示が始まるともっと衝撃を受けました(笑)。初期に開催されたチン・チン・ウーと荒木経惟の2人展は今でも忘れられないです」と野村氏が振り返るのは、2010年に開催された禪フォトギャラリー6回目の展示。

2010年に開催された「A Face-to-Face with Chin-chin Wu」で展示された作品の一つ。©Chin-chin Wu

中国人写真家のチン・チン・ウーは、女性器を主題に、自身を含む女性のアイデンティティについて問いかける写真家だが、中国では作品をパブリックに公開できずにいた。そこでピアソン氏は東京での展示を打診、日本を代表する写真家・荒木経惟との2人展が実現した。カラーとモノクロームの女性器の写真のみで展示室を構成するという、チャレンジングかつスリリングな展示は、当時鑑賞した人々の記憶に深く刻み込まれたことだろう。
 しかしこの展示にはさらに続きがあった。「作品を収めた冊子を出版しようと台湾で印刷をかけたのですが、日本の空港税関で“風俗を害する物品”とみなされ没収されてしまったそうです。当時、男性器が写る写真をアートとみるか猥褻物とみるかを争ったメイプルソープ写真集裁判が世間を騒がせていましたが、この冊子はカラー写真が含まれるということでアートと認められず、幻の写真集となってしまいました」と野村氏は残念そうに語る。
 このように、一つの展示エピソードを取ってみても、常識や慣習という時には足かせになってしまう要素をものともせず、写真家への絶大なリスペクトと作品への愛をもって社会に提示する、禪フォトギャラリーの強い使命感を感じ取れる。

全くの出版初心者から、アートフォトブック界の代表格にまで成長

梁丞佑の『新宿迷子』より。梁は、学生ビザ取得のためにたまたま入学した写真の専門学校で
その能力が開花したという異色の経歴の持ち主。
©Seung-Woo Yang

全くの初心者からスタートした写真集の出版も、今や140タイトル以上を世に送り出し、そのクオリティや独自性の高さから各所で注目されている。新宿・歌舞伎町をスナップショットで記録した韓国人写真家、梁丞佑の『新宿迷子』(2016年)は写真界の直木賞といわれる土門拳賞を受賞し話題に。歌舞伎町を居場所とする人々に真正面から対峙し、街の匂いや息づかいまで濃密なモノクローム写真に閉じ込めた良作だ。「海外のアートフェアなんかに行くと『ずっとこれを探していたんだ!』といって購入してくださる方もいて、遠い場所にもファンがいてくれるのは嬉しいですね」と野村氏。
 また、海外で評判が高いのが山本雅紀の『我が家』(2017年)。家族6人で暮らす自身の家を写したこのシリーズは、小さな空間にひしめくリアルな生活の様子が非常にユニークだと話題になり、アメリカ写真界の権威、アパチャー主催のフォトブックアワードで最終候補にまで残った。

倉田精二『Eros Lost』より。ピアソン氏は追悼文で「彼は異端者の天才であり、
私たちが共に働いた最も純粋なアーティストで、最も厄介な人物である」と倉田のことを綴った。
©Keiko Kurata

一方、直近では、1980年に木村伊兵衛賞も受賞し、2020年2月に逝去した倉田精二の写真集『Eros Lost』(2020年)を出版。こちらは、1980年代に一世を風靡した伝説的雑誌『写真時代』の連載で、倉田が発表したヌード写真を再編集し一冊にまとめたもので、未発表分も含めた全てのコンタクトシートやネガが本人から禪フォトギャラリーに託され実現したものだ。禪フォトの視点で厳選された作品を収めた一冊は、追悼展と共にリリースされた。
 さらに、2020年からは、これまでの作品のイメージに沿った写真集づくりと並行して、禪フォトギャラリーの顔となるような定型シリーズの出版も開始。コレクションしやすい小さめの正方形サイズなので、数冊揃えて並べたりしても美しく映えそうだ。

定型サイズシリーズ。現在は、周生、須田一政、中田博之の3人の写真集がリリースされている。

“写っているもの”を自分の中で自由に咀嚼できる面白さ

写真専門ギャラリーならではの楽しみ方というのはあるのだろうか。「例えば現代アートだと中にはものすごく抽象的で理解が難しいという作品もあるかと思いますが、写真作品の多くは何か具体的なものが写っているわけですね。そこに自分の気持ちを投影したり、純粋に面白い、笑っちゃうとか、ノスタルジーを感じたりだとか、そこから読み取れるものを自分の中で具体的に深めていけるのがいいですよね。作家さんが在廊していることも多いので、それぞれの写真を撮った時のエピソードなんかが聞けるのも醍醐味だと思います。」

これまで刊行してきた写真集は140タイトル以上!全て手に取って吟味できるのが嬉しい。

「それから、ストレートフォトグラフィというのは、比較的写真美術館で展示されることが多いと思うのですが、うちはギャラリーなので無料で気軽に鑑賞できます。また、作品自体を購入して家に飾って楽しむことはもちろん、展示でその作家さんが気に入ったら写真集を購入して度々見返せる楽しみもあります」と野村氏が教えてくれた。確かに、リリースしたての写真集をその場で受け取れるというのは、出版と展示を同時に行うことが多いこのギャラリーならではの特権だ。
 さらに、禪フォトギャラリーでは、写真集とプリントした作品をセットにしたスペシャルエディションも比較的手頃な価格で販売しているので、作品を額に入れて飾りつつ、写真集でその作家の全シリーズを見返すというような楽しみ方もオススメだ。

最後に、ピアソン氏が10周年に寄せた印象的な言葉を紹介したい。「アーティストへ。あなた方はみんなアーティストです。アーティストは私たちとは異なる存在です。あなた方は多くの喜びをもたらしてくれました。少しの痛みもなく。皆さんに感謝します。あなた方はすべて忘れられない存在です。あなた方と仕事ができて光栄です」

写真家を信頼し、作品を愛してきたギャラリーだからこそ提示できる、これまでに見たこともない、人生に刺激を与える写真――。ここでなら、記憶に刻まれる一枚にきっと出会えるのではないだろうか。

  • 禪フォトギャラリー(六本木)
  • 港区六本木6-6-9 ピラミデ2F
  • 03-6804-1708
  • 12:00〜19:00
  • 休廊:月曜日、日曜日、祝日
  • 日比谷線・大江戸線「六本木」駅徒歩1分
  • webサイト
2020年6月取材/2020年7月更新