The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛

アジア女性で初のノーベル平和賞受賞、ビルマ民主化運動のリーダー
軍事政権による約15年の自宅軟禁、英国人の夫と2人の息子との深い絆
スーチー氏の知られざる背景と心情を丁寧に綴るヒューマンドラマ

  • 2012/07/13
  • イベント
  • シネマ
The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛©2011 EuropaCorp – Left Bank Pictures – France 2 Cinéma

1991年にアジア女性として初のノーベル平和賞を受賞し、2010年11月に自宅軟禁から解放、’12年4月1日のミャンマー議会補欠選挙で当選し議員に着任。今も祖国ビルマの民主化を進めるため、同志たちとともに闘い続けているアウンサンスーチー氏の半生を、フランスの人気監督リュック・ベッソンが映画化(’89年に国名を当時の軍事政権が「ビルマ」から「ミャンマー」へ改めたが、アウンサンスーチー氏はこれを認めていないため、この原稿では「ビルマ」と表記)。出演は本作の製作を自ら提案した『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』『グリーンデスティニー』のミシェル・ヨー、イギリスの演技派俳優デヴィッド・シューリスほか。脚本は小説や脚本の執筆、ドキュメンタリー監督としても活動するレベッカ・フレイン。軍事政権の戦略により長年会えずにいたイギリス人の夫や2人の息子との深い絆、祖国への大きな愛、軍隊に包囲・監視された通算約15年におよぶ自宅軟禁について。アウンサンスーチー氏の知られざる心情と状況を丁寧に綴る、事実を基にしたヒューマンドラマである。

1988年、オックスフォード大学のチベット研究者でイギリス人の夫マイケル・アリスと2人の息子とともに アウンサンスーチーはイギリスで幸せな家庭生活を送っていた。心臓発作をおこした母の看病のため、ひさしぶりに祖国ビルマへ帰国したスーチーは、民主主義運動をする学生たちを軍隊が容赦なく銃で撃ち、武力で制圧する惨状に愕然とする。そんな折、“ビルマ建国の父”と死後も国民から敬愛されるアウンサン将軍の娘であるスーチーは、ビルマの民主主義運動家たちから選挙への出馬を強く求められ、受けることを決意。新たな民主化運動のリーダーとして国民から熱狂的な支持を受ける中、危機を感じた軍事政権は彼らに強硬な圧力をかけ始める。

約24年間の政治活動のうち、’10年11月に自宅軟禁が解かれるまで、通算約15年もの軟禁をされていたというアウンサンスーチー氏。非暴力を掲げ、今もビルマの民主化運動を牽引し続けている彼女の実情を伝える。アウンサンスーチー氏をビルマから出国させ二度と入国させない、という軍事政権の狙いにより、渡英を仕向けるためイギリス在住の家族のビルマ入国を拒否し続け、電話もろくにさせないという状態に。その後ガンを患った夫のマイケル氏が妻との再会を強く望むも許されなかったという事実、生死の際も軍事政権の圧力に屈しないという苦渋の決断を夫婦で下したこと、2人の息子の理解があったこと。アウンサンスーチー氏の強さや愛は、父のアウンサン将軍と女手ひとつで彼女を育てた母から継がれ、愛する夫や息子たちとの強い結びつきに支えられている、ということがよくわかる。

デヴィッド・シューリス、ミシェル・ヨー

映画化のきっかけは 関係者へのインタビューを重ねて書き上げたフレインの脚本に感銘を受けたミシェルが、’07年に友人でもあるベッソン監督に企画を持ち込み、約4年かけて映画化を実現したとのこと。プロデューサーをオファーされ脚本を読んだベッソンは、物語の深さに感動して泣いたそうで、自ら監督を引き受けたそうだ。

もともとアウンサンスーチー氏と面差しが似ているミシェルは、メイクや衣装で本人そっくりの風貌となり熱演。ミシェルは役作りに熱心に取り組み、撮影前に200時間ものアウンサンスーチー氏本人の映像を入手し、彼女の話す英語、ビルマ語を完璧にマスターしたとのこと。約3000人のエキストラが動員されたビルマ語の演説シーンは圧巻で、「まるで本人の演説を聴いているよう」「本人そのもの」とビルマ人のエキストラからも驚かれるほどだったそうだ。夫マイケル役のシューリスは、妻の政治活動を理解してサポートし、息子たち2人を育てる姿を好演。長男アレックス役のジョナサン・ウッドハウス、次男キム役のジョナサン・ラゲット、2人の息子との信頼関係もあたたかく描かれている。また’07年に起きた仏教僧たちによる大規模な抗議デモの様子は、大勢のエキストラによって撮影された映像に、実際のニュース映像を交えて伝えられている。

本作の撮影はビルマ本国では許されないため、タイにて。撮影とは別に、ベッソン監督とミシェルはビルマを訪れ、映画の舞台となる寺院シュエダゴン・パゴダなどをまわったとのこと。当時、スーチー氏が軟禁されていた自宅へ近づこうと試みたものの、それは叶わなかったそうだ。そこで劇中のスーチー氏の家は、Google Earthを活用し、少ない資料をかき集めてサイズやレイアウトなどを調査。結果、インテリアの細部や写真のフレームに至るまで、実際の彼女の自宅そっくりに作り上げられたそうだ。 

ミシェル・ヨー

そもそもこの映画の製作には、“本人に会えないまま実在の人物を語る”という難しさがあったとのこと。ベッソン監督はスーチー氏にまつわる本、身近な関係者や投獄されたジャーナリストやコメディアンにまつわる資料、アムネスティ・インターナショナルなどの組織の報告書をもとに背景を確認していったとのこと。当時、民主主義やスーチー氏を支持した人々は、逮捕されて武器や麻薬の運搬など過酷な強制労働をさせられるか、地雷原を歩かされるという残酷な状況下にあったことについて、ベッソン監督も「書かれていたことがあまりに残酷でにわかに信じがたかった」と語っている。

本作の撮影が終わる頃、自宅軟禁されているアウンサンスーチー氏と会う政府の許可がミシェルにのみ認められ、24時間限定の滞在でビルマへ入国。アウンサンスーチー氏は緊張してとまどうミシェルをやさしく抱きしめて挨拶し、「私は神でも聖人でもない、しなければいけないことに身を投じているだけ」と語ったそうだ。ミシェルは彼女に温かさと寛大さを感じたそうで、実際に会った印象について、「見た目は小さくて華奢なのに 大きな力がにじみ出ている人だった。ソウルメイトである夫のマイケルから深く愛されていたことが、彼女に心の強さを与えたのだと思うわ」とコメントしている。ベッソン監督もその数週間後、自宅軟禁が解かれた後にアウンサンスーチー氏と対面。ご本人と、ミシェルの演じた彼女がとてもよく似ていることに混乱もしたそうで、「人生、ビルマ、子供について語り合い、映画について聞こうと思っていましたが、話すのを忘れてしまったと後で思い出すくらいに、パワフルな人でした」と語っている。

ミシェル・ヨー

“鋼鉄の蘭”とたとえられ 非暴力を旨に南アフリカの独立を果たしたネルソン・マンデラ氏に通じる存在として称えられるアウンサンスーチー氏。本作では1945年〜2007年までの彼女の半生を描いている。本作を撮影していた’10年の11月、偶然にもアウンサンスーチー氏が長年にわたる自宅軟禁から解放され、スタッフとキャストは全員で喜び合ったそうだ。ただビルマの民主化への道はまだ遠く、国民の基本的な権利を守り、政策を刷新するための活動は今も続けられている。アウンサンスーチー氏の2012年6月のスケジュールは、16日にノルウェーで’91年に受賞したノーベル平和賞の受賞演説を行い、18日にアイルランドでU2のボノが出演するコンサートにゲスト出演し、20日にオックスフォード大学から名誉博士号を授与され、21日には英国議会両院で演説……と多忙を極める。これからもビルマ国内と国際社会の両方に積極的に働きかけ、祖国の人々を導くリーダーとしてのアウンサンスーチー氏の活動と、ビルマの今後に注目していきたい。

作品データ

The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛
公開 2012年7月21日公開
角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
制作年/制作国 2011年 フランス
上映時間 2:13
配給 角川映画
原題 The Lady
監督 リュック・ベッソン
脚本 レベッカ・フレイン
音楽 エリック・セラ
出演 ミシェル・ヨー
デヴィッド・シューリス
ジョナサン・ラゲット
ジョナサン・ウッドハウス
スーザン・ウールドリッジ
ベネディクト・ウォン
フトゥン・リン
アガ・ポエチット
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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