オン・ザ・ロック

ソフィア・コッポラ監督・脚本による最新作は
夫の浮気疑惑から、妻と父親がにわか探偵コンビに
NYを舞台に描く、軽妙なトーンの家族のドラマ

  • 2020/10/01
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オン・ザ・ロック©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple

ソフィア・コッポラ監督・脚本による最新作は、大人になった後の父と娘のつながりや関係、今どきの夫婦をユーモアと共に描く家族のドラマ。出演は、『グランド・ブダペスト・ホテル』のビル・マーレイ、『ソーシャル・ネットワーク』のラシダ・ジョーンズ、『G.I.ジョー』のマーロン・ウェイアンズほか。ニューヨークで夫と2人の娘と暮らす若い母親はある日、多忙な夫に疑いを持つように。いまだに現役プレイボーイである自分の父親にふと相談すると、2人で夫を尾行することになり……。仕事で国内外を駆け回る夫と家で子育てをする妻との心理的な距離感、ママ友とのかみ合わない会話など、今どきの若い母親にあるあるのエピソードや、父と娘の即席探偵コンビによる顛末を描く。ソフィア・コッポラが初めて自身が住むニューヨークを舞台にして、“これほどのコメディは初めて”と言われる、軽妙で明るいトーンの家族のドラマである。

ビル・マーレイ,ラシダ・ジョーンズ

アメリカ、ニューヨーク。多忙な夫ディーンとかわいい2人の娘と暮らすローラは、順風満帆な人生を送っている。しかしある日、出張から戻った夫のスーツケースに見覚えのない女性ものの化粧ポーチが。残業と出張続きで家族との時間がほとんどない夫に、ローラは浮気を疑うように。そんな折、いまだに現役でプレイボーイを貫く自分の父親フェリックスにふと夫のことを相談すると、この事態を調査すべきだと言われる。そしてフェリックスは夜の街へとローラを連れ出し、ディーンの尾行を開始。アルファロメオでアップタウンのパーティーやダウンタウンのホットスポットを駆け巡り、フェリックスとローラはにわか探偵コンビとなるが……。

夫の浮気を疑う若い妻が、遊び人である自分の父親とにわか探偵コンビとなる本作。ソフィア・コッポラ作品のいつものスタイリッシュな雰囲気がありつつも、若い母親の日常あるあるや、父娘の世代間ギャップをユーモアと共に描いている。主人公が、実際に13歳と10歳の2人の娘の母親であるソフィア・コッポラ本人を彷彿とさせることや、初めて自身が住んでいるニューヨークを映画の舞台にしたこと、どこか『ロスト・イン・トランスレーション』のその後、といったニュアンスもあるところも面白い。オリジナルで脚本を執筆した本作のストーリーについて、コッポラ監督は語る。「何か違うことに挑戦したい気持ちが強かったの。もっと軽いトーンで、自分の人生について私自身が考えていることにも関連した作品を作りたかった。そこで、ニューヨークの街のエネルギーを描いた、面白くてスタイリッシュなコメディを作るというアイデアに惹かれたの」
 プロデューサーのユーリー・ヘンリーはコッポラ監督の試みについて語る。「すごく気に入ったよ。今までのソフィアの作風と全然違うからね。彼女の過去作の進化版とも言えるかもしれないけど、まったく新しい形の進化だ。ソフィアがニューヨークを舞台にするのも初めてだし、ニューヨークに住む彼女自身のライフスタイルがどう作品に反映されるか、とても楽しみに感じた。それと同時に、誰もが共感できる ”信頼、成長、親業”という普遍的なテーマを描いているしね」
 また監督は本作の脚本への思い入れをこのように語っている。「実は私自身が初めて幼い子どもを抱え、母親であることと結婚生活のエキサイティングな時間のバランスを保ちながら、今までと同じように仕事もこなすという新しい環境にどう対応しようかと考えていた時に、この脚本を書き始めたの。あの頃、多少のクライシスはあったわ。誰もが戸惑う時期よね。本来の自分ではなくなり、そういう新しい役割のなかで自分らしさを見出さなければいけない時なんだと思うわ」

ラシダ・ジョーンズ,マーロン・ウェイアンズ

若い母親ローラ役はラシダ・ジョーンズが、愛する家族とライターという仕事があり、自分が恵まれているとわかっていながらも不安を抱える女性として。夫の浮気疑惑、ママ友づきあい、ライターとしてスランプであること、日常の小さなストレスが積み重なっていく感覚が伝わってくる。ローラの父親フェリックス役はビル・マーレイが、マイペースな遊び人で、ちょっと強引ながらも人生を謳歌している陽気な男性として表現。ローラの夫ディーン役はマーロン・ウェイアンズが、ローラの母親役はバーバラ・ベインが、ローラとディーンの2人の娘役はリヤナ・マスカットとアレクサンドラ・メアリー・ライマー(とその一卵性双生児アナ・シャネル・ライマー)が、それぞれに演じている。
 コッポラ監督とラシダは長い付き合いがあり、ローラ役はラシダにあて書きをして脚本を執筆したとのこと。ラシダは本作の役作りについて語る。「ソフィアの作品にはいつも憧れていたの。でも彼女が私のための脚本を書いていると聞いた時はとても驚いたわ。何というか、ただただ光栄という気持ちよ。1年くらいかけて、細かいところまで一緒にたくさん話したわ」
 ラシダは、ミュージシャンで音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズと女優の故ペギー・リプトンの娘。父クインシーは、マイケル・ジャクソンと共同プロデュースした1982年のアルバム『Thriller』での売上世界一のギネス記録保持者であり、1985年にはチャリティーの楽曲「We are the World」をプロデュース、映画『オースティン・パワーズ』のテーマ曲「Soul Bossa Nova」でも知られる人物だ。一方、ソフィア・コッポラ監督の父親は言わずと知れた、映画監督のフランシス・フォード・コッポラ(『ゴッドファーザー 』『地獄の黙示録』『レインメーカー 』)であり、ソフィアとラシダは父親がアメリカのエンタメ界の重鎮で、父と同じ世界で活躍している実の娘、というとても似た立場にある。ラシダも「そこがソフィアと私の共通点」とコメント。この映画の主人公ローラは華やかな父親をもつ娘であり、ソフィアとラシダが実生活で経験してきた微妙な感覚や思いを反映しているところが興味深い。ただしラシダは、「遠慮なく言うし自己主張するタイプ」だそうで、「ソフィアは、もっと言えばローラは、私よりずっと緻密な人だというところが難しかった」とも。ローラを演じる上で気を付けたことについて、ソフィアの気性に敬意を払いつつ、ラシダは語る。「ローラは抑えられる限界までは呆れ顔をするくらいで我慢できるタイプ。彼女はフェリックスが大好きだから沸点に到達するまで彼の悪態を許してしまうの。そういうところはソフィアっぽいわ。彼女は水を使わずに静寂と気品と忍耐だけで火を消せるような人。彼女にとっては、強くなるために大声を出す必要はないの。そういうところを私はすごく尊敬しているし、彼女のようなエレガンスさをローラに出せるようにがんばったつもり」
 ソフィア・コッポラ監督は、ラシダが演じたローラへの思いを語る。「この映画を見たある友人が、ラシダが私のエネルギーを本当にうまく表現していると言っていたわ。でも私はこの映画のなかのラシダは私の別人格だと思っているの。もっと強くて、もっとはきはきしていて、もっと感情むき出しの別人格、私がなりたい人間のさらに良いバージョンね」

ビル・マーレイ,ほか

本作では、派手で自信家の父親フェリックスへの反発と拒否反応とあきらめと愛情が交錯する、ローラのリアルな心情が描かれている。“女性蔑視が生活の一部になっている世代の男性”で、“女性に優しい反面、横柄”で、“街や店で王様のようにふるまう”といったことにローラはあきれながらも、彼の自由で衝動的な言動に救われたり、ほんの少しうらやましくなったりする時もあるような。ラシダはソフィアと共通する2世としての性分について語る。「“大物の娘”にありがちな、ある種のふるまいのモードのようなものを2人とも持っていると思う。それはある程度人格を形成するほどの影響力があるわ。つまり父親のように太っ腹でどこへ行っても注目の的になるマジカルな魅力があって、でも客としては面倒臭いタイプの男性といると、自分の行動パターンができてくるものよ」
 またソフィア・コッポラ監督は、本作によって自身で昇華したことについて語る。「ある意味、この脚本を書くことで、私が成長過程で感じてきた男女の役割に関わるすべてのものを解放することができた気がする。私たちはそういうものとスパーリングする世代のように感じるわ」

コッポラ監督作品としては珍しくコメディの風味が強めの本作は、古い映画へのオマージュを込めているとも。影響を受けた作品として、1930〜’40年代に作られた6部作の探偵シリーズ『影なき男』、’80年代のニューヨークを舞台にした『トッツィー』などをあげている。個人的には、ウディ・アレンやウェス・アンダーソンのコメディを思い出す感覚も。また劇中の音楽は、冒頭に流れるチェット・ベイカーの「I Fall in Love Too Easily」ほか、コッポラ監督の夫トーマス・マーズのバンドPhoenixがジャズやクラシック、ポップスやマリアッチなどを取り入れたオリジナルの楽曲で構成している。

本作のテーマと見どころについて、監督は語る。「私の父親と同じ“マティーニ世代”の男性をイメージしたわ。彼らはとても面白い人たちだけど、女性を性対象化する文化の一部であるという見方もある。それに、父親との関係って自分の交友関係や夫婦関係にも影響していると思うの。私たちが心から愛しているけれど男女関係となると直接目を合わせない男性たちと、どう心を通わせるか? それが父娘の軽妙な尾行劇に組み込まれた本来のテーマなんだけど、マンハッタンの空気に吸い込まれるような感覚も味わってもらえると思うわ」
 劇中には、ニューヨークの有名店の数々が登場。禁酒時代のもぐり酒場を改造したミッドタウンの高級ダイニング「21 Club」で、かつてローレン・バコールとハンフリー・ボガートが座ったテーブルでのシーンや、ソーホーのプリンス・ストリートにあるセレブ御用達のビストロ「Raoul’s」など、ニューヨークの人気スポットを映す本作について監督は語る。「この映画は私からニューヨークへのラブレターにしたかったの。でもこの街を舞台にしたほかの有名なコメディとは違う作品にしたいと思った。ほど良いファンタジーの要素がありつつリアリティもある、観客が共感できるニューヨークが撮れているはずよ。ニューヨークの歴史とロマンスの古典的なセンスが残るあらゆる場所で撮影したかったの」
 この映画の撮影は2019年からはじめ、2020年にCOVID-19で街がロックダウンとなる寸前に完了したとのこと。これまでは今どきの若い世代、悲劇的な人物、どこか物憂げな雰囲気やメランコリーな感覚、重めのドラマなどを手がけてきたコッポラ監督が、自身の地元エリアを舞台にした軽妙な家族のドラマをいま届けることに、筆者は妙に納得できるところがあって(もちろん2020年がこうなるとは昨年に誰も知る由がなかったのだから、狙ったことではなく、奇しくもそうなったということだけれど)。最後に、監督が家族と共に暮らしているニューヨークで初めて撮影した映画について、観客へのメッセージをお伝えする。「撮影はほんの数ヶ月前のことなのに10年前のように感じる。でもこの映画制作で私たちが味わったのと同じくらい観客のみんなにもこの街の魅力に浸ってもらえたら嬉しいわ」

作品データ

公開 2020年10月2日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2020年 アメリカ
上映時間 1:37
配給 東北新社
STAR CHANNEL MOVIES
原題 On the Rocks
監督・脚本・製作 ソフィア・コッポラ
出演 ビル・マーレイ
ラシダ・ジョーンズ
マーロン・ウェイアンズ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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