ディア・エヴァン・ハンセン

アメリカで社会現象となったミュージカルを映画化
『ラ・ラ・ランド』のパセック&ポールが楽曲を手がけ、
Z世代の恋と友情、家族間の不和や和解を繊細に描く

  • 2021/10/29
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ディア・エヴァン・ハンセン© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

第71回トニー賞の6部門をはじめ数々の賞を受賞し、本国アメリカで社会現象となったオリジナルのブロードウェイ・ミュージカル『Dear Evan Hansen』を、舞台版のスタッフやキャストが参加して映画化。出演は、舞台の初代エヴァン役でトニー賞の主演男優賞を受賞したベン・プラット、『ブックスマート卒業前夜のパーティーデビュー』のケイトリン・デヴァー、『アリスのままで』のジュリアン・ムーア、『バイス』のエイミー・アダムスほか。監督は『ワンダー 君は太陽』のスティーヴン・チョボスキーが、脚本は原作の戯曲を執筆したスティーヴン・レヴェンソンが手がけ、音楽は本作のストーリーを発案し舞台版の音楽を作詞作曲した『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』のベンジ・パセック&ジャスティン・ポールが担当している。孤独な高校生エヴァンは、自分宛に書いた手紙を同級生のコナーに持ち去られる。後日にコナーが自ら命を絶ったと聞き、悲しみに暮れるコナーの両親に、エヴァンは「彼と親友だった」と嘘をつき……。1人の少年の死をきっかけについた小さな嘘が、ソーシャルメディアにより思いがけない展開となってゆくさまを描く。Z世代の恋と悩みと友情、親世代の思い、その日常にある承認欲求、疎外感、自死、嘘、うつといったテーマを描き出す物語であり、メッセージ性のある「You Will Be Found」などエモーショナルな楽曲で引きつける良質なミュージカル映画である。

エヴァン・ハンセンは学校に友達もなく、2人暮らしをしている母ハイディにも心を開けずにいる。ある日、自分宛に書いた手紙を同級生のコナーに持ち去られる。後日、コナーが自ら命を絶ったと聞いてエヴァンがショックを受けるなか、コナーの両親は例の手紙を見つけ、息子とエヴァンが親友だったと思い込む。悲しみに暮れるコナーの両親をこれ以上苦しめたくないと思ったエヴァンは、とっさに話を合わせて嘘をついてしまう。促されるままに語った“ありもしないコナーとの思い出”は人々の心を打ち、SNSを通じて世界中に拡散される。エヴァンは学校でも人気者になり、前から好きだったコナーの妹ゾーイが恋人に。そして同級生のアラナは、コナーの思い出の地である果樹園を甦らせるためのクラウドファンディングを始めるが……。

コルトン・ライアン,ベン・プラット

2016年12月にブロードウェイで初演、第71回トニー賞にて6部門(主演男優賞、作品賞、脚本賞、楽曲賞、助演女優賞、編曲賞)、第60回グラミー賞にて最優秀ミュージカルアルバム賞、第45回エミー賞にてデイタイム・クリエイティブ・アーツ・エミー賞を受賞したミュージカルを映画化した話題作。「『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』の音楽スタッフが参加」というワードからすると華やかなイメージが浮かぶかもしれないが、本作にはいわゆるミュージカル映画と比べると派手さはなく、そこを期待すると地味だと感じる向きもあるかもしれなない。大勢で華麗に歌い踊るといったシーンはなく、疎外感や孤独や自死、共感と理解の大切さといった今日性のある容易ではないテーマに真摯に向き合い、キャラクターそれぞれが煩悶し変化してゆく心情を丁寧に歌い上げている。ストーリーやテーマ、キャラクターにリアリティがありほろ苦く、王道の感動ミュージカルとは異なるところに響くものがあるユニークな作品だ。この物語を発案して舞台と映画の両方の音楽を作詞作曲し、映画の製作総指揮を手がけたベンジ・パセック&ジャスティン・ポール、2人がアイデアを出し合いテーマを探求していった時の思い、全世界的に自殺者が増えていること、ソーシャルメディアで悲劇の被害者となった人物との友情を主張する人たちの心情をまっすぐに見つめ、楽曲を作り込んだことについてパセックは語る。「僕たちの高校でも起こったことだし、社会現象になっていた。あの頃から現在に至るまで自殺率は上昇傾向にあり、個人の孤独感と社会からの孤立は今まで以上に密接に関係している。他人の出来事に自身を投影することで起こる遂行的な悲しみと公の場での哀悼は、こうしたなかで増長されていった。だから作曲を通じて、僕たちはこの点を深く掘り下げることに情熱を傾けたんだ」

内向的なエヴァン・ハンセン役はベン・プラットが、相手を思いとっさについた小さな嘘により、思いがけず美談の主人公になってしまったことに罪悪感を抱えながらも、自身が夢に見たような日々にのめり込む素直な少年として。舞台で演じ切った役を、映画では監督の熱望を受けて「エヴァン役はこれが最後」として臨んだベンは、「エヴァンは僕にとってすごく特別な存在だったし、第二の人格のようだった」と語り、映画化への思いをこのように語った。「この特別な物語を不滅のものにするチャンスだと思った。あらゆる人々、特に若者に影響を与えられると思ったんだ。映画だと、舞台作品よりも短期間でより多くの観客に訴求できるからね」
 家族に癇癪を起こしては暴言を吐き、乱暴で身勝手なふるまいをし続けた上に自殺した兄に対して、怒りと悲しみと寂しさと虚しさの混ざった複雑な感情を抱くコナーの妹、ゾーイ・マーフィー役はケイトリン・デヴァーが等身大で好演。看護師として働き、シングルマザーとして母子家庭をタフに支えるエヴァンの母ハイディ・ハンセン役はジュリアン・ムーアが、コナーとゾーイのおっとりとした母シンシア役はエイミー・アダムスが、シンシアの夫であり家庭を大切にしているコナーとゾーイの義父ラリー・モーラ役はダニー・ピノが、エヴァンのクラスメイトで優等生のアラナ・ベック役はアマンドラ・ステンバーグが、コナー役はブロードウェイ公演でエヴァンやジャレッド、コナーの代役を務めて各役を何度も演じた経験のあるコルトン・ライアンが、エヴァンの唯一の友人ジャレッド・カルワニ役はニック・ドダニが、それぞれに演じている。

ベン・プラット,ジュリアン・ムーア

映画では舞台とはキャラクターの設定が一部変更となり、より現実的な複雑さや多様性を表現。舞台では実父だったコナーとゾーイの父は、映画では母が再婚した義父となり人種が融合した家族となっている。この物語の普遍性についてチョボスキー監督は語る。「設定を義父に変えたおかげで、よりリアルになった。これは心の病と闘うすべての人のための物語だ。郊外に住む白人だけの問題じゃない。人種や社会経済的な要素とは関係なく(誰にでも起こりうる)問題なんだ」
 またエヴァンの友人ジャレッドは、映画では南アジアにルーツを持つゲイの少年という設定に。ジャレッドを演じたニックはゲイであることを公表していて、自身のスタンダップコメディでも触れていることから、チョボスキー監督はニックと話し、ジャレッドをゲイとして描くことに決めたそうだ。ニックはこの物語が胸を打つ理由について、現代の子どもたちが自身の苦しさを言えずにいると伝えていることだと語る。「この作品はそういった問題に真正面から取り組んでいる。自殺やいじめ、うつ状態、抗うつ薬といった問題にね。リアルだし、若い人が実際に置かれている状況だから、心を打たれるんだ」
 またパセック&ポールは、高校生の時にアメリカ同時多発テロを経験し、ソーシャルメディアが一気に普及していくなかでミシガン大学に共に入学したとのこと。2人で考え、作品に込めていった問いや思いについてパセックは語る。「僕たちは集団としての喪失を体験するなかで、なぜ多くの人々が国家的悲劇における自身の共感を世間に公開し、そこから何かを得ようとしたのかを理解したいと思った。今までは考えもしなかった方法で、そこまでして人と繋がる必要があるのか? という点もね。社会における孤独感のまん延と、世間で起こった悲劇を自身の悲劇として受け止めて公に発言する、現代人の性質の原因を知りたいと思ったんだ」
 実生活で2人のティーンエージャーの母親であるジュリアンは、もともとミュージカル版の大ファンとのこと。ソーシャルメディアのデリケートで扱いが難しい側面をも丁寧に描いている本作について、このように語っている。「この作品は、ソーシャルメディアを通じて社会や自分自身に対する印象をフィルターにかけている私たちの日常が、どのようなものなのかを描いている。そのような世界のいい点は? 孤独な点は? どの時代を生きているかによって、私たち人間の経験は変化する。この作品はすごく現代的で、今日の子どもたちが経験していることをリアルに描いているし、親世代の視点も表現しているの」

そもそもは大学在学中、パセック&ポールはパフォーマーとしての勉強をしていたなか、音楽制作が大好きだったことから2人で一緒に曲作りに没頭するようになった。そして大学2年生の時にブロードウェイ・ミュージカル『EDGES』の楽曲集を制作したことから、2人のコラボレーションが始まったという。それからパセック&ポールがソーシャルメディアや悲劇や喪失、孤独について思案して作詞作曲を続けるなか、ミュージカル版の製作とこの映画の製作総指揮を手がけるステイシー・ミンディッチの紹介で2人は2011年に脚本家のスティーヴン・レヴェンソンと出会い、同年には3人でこの物語の骨子が具体化。レヴェンソンはミンディッチがパセック&ポールの音楽をとても気に入り、まだ無名の2人に話していたことをよく覚えているという。「彼女が2人にこう言ったんだ。『もし誰にも指図されないとしたら、何をしたい? それが何であれ、私も参加したいしサポートしたい』と」
 そして脚本を練り上げている時期から、パセック&ポールがエヴァン役に新進のベン・プラットを指名し、ベンは企画段階から参加。何年もかけて何度も何度もワークショップを重ねたのちに、2016年12月に『Dear Evan Hansen』はマイケル・グライフの演出によりブロードウェイ・デビューを果たした。またオリジナルのミュージカル作品として、パセック&ポールとレヴェンソンの3人は『RENT』に大きな影響を受けたとのこと。12歳の時に『RENT』を観たというレヴェンソンは語る。「演技は好きだったけど、ミュージカル作品に対してはどこか気恥ずかしさがあった。そんな時に『RENT』の公演を見て、とにかく衝撃を受けた。ミュージカルであんなことができるなんて、それまで想像もしなかったんだ。むき出しで緊迫していて、破壊的だった。すごく新鮮だったし、今までのミュージカル作品とはまったく違うと思ったよ。自分のような若い世代を対象に作られていると感じた。本当は、僕より15歳くらい上の世代が対象だったとその後に気づいたけどね」
 パセックも語る。「子どもから大人へと成長していくなかで、『RENT』は僕たち3人に大きな影響を与えた。自分に語りかけている作品のように感じたんだ。登場人物は僕たちよりも年上だったけど、アイデンティティーと倫理観という複雑な論題が展開するニューヨークの世界を教えられた。登場人物の個性や脚本の技術、ミュージカル劇としての性質、ポップ・ミュージックとストーリーテリングの融合に大きな影響を受けたよ」
 ポールは「『RENT』の音楽は通作歌曲に近いから、本作とは異なる点がある」としながらも、『RENT』から得た発想についてこのように語っている。「それでも、従来のミュージカル作品よりシリアスな題材を扱いつつ、観客にうけそうなフックと共感を呼ぶ歌詞を織り込むという『RENT』のスタイルから多くを得た。ポップ・ミュージックという枠組みのなかで、僕たちが考えたテーマとアイデアを表現する手段を学んだんだ」

ダニー・ピノ,エイミー・アダムス,ケイトリン・デヴァー

本作には、孤独を感じていても決して独りじゃない、という希望と思いやりを表現する代表曲「You Will Be Found」をはじめ、メッセージをさまざまに伝えるナンバーが充実。映画の見せ方にそぐわないために削除された曲もあるものの、映画版の新曲として、コルトンがコナーの内に秘めた本心を歌う「A Little Closer」や、アマンドラがパセック&ポールと共に楽曲制作を手がけ、優等生アラナのもろい内面を歌い、一緒に解決できるはずと投げかける「The Anonymous Ones」の2曲にも注目だ。また製作スタッフができるだけライヴ音源を使いたいという方針から、俳優たちは念のため事前に曲の収録をしながらも、撮影の際にも歌唱。ポールは「セリフから歌へと自然な流れで移行させたかったから、可能なかぎり撮影でのライヴ音源を採用できるよう尽力した」と語り、大半の曲でライヴ音源を使用したとも。映画の公式HPのNEWSでは、ケイティ・ペリー、サム・スミス&サマー・ウォーカー、ビリー・アイリッシュの兄フィニアス、SZA(シザ)ら人気アーティストが、本作の楽曲をカヴァーした動画も紹介されている。

舞台も映画も、クリエイティブな手順を根気よくひたすらに積み上げ、妥協せずに練り上げられて生まれた本作。製作スタッフの精錬された創造性と、演者たちの純度の高い情熱と表現力による結晶のような作品は、なかなかに熱くシビれるものがある。ジュリアンは映画そのものから得られる情感、この物語を通じて得られる思いや共感について語る。「映画を通して人はつながりを得ることができるし、自分は独りじゃないと知ることができる。誰かが生み出したセリフや曲を、別の誰かが演じたり歌ったりしている。そうして完成した映画を見た時、ほかの人たちも自分と同じ気持ちだと知ることができる。自分は独りじゃないと、皆が気づくべきよ。この世界には、自分と同じことを感じている人がほかにもいるもの」
 そしてケイトリンはこの映画に参加したことへの感動と、物語の魅力について率直に語った。「現在の社会では、人々が『愛する人たちから切り離されている』と感じている。そんな世界におけるつながりを描いた映画を作るのは、とにかく美しかった」

作品データ

ディア・エヴァン・ハンセン
公開 2021年11月26日よりTOHO シネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2021年 アメリカ
上映時間 2:18
配給 東宝東和
原題 DEAR EVAN HANSEN
監督 スティーヴン・チョボスキー
脚本・製作総指揮 スティーヴン・レヴェンソン
楽曲・製作総指揮 ベンジ・パセック&ジャスティン・ポール
出演 ベン・プラット
エイミー・アダムス
ジュリアン・ムーア
ケイトリン・デヴァー
アマンドラ・ステンバーグ
ニック・ドダニ
ダニー・ピノ
コルトン・ライアン

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