プリシラ

S・コッポラがエルヴィスの元妻の手記を映画化
夢のような初恋、結婚と出産、孤独と葛藤…
約13年間を描くビタースウィートなドラマ

  • 2024/03/26
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プリシラ© The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

エルヴィス・プレスリーの元妻プリシラによる1985年の回想録『私のエルヴィス(原題:Elvis and Me)』をもとに、『マリー・アントワネット』のソフィア・コッポラが監督・脚本を手がけて映画化。出演は、この映画で第80回ベネチア国際映画祭にて最優秀女優賞を受賞した『パシフィック・リム: アップライジング』のケイリー・スピーニー、ドラマ「ユーフォリア/EUPHORIA」シリーズのジェイコブ・エロルディほか。14歳のプリシラは10歳年上の世界的なスーパースター、エルヴィスと恋に落ち、魅惑的な別世界に足を踏み入れるが……。夢のような恋と幸せな時間、アイデンティティーの不安定さ、孤独と虚しさと葛藤、少女から大人になっていく約13年間にプリシラが体験した感情の移り変わりを親密な視点で描いていく。ファッションやインテリア、音楽など1960〜’70年代のスタイリッシュな雰囲気と共に映すビタースウィートなドラマである。

1959年、アメリカ軍将校の父の転属によって西ドイツで暮らし始めた14歳のプリシラは、兵役で赴任していた世界的なスーパースター、エルヴィス・プレスリーと出会う。2人はアメリカを離れて暮らす寂しさを共有し、プリシラは初めての恋に落ちた。エルヴィスはプリシラの両親の許しを得て彼女と付き合い始め、やがて兵役を終えたエルヴィスがアメリカへ帰国。その後エルヴィスが彼女の両親へ、カトリックの名門女子高を必ず卒業させるので、エルヴィスの祖母たちも住むアメリカのメンフィスにある彼の大邸宅グレースランドにプリシラを呼び寄せたい、と伝え、プリシラは両親の反対を押し切りそこで彼と一緒に暮らし始める。そしてプリシラが22歳になる年の1967年に結婚、1968年に長女リサ・マリーが生まれるが……。

ケイリー・スピーニー

“キング・オブ・ロックンロール”と呼ばれる、“世界で最も売れたソロアーティスト”エルヴィス・プレスリーの元妻プリシラの回想録をもとに、本人を製作総指揮に迎えてソフィア・コッポラ監督が映画化した作品。2017年の『エルヴィス』のようにプレスリーを描く映画にプリシラが妻として登場しているのはよくあるものの、彼の妻という添え物としてではなく、プリシラを中心に彼女の視点で愛した男性との恋と夫婦関係、変わっていった彼女の心情を映している。コッポラ監督は「タブロイド紙に“エルヴィスの幼妻”と書かれている印象のプリシラですが、私はもっと語るべきストーリーがあるはずだと感じたのです」と話し、以前に読んだプリシラの回想録を再読して、引きつけられたことについてこのように語っている。「1960年代のメンフィスという概念はとても興味深い世界であり、私にとってエキゾチックなものだと思ったのです。いかにもアメリカ的な神話であり、エルヴィスとプリシラは伝説のアメリカのカップルですが、プリシラ自身や彼女の経験がどのようなものだったかについては、ほとんど知られていません。彼女の物語というのが本人にとってどんなものだったか知り、私は心を大いに揺さぶられました。彼女は、普通ではない世界で大人になるという自分の経験について、とても詳しく踏み込んでいたのです」

プリシラ役はケイリー・スピーニーが、14歳から20代後半まで、初恋から結婚・出産をして大きな決断をするまでの10数年を丁寧に表現。ケイリーは当時の映像や音楽を視聴し、大量の本を読んで役作りをしたという。エルヴィス・プレスリー役はジェイコブ・エロルディが、トップスターとしてのプレッシャーや仕事がうまくいかないことに葛藤する繊細な素顔を、プリシラの母アン・ボーリュー役はダグマーラ・ドミンスクが、プリシラの父キャプテン・ボーリュー役はアリ・コーエンが、エルヴィスの父ヴァーノン・プレスリー役はティム・ポストが、料理人アルバータ役はオリヴィア・バレットが、それぞれに演じている。
 劇中でエルヴィスを、大勢が知るスターではなく、プリシラの目線から恋人や夫という1人の男性として描くことについて、コッポラ監督は語る。「私は彼を中傷するつもりはまったくありませんでした。プリシラ側から見た、別視点から理解された欠点のある人間として描きたかったのです。エルヴィスは思いやりがあり、浮き沈みが激しくてたしかに魅力的ではない瞬間もありますが、私は、ふたりの関係にはたくさんの愛があったと考えています」

ジェイコブ・エロルディ,ケイリー・スピーニー

また劇中では1960〜’70年代のファッションが魅力的。プリシラの高く結い上げた髪やカラフルなコーディネート、エルヴィスや周囲の仲間たちの当時のスタイリッシュなファッションが楽しめる。そして衣装の一部に一流メゾンが参加。実際にプリシラが結婚式で着用したウエディングドレスは百貨店で購入した既製品だったそうだが、劇中のプリシラが纏うウエディングドレスはシャネルによるもの。『VOGUE』の2023年11月10日の記事「Silver Screens And Chanel Dreams: Exploring Chanel’s Love Affair With Cinema(銀幕とシャネルの夢: シャネルと映画の恋愛を探る)」によると、このドレスはシャネルのオートクチュールとメティエダール(LVMHグループが設立し、世界中から才能ある職人たちを集めた専門職集団)のアトリエが制作したそうだ。そしてエルヴィスの結婚式のタキシードと、ニットのセーターはヴァレンティノが制作。一方、劇中のエルヴィスのジャンプスーツは、エルヴィスのオリジナルデザインを使った衣装の専門店B&Kエンタープライズが制作したというのも興味深い(彼の人気が再燃するきっかけとなった1968年の特別番組で着たレザースーツもこの店のものという)。

音楽はソフィア・コッポラ監督の夫トーマス・マーズがヴォーカルであるフランスのバンド、フェニックスが担当し、’50〜’70年代の要素を取り入れたオリジナルのサウンドを提供。劇中にはラモーンズの「Baby, I Love You」、フランキー・アヴァロンの「Venus」などが流れる。そして映画の最後には、ドリー・パートンの1974年の名曲「I will always love you」(1992年の映画『ボディ・ガード』のテーマ曲として、ホイットニー・ヒューストンがカヴァーして大ヒットした)が流れるシーンが印象的だ。このシーンは、実際にエルヴィスがプリシラに「I will always love you」を口ずさんだ実話がもとになっているそうで、アメリカの伝説的なカップルのエピソードはさすがにドラマティックだ。

ケイリー・スピーニー,ジェイコブ・エロルディ

当初、コッポラ監督が回想録を映画化したいとプリシラ本人に打診すると、最初は気後れし躊躇していた様子だっだが、のちに監督を信頼し快諾したとのこと。プリシラも製作総指揮として参加し、監督と対話を重ねて感情や印象などさまざまなことを話し合ったとも。変化していったプリシラの心情について監督は語る。「妊娠がわかったとき、プリシラはエルヴィスともっと多くの時間を過ごしたいと望んでいました。でもそれは、終わりのはじまりだったのです。エルヴィスは確かに娘を愛していました。でも、子育てという現実を共有しようとしなかったのだと思います。プリシラも、もう彼の遊び相手ではいられませんでした。完全に母目線になってしまったのですから」
 そしてこの映画において心がけたこと、観客へのメッセージをこのように語っている。「私は常に、彼女の物語の人間的な側面や、ふたりの関係の浮き沈みをと、できるだけ真実味のあるかたちで結びつけようと努めました。人々が感情に訴える彼女の物語に共感し、そこから何かを感じてくれればと期待しています」

ソフィア・コッポラ監督作品には、ファッションやモード、アートやポップカルチャー、音楽などを映画としてスタイリッシュに表現し、それでいて観客をどこかぬくもりのある隠れ家のような親密な空間へと誘い込む。とても安全でやさしい場所のような、絶対的な逃げ場のような、そうした心地を感じさせるものだ。それがいつもとてもいいなと思う。筆者の個人的な映画の好みとしては、ストーリーや登場人物に自然と入り込みリアルな感情体験をするような作品であるものの、ソフィア・コッポラ作品の場合はそういった相性なのか没入感はいつも特にない。正直、それほど大きい感動や心が揺さぶられるようなことも個人的にはないことが多い。ただ、どこか客観的に外側からその状況を静かに眺めているような感触で、不思議と直感的に“わかる”感覚がある。誰もが感じたことのある疎外感や孤独、葛藤、出口のない憂鬱、他者と共有しようのないもの。そしていつも好きだなと思うのは、登場人物の誰も責めることはなく、状況と感情にフォーカスしていて、ある種のふわりと浮いたような風合い、切り離された世界の手触りがあり、やっぱりまた観たくなるのだ。
 ソフィア・コッポラ監督は自身の映画制作の信条について、「私はモノづくりを行う人間として、先入観ではなく、登場人物の目を通して世界を見せることに尽力しています。アイデンティティや主体性、変容といったテーマには、常に関心を持ってきました」とコメント。プレスリーとの出会いから別れまでの約13年間を描く『プリシラ』は、10代の女性が見知らぬ別世界に嫁ぐという共通点でソフィア・コッポラ監督の2006年の映画『マリー・アントワネット』と通じるものを感じる人も少なくないだろう。こうした類似するテーマについて、監督はこのように語っている。「私は、人々がいかにして自分の歩む道を見つけ、アイデンティティを築くかということにいつも関心があります。特に、自分のものではない世界にいて、そこからどうやって脱出するかに。ですから、プリシラの物語から目を離せなかったのです。確かにこれは、私が再訪するテーマですね。変身に関心があるのです」

参考:「VOGUE」

作品データ

公開 2024年4月12日よりTOHO シネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2023年 アメリカ・イタリア
上映時間 1:53
配給 ギャガ
映倫区分 PG12
原題 PRISCILLA
監督・脚本 ソフィア・コッポラ
出演 ケイリー・スピーニー
ジェイコブ・エロルディ
ダグマーラ・ドミンスク
アリ・コーエン
ティム・ポスト
オリヴィア・バレット
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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