コレクションを持たない異色の国立美術館。日本最大級の展示室は圧巻!国立新美術館

国立新美術館国立新美術館

日本で5つ目、そして国立国際美術館(大阪)以来30年ぶりの国立美術館として、2007年に開館。東京メトロ千代田線の乃木坂駅に直結し、六本木ヒルズや東京ミッドタウンからもほど近いアクセス至便の立地ながら、周辺には青山霊園や青山公園などの緑豊かな自然も広がる、環境との調和が考慮された美術館だ。

「森の中の美術館」もコンセプトの一つに掲げており、敷地内にはさまざまな季節ごとの植物を見ることができる。国立新美術館

敷地内に足を踏み入れるとまず目に飛び込んでくるのは、大きな波のようにうねるガラスのファサード。三次元の有機的なカーブが美しく、その佇まいからは日本最大級の国立美術館らしい品格を感じる。こちらは日本を代表する建築家・黒川紀章による設計で、見た目の美しさにくわえ、内と外の境界を無くし自然と一体化するというコンセプトの下、館内にいても外の緑や光を存分に感じられるシームレスな造りに。一方、ガラスに施された特殊な日射熱・紫外線カット機能や、天井高のある館内の効率良い空調を実現する床の冷暖房吹き出し口など、しっかり省エネも考慮されている。

入口の大きく張り出した屋根や館内の逆円錐型のコンクリートなど、近未来を思わせる建物は、何度訪れても新鮮な驚きを与えてくれる。国立新美術館

一般的な美術館とは違いコレクションを持たないのが特徴で、全12室、14000㎡に及ぶ国内最大級の展示スペースでは、年間6本程度の近現代美術の展覧会と、美術団体による公募展が開催される。一度に10以上の展覧会が同時進行していることもあり、国立新美術館だけで丸一日アート巡りができてしまう程の充実度を誇る。また、地下1階、地上4階からなる建物内には、展示室のほかに、レストラン、カフェ、スーベニアショップ、アートライブラリー、講堂などがあり、休憩や食事、調べものを目的に来館する利用者も多い。

2階の天井高8m、2000㎡の企画展示室は、その空間を活かした現代美術の大型展示が行われることが多い。国立新美術館

それぞれ2000㎡を誇る2つの企画展示室では、2本柱で展覧会を開催。一つは、国内外の現代アーティストの活動を紹介する個展やグループ展、そしてもう一つは西洋を中心とした近代美術を紹介する企画展だ。また、各1000㎡の公募展示室10室では、全国的な活動を行っている約80の美術団体による、さまざまなジャンルの公募展が行われる。さらに、近年では、マンガやアニメといった新しい分野の展示にも積極的に取り組んでおり、最新のアートシーンから不朽の名画まで、網羅的に美術の世界に触れることができるのが特徴だ。

学芸課長として課を統括する一方、常に複数の企画展の主担当も兼任する長屋光枝氏。専門は20世紀前半のドイツ美術。

国立美術館としては異色の、コレクションを持たない“アートセンター”である国立新美術館。そのことが運営や企画展にどのように影響するのか、開館メンバーの一人であり、学芸課長の長屋光枝氏に話を聞いた。
 「コレクションを持たないことは、プラスとマイナス両方の側面があります。美術館の研究員(学芸員)としては、コレクションを形成して、それに沿った内容の展示を企画し、その成果をコレクションにフィードバックしていくというのが、一つのやり甲斐でもあります。そういう長期的な視点での活動ができないのは、最初は少し寂しい気もしましたが、逆に考えると、臨機応変にさまざまな企画にチャレンジできるという自由度の高さがあります。例えば、2015年に開催した『ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム』展は、それまで国立の美術館では扱われることのなかった分野でしたが、当時の日本のサブカルチャーへの評価の高まりを肌で感じ、当館がいち早く包括的に紹介しました」。
 大きな船が小回りが利かないのと同様に、これだけの規模の美術館で、しかも「国立」という冠がつけば、時代の波を即座に捉えて舵を切るのは難しくなるはずだが、“コレクションからの展示”という制約から解放された国立新美術館は、大型船の馬力を備えたヨットのような身軽さで、次々と時代に即した展覧会を打ち出している。

300体のこいのぼりが縦横無尽に泳ぐ姿は圧巻!「こいのぼりのデザインを手がけた須藤さんとの会話から、どんどんアイディアが広がった斬新な企画でした」と長屋氏。「こいのぼりなう! 須藤玲子×アドリアン・ガルデール×齋藤精一によるインスタレーション」展示風景 2018年
国立新美術館 撮影:加藤 健

また、巨大な展示室を余すところなく使った、この場所ならではのダイナミックな展示方法も、同館の大きな魅力の一つだ。 例えば、2017年に開催された「ミュシャ展」では、縦6m×横8mの大作を含む《スラヴ叙事詩》全20点が壁一面にズラリと並ぶ、恐らく国内では国立新美術館でしか見ることのできない圧巻の展示が来場者の度肝を抜いた。また、2018年の大型連休の時期に行われた「こいのぼりなう!須藤玲子×アドリアン・ガルデール×齋藤精一によるインスタレーション」では、天井高8mの一室を丸ごと使い、こいのぼりが渦を巻きながら泳ぐインスタレーションを発表。渦の中に設置されたソファに身体をあずけ、こいのぼりを仰ぎ見るというユニークな鑑賞法も話題となった。

これまでに開催された展覧会ポスターの一部。
誰でも聞いたことがあるような、名だたる巨匠や有名美術館の名前がズラリ。

国立新美術館の規模を活かした大量動員型の展覧会で、毎回人気を博すのが、海外の著名な美術館のコレクション展や、モネ、ファン・ゴッホ、セザンヌ、ルノワール、マグリット、ダリといった巨匠たちの個展だ。過去最多入場者数を記録した「オルセー美術館展2010 ポスト印象派」も、「展示作品115点のうち1/3は、見れば誰もがアッ!と分かる名画が揃っていました」と長屋氏が振り返るように、貸出しが難しい名画において、これだけの規模でコンスタントに展覧会が行えるのは、国立美術館としての信頼があるからこそだろう。

2011年に開催されたアーティスト・ファイルの展示風景。国立新美術館で紹介した作家の情報は「美術資料室」に
“ファイル”され、膨大なアーカイブが随時アップデートされていく。
国立新美術館「アーティスト・ファイル2011」鬼頭健吾 展示風景

このような大型展の一方、国立新美術館がもう一つの使命として継続しているのが現代の表現の紹介だ。2011年の「アーティスト・ファイル2011 ―現代の作家たち」や2019年の「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」などは、自身が企画した現代美術の展覧会として長屋氏の記憶にも深く刻まれているという。
 アーティスト・ファイルとは、国内外でいま最も注目すべき活動を展開している作家たちを選抜し紹介する展覧会のこと。「通常ですと、展覧会にはテーマがあって、それに沿って企画の形を作っていくのですが、そうすると、そのテーマに入りきらない作家さんが出てきたり、テーマの部分だけが注目されて、それ以外の作品の見方ができなくなってしまったりという弊害も生まれます。ですので、アーティスト・ファイルは、一つのテーマや見方にとらわれず、本当にいま見てほしい作家さんの個展を集めたような展覧会を目指しています」と長屋氏。現在は、現代美術にかける国の予算が全体的に減ってしまっているため、定期的に開催するシリーズ展として企画することは難しくなっているが、アーティスト・ファイルの流れを汲む現代美術のグループ展は今後もしっかり継続していくという。

「この巨大な展示室を余すところなく使い、いかに迫力のある展示をお見せするかというのは、毎回苦労するところでもあり、やり甲斐に感じるところでもあります」と長屋氏。「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」展示風景 2019年 国立新美術館 撮影:志摩大輔

また、長屋氏が2019年に担当した「イケムラレイコ」展は、「すごく繊細で神話的な雰囲気を漂わせる良い企画展でした。展示の構成を、イケムラさんのパートナーで建築家のフィリップ・フォン・マットさんにお願いしたのですが、彼女の作品の世界観を熟知されている分、展示室全体でその魅力を表現する空間構成が本当に素晴らしかったです。研究員では思いつかないような提案はとても勉強になりました」と振り返る。

SNSでも話題になった開館10周年記念のインスタレーション。 「NACT Colors―国立新美術館の活動紹介」数字の森 エマニュエル・ムホー 展示風景2017年
国立新美術館 撮影:志摩大輔

このように、国立美術館としての使命・役割をしっかり果たしながら、新しいチャレンジも続ける国立新美術館だが、開館10周年記念で登場した特別展示「NACT Colors」もまた、一歩を踏み出す挑戦だったという。
 フランス出身の建築家・デザイナーのエマニュエル・ムホーによる会場デザインで、色とりどりの数字が吊るされた壮大なインスタレーションを発表。この時初めて、企画展での観覧無料と作品の全面撮影可という新しい試みがなされた。このインスタレーションはTwitterで2万を超えるツイートがあり、これまで美術館に足を運ぶ機会がなかった人々にも口コミで広がった。「例えば、私の子どもが通う学校でお母さん同士で話していても、当たり前なんですが、美術館に関心のある方は少ないんですね。普段仕事で美術関係者とばかり接しているので、一般の方のご意見を意外に拾いきれていないんだなと実感しました。やっぱり、無料であれば周りの人も誘いやすいし、撮影OKであればシェアする楽しみも増えますよね 」と、実体験から美術への間口を広げる重要性を感じたという長屋氏。それ以降、「こいのぼりなう!」などの無料展示や、大型の展覧会でも展示の一部は撮影可のエリアを極力つくるよう作家や美術館に働きかけるなど、開かれた美術館づくりを目指して日々奮闘している。

貴重な美術関連の蔵書が並ぶアートライブラリー。展覧会の前後にぜひ立ち寄ってみよう。国立新美術館 アートライブラリー

また、国立新美術館の役割として忘れてはならないのが、情報の収集・公開や教育普及を通して、人と美術の懸け橋となることだ。あまり知られていないが、3階と別館に設置されたアートライブラリーには、15万冊にも及ぶ近現代美術関連の蔵書があり、全て無料で閲覧できる(別館は要利用手続き、一部の資料は事前予約制)。特に、日本でこれまでに開催された展覧会のカタログは10万冊に上り、通常の書籍販売ルートには乗りにくいものも多いため、美術ファン垂涎のお宝にも出会えるはずだ。それらの貴重な蔵書を手に静かに過ごせるのはもちろん、展覧会を鑑賞した後に立ち寄り、その展覧会の内容にまつわるオススメの関連資料でさらに学んだり、話題の新刊図書や、新着の展覧会カタログ、美術界の時事ネタをとりあげた「話のたね」コーナーの資料から、最新のアートシーンを知ることもできる。

夏休みに開催されるこどもたんけんツアーの様子。普段は公開されていない美術館のバックヤードを見学し、建築の特徴や機能について学ぶ。国立新美術館

教育普及の分野では、アーティスト・ワークショップや展覧会にちなんだ講演会やシンポジウムなど、子どもから大人まで幅広い層を対象にしたプログラムを数多く開催。その中でも、同館の設計に携わった日本設計の社員をツアーガイドに迎えた建築ツアーは、展示室の床下に潜ったり、作品を運ぶ作業用エレベーターに乗ったりと、一味違った美術館の姿を見られる大人気のコンテンツだそう。子ども向け、スタンダードコース、マスターコース、ナイトコースなど、さまざまなコースが用意されているので自身の興味に合わせて参加したい。

逆円錐のコーンの頂上が、それぞれレストランとカフェになっており、館内をぐるりと見渡せる抜群の解放感はこの場所ならでは。レストラン「ブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼ」では有名シェフのフレンチ、カフェ「サロン・ド・テ ロンド」ではスイーツやサンドイッチなどが味わえる。

金・土曜は20時まで、さらに7〜9月は21時まで開館しており、仕事帰りに立ち寄ったり、併設のレストランでのディナーとあわせて、遅めの時間からの美術鑑賞なんていうのもオツだ。そして、ランチやティータイムには、地下1〜3階のカフェやレストランで展覧会にちなんだ軽食やスイーツを味わいながら、展示の余韻にひたるのも良い。また、原則毎月第2木曜、第3日曜、第4月曜は予約制で託児サービスも行っているので、子どもを預けてゆったり展示を巡ることもできる。

いま求められている、もしくはいま見てほしい旬の表現を瞬時に嗅ぎ分ける判断力と、人と美術を繋げ、文化遺産としてのアートを守り伝える強い使命感の、両方を持ち合わせた国立新美術館。その存在は、美術館やギャラリーがひしめくアートの街・六本木においても、キラリと光る先導者として輝いている。「国立新美術館で開催されている展示なら間違いない」と思わせてくれる頼りになるこの美術館に、今後も期待したい。

国立新美術館(六本木)
外観国立新美術館
港区六本木7-22-2
03-5777-8600(ハローダイヤル)
料金:展覧会により異なる
10:00〜18:00
※会期中の毎週金・土曜は20:00まで(ただし7〜9月は21:00まで)
※最終入場は閉館30分前まで
休館:火曜(休日の場合、翌平日)、年末年始
東京メトロ千代田線「乃木坂駅」6出口直結、
東京メトロ日比谷線・都営地下鉄大江戸線「六本木駅」7出口徒歩4分
webサイト
2019年8月取材/2019年9月更新